2010年8月31日火曜日

武士道シックスティーン(誉田哲也) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

漫画みたいな仕立て。雰囲気としては「ちはやふる」っぽい感じの、青春学園小説です。文章だけでこんな話しが成り立つのかと感心しました。



主人公の女子高生二人、交互の視点で話が進んでいきます。前節の相手方の言動が次節でどう受け取らているか、価値観のぶつかり合いがいかにも青春小説といった風情をかもし出しています。話がスピーディーに展開するのも良いですね。

主人公の片割れ、「磯山香織」は全中準優勝の実績をもつ剣道の達人。宮本武蔵の五輪書を愛読し、現代社会において兵法家としての志を実践する、よく言えば求道者、悪く言えば変人。まわりに浮きがちですが気にも留めない。そんな彼女なので、才能があるのにいまひとつ煮え切らない早苗に猛然と突っかかります。

主人公のもう片方、「西荻早苗」が剣道を始めたのは中学に入ってから。父親が会社を潰して離婚。家に余裕がなくなり日本舞踏を続けられなくなったため、代わりに始めたのが剣道です。その経験からか剣道においても独特の間を持ち、随所に才能をみせるものの、飄々とした平和主義者のため、勝利に対する欲を見せません。

価値観のあわない二人が互いの成長を通して友情を育んでいくのですが、それぞれの性格づけが実にうまく出来てますね。香織はクールな求道者。強くなることと強い相手と戦うこと意外には何の興味も見せないので、自然と周りからは浮いて友達もいません。そんな彼女がこだわったのが平和主義者の早苗でなければ、反発が醸成されるだけに終わったでしょう。

本書だけで言えば、ヒロインとしては香織の圧勝です。突き放したようなツンデレっぷりが最高のインパクトをかもし出しています。一方、早苗は煮え切らなさがちょっといらいらさせられますね。リアルでなら文句なくよい人のですが。ただ、早苗の性格は話が長く続くほど味が出てきそうですね。続巻では期待しています。

評価:★★★☆☆

続巻:
武士道セブンティーン(誉田哲也)

2010年8月30日月曜日

ローマ人の物語〈22〉危機と克服(中)(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

東方軍団を代表してヴェスパシアヌスが帝位に就くも、首都ローマの混乱は辺境での反乱という形で現われます。まずはその尻拭い。公式な地位では上のシリア総督でありながら、あえてヴェスパシアヌスを立てて露払いの役を務めたムキアヌスが格好良すぎです。



帝国北方の境界線を固める、最も重要な軍隊であるといって過言でないライン軍団とドナウ軍団。彼らの自覚のなさにはあきれてしまいます。

ライン軍団は先帝ヴィテリウスを立ててローマ入り。ライン軍団といえば国防の最前線を担う一角ですが、そりゃそんなところからあんたらがいなくなれば反乱起こるに決まってます。まぁ、トップのヴィテリウスが全て悪いわけですが、この人は何故ライン川沿いにそれだけの兵士が必要だったのか想像する頭もなかったみたいです。

一方、先々帝オトーを支持してライン軍団とガチンコのぶつかり合いをした挙句敗れたドナウ軍団。ヴェスパシアヌスを支持したのは良いけれど、露払いとして乗り込むムキアヌスの到着を待たずに勝手にローマに攻め入りガチンコ2戦目。勝ったはいいけどそれで辺境の侵入を許していてはお話になりません。

結局、その両方をムキアヌスがかたづけることとなります。どうも筆者の解釈では、皇帝となるヴェスパシアヌスの手を同胞の血で汚したくないための、ムキアヌス先入りだったようです。当時の伝達の遅さではエジプトに待機するヴェスパシアヌスからいちいち指示を受けるなんてことは出来ません。結局ムキアヌスは内政諸制度にも手を入れ、すっかり掃除された状態で帝位を引き渡すこととなります。彼が皇帝でも良かったくらいですね。

息子に引き継いでいたユダヤ戦役も無事目処が立ち、その軍事実績を引っさげヴェスパシアヌス堂々のローマ入り。本来は地位的にちょっと物足りない出自の彼ですが、危機においてはローマ人は結構細かいことに頓着しない感じですね。既に老齢だったこともあり、統治の期間はわずか10年ですが、ほどほどに無難な善政だったようです。

ヴェスパシアヌスは、後継者がはっきり決まっていなかったことが混乱の元凶であったことをしっかり認識していました。そのため、長男ティトゥスが帝位を引き継ぐためのレールを万全な形で準備するのですが・・・息子達がうまくやっていれば、ヴェスパシアヌスも五賢帝に連なる栄誉を与えられたのかもしれませんね。世の中そううまくはいかないようになっているのでした。

評価:★★★☆☆

続巻:
ローマ人の物語〈23〉危機と克服〈下〉(塩野七生)

関連レビュー:
ローマ人の物語〈21〉危機と克服〈上〉(塩野七生)

2010年8月29日日曜日

懸想する殿下の溜息(森崎 緩) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

エナミカツミさんの絵につられて買ってみました。侍女に想いを寄せる殿下が、本人を前にあれやこれやとほのめかしてみるも、なかなか伝わらないじれったさに身悶えするお話しです。登場人物がみな良い人ばかりで、ほっこりした雰囲気がGoodでした。



人物紹介はわずか5人。とういか、メインの登場人物は実質4人です。このテーマでこの人数だけで、どうやって340ページ引っ張るのかと思いましたが、内容は直球でありながらよくまとまっていて感心しました。かなり甘ったるいお話しですが、ライトノベルなど読みなれてる方であれば男性でも余裕で大丈夫でしょう。

主人公二人のほかに登場するのはお妃候補と近衛隊長。いくらでも剣呑なシチュエーションに出来そうなところですが、お二人とも良く出来た人間なので、ドロドロした人間模様が展開されたりなどは全くしません。このような安心して読める話し、結構私の好みです。

敬語表現などの日本語がちょっぴり気になりました。私、ライトノベルを読むときは細かいことをあまり気にしないようにしているのですが、本書については絵も内容も割りとシリアス寄りな雰囲気なので、若干違和感を感じなくもありませんでした。作家さんというより、もうちょっと校正入れてくれればという感じです。

買ってから気付いたのですが、このレーベルは「華鬼」とか出してるところなんですね。婦女子向けかと敬遠していましたが、私けっこうこちら方面もいけるみたいだと気付かされました。ただ、ハードカバーなところが買い続けるにはちょっとしんどいですか・・・(^^;

評価:★★☆☆☆

2010年8月28日土曜日

秘密機関(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

クリスティ作品の中でも一番好きなトミー&タペンスシリーズ第1弾です。もっとも、以前読んだのが中学生時代なので約20年前。ストーリーをすっかり忘れていた分、再読でも存分に楽しめました。1910年代半ば、英国が舞台のお話し。主人公二人の肩のこらない素人探偵っぷりがほほえましい冒険スパイコメディです。



子供のころ、母の蔵書を読み漁っていた中でも一番好きなシリーズだったのですが、実際に読んだのは蔵書にあった本書と「二人で探偵を」の2作だけ。実はこのシリーズが5作もあることを最近知って、読み返してみようと思った次第です。

偶然再開した幼馴染のトミーとタペンスは、ともに仕事をなくした貧乏な境遇であることを知り、二人で手を組んで一旗挙げようと「青年冒険家商会(ヤング・アドベンチャラーズ)」なるものを立ち上げます。たまたま居合わせてその話しを耳にしたある人物が、タペンスに仕事を頼もうと接触してきたのですが、胡散臭そうな相手に本名を告げることをはばかり彼女が口にしたある偽名が、二人を大冒険にいざなうこととなります。

とにかく本作の魅力はトミーとタペンスのコンビに尽きます。作品中では、トミーのことは
彼は物事をじっくり考えて解くほうで、はっきりと納得がいかないかぎり先にすすむようなことはしません。(P403)
つまり、ぱっとしないけど堅実な熟考型。一方タペンスのほうは、
直観力は彼よりまさりますが、常識的な判断力はおとりますね。(P403)
と、閃きタイプの瞬発力型と設定されています。

