2010年7月31日土曜日

『君を想いて』(ジル・チャーチル) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

事件についてはまぁいつも通りですが、このシリーズで一番期待している日常生活の進展があまり見られなかったのが残念です。とはいえ、普通に面白かったですけれど。



今回、兄妹は養護施設で掃除や洗濯物運びなど結構な重労働をすることになります。育ちのいい二人には良い経験かもしれませんが、テンポラリーのバイトシリーズになっちゃうんですかね。そろそろ派手な展開がほしいかもです。

事件については、いろんな場所の都合が収束していくのは相変わらず見事ですが、なんとなく解決がもやもやした印象もあります。正直、ミステリとしてのできはシリーズ中一番酷かったかも。

ただ、読むのをやめようという気にならないのは、やはり登場人物の魅力のおかげでしょうか。華々しい展開がないのが物足りないとはいえ、逆にあわただしさのない安定感こそがコージーミステリの醍醐味ともいえるかもしれません。

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
『風の向くまま』(ジル・チャーチル)
『夜の静寂に』(ジル・チャーチル)
『闇を見つめて』(ジル・チャーチル)
『愛は売るもの』(ジル・チャーチル)

2010年7月30日金曜日

『退出ゲーム』(初野 晴) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

廃部寸前の弱小吹奏楽部周辺を舞台に、「チカ」と「ハルタ」を主人公とした短編集です。死体とかは一切出てこない、いわゆる「日常の謎」もの。第1話読了時点では、ふーんという程度の感想でしたが、2話目以降がよかったです。一話経るごとに部員が一人ずつ増えていくRPGみたいな構成もGoodです。



巻頭の人物紹介で、穂村千夏と上条春太は三角関係だとありますが、甘酸っぱいラブストーリーを期待すると肩透かしかもしれません。あまり萌えシチュエーションのない話ですが、ヒロインのチカは色々な意味でとても良い主人公だと思います。以下、各話ごとの感想です。

1編目「結晶泥棒」は、人物紹介のためのお話しですね。学園祭の開催が危ぶまれる事件が起こり、主人公二人がその解決に挑むという、ミステリ的にはまぁありふれた状況です。物語全体の基調となる、とある設定についてもミステリ仕立てとなっています。ミステリとしては正直物足りない感じですが、設定紹介として割り切って読むべきでしょう。

「クロスキューブ」は、全面白色という謎のルービックキューブに挑む話し。何故だか校内で大流行してしまったルービックキューブ。影で練習しまくって「スピードキュービスト」の称号を得たハルタと、いい気になるハルタにむかついて完成したキューブをどんどん解体していくうちに「スクランブラー」の異名をとってしまったチカの掛け合いが面白いです。設定がとてもユニークで、本書中では一番好きな作品です。凄腕のオーボエ奏者「成島美代子」が仲間となります。

「退出ゲーム」は、演劇部となぜか舞台で勝負をすることになってしまい、よりうまく「退出」できた方が勝ちというルールでゲームをするはめになる舞台劇のお話し。演劇部側と吹奏楽部側にわかれて、お互いに口実をつけて退出を目論む駆け引きが本編の醍醐味。この作品は日本推理作家協会賞(短編部門)の候補作となったそうで、ユニークな舞台設定に唸らされます。中国系アメリカ人のサックス奏者「マレン・ケイ」が登場します。

最終編のタイトル「エレファンツ・ブレス」は実際にある謎の色だそうです。来春から入学予定のバストロンボーン奏者「後藤朱里」は、なかなかいい性格をしていて、本書では私一番のお気に入り。色々問題を起こす発明兄弟の凄いんだか馬鹿なんだかわからない発明から、事態は思わぬ方向へ展開します。ちょっと重い話ですが、後味はすっきりしているので読後感は悪くありません。

それぞれのミステリもよく出来ていますが、弱小部ながら過去にコンクール受賞歴もある凄腕指揮者「草壁信二郎」を教師として迎えたことで、吹奏楽の甲子園「普門館」を真剣に目指す、スポコン的なノリも見せています。それだけに、音楽方面についてももう少し突っ込んで欲しかった気もしますが、本編のミステリとしての完成度が高かったのでやむを得ないところでしょう。

とにかくミステリとしても青春ストーリーとしても秀逸です。すでに続編がでているようなので、ハードカバーですが手を出してみたいと思っています。

評価:★★★★☆

続編レビュー:初恋ソムリエ(初野 晴)

2010年7月29日木曜日

『ローマ人の物語〈15〉パクス・ロマーナ(中)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

前巻レビューで、ローマ人は血にこだわらないなんて書いてしまいましたが、少なくともアウグストゥスについてはとんでもない誤りでした。やはり、カエサルと比べると人間的な魅力では随分劣る印象です。本巻は地味な内政の話ばかりでつまらないなぁと思っていたら、次期皇帝ティベリウスとの確執あたりで面白くなってきました。



カエサルがあまりにも男前過ぎたので、ローマ人の気質というのがそう言うものなのかと思っていましたが、アウグストゥスは典型的な権力者の一面を見せてくれるので、逆にちょっとほっとしたりもいたします。堅物で血にこだわる人だったようですね。

次期皇帝となるティベリウスですが、彼は奥さんの連れ子でアウグストゥスと血のつながりがないため、当初は後継者と目されていなかったようです。血のつながりだけで言うなら彼の弟ドゥルーススも同様なのですが、こちらはアウグストゥスのお気に入りだったようで、彼の早すぎる死で緩衝材が不在となったためか、ティベリウスとアウグストゥスの仲は一時険悪になってしまいます。

ティベリウスは後の巻の「悪名高き皇帝たち」で紹介されるていることもあるため、愚帝の先入観を持って読んでいたのですが、実は有能な人物だったようです。軍事音痴のアウグストゥスに変わり、弟ドゥルーススとともに軍事面トップのアグリッパをよく支えたようです。

アウグストゥスの一粒種ユリアをあてがわれなかがらも強引に別れさせられた前妻を忘れられず、追い打ちをかけるように仲の良かった弟ドゥルーススが死んでしまったことにより、ティベリウスは世を儚んで隠遁生活に入ってしまいます。その彼がどういった経緯で次期皇帝となるかが、次巻で明かされます。

評価:★★★☆☆

続巻:
『ローマ人の物語〈16〉パクス・ロマーナ(下)』(塩野七生)

関連レビュー:
『ローマ人の物語〈14〉パクス・ロマーナ(上)』(塩野七生)

2010年7月28日水曜日

『愛は売るもの』(ジル・チャーチル) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

すっかりヴォールブルグの町に馴染んできた二人の館に、怪しげな人物の一行が宿泊を求めてきます。逡巡しつつも結局止めることにしたものの、またもや殺人事件が。恋の兆しも見えそうな見えなさそうな予感のする、グレイス&フェイバーシリーズ第4弾です。



今回の被害者は、怪しげな宗教関係の伝道師です。ちょっと考えればインチキとしか思えない輩ですが、不安な情勢を反映してか結構な数の信者を集めていたため、色々な厄介ごとが降り掛かってきます。宗教関係は本当に厄介ですね。

殺人事件には巻き込まれながらも、リリーとロバートはすっかり生活が落ち着いてきたようです。今回は臨時の教師をすることになりましたが、そこの校長(女性)が新たにグレイス&フェイバーに借家することになりました。貴族ぐらしには戻れないまでも、家賃収入の方は順調に増えてきているようです。

恋話のほうについては、ロバートの方はまぁいいとして、リリーのお相手はウォーカーになるんですかね?彼は2巻からの登場ですが、それならもう少しそれらしい演出で登場させて欲しかった気もします。

なんだか今回は兄妹の印象が随分薄かったですね。探偵役のリリーも最後にちょっと気がついたんだけどー、みたいな感じであまり物々しさがないのが、ちょっぴりモノ足りません。ただ、時代背景の描写は今回も興味深かったです。ルーズヴェルトも無事大統領に当選し、これからシリーズの雰囲気が変わってきたりするのでしょうか。

