2011年1月30日日曜日

天にひびき 3巻(やまむらはじめ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

音楽ものコミックでは「のだめ」が完結しちゃいましたが、本シリーズがそれを補って余りあります。今回はひびきや秋央の活躍がやや控えめ。サブキャラたちメインの構成です。サブキャラなんですが・・・波多野さんも美月もヒロイン力高すぎ(笑)



本巻では美月で2話、波多野さんと梶原がそれぞれ1話、そして榊先生の家での合宿が2話の計6話が収められています。主人公たちが活躍せずとも充実感抜群の内容でした。

美月のエピソードで2話とったのは流石というべきか、まだまだ物足りないと見るべきか。そもそも人物紹介の扱いなど見ても準ヒロイン格のはずなんですけどね。出てくれば強烈なキャラなのに、波多野さんのせいで立場怪しげです。表紙も先に取られちゃったし。

波多野さんは・・・初出のクールビューティーな印象とのギャップ萌え。あざとすぎるほどあざとい作者の思惑にまんまとはまってしまう自分が悔しいです(笑)。

彼女の演奏シーンが初めて出てきました。もともと凄腕オーラは放ちまくってましたけど、ああいう形で弱点をつけるとは。あまりに魅力的過ぎる残念女子、色々な意味で美月危うし。

とまあ、メインヒロイン食っちゃう勢いの女性キャラたちはとても良かったのですけれど、実は本巻では男性キャラのエピソードのほうがぐっと来たりします。

梶原の私生活が一部公開。「やっぱり」と思えるところと「へー」と思えるところと。彼と懇意っぽかったフルート奏者「柊梨胡(ひいらぎりこ)」さんの立ち居地も今回はっきりしました。クールなワンレンお嬢様、たまりませんな。

波多野さんや梶原の話で触れられている、変に難解な「現代曲」は人気ないという話、門外漢ながらなるほどなーという気がしますね。素人レベルで知ってる曲って昔の作品ばかりだし。

あまり詳しくは知りませんが、ジャズなんかもそういうところがある印象です。ジャンルが成熟→高度化→参入障壁という図式は、どの分野でもいえそうなことだという気がします。

以前から名前だけは出ていた榊先生がようやく登場。本巻のメインといってよいでしょう。療養中などという話もあったので、もっと年配のおじいちゃんな人かと思っていましたが、えらくシャレのきいたダンディーなオッサンという感じで意外でした。奥さんと何歳違いなんでしょう。

名前だけ出しておいて後から登場の手法は大好物です。今回の榊先生しかり、あと残ってるところではユキエおばさんや如月先生のカルテット仲間もでてきてくれたりするのでしょうか。

そもそも音楽家ばかりという秋央の一族というのがどれほどのものなのか興味が尽きませんが、ひびきや秋央自身の活躍にも次回は期待したいところです。

評価:★★★★☆

関連レビュー:
天にひびき 2巻(やまむらはじめ)

琥珀のマズルカ(太田忠司) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

現代ファンタジーとでも言うのでしょうか。あらすじが説明しにくいのですけれど、特異な設定を手堅く纏め上げた小粋な連作短編集です。流石はベテラン作家といった手際ですが、ちょっとまとまりすぎの感もなくはないかも。



警察や医者の手に負えない状況で頼られるのが「夢追い」の「マズルカ」です。基本は事件が起こるたびに駆け込まれる「ドラえもん」パターンですが、一連の事件の背後にはマズルカが追っているある人物が黒幕として動いています。

魂の離脱が医学的に認められた世界のお話となります。症状は2つ。

一つは魂が離れかけた「離魂(りこん)」という状態で、これを治せるのが「整魂師(せいこんし)」。霊感みたいな素養が必要で、語り手ポジションの刑事「桃内大輝(ももうちだいき)」がこの素養の持ち主です。

二つ目は魂が迷子になってしまう「魂睡(こんすい)」という状態で、これは「夢追い」と呼ばれる人に探し出してもらわなければなりません。マズルカはこちらにあてはまります。