二人合わせて一人前にしようという作者の意図は分かるのですが、実際にはトミーは結構頭が切れるし、窮地でのハッタリも効くし、大事な局面での思いきりも備えたタフガイです。本書は筆者のデビュー2作目ということで、まだそのあたりの描写力が十分でなかったのかもしれませんが、これはうれしい誤算と言わざるを得ません。

タペンスがとにかく素敵なのです。超前向きで何事にもチャレンジ精神で臨むアグレッシブさを持ちながら、育ちが良いせいか礼儀や気品もそれなりに備え、要所ではブレーキもしっかり利かせます。決して突っ走りすぎてトミーのフォローに頼りきるというような単純な性格ではありません。こんな素敵なお嬢さんには、それなりに釣り合う相方が必要で、本書のトミーはまさに彼女のベストパートナーなのです。

あとがきによると、本書はクリスティの数ある作品の中でも冒険物と位置づけられているようです。二人が交互に窮地に陥り、一方の問題が解決する間にもう一方が・・・というようにコロコロ視点が切り替わっていくので、500ページ超の長編でありながらスピード感があり読者を飽きさせません。

冒険ものであるからといって、そこはクリスティのこと。ミステリ要素もしっかり盛り込まれています。ただ、こちらのほうは若干あからさま過ぎますかね。話しのタイプ的に意識的にやっていることだとは思いますが、真相についてはちょっと慣れたミステリ読みなら容易に想像はつくでしょう。

やはり、本書の一番の見所は、どこかとぼけた二人のやり取りだと思います。本書では二人は足して45に満たない年齢とありますが、次作では結婚して共同で探偵事務所を構えることになり、さらに一作ごとに年を重ねていき、5作目では70過ぎの老人になっているそうです。次の作品は確か連作短編で二人が互いの推理力を競う仕立てだったと記憶していますが、詳細は全く覚えていないので、続きを読むのがとても楽しみです。

評価:★★★★☆

関連レビュー:
秘密機関(アガサ・クリスティー)(本書)
おしどり探偵(アガサ・クリスティー)
NかMか(アガサ・クリスティー)
親指のうずき(アガサ・クリスティー)
運命の裏木戸(アガサ・クリスティー)

2010年8月27日金曜日

万能鑑定士Qの事件簿V(松岡圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

莉子のパリ旅行。かねてより憧れだったルーブルやオルセーをじっくり堪能するつもりが、いつものごとく物騒な事件に巻き込まれてしまいます。こう言っては大変申し訳ないのですが、今回は小笠原君の出番が殆どなかったのが良かったです。「残念男子」というジャンルがすっかり確立されつつある昨今ではありますが、彼が相方だとなんとなくテンション下がるんですよねぇ・・・



今回はイケメン男子が二人登場します。一人は高校時代の恩師「喜屋武友禅(きやんゆうぜん)」先生。頭が空っぽだった高校時代の莉子しか知らない先生は、海外への一人旅と聞いて心底心配し、パリへの同行を申し出ます。莉子の逡巡をよそに、男女二人きりの旅という点を全く気にしない先生と両親のずれっぷり。しかし、先生が莉子に対して少しも下心を持っていないことは、後にはっきり明らかになります。

もう一人は高校時代にお互いちょっといい感じだった同級生の「楚辺瑛翔(そべえいしょう)」。彼はフォアグラ料理で有名なレストランで調理師修行をしています。今回はそのフォアグラがらみで事件がおきてしまい、店の存続がかかる事態に莉子は首を突っ込んでいくこととなります。

毎回圧倒的な薀蓄をみせる松岡氏の作品ですが、もうフランスとなると本当だか嘘だか見極めようという気さえ起こりませんね。一点を除けば特に問題なくすんなり読めました。問題の「一点」がなにかは、読んだ方ならすぐに分かってもらえるでしょう。

事件の動機についても薀蓄がベースになっていますが、これはなかなか腑に落ちる良く出来たものだったと思います。実際ありそうな話しですし、犯人のキャラ的にもぴったりマッチして説得力がありました。場所を海外に移したわりに、話のスケール自体はそれほどでもありませんが、逆に風呂敷を広げすぎないのが良いほうに転がった印象です。

喜屋武先生はいいキャラですね。女生徒のひとり旅に強引におしかけるとは、いくら心配とはいえ空気読めなさ過ぎなきがしましたが、彼の事情を知ってまぁ納得。ほんとにこんなこと言っては申し訳ないんですが、小笠原君に代わってレギュラーになってもらえないもんですかねぇ・・・

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
『万能鑑定士Qの事件簿4』(松岡圭祐)

2010年8月26日木曜日

ローマ人の物語〈21〉危機と克服〈上〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ネロが自死においやられたのち、ガルバ、オトー、ヴィテリウスと、たった1年間に3人もの皇帝が死んでしまいます。ガルバとヴィテリウスについては自業自得だけど、オトーはちょっぴり可哀想でした。駄目皇帝達の争いよりも、裏で動くヴェスパシアヌス擁立の動きが面白いです。



世襲というと悪く取られがちですが、周囲に対して何がしかの納得を与える材料とはなりえます。地盤を引き継ぐ政治家についても同様ですね。これらの内紛劇は、アウグストゥスの血統が絶えたことにより起こった、必然的な混乱だったのかもしれません。

私のいるシステム業界でも同様のことが言えるのですが、危機的状況における指導者には二つの資質が求められるのだと思います。一つ目は、前線を経験し修羅場をくぐっていること。二つ目は、気配りに長けてあらゆる方向に目が行き届いていること。現場の臨場感に対する想像力が何よりも重要ですね。彼らには皇位継承の正当性だけでなく、それらの資質も欠けていました。

もっとも、ガルバもヴィテリウスも皇帝の地位に舞い上がってしまったちょっと残念な人たちだったのに対し、オトーはちょっとかわいそうでした。ガルバを廃して新皇帝になったは良いものの、同じくガルバ打倒を旗印にしていた、ヴィテリウスを担ぐライン軍団がすでに軍事行動を開始していたため、なし崩しに戦闘状態に突入してしまったのでした。

帝位争いはライン軍団やドナウ軍団など北方方面の軍事力を巻き込むものとなってしまったため、もはや武力なしの解決はありえない状況となります。それに対し、もうひとつの前線である東方方面の対応は実に見事なものでした。シリア総督ムキアヌス、ユダヤ戦役総指揮官ヴェスパシアヌス、エジプト長官ユリウス・アレクサンドロス。3人の有力者たちがクールで統制の取れた連携を見せます。

最終的にヴェスパシアヌスが帝位に就くことで内乱はようやく収まりますが、これが東方軍団によりたった一年で成し遂げらたというのは、当時の情報伝達網の遅さを考えれば驚異的なことだと思います。とはいえ、帝位が収まっても混乱のつけは大きかったのでした。彼ら3人には辺境の反乱を治めるという尻拭いの役が待っています。

評価:★★★☆☆

次巻:
ローマ人の物語〈22〉危機と克服(中)(塩野七生)

2010年8月25日水曜日

ストーンエイジCOP - 顔を盗まれた少年(藤崎慎吾) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

コンビニが警察業務のアウトソーシングを担う近未来が舞台です。ストーンエイジとは文字通り石器時代のこと。主人公の「滝田治」が類人猿のようなゴツイ容姿であるのが本書タイトルの由縁のようです。



現代日本にアマゾンのジャングルが融合したような奇怪な世界観。爬虫類などの逃げ出したペットが独特の生態系を築く一方、遺伝子技術の発達により、人は簡単に容姿を変えられるようになったりしています。

サブタイトルともなっている、顔を盗まれた11歳の少年「高橋健一」は、二人暮らしの母親に黙って容姿を人気のゲームキャラに変更したところ、元の彼にそっくりの偽者に取って代わられてしまいます。