評価:★★☆☆☆

次巻:『君を想いて』(ジル・チャーチル)

関連レビュー:
『風の向くまま』(ジル・チャーチル)
『夜の静寂に』(ジル・チャーチル)
『闇を見つめて』(ジル・チャーチル)

2010年7月27日火曜日

『ヴィーナスの命題』(真木武志) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

新本格の皮をかぶった青春小説の傑作。しかし、序盤は読むのが結構しんどいです。あとで明かされる事実を踏まえると読み方がガラッとかわってしまいます。なんだか超能力っぽいものも出てきますが、収束には思わず唸らされてしまいました。読後感もさわやかなすばらしい作品です。



申し訳なくも、読み始めはいかにも新人が書いたっぽい出来損ないという印象でした。この分かりにくい、いやらしい感じの文章が、単に下手なのか計算なのかを見極めてやるつもりだったのですが、読み進めていくうちに脱帽しました。

本書と印象の似ている作品を上げるとすると、学校を出よう!とか戯言シリーズなんかになるでしょうか。学園もので、ミステリテイストで、超常現象もあり。ライトノベルやSFっぽいのが好きでない人にはちょっとしんどいかもしれません。

とにかく、途中の青臭い議論とかは黙って耐えてほしいところです。多分に計算が入っていますから。ラストあたりでガラッと印象が代わると思いますので、是非頑張って最後まで読んでください。二週目必読と呼ばれる作品は多くありますが、本書ほどその言葉がふさわしい作品もないでしょう。読了後すぐに丸まるもう一度読んでしまった作品は本書くらいかもしれません。

本書は10年ほど前の横溝正史賞最終選考作品の文庫化だそうです。商業的には失敗だったなどとあとがきでは書かれていますが、メフィスト賞あたりで出てれば結構ヒットしたような気がします。文庫化に時間がかかったのは作者が続編を書かなかったためだそうですが、いよいよ本年中に続編が刊行予定とのこと。とても楽しみでしかたありません。

評価:★★★★★

2010年7月26日月曜日

『ローマ人の物語〈14〉パクス・ロマーナ(上)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

アントニウスを打ち破ったアウグストゥスにより帝政が始まります。しかし、君主とか王とかの存在に大きな拒否反応を示す共和制ローマのこと、カエサルの轍を踏まないためにも、導入は慎重にならなければいけません。オクタヴィアヌス改めアウグストゥスによる、長くて地味な戦いの始まりです。



日本史に例えると、カエサルが信長ならアウグストゥスは家康ということになるでしょうか。とにかく慎重で気の長い人です。その政策の完成が何十年になるということもあり、筆者も叙述に苦労しています。あちこち少しずつ手をつけているので、時系列だとわけが分からなくなるのですね。

とにかく名より実を取れの徹底。「これより共和制に戻ります」なんて言って表向きの地位や特権を返上しつつ、重要な実権は目立たないように維持していきます。

それにしても、ローマ人の血へのこだわりの無さは不思議な感じです。アウグストゥスは人妻に横恋慕して強引に(とはいえ同意の上で)自分のものにしてしまいますが、その二人目の奥さんとは一生添い遂げることになったそうな。しかも、男子の実子が生まれなかったため、彼女の連れ子ティベリウスを後継者とします。そのあたりの感覚が面白いです。

戦が苦手なため、戦い方もカエサルとは自ずから違ったものとなります。このあたり、自分に何が出来るのかを見極める冷静さが凄いですね。何でも出来てしまったカエサルよりは、凡人にとっては範とすべきところが多いように思えます。

評価:★★★☆☆

続巻:『ローマ人の物語〈15〉パクス・ロマーナ(中)』(塩野七生)

2010年7月25日日曜日

『天にひびき 2巻』(やまむらはじめ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

1巻ではいいところのなかったヴァイオリニストの卵「秋央(あきお)」君が、ようやくやる気をみせてきました。ヒロインが指揮者で、題材としては「のだめ」とかぶりまくっているのに、これほど違った印象を与えるのは不思議なところです。



音楽ものいいですよね。門外漢だけど大好きです。古くは『「あると」の「あ」
』とか(古すぎる・・・)。素人だから逆に良いというところもあるのでしょうね。ちょっぴりかじってる将棋ものだと、逆に微妙に感じるものが多いし。

ひびきの「天才」に刺激を受けて、凡人の秋央くんが必死になってきました。一心不乱に打ち込む姿は格好いいです。私もちょっと刺激を受けました。やるべきことは四の五の言わずにとにかくやればいいんですね。多分、凡人でも大抵の成功には到達できる。最も大事なのは意思の力。

1巻ではへたれていただけの秋央くんですが、格好良くなってきた途端にフラグがたちすぎですね。ひびきに美月に波多野に如月先生。やまむらさんの作品では三角関係は良く見るように思うのですが、こういうギャルゲーのような展開は珍しいんじゃないでしょうか。

本命がひびきで対抗が美月になるかと思いますが、私はいまのところ波多野さんが一番好きです。無口でグラマラスな美女、でもクールでもツンでもありません。思わぬ局面では慌てた表情をみせるし、授業サボって練習室にこもった秋央にそっと差し入れしようとするし。すばらしいです。

秋央にだけなぜか厳しく、本人もその理由が分かってない如月先生もいい味出してます。脇が強すぎるのは良い作品の条件ですね。

今月は本巻と同時に『神様ドォルズ 7』も発売。なんて贅沢なんでしょう。今回出番のなかった美月も再登場で、ますます目が離せません。

評価:★★★★☆

2010年7月24日土曜日

『闇を見つめて』(ジル・チャーチル) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ブルースター兄妹がどんどん田舎町に溶け込んでいく様子も楽しいのですが、本書の見所は退役軍人によるボーナス行進を、地元紙記者のジャック・サマーが取材に行くくだりです。史実に基づいた描写にとても迫力がありました。



ボーナス行進の詳細についてはWikipediaの説明参照。フーヴァー政権下、我々にもおなじみのダグラス・マッカーサーにより強硬なデモ鎮圧が行われました。検閲なしに新聞記事を書く権利を手にするために血気にはやるジャック・サマーが大活躍します。

リリーは地元婦人会に参加するなど、一層地元コミュニティに密着していきますが、金持ちでないことを隠し続けるのも徐々に限界に。そんななか、またしても殺人事件に巻き込まれる異なります。本当に良く事件に出くわす人たちです。

古いミイラと婦人会に参加する求職中の主人の死、それにボーナス行進がどのように関わってくるのか。色々な事件を最後は見事に収束させる手腕に感心しましたが、なんといっても今回のメインはボーナス行進でしょう。不況真っ只中の暗い時代を扱っているのに、相変わらずさわやかな読後感を残してくれるのがうれしいですね。

評価:★★★★☆

次巻:『愛は売るもの』(ジル・チャーチル)

関連レビュー:
『風の向くまま』(ジル・チャーチル)
『夜の静寂に』(ジル・チャーチル)

2010年7月23日金曜日

『博士の愛した数式』(小川洋子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

まるでビデオテープのように80分しか記憶を残せない「博士」と三十路前の「家政婦」、そして彼女の息子「√(ルート)」によるちょっと変わった触れ合いのお話し。設定が重そうに思えてなかなか手が伸びなかったのですが、全然そんなことなかったです。最後まで淡々と日常を描いている点に逆にぐっと来ました。



前任の家政婦達が長続きせず、彼女で10人目。だからといって博士が怒りっぽいとか気難しいとかいうことはありません。相手に失礼のない会話をしようとすればどうしても素っ気無くなります。彼女が成功したのは、唯一博士が熱心になる数字による会話に興味を持てたため。友愛数や完全数などについて語っていくうちに、数の美しさに惹かれていきます。