ファンタジックな設定ではありますが、警察小説の体をなしているため、どちらかというと渋めの世界観です。マズルカは普段バーでピアノを弾いていて、警察への対応にも微妙にクールでそれっぽい感じ。

整魂師の両親を持つためいいように使われている桃内をはじめ、魂の世界でのマズルカのパートナー「琥珀」、それに謎めいた背景をもつ酔いどれ少年、自称マズルカのマネージャ「ケイ」など、サブキャラもなかなか魅力的で良いです。

基本的にミステリではないと思いますが、ミステリ風の構成ではあります。このあたりは筆者の本領発揮というところでしょうか。特に第3話では「素人探偵」なるものが出てきます。彼は他の作品で出てくる人物なのですかね?結構よさげなキャラなのですが、少なくとも本書では使い捨てです(笑)

ユニークな設定を見事に纏め上げた完成度の高い作品で、解決もなかなかお見事。ただ、ラスボスはもう少し強そうな感じでも良かったかなという気がします。全体的にまとまりすぎな印象はなくもないですが、そのぶん安心して読める作品ということは言えるかと思います。

評価:★★☆☆☆

2011年1月27日木曜日

ポリス猫DCの事件簿(若竹七海) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

葉崎市「猫島」を舞台にした、猫がたくさん出てくる連作ミステリ短編集です。猫好きの方にお勧め。葉崎市のシリーズは基本のんびり基調ですが、わけても猫島はゆるすぎるくらいゆるい感じがとても和みます。



葉崎市シリーズでは7作目になるでしょうか。他のシリーズ作品が未読でも全然大丈夫ですが、同じ猫島を舞台にした「猫島ハウスの騒動」は、登場人物も多く被っているので、先に読んでおいたほうがベターかもしれません。

主役の警察猫(?)「DC」と「七瀬晃(ななせあきら:男です)」巡査は、前作に引き続いての登場となります。とりわけポリス猫は前回から存在感を発揮しまくっていましたので、再び猫島を舞台とするのであれば主役抜擢も当然というところでしょうか。

前作ヒロインの「杉浦響子(すぎうらきょうこ)」をはじめ、おなじみ他の住人達もしっかりちゃっかり登場しています。しかし、海水浴と猫だけが売りだったはずの猫島ですが、観光地としてのほほんとレベルアップしていっている感じです。資本主義何それ?的な雰囲気は全く変わりませんが。

短編7本にプロローグ + エピローグの構成となります。基本猫がらみの事件が中心で、解決のきっかけはDCから。きっかけというか、DCが推理したのを七瀬が汲み取る感じです。でっぷりどっかり貫禄ばっちりのDCもさることながら、頼りなさげな七瀬君もなかなかの推理力を見せてくれています。

ただ、ミステリとしては少し弱いかもしれませんね。一応連作短編形式ですが、最後のオチはちょっとわかりにくかったです。若竹七海さんの毒や切れ味を求める向きには肩透かしなところもあるかもしれませんが、猫島の緩々な雰囲気に浸るのが本書の正しい楽しみ方ではないかと個人的には思います。

評価:★★★☆☆

2011年1月26日水曜日

シアター! 2(有川浩) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

前巻のやや淡白な印象が覆りました。商売として成立しにくい劇団や役者たちの実情が微細に描かれていますが、これだけ書き込んでもさっぱりリアリティが生まれない有川作品が大好きです。



今回はちょっとトリッキーな構成となっています。サブキャラに焦点を当てた短編4本に、次巻へ向けてのプロローグ的な位置づけと思われる2編を加えた全6話。プロローグといっても、本巻内だけで十分完結した話となっているので、お預け感はありません。

なにしろ10人もいる劇団員なので、前巻読了時には全般的にぼんやりと霞のかかった雰囲気を感じていました。今回、それぞれのサブキャラにスポットが当てられたことで、話の輪郭が随分クリアになったように思います。