コンビニ強盗の一味として捕まえた健一の境遇に不審を抱いた滝田は、その謎について調査を進めていくうちに、とある大企業の暗部に突き当たることとなります。巨悪と戦う、まさにストーリ自体は王道のど真ん中を突き破るものですが、背景の設定が設定だけに、異様な風情をかもし出しています。

ホームレス集団、とりわけ行くあてをなくした健一も頼った<山賊>と称す若者グループが、本書のなかでも一番の活気を見せてくれる存在です。ジャングルのような奇妙な生態系の発達により食料の入手がしやすくなり、ホームレス達も独自に自立化、組織化されてきているのです。

<山賊>のメンバーで13歳の少女ミューが、ヒロイン的位置づけとなるのでしょうか。ただし、仲間内で娼婦の役割を担っているため、そういうのが嫌な人は避けたほうが良いかもしれません。くらげの遺伝子により青白い光に包まれる、透き通るような肌の美少女。彼女がゴリラ男の滝田を意識するようになるきっかけについては、本書をご確認ください。

ごつい割りにやさしい滝田の性格と、何がなんだか分からない生態系が素敵な模様を描き出す本作品。続編があるほか、今年10月には最終第3巻も発売予定だそうです。続編のほうも先に文庫化してくれるとありがたいのですが・・・

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
ストーンエイジKIDS―2035年の山賊(藤崎慎吾)

2010年8月24日火曜日

街場のメディア論(内田樹) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

日ごろ、もやもやと感じていたものをすっきりさせてくれること多々。現状認識力がすさまじいなと感じます。文章も非常に読みやすいのですが、読みやすいだけに油断なりません。私にとっては雰囲気に流されることを戒めて臨まなければならない本でした。



メディア批判を読んでいて、なにかボタンのかけ違いのようなものを感じました。プロ意識を持たない現在のメディアを、具体的な例を挙げながら批判しているのですが、良く考えたら一般庶民の私にはあまり関係ない話しですね。もともとは、メディア関係の志望者も多いと思われる授業で語られた内容なので、誰もが真似をする必要はないことだと悟ってほっとしました。

それだけに、一般人の言動にまで立ち入った2ちゃんねる批判については首を傾げたくなります。
「名無し」が語っている言葉とは「その発言に最終的に責任をとる個人がいない言葉」ということになる。(P95)
全くその通りで、だから2ちゃんねるでは「嘘を嘘と見抜ける人でないと難しい」という言葉が金言扱いされています。その「名無し」達に対して
だって、その人は「私が存在しなくなっても誰も困らない」ということを堂々と公言しているからです。(略)そのような名乗りを繰り返しているうちに、その「呪い」は弱い酸のようにその発言者の存在根拠を溶かしてゆきます。(P96)
なんてことを高みから言われても、そこは発言者達自身がそれでいいと思っていることじゃないですかね。お前にそこまで立ち入られる理由はないと。正しいか間違っているかは別にして、生理的な反発を覚えます。

著者の「市場」嫌いについても、私はあまり受け付けません。医療や教育の現場における過度な市場主義の弊害については、なるほど同意できるところです。でも、市場性を排したら全てがうまくいくというわけではもちろんないですよね。非効率や悪弊の横行といったものが当然予測されるわけで、結局は何がしかのトレードオフの関係になってくると思います。

全般に筆者の現状認識力はすばらしく、まさに蒙が啓かれた気持ちになるのですけれど、その解決のところになると、どうしても懐疑的な気持ちのほうが先にたってしまいます。贈与経済の話しとかされだすと胡散臭さが倍増。私も大学時代はマルクス系の先生についていたので、その頃ならもっと素直に読めたかもしれませんね。市場主義に浸りきった社会人にはちょっとしんどい。

本書を読む上で心がけてほしいのは以下の2点。一つ目は、文章中で行われている批判と自分自身との位置関係を的確に見極めること。二つ目は、現状認識についての言説と解決策のロジックを分けて受け止めること。とにかく読みやすい文章なので、さらっと流されてしまうと大変です。平易な文章の割りに、内容をきっちり把握しきるのは難しい本だと感じました。

評価:★☆☆☆☆

2010年8月23日月曜日

ローマ人の物語〈20〉悪名高き皇帝たち(4)(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

帝政ローマ第5代皇帝ネロは、カエサルやオクタヴィアヌスさえもしのぎ、ローマの全歴史中で最も有名な人物なのだそうです。もちろんネガティブな方向でですが。理由はキリスト教徒迫害のため。本書を読み終えての私の感想は「それほど悪い人ではないけれど、やはり悪い人」。時や立場が違えば、その評価もまた違ったのかもしれません。



キリスト教徒迫害の事実はあったようです。ローマを壊滅的な状態にした大火がネロのせいだと噂されて、それを打ち消すためのスケープゴートとされてしまったのでした。もっとも、迫害はこれ一回きりとのことなので、後世キリスト教社会がローマを貶めるための過剰な喧伝だったというのが本当のところのようです。

性根は悪い人ではなかったようですが、歌手デビューしたり軍事以外での凱旋式を決行したり、何かと精神の安定を欠く嫌いはありますね。才能にはそれなりに恵まれつつも、若干16歳で帝位を継いだため、熟成の期間に恵まれなかったのが不幸だったのだと思います。3代皇帝カリグラも同様ですね。政治を年配者が務めるのは、それなりに理のあることなのかもしれません。

ネロといえば母親のアグリッピーナ。漫画「拳闘暗黒伝セスタス」がまさにネロの時代を扱っているのですが、そこで描かれている彼女が私には強く印象に残っています。血統と才能に恵まれ、女ながらに野心家の彼女。漫画版ではときたま温情や弱い面を見せることもあり、とても複雑な色合いを成す怪人物です。彼女は実の息子により死に追いやられることになります。

母殺し、妻殺し、従兄弟殺し。やはりいい人とはいえませんが、過去にはマリウスやスッラのような人もいたわけで(7巻レビュー参照)、それと比べれば取り立てて冷酷だったともいえないでしょう。彼に足りなかったのは何を置いてもまず「自制」だったと思いますが、才能ある若者がそれを備えるのは大変なことです。カエサルの後継者「オクタヴィアヌス」こそがまさに異例中の異例だったのだと思います。

失政が続くことにより元老院と市民から三行半を突きつけられ、プライド高き皇帝は自らの死を選びます。在位14年というのはとりわけ短いわけでもなく、ネロが単純に酷い皇帝だったとはいえない証といってよいかもしれません。彼の死によりカエサル-アウグストゥスよりつづくユリウス・クラウディウス朝が終わりを告げ、新たな混乱の幕開けとなります。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(3)(塩野七生)

2010年8月22日日曜日

フルメタル・パニック!12 ずっと、スタンド・バイ・ミー(下)(賀東招二) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

上巻の続き。完璧な収束でしたね。映画のようなラストシーン。長期間にわたったシリースを見事に締めくくってくれました。



戦闘シーン、うわーっと盛り上がるわけではないのがよかったですね。ラスボスで恋敵でもありながら、どうしても宿敵となりきれない宗介とレナードの空々しい関係。そして、師にして父親代わりだったカリーニンとのケジメをつける一騎打ち。主人公の性格もあるかもしれませんが、大ピンチに陥ってもどこか醒めているプロフェッショナル感の演出が素敵でした。

あの人は予想通り生きていましたが、彼の登場に対する仲間達のそっけない反応が素敵でした。死んだあいつのためにと意気あがっていたところだけに気持ちは分かりますが、そろって「台無し」呼ばわりは酷すぎます。いかにも彼ららしい素敵な関係がもう見られないかと思うと残念です。

本巻はいつにもまして挿絵が多かったような気がします。第1巻時点では、ちょっと古臭い絵柄棚と思ってしまったことを白状しなければいけません。今では四季童子さんは最も好きなイラストレーターの一人で、絵買いしてしまうこともしばしばです。