彼女に10歳の息子がいると知り、なぜだか博士が気にします。ひとりにしてはいけない、早くご飯を食べさせないと駄目だと。やむなく連れてきた息子に、博士は「√(ルート)」というあだ名を付けます。同じ阪神ファンと知り意気投合する二人。ただし博士の記憶は江夏の時代から止まっているのが、なんともせつない。

10歳の息子はあまりに大人びているようにも思いますが、それはこの手の話ではお約束。リアルを追求すれば良いというわけではない一例です。数字の話は学生時代にきいたことがあるようなものばかりでしたが、それぞれが物語と微妙にリンクしたメッセージ性をもち、ただの知識の羅列に終わっていない点が素晴らしかったです。

設定からしてなんとも切ないお話しなのですが、過度に飾り立てることなくあくまで淡々とストーリーが進むため、仰々しいのが苦手な私としても、さほどダメージを負わずにすみました。とてもユニークな切り口とあっさりした描写。とても感じの良い作品でした。

評価:★★★☆☆

2010年7月22日木曜日

『推理小説』(秦 建日子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

第1章「アンフェアなはじまり」で始まる本作品。ちょっとメタな感じの作中作が「リアリティがない」、「展開がアンフェア」と批判を受けるのですが、まさにその2点こそがテーマとなっているのだと思います。素直なミステリ読みの私には少々しんどかったのですが、一周しちゃって一筋縄では楽しめない人にはストライクな作品だと思います。



ミステリ的なお約束を否定しているのは本書のテーマからして当然としても、そのシニカルな書き方はちょっと独善的で私には受け入れ難かったです。もちろん、そう思わせること自体が筆者の狙いなのでしょうけれども、受け入れられるかどうかはまた別です。

非常に挑戦的かつ挑発的で、私みたいに拒否反応を感じる人もいるとは思うのですが、どうやらかなりの売れ行きを見せている(私の入手した本が2007年時で92刷)ことからしても、作者のチャレンジは間違いなく成功したと言ってよいでしょう。

文章は極めて読みやすいです。小説としては本書がデビュー作となるようですが、演出家やシナリオライターとして既に大きな実績のある筆者のこと、このクオリティも当然と言えるでしょう。

ヒロインはとても個性的。酒かっくらって寝てる時は携帯にもでない、相棒の刑事の横で裸で寝ていても気にしない、でも検挙率No1で誰も文句が言えない、スタイル抜群・超絶美形の三十路女性です。正直、こういうスーパーな設定がストーリーに生かされているとは思えないのですが、それも計算だといわれてしまうと黙るしかありません。

お約束が破られているのも計算。オチがいまいちなのも計算。キャラ萌えできないのも計算。アンチテーゼが言い訳に聞こえてしまって、私としてはちょっと評価しにくい作品なのですけれど、文章力もあり強烈なメッセージ性をひめていることもあり、相性さえあえばとてもハマる作品と言えるのではないでしょうか。

評価:★☆☆☆☆

2010年7月21日水曜日

『名残り火 - てのひらの闇〈2〉』(藤原伊織) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

藤原伊織氏最後の長編となるそうです。流通業界、とりわけコンビニにおけるフランチャイズ問題に焦点をあてつつ、アウトローな主人公「堀江」が、かつての同僚「柿島」の死の真相を追います。



前作を読んだのが何年も前なので内容がすっかり抜けていましたが、本作だけでも特に問題なく読めました。とはいえ、未読の方は当然「てのひらの闇」から読んでいただいたほうが良いです。これが最後ですか・・・残念ですね。

ハードボイルドな展開と主人公の鬱屈。まさしく伊織節の作品と言えます。脇を固めるキャラたちも魅力的です。特に二部上場企業の社長でありながら渋くてお茶目な「三上」、彼みたいな格好いい爺さんを描くのが本当に氏は上手でしたね。

コンビニ業態の問題が深く絡んでくるのかと思ったら、それ程でもなかったですね。味付け程度といった感じで、その点は若干物足りなく感じました。あまり書くとネタバレになってしまいますが、もう少し社会悪に踏み込んで欲しかった気はします。

ハードボイルドな作品の割には、敵役がいまいち物足りない印象も感じました。ただ、シリーズ2作目ということで若干手加減が入ったのかなという気もしなくもありません。続編が出れば凄いシリーズになったかもしれませんが。

ちょっととうの立ったヒロイン「大原」との関係についてもそれは言えますね。ラストでちょっぴり何かが進展しそうな引きでしたが、それだけにここで終わってしまったことが残念でなりません。

元は雑誌連載の本作品、全38章中8章まで改稿したところで、筆者は力尽きてしまわれたそうです。返す返すも残念で仕方ありませんが、それでも藤原伊織のハードボイルな世界が好きな方には文句なく楽しめる作品だと思います。

評価:★★☆☆☆

『夜の静寂に』(ジル・チャーチル) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

10年間住み続けないと遺産がもらえないブルースター兄妹。金策に悩む二人は、かつての人脈を活かして会費制パーティーを企画します。幸い有名作家が招待に応じてくれたものの、集まった人達はみな何やら分け有りなご様子。そうしているうちに、またしても殺人事件が。グレイスー&フィーバーシリーズ第2弾です。



粗筋だけだとなんとも軽薄な印象を受けられるかもしれませんが、時代背景が1930年代金融恐慌の真っ直中ということで、結構悲壮感の漂う雰囲気です。

パーティーなんていかにも苦労知らずな金持ちの発想っぽいですが、実は選択肢の少ない二人。ニューヨークから3時間の田舎とあっては、ちまちま都会で稼いでも電車賃だけで消えてしまいます。地元でも不況でろくな仕事に有りつけるはずもなく、なんとか自分たちで金脈を見つけるしかない状況です。

そうはいっても、屋敷の維持費は遺産から出るし、同居することになった弁護士で管財人のプリニー夫妻により絶品の食事とわずかながらの賃料は提供されるので、すぐにも生きていけなくなる状況ではありません。かつての豪奢な生活から一変の惨めな境遇、しかしそれよりもさらに酷い状況にある人達との対比が、独特な世界観を醸し出しています。

シリーズ名のグレイス&フィーバーは、王室終身貸与の意味だそうです。自身のものではない住まいのことを皮肉ったネーミング。

正直、ミステリとしてはいまいちなのですが、時代背景の描写がなんとも真に迫っていてよいですね。フーヴァー大統領の無能さや共和党ルーズベルト候補への期待などは、ちょっと当時の状況を調べてみたくなります。そんなやっかいな世の中を健気に生きるリリーとロバート、それに周囲を囲む人達も実に魅力的です。どちらかというとミステリ云々より二人の行く末が気になるお話しです。

評価:★★☆☆☆

次巻:『闇を見つめて』(ジル・チャーチル)

関連レビュー:
『風の向くまま』(ジル・チャーチル)

2010年7月19日月曜日

『お気に召すまま』(ウィリアム・シェイクスピア) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

領地を追われた公爵やその娘「ロザリンド」、兄に疎まれた騎士の三男「オーランド」らがアーデンの森で繰り広げる牧歌的な馬鹿騒ぎ。なんともストーリーの説明しにくい恋愛喜劇です。やはり読み物というより劇として観るものという気はしますが、独特のめまいがするようなユーモアに、道化たちの口を借りた風刺が加わり、なんともいえない読み味の作品でした。



恥ずかしながらシェイクスピアをちゃんと読むのはこれが初めてです。本当は、「ローマ人の物語」のカエサル編つながりで「ジュリアス・シーザー」か「アントニーとクレオパトラ」を読みたかったのですが、あいにく置いてなかったので代わりに手にとった次第です。

単純に「オーランド」と「ロザリンド」のラブストーリーかと思っていたら、ヒロインが思いのほかぶっ飛んでいました。安全のため森では男装しているわけですが、そのとき出会った「オーランド」に、自分を「ロザリンド」と思ってくどいてみろとか、わけわかりません。それに乗って男(と思っている)相手に口説きの練習をする「オーランド」も相当ですが。

