2010年7月17日土曜日

『蜘蛛の巣 下』(ピーター・トレメイン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

上巻レビューの続きです。アラグリンという閉鎖された村社会での連続殺人事件をフィデルマが容赦なく裁きます。古代アイルランドのノスタルジックな雰囲気を味わいたい人にお勧め。加えてこの作品が凄いのは、エンターテインメント性も高いレベルで兼ね備えていることです。それにしてもヒロイン強すぎ。蓮舫さんに負けてません(笑)



舞台となるアラグリンの谷ですが、あとがきによると「小王国」といってもよい位置づけにあるようです。ただし人口がとても少ない同族社会のため、日本の村的なイメージの方がしっくりくるかと思います。外部からはうかがいしれない血縁集団の因習が、徐々に明らかにされていくのが本書のハイライトと言えます。

王国の権威も及びにくい田舎とあっては、王妹たるフィデルマも苦労が耐えないわけですが、頑固者たちに対する彼女もこれまた本当に強い。素で通せる場面では本来の性向としての慈悲や謙虚さ、慎ましやかさがみられるのですが、強く押すべき時にはまったく引きません。さらにはちょっとした腕自慢の軽薄な若造にガチのタイマンでお仕置きを食らわせるなど、文武に大活躍です。草食系男子にはちょっとしんどい強さ。

ドルイドという人種がファンタジー以外で出てくるのを初めてみました。自然に根付く生活を送る思慮深い隠者「ガドラ」は、フィデルマに重要な示唆を与えます。もちろん超常的な力などは一切ありません。キリスト教が広まる中で土着信仰はどんどん衰退していくのですが、それを時代の流れとしてあるがままに受け止めるカッコいい爺ちゃんです。

ミステリとしての出来はどうでしょう。真相そのものについては、まぁなるほどというくらいのものでしたが、話の盛り上げ方や演出はなかなかのものだったように思います。一同を会しての謎ときと犯人を導く手際は、まさにこれぞミステリの王道といった趣きです。

このシリーズの一番の見所はやはり時代背景の描写にあると思うのですが、もしかしたら紙数上余計な装飾が必要な長編より、短編の方がより設定が生きてきそうな気もします。短編集もすでに翻訳が2冊刊行されているようなので、次はそちらに行ってみたいと思います。

最後に、難解な単語や文化背景をこれだけ平易な日本語に起こしてくださった、翻訳者の甲斐萬理江氏に多謝です。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
『蜘蛛の巣 上』(ピーター・トレメイン)

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