エンディング、素晴らしかったです。SFでありミリタリーものでもある本書ですが、あとがきで
最初の頃から決めていたことですが、この話はあくまでも「ボーイ・ミーツ・ガール」なのだと。
とおっしゃられている通り、宗介とかなめの二人が最後はきっちり締めてくれました。ラストについては何も言うことはありません。

ちょっと残念なのは、やはり前作からの間が開きすぎたことですね。上下巻も分冊でかまわないので同時に発売してほしかった気がします。それでもここまできっちり話しを纏め上げるのは流石です。小説以外のお仕事も色々と忙しいようですが、次巻の構想もあるようですし、クラフトコップの続きも楽しみにしています。

評価:★★★★☆

関連レビュー:
『フルメタル・パニック!11 ずっと、スタンド・バイ・ミー(上)』(賀東招二)

2010年8月21日土曜日

ストーリー・セラー(有川浩) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

うーわー・・・これは有川さんの裏ベストといってよい作品かもしれません。筆者の今までの作風を期待している方はご注意。傑作だけど救いようのない話です。



筆者の作品はほとんど読んでいますが、私の中でベストは「海の底」、次点は「図書館戦争」シリーズ。本書はいろいろな意味で全く逆のベクトルを行っています。負の側面が全開です。

有川さんの作品といえば、恥ずかしいくらいストレートなラブコメ成分が特徴ですが、今までの作品でも人間や社会の負の側面を描いていないわけではありません。むしろそれが主題といっても過言ではないくらいです。ただし、読後感は常にさわやか、甘い結末を約束してくれるため、いつも安心して読めました。

本書もラブコメはしっかり描かれています。パーツとしては今までの作品と同じものを使っているのに、組み立て方をひっくり返すだけでこれほどの衝撃を受けることになるとは驚きです。読み始め、今回のラブコメはあざとすぎていまいちだなぁなどと思ってしまいましたが、もしかしてそれも計算でしょうか。

作家の女性とその夫が主人公となります。Side:Aでは夫、Side:Bでは妻の視点から語れています。女性作家ということで、やはりご本人がモデルということになるのでしょう。勝手なことばかり言ってる書評家への批判なども痛烈になされていて、書評ブログなんか賢しげに書いてる私としてもちょっぴり胸が痛みます。

本人をモデルにする私小説のような風情は、本書の内容に実にあっていると思います。つまり読者の受けるダメージが一層大きくなるということです。リアルに理不尽な家族関係に悩まされている方なんかには、かなりグサッとくるんじゃないかという気がします。

散々脅すようなことを書いてしまいましたが、心構えを持って読めばそれほどのショックでもないように思います。もっとも、私のように全く油断して臨んだほうが存分に味わえるということはあるかもしれませんが。シビアな内容でありながらいつもどおり読みやすく、救いも全く残されていないわけではありません。傑作だと思いますが、人を選ぶという意味で評価は1としておきましょう。

評価:★☆☆☆☆

2010年8月20日金曜日

有頂天家族(森見登美彦) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

狸たちが主人公ということで、ちょっぴり警戒しつつ本書を手にしましたが、読み始めた途端すんなりあっさり感情移入してしまいました。主人公の元許婚はツンデレだし、天狗見習いとは思えない貫禄の「弁天」は妖艶すぎるし。で、結局一番怖いのは狸を食べる人間だったりするお話です。



狸と天狗と人間が登場するのですが、狸も天狗もやたらとお茶目で人間臭いです。人間臭いのに、それでいて狸は狸らしいし、天狗は天狗らしいのです。何を言ってるのか分からないと思いますが、私も良く分かりません。

説明しにくいものほど面白いというのが私の持論です。人気漫画を途中から読むと人間関係が全然理解できないということがよくありますね。予測しにくいストーリが展開された証拠で、それこそが良い作品の証なのです。

本書は、元首領である父親亡き後は不遇をかこっている狸の一家が、狸を食べる「金曜倶楽部」の人間達におびえたり、気ままな天狗たちのご機嫌を伺ったりしつつ、ライバルの叔父一家を相手に奮闘するお話です。あらすじとしては上記の通りで間違いありません。でも、この説明だと本書の面白さが全く伝わらないのです。

食べられることは恐れながらも、人間が狸を食べるの自然なことだとする達観。シリアスな状況でもいつもどこか間抜けな印象を与える暢気さ加減。言動の端々に表れる、実に人間的でありながら狸らしいほのぼのしたやり取りこそが、この作品の真骨頂といえるでしょう。

ただし、本書はただの雰囲気小説ではありません。叔父一家との抗争は金曜倶楽部や天狗たちを巻き込み、クライマックスでこれ以上ない盛り上がりをみせます。雰囲気も良く物語としても一級品の本作品、文句のつけどころがない傑作です。

評価:★★★★★

2010年8月19日木曜日

からくりがたり(西澤保彦) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

自殺した兄の日記には女教師や妹の親友らとの淫らな妄想が溢れていた。そして日記の登場人物が次々と奇妙な事件に巻き込まれていくことに。章ごとに視点がくるくる変わっていく連作短編集です。暗い、重い、そしてエロイ・・・



雑誌掲載作品のためか、一話ごとにそれなりに区切りがついています。その点では読みやすいのですが、途中あたりは内容がちょっと重くてしんどかったです。まぁ、今回はトラウマにグサッとくる類のものではないので、黒さのレベルとしては中級というところですが、タックとタカチのシリーズが大好きな私としてはなんとも・・・。

分類としてはミステリというよりホラーの色合いのほうが強いかもしれません。謎の人物が現われたり、幽体離脱っぽい状況が起きたり、話が進むにつれて超常現象の割合が増していきます。

高校時代の同級生達を中心に女性キャラがたくさん登場しますが、揃いも揃ってビッチばかりで、なかなかエロイ展開をみせてくれます。「両性具有迷宮」ほどストレートではありませんが、エロ度ではあまり変わりないかもしれません。そういう意味ではなかなか大きな声でお勧めとはいいにくい作品です(^^;

各話の解決も全体を通してのオチも、良いとまでは言えないにしてもそこそこ納得の出来るものでした。ミステリ分を期待しすぎると肩透かしかもしれませんが、ブラック西澤のテイストが好きな人にはお勧めです。エロを期待するならエロ本買ったほうがいいかなぁ・・・

評価;★★★☆☆

2010年8月18日水曜日

こころげそう(畠中 恵) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

若い男女9人の幼馴染による、連作短編形式の恋愛物語。もちろんお江戸が舞台です。人間関係の把握が面倒そうかと思いきや、実にわかりやすくそれぞれのキャラが立っています。まぁ、二人は死んでますけれど。一人は幽霊ですけれど。



良くも悪くもわかりやすい文体が筆者の作品の特徴です。時代小説でありながら古臭さを一切感じさせず、それでいて江戸の情緒はしっかり表現しきっているのが相変わらず素晴らしいです。ミステリ要素もしっかり盛り込まれています。

基本的に難解な文章をありがたがる風潮は好きではないので、本書のような作品は大好物の部類なのですけれど、いい歳したおじさんにはさすがに題材的にちょっとしんどいところが無くもありません。やはり一番のターゲットは若い女性となるでしょう。

畠中さんの作品全般を通していえますが、どうも恋愛関係について一筋縄では収まらない傾向がありますね。恋愛小説ってのがそもそもそういうものなのかもしれませんが。本書もちょっとほろ苦い後味を残します。

今回はしんみりした叙情よりも遣りきれない切なさのほうが強く残りました。私的には色々しんどいなと感じるところもありましたが、要は真っ当すぎるほどに真っ当な恋愛小説だということです。畠中さんの小説が好きな人には文句なく楽しめるのではないかと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年8月17日火曜日

信長の棺〈下〉(加藤 廣) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

上巻での重要な伏線は一応解決を見せているようですが、もしかしかすると続編を読まずに本書の評価をするのは難しいのかもしれません。歴史解釈はやや空想的な感じを受けましたが、入念な調査に基づく時代背景の丹念な描写がすばらしい作品だと思いました。