さらには自身に恋心を寄せてきた羊飼いの娘に対して遠慮のかけらもなく「不細工」呼ばわり。もっともそれで一層うっとりするんだから、何かのプレイの様相です。とにかく初見で深窓の令嬢かと思っていたら、すっかり騙されました。

他にも何組かのカップルが登場するのですが、総じて一筋縄ではいかない人達ばかりです。一応本筋としてはたくさんのカップルが無事婚姻するということになりますが、彼ら自身が変人ばかりの上、道化たちが皮肉な言葉でかき混ぜます。何を楽しめばいいのかよく分からないのに、なんとなく楽しいお話しでした。

やはり劇としてみるのが本当なのでしょうが、文章だけでも結構よかったです。ただ、若干皮相的なところが鼻につかなくもないので、もうちょっとストレートな話も読んでみたいですね。悲劇は苦手なので避けるとして、「夏の夜の夢」とか「じゃじゃ馬ならし」とかになるんでしょうか。

評価:★★☆☆☆

2010年7月18日日曜日

『フルメタル・パニック!11 ずっと、スタンド・バイ・ミー(上)』(賀東招二) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ライトノベル最高峰を行く作品のひとつが、いよいよ完結を迎えます。クライマックスへ向けて、実に良い感じで盛り上がってきました。良質なテレビアニメの最終回を見ているような、最終回上巻です。



前巻の発売から2年たってしまったのは、正直せっかくの盛り上がりに水をさされたようで若干恨めしい気持ちもあります。もっとも特に既刊を読み返さなくても、徐々に展開を思い出していくことが出来ました。このあたりの技量は流石ですね。

ミリタリーものであり、学園コメディーであり、本格SFでもある本書。傑作というのはときとしてジャンルに縛られない懐の広さをみせることがあるようです。筆者の力量が本当に高いレベルにあることの表れといえましょう。このような作品がポンと現われるから、いい歳してライトノベルから引退できないのです。

人も結構たくさん死ぬハードなシリーズなので、本当に結末が読めずハラハラし通しです。本巻冒頭が二人の去った学園の様子で始まっていることからして、宗介とかなめが揃って顔をみせるくらいのエンディングは期待しても良いのでしょうか。まあ、前巻で死んだと思われたあの人もどうやら生きていそうですし、そうひどいラストにはならないだろうと願いつつ次巻を待つことにします。

続き:フルメタル・パニック!12 ずっと、スタンド・バイ・ミー(下)(賀東招二)

2010年7月17日土曜日

『ローマ人の物語〈13〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(下)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「三月十五日」といえばカエサル暗殺の日。西欧人にとっては説明の必要もないくらいの常識だそうです。カエサルの死からアントニウスvsオクタヴィアヌスによる覇権争いの決着までを描く、いよいよカエサル編の最終回です。



「ブルータス、お前もか」のブルータスですが、暗殺実行者14人のなかにブルータスは2人いたそうです。ひとりは首謀者の代表格である「マルクス・ブルータス」。その母親「セルヴィーリア」は長年カエサルの愛人(の一人)として有名で、その縁で重用されながらも息子として複雑な心情を抱いていたのは当然のことでしょう。もうひとりは「デキムス・ブルータス」。その若き才能をカエサルに愛された、ガリア遠征時からのまさに腹心中の腹心。

カエサルの言う「ブルータス」がどちらであったのかは意見の分かれるところだそうです。普通に考えれば首謀者格である「マルクス」のほうでしょうが、「デキムス」のほうを推す論者も多いようで、筆者も後者側に組しています。遺言状によりデキムスは相続人の一人として名を連ねていることを知り、真っ青になったといいます。まさに絵に書いたような悲劇です。

その遺言状で正式にカエサルの養子となり、筆頭後継者に指名されたのが若干18歳の「オクタヴィアヌス」。30歳でようやく大人扱いのローマにおいては、まさに「誰、それ?」な人物です。カエサルも自分がすぐに死ぬとは思っていなかったからこその人選だったのでしょうが、それだけにカエサルの人物を見極める慧眼が一層際立ちます。

カエサル亡き後、衆目が見るところの第一人者「アントニウス」ですが、No2としての手腕はあっても自らがヴィジョンを描ける人物ではなかったようです。のちの行動をみる限り、後継者に指名されなかったのはむしろ当然といえるでしょう。政治能がないだけならともかく、クレオパトラに篭絡されてエジプトに入り浸るあたり、ローマ人としての誇りについても疑問視せざるを得ません。でも、逆境より順境に耐えるほうが大変なんですよね。

剣闘士並の体力と軍事実績をもつ「アントニウス」より、病弱で軍事的才能に恵まれない「オクタヴィアヌス」が後継者として指名されたのは、おそらくカエサル自身が作った土台を維持する2代目としての能力を期待されたからなのでしょう。あまりに若くしてバトンを渡されたため、決着をつける実力を蓄えるために「オクタヴィアヌス」は14年を必要としました。その困難な仕事をやり遂げたのは、まさに後継者としての面目躍如といったところでしょう。

クレオパトラについての筆者の意見は辛らつですね。同じ女性からの視点ということで、その評価は一層生々しく感じられます。大人しくしていれば何事もなかったであろうエジプトを、自身の才気におぼれることにより潰してしまったのですから、その評価も妥当といわざるを得ません。

これでカエサルの時代は終わり、オクタヴィアヌス改め「アウグストゥス」による帝政時代が始まります。次巻に行く前に、もう少しカエサル関係の著作を読んでみたいと思っています。

評価:★★★★☆

関連レビュー:
『ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈9〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈10〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈12〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(中)』(塩野七生)

『蜘蛛の巣 下』(ピーター・トレメイン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

上巻レビューの続きです。アラグリンという閉鎖された村社会での連続殺人事件をフィデルマが容赦なく裁きます。古代アイルランドのノスタルジックな雰囲気を味わいたい人にお勧め。加えてこの作品が凄いのは、エンターテインメント性も高いレベルで兼ね備えていることです。それにしてもヒロイン強すぎ。蓮舫さんに負けてません(笑)



舞台となるアラグリンの谷ですが、あとがきによると「小王国」といってもよい位置づけにあるようです。ただし人口がとても少ない同族社会のため、日本の村的なイメージの方がしっくりくるかと思います。外部からはうかがいしれない血縁集団の因習が、徐々に明らかにされていくのが本書のハイライトと言えます。

王国の権威も及びにくい田舎とあっては、王妹たるフィデルマも苦労が耐えないわけですが、頑固者たちに対する彼女もこれまた本当に強い。素で通せる場面では本来の性向としての慈悲や謙虚さ、慎ましやかさがみられるのですが、強く押すべき時にはまったく引きません。さらにはちょっとした腕自慢の軽薄な若造にガチのタイマンでお仕置きを食らわせるなど、文武に大活躍です。草食系男子にはちょっとしんどい強さ。

ドルイドという人種がファンタジー以外で出てくるのを初めてみました。自然に根付く生活を送る思慮深い隠者「ガドラ」は、フィデルマに重要な示唆を与えます。もちろん超常的な力などは一切ありません。キリスト教が広まる中で土着信仰はどんどん衰退していくのですが、それを時代の流れとしてあるがままに受け止めるカッコいい爺ちゃんです。

ミステリとしての出来はどうでしょう。真相そのものについては、まぁなるほどというくらいのものでしたが、話の盛り上げ方や演出はなかなかのものだったように思います。一同を会しての謎ときと犯人を導く手際は、まさにこれぞミステリの王道といった趣きです。

このシリーズの一番の見所はやはり時代背景の描写にあると思うのですが、もしかしたら紙数上余計な装飾が必要な長編より、短編の方がより設定が生きてきそうな気もします。短編集もすでに翻訳が2冊刊行されているようなので、次はそちらに行ってみたいと思います。