本能寺の変における信長遺体消失の謎に真っ向から取り組んだ本書ですが、史実に忠実に推理を進めているためか、エンターテインメントとしてはそれほど面白みは感じられなかった気もします。戦国時代に詳しい方なら、もっと楽しめるのかもしれません。

丹波者が急に出てくる流れが若干唐突というか、ちょっぴり胡散臭い感じがしました。別に怪しげな忍術を使う集団というわけでもないのですが、その設定からしてどこまで本気で捕らえてよいのか分からない存在です。

やはり私の歴史疎さが障害となっているのかもしれません。どこまでが本当か見抜けないので、全体的な印象もフィクションとノンフィクションの狭間で曖昧に感じられてしまいました。

単純に読み物としてみたとき、主人公の太田牛一なかなか好感の持てる人物です。著述家でありながら青瓢箪な学者ではなく、若いころは弓の腕で鳴らした巨漢。それでいて清廉潔白な人物であるところにミスマッチの妙を感じさせます。女人に弱いのも人間的で良いですね。

本書だけみると、読み物としてはどうかなと思う部分もあるのですが、続編に連なる伏線がところどころに残されているようで、俄然気になるところです。

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
信長の棺〈上〉(加藤 廣)
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明智左馬助の恋〈上〉(加藤廣)
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2010年8月16日月曜日

信長の棺〈上〉(加藤 廣) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「本能寺の変」の謎を、信長の元側近で「信長公記」の著者「太田牛一」の視点から追う歴史ミステリです。2章あたりは少々退屈でしたが、3章からヒロインらしき女人も登場して面白くなってきました。70歳の爺さんが主人公なのにお色気シーンがあります(笑)



私は知らなかったのですが、「信長公記」という書は信長研究には欠かせない本だそうですね。そういう主人公の性質からも、戦や腕っぷしにものをいわせる戦国ものではなく、あくまで隠居老人による謎の探索がメインとなっています。もっとも、牛一自身はその名の通り牛のような大男だったそうですが。

謎がいくつか出てきます。本能寺の変のこと、信長から命がありしだい運ぶよう言われていた5つの箱のこと、太閤秀吉の不可解な関与など。上巻だけだと、話しの本筋がどちらにあるのかまだ見えてきません。

筆者は証券業界やベンチャー育成など経済人としてのキャリアが長い方だそうで、これまでの著作はビジネス書がメインだったそうです。そのキャリアからして、現代視点からみた当時の経済事情などが話の中心になるかと思っていたのですが、いまのところはそうでもありません。ただ、当時の風俗や風習についてはかなり念入りに書き込まれていて興味深いです。

「信長公記」を書き終え、秀吉に納品しようというところで上巻は終了です。これがクライマックスなのかどうか、いまいち良く分からないのですね。どういう風に話しが転ぶのか楽しみにしつつ次巻へ。

続きはこちら

関連レビュー:
信長の棺〈上〉(加藤 廣)(本書)
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2010年8月15日日曜日

あしたのファミリア 1, 2 (樋口彰彦) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

2巻の帯が三雲岳斗さんの推薦文だったのでチャレンジしてみました。共同住宅「日月館(たちもりかん)」を復興しようとする「日月明日(たちもりあした)」。入居者募集にやってきたのは吸血鬼の少女「ノイクローネ」とその眷属でした。推薦文の通り、良くも悪くも「正統派」のバトルラブコメです。





1巻の帯が入間人間さんで2巻が三雲岳斗さん、ライトノベル的な展開を意識されているのでしょうか。バトルものなのに何故この二人なのかという気はしますが。もう少しミステリっぽい雰囲気を期待してしまいました。

ヒロインが吸血鬼のバトルものというあたり相当使い古された設定なので、どこにオリジナリティを出すのかが重要になってくると思うのですが、少なくとも2巻までを読む限りではどこが売りなのかなーという印象です。

「日月館」や明日の曾祖父「日月明寿(たちもりめいじゅ)」の伏線については気になります。なんというか、絵柄にしろストーリーにしろ大物感はありますね。大化けしそうな雰囲気はとても感じるので、今後に期待したいと思います。

それにしても、女の子がすでに4人出てきているのにことごとく萌えないとはいかなることでしょう。これ以上新キャラが出てこないとなると、私的にはちょっと厳しいかも。

評価:★☆☆☆☆

2010年8月14日土曜日

亜玖夢博士の経済入門(橘 玲) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

あらゆる学問に通じた亜玖夢博士(70歳)が、その学識を駆使して民衆救済(?)を行う連作短編集。各話のタイトルが「囚人のジレンマ」や「ゲーデルの不完全性定理」など現代学問の有名なトピックとなっていますが、新宿歌舞伎町が舞台ということもあり、アカデミックな雰囲気は皆無です。むしろブラックなユーモアセンスこそがこの作品の特徴でしょう。



4話目まではほぼ完全に独立していますが、最終5話目だけは一応総括的な話となっています。以下、各話の感想です。

第一講「行動経済学」:
相談に訪れた若いフリータ崩れの借金問題を解決(?)します。そういえば、ユリウス・カエサルも莫大な借金を抱えていた人でした。一人殺せば犯罪、たくさん殺せば英雄。まぁ、そういう話です。アイロニカルな味がたまりません。

第二講「囚人のジレンマ」:
密輸ルートをたたれて手詰まりなシャブ売人の悩みを解決します。正直、囚人のジレンマはあまり役立っていない、というより強引に役立てようとお膳立てする目的こそが肝となるお話し。

第三講「ネットワーク経済学」:
いじめられっ子からの相談に対して、イジメ問題の本質をネットワーク経済学の理論で説明します。しかし、何の解決にもならず、挙句の果てに「子供のことはよくわからん」と投げ出す始末。仕方なく子供自身が自力で考えたアイデアから、とんでもない方向へ事態は進みます。いじめ問題が単純に解決をみせないところがシビアでよいです。本書で一番好き。

第四講「社会心理学」:
亜玖夢博士vsマルチ講。博士がことごとくマルチの手口を論破します。しかし、単純な勧善懲悪では終わりません。博士自身の過去も垣間見え、底の深さがうかがえます。

第五講「ゲーデルの不完全性定理」:
生きる目的を求めていた18歳の少女「工藤あかね」が、「ゲーデルの不完全性定理」により打ちのめされ、生きる希望を完全に失います。全然救済になってねー!お星様になる良い方法を模索しながら博士の下に住み着いた彼女が、博士の手下の仕事を手伝ううちに、妙な状況に巻き込まれることとなります。この子はレギュラーになるのかな?

全編を通して、結果的には博士の学識はあまり役に立っていないのが本書の良いところです。やはり難しいことは簡単には解決しないんですね。そういう落としどころをつけるバランスがすばらしい作品だと思いました。

評価:★★★☆☆

2010年8月13日金曜日

遺品(若竹七海) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

設定としてはとても直球なホラー作品なのですが、ブラックではあってもあまり怖くはないので、ホラーが苦手な方でも安心して手にとっていただけるかと思います。サスペンス仕立てで最後まで一気に読んでしまいましたが、オチについてはちょっとモヤモヤした感じでした。



美術館閉鎖に伴い無職となった元学芸員の「わたし」に、女優であり作家でもあった「曾根繭子」の遺品を整理し、客寄せのため一般公開する手伝いをしてほしいとの依頼が来ます。場所は金沢の山の中にあるリゾートホテル「銀鱗荘」。ホラーの舞台としてはこの上なく良い雰囲気です。

遺品の整理をするうちに、お約束どおり色々な怪異がおきます。それぞれの事件については結構凄惨なものもあるのですが、著者特有のクールな文体のため、さほど真に迫った怖さは感じられません。ホラーファンには物足りないかもしれませんが、怖いものが苦手な私にはちょうど良かったです。

徐々に盛り上がっていきクライマックスに至るまでは完璧な展開だったのですが、最後はこう落とすのかぁ・・・と少し拍子抜けしました。ミステリではないので論理的な解決を求めているわけではなかったのですが、なんとなく唐突というか、腑に落ちない印象が残ってしまいました。

あまり感情を揺さぶるような作品ではありませんが、だからといって物足りないということではありません。丹精でクールな展開はとても私好みでした。ラストに「クール・キャンデー」のような強烈なオチがあれば満点だったのですが、少なくとも本書を読んで損するということはないでしょう。

評価:★★☆☆☆

2010年8月12日木曜日

ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(3)(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

政治と縁のない歴史学者として暮らしていたクラウディウスが、50歳にしていきなり第4代皇帝として祭り上げられます。公務は一生懸命やるけど奥さんには何もいえない、日本人としてはちょっぴり親近感の沸く皇帝かもしれません。



とにかく容姿がぱっとせず、どもり癖があって演説下手と来ては、人気も期待も生まれるはずがありません。しかし、アウグストゥスの血筋というだけで帝位についた割には、なかなかの奮闘を見せてくれます。先代皇帝カリグラの失政をことごとく尻拭いし、ティベリウス治世化の政策を再建してローマに平和を取り戻します。期待されずに就任して思わぬ成果を出してしまったあたり、小渕恵三内閣をちょっと思い出しました。しかし、この歴史家皇帝の悪評を高めたのは二人の奥さんなのでした。

3人目の結婚相手であるメッサリーナはクラウディウス即位時わずか16歳。突然落ちてきた后妃の座に舞い上がるのも無理はないかもしれませんが、権力の乱用はともかく男漁りのため下賎な娼家で客を取るとなるとなると、開いた口がふさがりません。挙句ただの不倫でなく旦那不在の好きに二重婚までしてしまうとは・・・最後は側近にすっぱり殺されてしまいます。もしかして、グイン・サーガにおけるグインの王妃シルヴィアのモデルなのかもしれません。

二人目の皇妃アグリッピーナは先代カリグラの妹でクラウディウスの姪にあたります。叔父と姪で結婚とか、当時のローマでも考えにくい血の濃さだったようですが、成文化された法がないのを理由に押し通しということでしょう。まぁ、実の子供は生まれなかったので、純粋に政略的な意味合いだったのかもしれません。アグリッピーナは先妻の子を差し置き、自身の連れ子「ドミティウス」の擁立に動きます。そして、準備が整うと同時にクラウディウスを毒殺、こぇー・・・。メッサリーナと違い有能であるだけに一層たちが悪い(^^;

クラウディウス帝も人気がなくて、史書には悪評ばかりだったそうです。その評価が高まるのは、ティベリウス同様に後世の考古学発展を待たねばなりませんでした。カエサル、アウグストゥス、ティベリウスと比べると人物としては明らかに見劣りしますが、良き指導者のあり方というのは一様ではないということだと思います。そして次巻、ドミティウス改め「ネロ」の治世となります。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
ローマ人の物語〈18〉悪名高き皇帝たち(2)(塩野七生)

続き:
ローマ人の物語〈20〉悪名高き皇帝たち(4)(塩野七生)

2010年8月11日水曜日

星を継ぐもの(ジェイムズ・P・ホーガン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

著者の逝去にともなうフェアを書店でやっていたので、よい機会だと思い手にとって見ました。読み進めるのがちょっと大変で、読了まで数日かかってしまいましたが、肝となるトリックが名作と呼ぶにふさわしい傑作です。



学生時代に読んでいたらすごい衝撃を受けたかもしれませんが、歳をとるにつれやわらかい方向へ趣向が傾いてきた私としては、文章や設定がちょっとお堅めに感じられました。直球過ぎるほどの直球勝負なので、SFファンにはたまらない作品ではないかと思います。

物語の発端は月で発見された5万年前の死体からとなります。進化論的に人類と同種としか考えられない存在の正体に迫りますが、その議論は紛糾します。次々に出てくる証拠を突き詰めるとどうしてもありえない矛盾にいきあたってしまうのです。それに対してどういう答えを出すのかというミステリ仕立てとなっています。

中盤あたりは難解というより退屈な展開が続いて、どのように収束するのか若干不安だったのですが、謎解きの部分は実に見事だったと思います。正直、謎の正体自体は割と予測の範疇だったのですが、それがどのように実現されたかの部分が愁眉でした。

私はどちらかというと物語としての完成度を重視しているので、個人的な評価としてはあまり高い得点をつけられないのですけれど、この作品がSF史に残る傑作だという点については、まったく異論がありません。

評価:★★☆☆☆

2010年8月10日火曜日

銀二貫(高田 郁) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

江戸時代中期、大坂天満の寒天問屋が舞台となります。タイトルの「銀二貫」というキーワードが最後までぴんと来なかったのですが、お話しのほうは面白かったです。寒天作りのディテールが凄い。



銀二貫は金に直すとざっと三十三両とのこと。100万円くらいな換算になるでしょうか(参考)。大火の難を逃れた寒天問屋「井川屋」の主「和助」は、大坂天満宮に寄進するために調達したその大金を、仇討ちで親を殺された「鶴之輔」を救うために投げ出します。

実は、この出だしのロジック自体があまりよく分からなかったのですが・・・鶴之輔の親を殺した武士も理由あってのことで、息子にまで手をかけるつもりはなかったわけですから。他にも何度か「銀二貫」のキーワードが出てきますが、何かこじつけな感じがなくもありません。

本書のキーワードとして「天満宮」と「大火」があります。当時の大坂の商人達にとって、天満宮への信心はとても大切なものだったそうです。大火の後も寄進できる余裕のあった井川屋がそれをしないことは、白い目でみられる原因ともなります。和助は番頭の「善次郎」に苦い顔をされ、丁稚となった「鶴之輔」改め「松吉」は長いこと居心地の悪い思いをすることとなります。

大火は人生を大きく狂わせてしまうため、物語のエッセンスとしては使い勝手が良いのでしょうけれど、ヒロインの「真帆」はとても可哀想です。高田郁さんの作品って、いつも女性キャラがめちゃくちゃ不幸な生い立ちを背負っている印象がありますね。もっともこんなに重い設定でも、文章やストーリーにどこか爽やかな感じを漂わせるのが筆者の凄いところです。

多少設定に気になるところはあるものの、ストーリ自体は苦労を乗り越えて成功を勝ち取るという王道で、読み味は抜群にすばらしいです。これはこれでもちろん良いのですが、ヘビーな話しの苦手な私としては、たまには不幸でないヒロインも書いてほしいなという気もします。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
「出世花」(高田 郁)

2010年8月9日月曜日

ローマ人の物語〈18〉悪名高き皇帝たち(2)(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ティベリウスの「家出」。よっぽど元老院やアウグストゥスの子孫達がうるさかったようです。とはいえ公務は投げ出さずに完璧に勤めた彼のあとを受けたのはやんちゃな皇帝「カリグラ」。民主党政権のごとき大盤振る舞いの末に4年を待たず暗殺されてしまいました。



ティベリウスは本書のタイトル通りとても評判の悪い皇帝だったようで、歴史家の「タキトゥス」なんかもボロクソに書いていたそうです。彼の評価が変わったのは、考古学が発展し歴史家の著作以外の情報も増える19世紀以降のことだとか。

民衆へのアピールも政治家の重要な能力なので、その観点からいくとティベリウスを一流の政治家と評することはできないのかもしれません。でも、派手なアピールを嫌い必要なことを寡黙により遂げる姿勢は、いかにも日本人好みな気質ではないかという気もします。

カプリに隠遁してしまい、ローマに姿を一切みせなくなったティベリウスには元老院からも民衆からも大ブーイングがおきます。しかし、リモートコントロールで政務に滞りをみせなかったところは流石です。

思うに、もしそれが本当に必要だということなら、ティベリウスは嫌々でも人気取りをやったのではないかと思います。既に誰にも太刀打ちできない十分な権力を保持していたからこそ、意味のないご機嫌取りに見切りをつけてしまったのではないでしょうか。