最後に、難解な単語や文化背景をこれだけ平易な日本語に起こしてくださった、翻訳者の甲斐萬理江氏に多謝です。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
『蜘蛛の巣 上』(ピーター・トレメイン)

2010年7月15日木曜日

『蜘蛛の巣 上』(ピーター・トレメイン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

7世紀のアイルランド、王妹にして修道女にして法廷弁護士(ドーリィー)たる「フィデルマ」が、ワトソン役の「エイダルフ修道士」と共に難事件に挑む翻訳シリーズ第1弾です。「修道女」探偵ということでもっと地味な話を想像していましたが、アクションあり法論争あり女の戦いありと、極めてモダンな雰囲気の作品です。女弁護士ものといったほうがしっくりくるかと思います。



舞台に7世紀アイルランドが選ばれているのは、ケルト研究家としての筆者の得意分野だったということはもちろんとして、その法意識が極めて現代に近い文明性を持っていることにもあったのかもしれません。それは身体障害者に関する人権保護が本書の重要なトピックになっていることからも伺えます。

ワトソン役のエイダルフ修道士はサクソン出身のいわば外国人。いかにも古代としては典型的な古臭い宗教意識をもつ彼とのやり取りの中で、当時のケルト教会における法体系および人権意識の先進性が浮き彫りにされています。もっともエイダルフ修道士自身はそういった先進性を受け入れる余裕のあるナイスガイで、フィデルマとの関係もちょっといい感じです。

歴史的にはケルト教会はローマ教会に押されて後には消えてゆく運命にあります。本書の時代においてもローマ教会の勢力は増しつつある中、敵役としていかにも理屈の通じなさそうな「ゴルマーン神父」との宗教論争は見所の一つとなっています。

アラグリンの谷という閉鎖的な土地における族長殺害事件の調査に赴くフィデルマ。20台半ばのうら若き女性ということで、初見ではどうしても舐められがちです。自身の権威を認めさせるために、突っ張り通すパワープレイにはハラハラドキドキさせられます。なかでも族長の娘で、19歳の若さながら「後継予定者(タニトス)」である1「クローラ」とのプライドをかけたやり取りは必見です。

翻訳では第1弾ですが、実際にはシリーズ5作目に当たるようで、ちょっと背景的にわかりにくいところも散見されます。なぜ1作目から訳してもらえないのかと恨めしい気もするのですが、下巻のあとがきでそのあたりの事情は説明があるかもしれません。まぁ、訳注をたくさん付けていただいているので、そのご苦労を思うと翻訳の方にはとても文句を言えませんけれど。謹んで続きに期待。

関連レビュー:
『蜘蛛の巣 下』(ピーター・トレメイン)

2010年7月14日水曜日

『天冥の標 3 アウレーリア一統』(小川一水) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

最終兵器「ドロテア」をめぐり、アウレーリア一統と宇宙海賊と狂信団体が三つ巴で争うお話し。本筋だけ書くととても真っ当なスペースファンタジーといった趣きですが、シリーズ全体の伏線が時間と空間を超えて錯綜してきます。こういっては失礼ながら、段々面白くなってきました。全10巻予定のシリーズ第3巻、ようやく輪郭がみえつつある感じです。信じてきてよかった。



本巻主人公のアダムス・アウレーリア率いる《酸素いらず(アンチ・オックス)》。個人的にはそれほど感情移入できるタイプではありません。陽気な直情系という性質に加え、ガチで「アッー!」の世界。私の萌えポイントは外しまくりなんですが、BL属性の方たちならドンピシャかもしれませんね。ただ、彼らの設定については唸らされました。酸素いらずの肉体改造や同性愛指向の由来、結構ぶっとんでます。

セアキからさえ「狂信団体」呼ばわりされてしまった「救世群(プラクティス)」の「グレア・アイザワ」。陰湿で恨みがましくて実にいい感じの娘さんです。私的には彼女らと「医師団(リエゾン・ドクター)」がやはりいつでもどこでも主役なので、今回はジュノ×グレアが若干脇ぎみだったのが物足りなくはあります。まぁ、冥王斑患者との間でも子供がなせることは明らかになりましたが、いつか本当の意味で報われるときがくるんでしょうか。

各時代の裏側に潜む、超文明だか太陽系外だか電子的だかな存在達。どうやら彼らにも対立軸のようなものがあるのですね。フェオドールやカヨがでてきたのは嬉しかったです。ただ、フェオはともかくカヨの正体が今ひとつ判然としません。大事なところで止まってたのは何かの伏線なのでしょうか。そもそも誰が敵で誰が味方なのか、事実が明かされるほど分からないことも増えていきます。

正直、1巻は救いようがないし2巻はいたたまれないしで、なまじ作品の完成度が高いだけにズシーンとくる結末ばかりだったのですが、本巻でようやく救われた感じです。次回予告の副題は「機械仕掛けの子息たち」。《恋人たち(ラバーズ)》のことでいんですかね。これまた感情移入できなさそうな人達ですが、とても楽しみで仕方ありません。

評価:★★★☆☆

関連作品:


2010年7月13日火曜日

『ラギッド・ガール 廃園の天使 2』(飛 浩隆) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

グラン・ヴァカンス』における世界観を補完する中編5作で構成されています。相変わらずちょっと重めの雰囲気ですが、それぞれの作品のクォリティが素晴らしかったです。



このシリーズを一文字で表すと「痛」とか「酷」とか「虐」という感じになるでしょうか。表題作「ラギッド・ガール」のヒロイン(?)阿形渓(あがたけい)は170cm150kgで
全身これ犀のけつ(P66)
などと表現されています。こんな素敵な女の子(?)のちょっとエロイシーンがあったりする作品なわけです。

SFを読む醍醐味といえば設定の演出。本書中の後ろ4編はそれが完璧です(最初の1編は前作の外伝みたいな形式だったので)。最初はどういうシチュエーションだかわからないまま淡々と物語は進み、最後にキーとなる設定がドカーンと明かされます。その見せ方がなんともエグいのです。単に謎解き的なものを超えたインパクトを与えてくれます。

本書では仮想人格が2種類現れます。一つは、いわゆる「AI」と呼ばれるまったく計算上の人格。そしてもう一つは「情報的似姿」と呼ばれる、物理世界の人格を模したもの。前者はまぁ普通かと思いますが、後者の設定が実にユニークでした。

本書中の仮想世界においては、人間が直接入り込むのではなく「似姿」が仮に行動して、その情報をあとからダウンロードとする形となっているのです。その過程で、仮想人格の人権やアイデンティティが問題となってきます。

前作ではよくわかっていなかった「大途絶」の原因や「ランゴーニ」の正体についても明かされています。おかげでかなりすっきりした部分もありますし、まだまだ曖昧なままの部分も結構残っているため、今後の展開が一層楽しみともなってきました。

今回はすべて過去のおはなしという位置づけでした。このなんともエグいシリーズがどのような収束を見せるのか、現在のところ全く想像がつきません。もう少し、こう・・・ソフトにとは言わないけれど、せめて救いようのある結末にはなって欲しいですね。

評価:★★★★☆

関連レビュー:
『グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉』(飛 浩隆)

2010年7月12日月曜日

『MM9』(山本弘) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

自然災害としての怪獣対策を行う「気象庁特異生物対策部(気特対)」の活躍を描く怪獣SF小説。私は怪獣とか特撮とかの属性がないひとなので、単行本発売時には敬遠していたのですが、怪獣好きじゃなくても普通に楽しめました。5編の連作短篇形式で、実に取っつきやすく読みやすい構成になっています。



MMとはモンスター・マグニチュードのこと。怪獣の体格から予想される危険度の規模に応じてMM0からMM9までランクづけされます。地震のようですが、実際に「気特対(きとくたい)」の任務となるのもMMの特定と怪獣の進路予想となります。怪獣が純粋に自然災害としてとらえられているのが面白いところです。予測を外して非難されるというどこかで見たような光景も日常茶飯事。