さて、人気のない皇帝のあとを継いだのは若干24歳、アウグストゥスのひ孫に当たり容姿も優れた「カリグラ」です。元老院も民衆も属州も諸手を挙げて大歓迎する様子は、政権交代を果たした民主党の勢いを思い起こさせます。

で、調子にのってティベリウスが作った貯金を食いつぶしたあとは金策に苦しみ、現炉印からも民衆からもそっぽを向かれ、デリケートなユダヤ民族とも波風を立てた上で、幼少よりの重臣によりあっさり暗殺されてしまいます。才能はあっても自制心のなさが決定的でした。

次巻は、齢50にして突然皇帝の椅子が転がり込んできてしまった、クラウディウス帝です。アグリッピーナの暗躍とかあるんですかね。きな臭さがどんどん増してきます。

評価:★★★☆☆

続巻:
ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(3)(塩野七生)

関連レビュー:
ローマ人の物語〈17〉悪名高き皇帝たち(1)(塩野七生)

2010年8月8日日曜日

クロノ×セクス×コンプレックス 2(壁井ユカコ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

今回は男子寮が舞台となるため、前回は先生以外に皆無だった男キャラが登場します。新キャラの「バーニー」が大活躍。中身は男の「ミムラ」がきっちりヒロインしております。タイムスリップを題材とした魔法学園もの第2弾。



魔法の設定がちょっとややこしい気もしましたが、結構勢いで読ませてくれるのであまり気になりませんでした。今更ですが流石の力量です。

マリみて」みたいな百合っぽい絡みがメインかと思っていたら、今回は全然違いました。このあたりは微妙に感じる人もいるかもしれません。

ヒロイン役かと思われていたオリンピアがすっかりスピンアウトの趣きです。というか、237ページの絵が怖すぎ(^^;

様々な時代の人間が一堂に会する場ということで、親戚関係などでの捻った設定も今回は出てきています。タイムパトロールものなんかでは鉄板な設定ですよね。

絵師さんが変わってしまったのは残念ですが、あまり違和感はありませんでした。最後の引きがとても気になっただけに、次巻はすんなり出てくれることを期待したいです。

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
クロノ×セクス×コンプレックス 3(壁井ユカコ)

関連書籍:

2010年8月7日土曜日

初恋ソムリエ(初野 晴) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「初恋」という甘酸っぱい響きに騙されないように。初恋ソムリエを自称する「朝霧亨(あさぎりとおる)」の胡散臭さはただごとではありません。今回も4つの短編で構成される、「チカ」&「ハルタ」の吹奏楽部シリーズ第2弾です。



前作が面白かったので、ハードカバーながら続編に手を出してみました。前回やや物足りなかった吹奏楽関係の比重が大きくなっていて良かったです。以下、各話の感想を。

「スプリングラフィ」
プロ志望のクラリネット奏者「芹澤直子(せりざわなおこ)」が登場します。その演奏力は部内トップクラスの「ハルタ」や「成島美代子」らを遥かに凌駕し、本来なら吹奏楽部など相手にされない存在のはずなのですが・・・。なかなか生々しいお話しです。ついでにツンデレ。

「周波数は77.4MHz」
カイユと7人の賢者によるラジオ放送に隠された秘密とは。そこに、校内10人の問題児の一人「麻生美里」率いる地学研究会の活動が意外な形で関係してきます。なかなか驚きの展開が待っていますが、印象的なエピソードが多い分、短編作品としては逆に輪郭がぼやけた印象も。打楽器奏者「檜山界雄」が登場します。

「アスモデウスの視線」
ちょっと変わった構成で、新メンバーは登場しません。部員に黙って普門館常連校のヘルプに行っていた草壁先生が過労で倒れてしまいます。文句を言おうと乗り込んだチカ達は驚きの事実を聞くことに。ハルタやチカが他校の教室で他校の制服を着ながら、「3回の席替え事件」の謎に挑みます。ミステリの提示と真相がすばらしく、本書で一番好きな話しです。

「初恋ソムリエ」
今回も新メンバーは登場せず。芹澤直子と同居予定の伯母が興信所に初恋の相手捜しを依頼したところ、「あなたの初恋の真贋を鑑定します」との手紙を受け取ります。差出人は「初恋ソムリエ」を名乗る3年生の朝霧亨、朝霧興信所の3代目でした。
初恋というのはたいがいにおいて過去の記憶だ。(略)しかもめいいっぱい美化される。(P214)
などとのたまい、怪しげな理屈で鑑定を行うなんとも珍妙な話し。しかし、これが徐々にヘビーな話になってきます。そういえば前作も最終話は重かったですね。ちょっぴり切ない読後感を残すお話し。

面子も大分揃ってきて、そろそろメンバー的には落ち着いてきた感じでしょうか。今回はライバル校らしきものも登場し、今後の展開が俄然楽しみになってきました。しかし、結構ラブコメ成分が散りばめられている割に、主人公達の三角関係は進展のかけらもありませんね。まぁ、それはそれでとてもらしい展開だと思えるのが、「チカ」や「ハルタ」の楽しい悲しいところです。

評価:★★★★☆

続巻:
空想オルガン(初野晴)

関連レビュー:
『退出ゲーム』(初野 晴)

2010年8月6日金曜日

ローマ人の物語〈17〉悪名高き皇帝たち(1)(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「悪名」の先陣を切る二代目皇帝ティベリウスですが、著者の肩入れが結構すごいです。変に中立ぶっていないところが、塩野さんの本が面白い由縁なのでしょう。人気取りを一切しない無愛想な男が、ローマの礎を磐石なものとします。



テルマエ・ロマエ」で登場するティベリウスは人嫌いな同性愛者(?)として描かれていますが、人嫌いはともかく同性愛者ということはなかったようです。離婚以降は女っけがなかったために出た噂でしょうが、アウグストゥスに無理に分かれさせられたかつての妻がずっと忘れられなかったのではというのが筆者の見解です。

※2010/09/18追記 すみません。テルマエ・ロマエに登場するのはハドリアヌスでした。人間嫌いということですっかり勘違いです。

ローマの帝政は前任の指名だけでなく元老院の承認も必要という一風代わったもの。そこからも分かるように、皇帝とはいえあまりに周囲の意見をないがしろに出来ない体制となっています。徹底的に無愛想でそっけなく、アウグストゥスの血も引いていないティベリウスがうまくやっていけたのは、功績も実力もあまりに並外れていたためでしょう。

ティベリウスの治世で一番印象的なのはゲルマニアからの撤退です。軍事オンチのアウグストゥスがエルベ河まで領土を広げてしまいましたが、常に戦の最前線に立ち続けていたティベリウスは、ゲルマンの土地を支配し続けることの難しさを、先々代のカエサル同様に熟知していました。

ただし、ただ撤退では義父の功績にけちをつけることになり、皇帝の権威をおとしめることになるため、ちょっと一工夫裏技を使います。ゲルマン人相手に一見大勝したようにみえたアウグストゥスの孫にして後継者候補筆頭のゲルマニクスを東方に「栄転」させ、そのどさくさに防衛ラインをひっそりとライン河まで引き下げてしまいました。目先の価値にとらわれず、ローマの軍事戦略の本質を「拡大」でなく「防衛」と心から理解していなければ出来なかったことだと思います。

それにしてもアウグストゥスの血へのこだわりはやっかいなものを残します。直系の孫であり、ティベリウスの次の皇帝と遺言されていた人望と才能に溢れるゲルマニクスが病で倒れてしまったのが、ネロの代まで続く陰惨な事態を引き起こした原因なのかもしれません。まぁ、著者は目立ちたがりのゲルマニクスには冷淡ですけれどもね。彼の妻による「アグリッピーナ党派」の暗躍はもう少し先の話になるでしょうか。

ティベリウスの話はもう少し、次巻まで続きます。

評価:★★★☆☆

次巻レビュー:ローマ人の物語〈18〉悪名高き皇帝たち(2)(塩野七生)