正確な情報を収集して自衛隊に渡すのが任務で、「気特対」自体は直接の攻撃手段を持ちません。そのあたり、特撮物のナントカ隊とは全然役割が違います。ただし接近して映像をとらないと正確なデータがとれないため、前線任務はかなり危険です。その前線を担当するのが「機動班」。本書の主役的存在となります。

「機動班」は5人で構成されています。紅一点の存在といい、これはヒーロ戦隊物を意識した構成だなと思っていたのですが、最終話で事件が落着した後の最後の数ページ、そういう意味付けに持っていくのかー、とちょっと震えてしまいました。

怪獣の種類も多彩ですが、どんな怪獣が現れるのかはネタバレになるのでここでは明かしません。特に2話目は凄いです。どう凄いって、そのまま映像化すると、児童なんとか法的にヤバいような凄さです。

怪獣ってデカいわけですが、物理法則的にはそれだけデカくてあれだけ動けるのは有り得ないわけです。そのあたりの理屈を「人間原理」という理論で説明しています。人間が観測する形で物理法則が決定するという理屈です。SF特有の量子論的なお約束を理解できていればすんなり納得できると思いますが、別に小難しいことは分からなくても充分楽しめると思います。

災害対策に立ち向かうレスキューもの的な王道の面白さがある半面、怪獣を退治(あるいは保護)するために真剣になっているようすは、なんともいえないギャップのあるおかしみを醸し出します。加えて、それらを解釈するSF理論的世界観。SF好きにもそうじゃない人にも満足できる、かなり万人向けな作品になっているように思います。

評価:★★★★☆

2010年7月11日日曜日

『高杉さん家のおべんとう 2』(柳原望) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

31歳にして、ようやく助教への就職が決まった温巳ですが、久留里との共同生活は一進一退。久留里にも友達ができますが、なかなか手強い子供たちで、公私にわたって温巳に気の休まる暇もない第2巻です。



お弁当ネタは相変わらずいいんですが、ちょっと恋愛要素が強くなってきました。三角関係を通り越してペンタグラムくらいになってます。ちょっと苦手な展開かも。まぁ、流石にお弁当ネタだけで話しを引っ張るのは難しいのでしょうが。

全然、危機感のない小坂さんと幼いライバル心をもつ久留里の関係は前巻に続いて良い感じですが、丸宮兄弟はもう少し格好良い立ち位置してほしかったかもです。そういう役目とはいえ、まるっきり敵役だけのキャラになっちゃってますからね。

全体的な雰囲気は相変わらずほんわか基調なので、その線で推し進めてもらえると嬉しいですね。正体の明かされていない久留里のお父さんネタとか、まだまだ伏線が残っているようなので今後の展開が楽しみです。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
『高杉さん家のおべんとう 1』(柳原 望)

2010年7月10日土曜日

『ローマ人の物語〈12〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(中)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「来た、見た、勝った」。今や敵無しのカエサル。各地の騒乱平定とともに、本巻ではカエサルの内政についても多くが裂かれています。暗殺されるまでのわずか数年間ですが、その間に成し遂げた各種の改革が、のちの帝政の礎となります。



ラテン語だと「来た、見た、勝った」は「VENI,VIDI,VICI(ヴェニ,ヴィディ,ヴィチ)」となるそうです。より韻を踏んだ美しい言い回しですね。流石は当時を代表する文筆家です。

同じく文筆家として1,2を争ったキケロについてはなかなか評価が厳しいようです。軍事を嫌い、弁論だけでことを成そうとした彼は、現代であればカエサルよりよほど賞賛される政治家だったかもしれません。

政治理念として共和制および元老院制への理念を掲げながらも、随所にぶれの見られるキケロ。私は彼のことは責められないと思います。やはり確固とした力が背景にないと、人間というのはなかなか強く居られないのではないでしょうか。政敵でありながら友人でもあるカエサルとキケロの関係は、ちょっといい感じですね。

アントニウスの駄目っぷりについても随所で触れられています。このように少しずつ伏線を散りばめていく手法が、塩野さんはとても上手ですよね。後継者として最右翼の位置にいながら何が駄目だったのかがだんだん明らかになってきます。

カエサルより以前の巻では、ローマの共和制がどのように帝政に変わっていくのか想像しにくかったのですが、とにかくカエサルなのですね。領土拡大に伴いより効率的な統治を行うためには、議会制や寡頭制より、完全トップダウンな君主制が必要だったことは理解できますが、ただ一人の君主を押し戴くようになるのは、民主主義化ではなかなか抵抗感のあるものだと思います。カエサルが居なければ、そういう空気の醸成自体が難しかったことでしょう。

次巻、いよいよカエサルの最後となります。

評価:★★★☆☆

次巻:『ローマ人の物語〈13〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(下)』(塩野七生)

関連レビュー:
『ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈9〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈10〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上)』(塩野七生)

2010年7月9日金曜日

『風の向くまま』(ジル・チャーチル) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

大恐慌時代、1931年のニューヨーク。上流階級からすっかり零落したロバートとリリーの兄妹が、大叔父の遺産を相続することになった。ただし、ど田舎の屋敷に10年間住みつづけなければならないという条件つき。グレイス&フェイバー・シリーズの開幕です。



兄妹2人が主人公というシチューエーション、結構私は好きみたいです。父親が株の失敗で自殺。母親も少し前になくしていたため兄妹2人っきりで世間の荒波に揉まれてきましたが、それも2年程度のことなので、根はまだまだお坊っちゃんお嬢ちゃん。ちなみに年齢は26と24歳。美形で性格も育ちも良く、お金以外なら長所をたくさん持っている二人です。

人物紹介ではリリーが先にきているので、彼女が探偵役になるのだと思います。ロバートの立場は・・・結構微妙。そもそも落ちぶれ生活の際にもロバートは定職につかず、有閑マダムのご機嫌をとったりレストランの臨時ボーイ長をしたり、それらの仕事で共通しているのが
麗しくハンサムな容姿、流暢な話術、タキシード、この3つが必要な点(P10)
というふざけたもの。端から見ると妹のヒモにしかみえません。

もっとも、銀行で小切手を数えるリリーの仕事もほんとに雀の涙の給金だったようだったので、収入の多寡については分かりません。なによりリリー本人が納得しているようです。引越し後の金勘定についても事件の推理についてもロバートはリリーにまかせっ放しなのですが、だからといって便りにならないわけでもなく、リリーが迷っているときに焚きつける様子などは、かなり確信犯的な奥深さを見せます。何とも不思議な兄妹です。

グレイス&フェイバーというのは二人がコテージにつけた新しい名前です。主人公二人がリリーとロバートですから、最初カバーが入れ替わってるのかと思ってしまいました。名前の由来はまだ不明。おいおい明かされていくことになるのでしょう。こういう伏線を丁寧に仕込んでくるのはいいですね。

殺人事件などきな臭い状況に巻き込まれはしますが、ジャンルとしてはコージー・ミステリーに属すると思ってよいんでしょうか。実際、脇キャラもなかなか魅力的で、小さな田舎町にふさわしい暖かな雰囲気を醸し出しています。正直、ミステリとしての出来自体はどうかと思うところもなくもないのですが、クライマックスの盛り上がりも含めてとても好感の持てる佳作です。

評価:★★★☆☆

次巻:『夜の静寂に』(ジル・チャーチル)

2010年7月8日木曜日

『グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉』(飛 浩隆) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ゼロ年代ベストSF第2位の作品ということで挑戦してみました。ちょっと私の好みからすると重いですかね。ただ、世界観などがまだ十分に明かされていないため、1巻だけではなんともいえないなという印象です。