2010年8月5日木曜日

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら(岩崎夏海) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

泣いちゃいました。ビジネス入門書と思って油断した。ドラッカー入門としても秀逸だと思いますが、もっと淡々としたストーリーを想像していたら良い意味で裏切られました。



今までスルーしていたのは話題になりすぎていたためです。「もしドラ」とか調子に乗りすぎだろ、みたいな。大体にしてレビューブログなんてやってる人は一家言あるひねくれものが多いと思うんですね。表紙があんなラノベっぽくては、際物なんだろうなという先入観が先にたってしまいます。客先でも話題になっているようなので、今回やむなく手にとってみた次第です。

以前の勤め先の社長がドラッカー好きだったこともあって、本家「マネジメント」のほうは既読でした。それもあって、わざわざ手を出すこともないかなと思っていたのですが、本書中の引用を眺めているうちに、こういう本は一回読んだだけでは駄目なんだなと改めて気づかされました。みなみちゃんみたいにボロボロになるまで読み込んで、実践しないと意味がありませんね。

否定的な意見は、まぁあるだろうなと思います。Amazonのレビューを見ていると、「文章が稚拙」とか「ノーバントノーボールは非現実的」とか「あざとい企画もの」とか、これは私も同様に感じた部分が多少はありました。ただ「ドラッカー初心者」という顧客に対してドラッカーの思想を紹介するという観点でいくと、本書は完璧に目的を達成出来ているのではないかと思います。読みやすく分かりやすいものを低く見る風潮が、私はあまり好きではありません。

もし本書の内容を役立てようと真剣に思うのなら、みなみちゃんと同様にエッセンシャル版を買って何度も読み込み、実践してみることが重要です。ただ、本書はあまり構えずに単純にエンターテインメントとして読んでも良いのではないでしょうか。企画と同様ストーリー自体も相当あざといので、拒否反応が出ちゃう人もいるかと思いますが、わたしみたいな単純な人にはじわっと来る、明るくも切ないお話しとなっています。

評価:★★★★★

関連書籍:

2010年8月4日水曜日

隠し剣孤影抄(藤沢周平) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ちょっと残念な藩主「右京太夫」の治める海坂(うなさか)藩を舞台とした、剣客もののオムニバス短編集です。映画「必死剣鳥刺し」の原作も収録されています。しかしこの藩、何人剣豪がおるんだ(^^;



多分、藤沢周平作品を読むのはこれが初めてです。実家で母が山のように集めていたのに、何故か手が出ませんでした。冊数が多くてどれから読めばよいのか分からないということもあったのですが、本書もロングセラー作品だそうなので、一冊目としては良かったかもしれません。以下、各話の一行感想です。

邪剣竜尾返し:まぁ、奥義なんてこんなもんでしょう。
臆病剣松風 :臆病を武器にします。本書で一番好き。
暗殺剣虎ノ眼:ちょっとしたホラー展開。オチがやや唐突な感も。
必死剣鳥刺し:本書一番の完成度。映画化に選ばれるのも当然。
隠し剣鬼ノ爪:そんなんあり?的奥義。
女人剣さざ波:ヘタレ亭主に共感。
悲運剣芦狩り:秘剣を破る方法。
宿命剣鬼走り:救いようのない話。ラストがこれか・・・

悲運剣と宿命剣の両方で「卯女(うめ)」という未亡人が出てきますが、何か深い意味があるんですかね。亡き夫の名前が違ってるので、違う人物のはずなのですが。続編があるようなので、そちらで明かされることを期待しています。

評価:★★☆☆☆

2010年8月3日火曜日

『ローマ人の物語〈16〉パクス・ロマーナ(下)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ティベリウスとの確執と和解。血にこだわりながらも才能ある直系に恵まれない悲哀。アウグストゥス編の最終巻です。



ティベリウスが拗ねてロードス島に引っ込んでしまう一大事。ローマはまだまだ紛争の火種を抱えているのに、これといって有能な指揮官が見当たりません。後継者育成失敗は、アウグストゥスの数少ない失敗のひとつですね。軍事面に暗いアウグストゥスにとって、右腕アグリッパの早世は痛すぎたことでしょう。

孫のガイウスとルシウスも遠征失敗の末に若くして死亡。娘のユリアはころころ親に結構相手を変えらるうち、なにやら色事の不始末をしでかし島流し。弱り目に祟り目のなか、ティベリウスとようやく和解することとなります。

ほぼ完璧な治世に成功したアウグストゥスですが、臨終間際に行ったゲルマニア遠征もあえなく失敗となり、必ずしも幸福な最後だったとはいえないのかもしれません。とはいえ、密かに推し進めていた帝政は後継者にティベリウスを得ることでほぼ完成。アウグストゥスが病弱だったにもかかわらず77歳まで生きのびたのは、友や孫たちに先立たれたために一人で責任を背負う立場になってしまったためかもしれません。

さて、次巻からは「悪名高き皇帝たち」です。その中にティベリウスも入っているのが不思議なんですよね。今までの書かれ方だととても有能な人物に見えたので。漫画「拳闘暗黒伝セスタス」の舞台となっている、ネロの時代もとても楽しみです。

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
『ローマ人の物語〈14〉パクス・ロマーナ(上)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈15〉パクス・ロマーナ(中)』(塩野七生)

2010年8月2日月曜日

『蒼路の旅人』(上橋菜穂子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

守り人シリーズ第6弾。シリーズ最終章となる「天と地の守り人」3部作へのプレリュード的位置づけの作品となりますが、淡々と読み進めていたらラストにとんでもない展開が待ちうけていました。



タイトルが「旅人」となっていることからお分かりの通り、新ヨゴ皇国の皇太子チャグムが主人公でバルサは出てきません。タルシュ帝国に囚われたチャグムが、虜囚の身からタルシュに征服された国々をみて何を思うのか。そして、タルシュ帝国王子ラウルとの対決、帝国から求められた役割に対して、チャグムがある決断をすることになります。

タルシュ帝国はローマを彷彿とさせますね。侵略した国々に対して徹底したインフラ整備を行い、内政は基本的にその国の民に任せる方式です。結果的に、征服された国々は文明度が上がり、政治にも目を光らせているため、むしろ民草にとっては歓迎すべきといえなくもない状況となっています。絶対的に悪とは言い切れないタルシュ帝国の治世について、チャグムがどのようにスタンスを決めるのかが本書のクライマックスで明かされます。

結構淡々と話は進むので油断していたのですが、終章の展開は実になんとも爽快な結末をみせます。準備的位置づけの作品ながら、本書単体でも実にまとまりのある一個の作品となっているのです。上橋さんの作品は今まで結構読んでいるので、作者の手腕については十分に分かっていたはずなのですが、あらためて驚嘆することとなってしまいました。

次作、文庫を待つかソフトカバー版に手を出してしまうか、とても悩ましいです・・・

評価:★★★★☆

2010年8月1日日曜日

『おもいでエマノン』(鶴田謙二) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

梶尾真治さん「おもいでエマノン」のコミカライズ作品。有名な作品なので、原作のほうを読んでみたいと思っていたのですが、先に本書を見かけてしまったので。幻想的なストーリーと絵柄が完璧にマッチしています。



ボーイミーツガール(というには少し年取ってますが)的な出会いをする主人公とエマノンですが、彼女は地球の生命誕生から現在まで、全てのことを記憶しているといいます。この特異な設定がどういう風に収まるのか、是非読んでいただきたいです。

エマノンは絶世の美少女という設定ですが、そばかすというのはその設定にちょっとそぐわない気もしますね。ただ、そばかす美少女というのがこの話にはすごくあってるのです。梶尾さん、こういうところのセンスがずば抜けています。

コミック単体でもあまりにも完成度が高い作品ですが、それだけにやはり原作を先に読めばよかったかなという気がしなくもありません。まぁ原作のほうは短編集になっているようで、本書はその中の一編ということのようなので、他の話しを楽しみにしたいと思います。

評価:★★★☆☆