舞台となるのはバーチャルリゾートのひとつ「夏の区会」。よりリアルなセカンドライフみたいなものでしょうか。ただし「大途絶」後の1000年間、ゲストが訪れていない閉塞した世界です。とある日、「蜘蛛」が現われて区会を破壊し始めます。世界の終わりに対抗するすべはあるのか。「鉱泉ホテル」に立てこもり、生存をかけた戦いが始まります。

バーチャル空間という設定自体は今となっては珍しくないのかもしれませんが、リゾート空間としての「夏の区会」の特徴が徐々に明かされていくのは面白いです。ただ、設定自体が結構陰惨なので、個人的にはちょっとしんどいところもあります。

登場人物は全て仮想人格ということになります。生身の人間とはちょっと違った行動原理をもつ住人たち。こういう設定は割りと好物ですが、お客さんを相手にするためか割とリアルに近い人格なので、そこが面白いのか物足りないのかは評価の難しいところです。

「数値海岸」や「硝視体」、「天使」などの重要な設定について詳細が明かされないままなので、SF的設定について楽しめるのは次巻からになりそうですね。実際のところ、ネットの評判をちらっとチェックした限り、続巻のラギッド・ガールが高い評価を得ているようなので、楽しみにしています。

それにしても、これだけ評価の高い作品でも近所の本屋には置いてません。SF不遇の時代は続いている模様です。まぁ、正直この重たい世界観が評価されるSF界の感覚というのは、私もついていくのがしんどい感じはしています。好きなSF作品は大抵ライトノベル出身作家のものですからねぇ・・・

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
『ラギッド・ガール 廃園の天使 2』(飛 浩隆)

2010年7月7日水曜日

『ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

劣勢の状況を跳ね返し、ついにポンペイウスと決着。個人的にはハンニバルvsスキピオのザマの会戦より凄かったです。まさにクライマックスふさわしい、驚天動地の大逆転劇でした。



ルビコンを越えたカエサルに対し、まずはポンペイウスは逃げの一手と肩透かし。お金も人も海の外にたくさんあるから、戦略的には仕方なかったんでしょうけれど、
ルビコン川からメッシーナ海峡までの本国ローマは、本国であるだけに、プラス・アルファがあった。(P48)
と筆者も言っているように、ローマをしっかり押さえたことがカエサル勝利の一因なのでしょう。まぁ、本丸を捨てて一目散に逃げるなんて、策だといっても民衆が納得しませんよね。

とはいえ、北方の貧相なガリアにしか地盤を持たないカエサルに対して、ポンペイウスは東、西、南の経済力豊かな地域を押さえています。長期戦になれば敗北必死のカエサルは西へ東へ転戦しまくります。そこで凄かったのは、なるべく直接の決戦を避け、降伏した相手は殺さない。将官クラスさえ自由放免。もちろん同じローマ市民ということで、政治的な思惑もあったのでしょうが、男としての度量を感じずにはいられません。

そしていよいよポンペイウスとの決戦。財力でも兵力でも勝るポンペイウスに対して、カエサルは緒戦を敗れてしまいます。やはりポンペイウスも一流の用兵家、勝る戦力の使い方が凡百の将とは違います。しかし、負けてからの建て直しもカエサルは凄いですね。ポンペイウスの同僚を餌に戦場を移動し、ファルサルスにおける野戦に全てをかけます。

過去の重要な会戦では劣勢の軍が勝利を収めたことは珍しくありません。しかし、ファルサルスにおいてはカエサルの主張できる利点がほぼ皆無でした。歩兵だけでなく、機動力に富む騎兵についても1000vs7000の大差。そして敵将は超一流。こんな絶望的な状況をどうひっくり返したのかここでは書きませんが、単に機略に富むというだけでなく、部下に慕われる人間力や絶対に勝ちを収めようという信念の勝利だったと思います。

敗れたポンペイウスは逃げ込んだエジプトの地で裏切りにあい、殺されてしまいます。ポンペイウスの首を前に涙するカエサル。クレオパトラに組してエジプトの内紛に介入したのは、ポンペイウスの敵討ちの意味もあったのではないかと考えるのはロマンチストすぎるでしょうか。

大決戦の興奮が収まりませんが、いよいよカエサルの死も近づいてきました。うーん、次巻にいきたくないですね。

評価:★★★★★

次巻:『ローマ人の物語〈12〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(中)』(塩野七生)

関連レビュー:
『ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈9〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈10〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)』(塩野七生)

2010年7月6日火曜日

『サクリファイス』(近藤史恵) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

自転車ロードレースを題材にしたミステリ。ただし、スポーツものというよりはサスペンス的性格の強い作品です。緊迫感溢れる展開と意外な結末。傑作です。



冒頭で事故の描写があります。その場面へ向けて舞台は着々と進行。誰が、何故、どのような状況で事故を起こすのか。物語自体は淡々と進むのですが、そのそっけなさが緊迫感をいっそう煽ります。

スポーツとしての自転車競技の魅力も十分に伝えられています。特にアシストの役割に焦点を当てている点は面白いです。ネタバレになりそうなので詳しいところは省きますが、なぜエース役でなくアシスト役が本作では主人公となるのかが、読み進めていくうちにだんだんと明らかになってきます。

自転車レースについての詳細は知らなくても問題ありません。作品中で十分説明されています。ただし、説明のための説明ではなく、話が進む中で自然に頭に入ってくるので、薀蓄にうんざりするといったことはありません。筆者の技量に脱帽せざるを得ません。

事故の動機については、流石に無理があるという意見もあるのではと思います。そこをどう評価するのか。ただ、私としては物語の一貫した流れにそったものなので、あまり気になりませんでした。衝撃のほうが大きかったです。タイトルのつけ方が秀逸です。

近藤史恵さんの作品は初めてだったのですが、研ぎ澄まされた客観的描写がすばらしいですね。シャカリキ!のようなスポーツものかと思っていて、あれを文章で読まされるのかと思っていたのですが、全然違いました。過不足なく収束まで走る絶妙の技巧。素晴らしい作品です。

評価:★★★★★

2010年7月5日月曜日

『砂漠』(伊坂幸太郎) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

入学して知り合った大学生5人のお話し。春、夏、秋、冬の4編で構成されています。合コンとか麻雀とか学園祭とか、パーツだけみるとただのありきたりな青春小説ですが、全体を通すとしっかりミステリになっています。本当の超能力者が気楽に出てくるのもいかにも伊坂節という感じ。各話ごとにそれなりに話がまとまっていて、落ちもしっかりついているのが良かったです。



大変評判の良かったゴールデンスランバーが私には少し肩透かしに感じたのは、最後の締め方が曖昧に感じられたからだと思います。はっきりさせない文学性みたいなものは理解できるのですが、未熟な本読みの私はなかなか楽しめません。

本作は、オチがしっかりついていたのでとても読後感がすっきりしました。各話ごとにそれなりにまとまっていますし、全体を通しての謎や伏線もしっかり回収されていたように思います。

ラブコメ分がかなり強いのですが、男性3人、女性2人のグループにもかかわらずドロドロした展開が一切なし。最終的に成就するかどうかは別として、それぞれの想い人がきっぱりはっきり分かれていて、ラブコメ好きな人にはむしろアッサリしすぎて物足りないかもしれません。

一応、作品全体を通してのミスディレクションっぽいものも仕掛けられてはいるのですが、そちらは若干蛇足っぽい感じがしなくもなかったです。本来の私はこういうトリック大好物のはずなのですが、素の内容が魅力的過ぎたせいかもしれません。

正直、私はあまり真っ当な青春小説というのは得意ではないのですが、本書の場合はミステリとか超能力とかの非日常が絶妙に織り交ぜられているため、抵抗感なく読めました。色々な意味で完成度の高い作品だと思います。

評価:★★★★☆

2010年7月4日日曜日

『なれる!SE―2週間でわかる?SE入門』(夏海公司) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

残念ながらとても面白かったです。システム業界のブラック企業を題材にしたライトノベル。私もSE職に従事している関係上、激務とかブラックとかを強調されるのはあまり嬉しくないところなのですけれど。若い人にはあまりこういう職場を普通だとか良い職場だとは思わないでほしいです・・・(^^;



舞台としては『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』と似たような感じです。やっぱり面白い話にするためには逆境が必要なんでしょうか。

就職氷河期にぶち当たった末、なんとかシステム会社に滑り込んだ主人公「桜坂工兵」が、中学生くらいにしか見えない職人肌のネットワークエンジニア「室見立華」から、OJTという名の無茶振りを受けることになります。

何も知らない新卒社員が開発の戦力になれるはずが無いのですが、今回はルータの設定などネットワーク周りの(玄人目には)基礎的な仕事だったので、まぁありかなという気がします。「なれる!SE」というタイトルからすると若干肩透かしな感はありますが。

上司が一人だけの狭い状況というのは、1巻目の設定としては大正解だと思います。いきなりチーム単位のプロジェクトだと、人を書きわけるのも大変そうですからね。ヒロインも良い感じです。会社に泊まる少女というえもいわれぬシチュエーション。

上司の立華自身が完璧な人間という設定ではなくて、仕事の振り方が下手だったりお客さんとのコミュニケーションが苦手だったりと、いかにもなタイプのエンジニアです。実家の商店をたまに手伝っていた主人公がそのあたりをフォローする関係に。二人三脚の成長ストーリというのがなかなか良い雰囲気で好感をもてます。

ひとつに気になったのは、社員数30人くらいの激務の会社で新卒採用するものかな?というところ。普通、この規模の会社では経験者採用か、せめて第2新卒くらいまでだと思います。教育コストが取れないですからね。独立系で志の高い企業ならありかもしれませんが、会社の雰囲気的にそういう感じでもないんですよね。

まぁ、細かい突っ込みどころはありますが、お話しはとても面白かったです。次はチームで作業するSI案件になるんですかね。きっと立華さんの部下という立場は変えられないだろうから、緊急事態でヘルプにはいって、無茶振りされてとかいった展開でしょうか。立華さんの素性もまだ明らかにされていないので、楽しみなところです。

評価:★★★☆☆

続き:なれる!SE2―基礎から学ぶ?運用構築(夏海公司)

2010年7月3日土曜日

『ローマ人の物語〈10〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

散々苦労したガリア戦役がようやく終結。三頭の一角クラッスス亡き後、元老院に取り込まれたポンペイウス。伝家の宝刀「元老院最終勧告」に対し、苦悩の末カエサルは戦いを選ぶ。そしていよいよルビコン渡河。賽は投げられた!



面白すぎますねー。まずガリア。いくら叩いても、なんせまとまりが無いだけにどこかの部族がすぐ離反。もぐら叩きのようです。そしてガリア側にもいよいよ「ウェルキンゲトリクス」という若き才能が台頭。ガリア諸部族を巻き込む総決起によりカエサル大ピンチ。

でも、一度はまとまったガリア勢を一気に叩けたからこそ、なんとかガリア戦役を終結させることが出来たとも考えられますね。そうでなければ、またもぐら叩きが続いていたかもしれません。アレシアの戦いは工事力の勝利。ローマの伝統技能が若き才能を打ち破った一戦ともいえるでしょう。

東方遠征のクラッススは、大敗のすえに死んでしまいました。この時期の人としては一番哀れな道化という感じがします。可哀想だけど自業自得ですか。ポンペイウスやカエサルにへんな対抗意識を持たなければ、小ズルイ大金持ちとして一生を全うできたんでしょうね。せめて、カエサルの下で修行した才能溢れる息子が一緒に死ななければ、後事をたくせたのですが。

元老院の出る杭を打つ気質は、日本人の特性とも非常に似通っているように思います。ただ、当時は武力が伴うのでより凄惨な結果となってしまいますね。小泉さんも暗殺で終わってたかもしれない。政治脳のないポンペイウスがあっさり取り込まれてしまうわけですが、きっと根はいい人だったからこそという気もします。

カエサルは反元老院の民衆派筆頭ですが、その元老院と決戦間際となっても、法の遵守を模索していたようですね。そもそも元老院の超法規的性質に反発を持っていたカエサルらしいと言えるでしょう。ガリアに対してもそうですが、まずは寛大な提案をするのに、相手が調子に乗ったら即決で叩きにいくという、ほんとに格好いい男だなと思います。

さて、いよいよポンペイウスとの決戦です。決戦前からこんなに面白いのに、実際に戦うとどんだけ大変なことになるのでしょう。期待値Maxのまま次巻へ。

評価:★★★★★

次巻:『ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上)』(塩野七生)

関連レビュー:
『ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)』(塩野七生)
『ローマ人の物語〈9〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)』(塩野七生)

2010年7月2日金曜日

『月の砂漠をさばさばと』(北村薫, おーなり由子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「月のー砂漠を さーばさばと さーばのみそ煮が ゆーきました」
小学3年生のさきちゃんは作家のお母さんと二人暮らし。楽しくて、暖かくて、ちょっぴり切ない日常を描く12編です。



ほんと、北村氏のセンスに脱帽です。冒頭の引用は、お母さんが料理中に口ずさんだ歌。どうしたらこんな歌詞が思いつけるのやら。おーなり由子氏の絵とも絶妙にマッチしています。

絵本っぽいつくりということで敬遠していたのですが、ひとがた流しをちょっと前に読んだとき、さきちゃんとお母さんがこちらの主人公と知って興味を持ちました。

ちなみにあちらでさきちゃんは大学受験生です。私は「ひとがた流し」のほうを先に読んじゃいましたが、本書を先に読んだほうがにんまり出来る箇所が多いかもしれません。

あとがきにて
割合、普通に(というのも変ですが)、さきちゃんたちのように、お母さんとお子さんで、生活のチームを作っている方に、お会いします。
とあるように、日常としていかにもありそうな関係だからこそ、ユーモアはよりあたたかく、切なさはよりぐっと心にしみてきます。ちょっと私には眩しすぎるくらいですが、好きな人はほんとにのめりこんじゃいそうな、そういう本だと思います。

評価:★★★★☆

2010年7月1日木曜日

『偽りの名画』(アーロン・エルキンズ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

先日読んだ『古い骨』の作者による美術ミステリ。絵画の勉強にもなって良いのですが、主人公や話の展開が少々アメリカンすぎる気もします。いい意味でも悪い意味でも。



筆者は、読了後にはある分野における一定の知識が得られるような作品を心がけているそうで、真面目に読めば勉強になるかもしれません。私は雰囲気だけで十分だったので、そのあたりは適当に読み飛ばしました。いけない教え子です。

サンフランシスコ美術館の学芸員を務める「クリス・ノーグレン」は離婚調停の泥沼中。上司の勧めもあり、気分転換もかねてベルリンで開かれる名画展のため出張に出ることにしたが、そこで盗難事件にはちあいます。贋作があると意味ありげな言葉を残した上司が殺されたり、それについて調べようとしたクリス自身も襲われたりと物騒な展開に。

旅先ではお約束のように美女の「アン・グリーン」といい感じなったりならなかったりと、なんとも分かりやすい展開です。エンターテインメントとしては面白いのだけれど、なんだか折角いい感じな絵の薀蓄が台無しになってる感も無くはありません。

ほんとに話し自体は面白くて、ラストまで一気に読めてしまったのですけれど、美術的な情緒溢れる展開を期待していたのでちょっと当てが外れたところはあります。アメリカンならアメリカンで、せめて主人公がもっとヒーローっぽく活躍してくれればうれしいんですけどね。

同筆者の作品を何冊か古本屋で入手済みなのですが、読み進めるか迷うところです。まぁ、他の積みが全部さばけてからになりますでしょうか。

評価:★★☆☆☆