劇団内部や辞めていったメンバー達とのドロドロした人間関係。やろうと思えばいくらでも文学的な方向へ突き進めそうなテーマですが、それを許さないのがエンターテイメントを愛する有川先生の真骨頂です。

なにしろ鉄血宰相が万能過ぎます。各メンバーからの相談に突き放すようでいながら、絶妙な形で救いの手を差し伸べるツンデレッぷり。ドロドロした人間模様があっさり吹き飛ばされていくのはとても嘘臭く、そして痛快です。

恋愛模様もいつものように予定調和的なものとなりそうですね。真の恋愛小説好きには物足りなさMaxかもしれませんが、私としては安心してクライマックスを迎えられそうで嬉しいところです。

傑作「ストーリー・セラー」から一転、いつもの有川節全開といった印象の本作品。次が最終巻になりそうとのことですが、このままなら実にきれいに収まってくれそうで、期待してお待ち申し上げます。

評価:★★★★☆

関連作品

2011年1月23日日曜日

高杉さん家のおべんとう 3(柳原望) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

重いコイバナ展開はやだなーとおもっていた前巻ラストでしたが、とんだ杞憂だったようです。この筆者、残念な男子描くのがとても上手ですね。同属としてちょっと複雑(笑)。なにやら久留里出生の秘密など不穏な話も出てきつつ、あいかわらずほんわか展開の第3巻です。



いきなり恋敵(?)として登場した「丸宮元(まるみやはじめ)」君。強キャラかと思ってびくびくしていたら、単に空気読めない一直線キャラで安心しました。確かにわが身を省みても、女性一般と比べて男のエアリーディング(空気読み)スキルって低いような気がします。で、後になってから悶々と・・・嫌なこと思い出してしまった。

学会ネタなど相変わらずでしたが、とりわけ「元老院」というのはいかにもっぽくて受けました。そして、それを篭絡するセーラー服美少女。彼らが単純に嫌なやつらで終わらなかったのが良かったです。

今回はまた、際物のお弁当が多かった印象です。素麺ってお弁当になるんですね。私も機会があればやってみたいです。「ヘボ」の話は、流石に筆者が力を入れていたようなだけあって、本巻ベストのお話だったと思います。自分で食べたいとは思いませんでしたが・・・

本シリーズは単に料理自慢にとどまらない生活の知恵が溢れているのが好きですね。料理上手の小坂さんが常に一品おかずだったり、節子さんが力説する「なんとでもなる」の心得など。確かに毎日繰り返されるものであるからこそ、省労力の工夫がとても大事なのだと思います。

今回は久留里出生の秘密なども出てきましたが、結局ハルミがやったのは力技のごまかしでは?まあ、彼らしくて良かったですけれど。そもそも4親等はなれてるからOK的なスタンスの久留里には、あまり関係ない感じでしたね。しかし、これで本格的に高校生妻への流れが加速なのでしょうか・・・

あとがきによると、柳原さんの3巻越えは久しぶりとのことですが、いっそ正式に家庭を持って子供が生まれるまで延々と続けていただきたいところです。光源氏展開を現在進行形で見られる機会もなかなかないですし、大いに期待いたしております。

評価:★★★★☆

2011年1月22日土曜日

ゴルフ場殺人事件(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ポアロシリーズ長編2作目。野暮ったい邦題タイトルのわりには真っ当な印象のお話です。ライバル刑事や謎の美女登場などの緩急ある展開に加え、肝心の謎解きもなかなかお見事。それにしてもヘイスティングズ・・・(^^;



「ゴルフ場殺人事件」とありますが、特にゴルフ場ならではの趣向があるわけではありません。単にゴルフ場で殺されただけ。もっとも自宅のゴルフ場ということで、金持ちの象徴というのはあるかもしれませんが。ゴルフクラブがどうとかキャディがどうとかが全くなかったのには、なんとなく安心しました。

ヘイスティングズは前作につづき、またしても見事な道化っぷりをみせてくれます。なんだか彼がやらかすと全部持っていってしまうので、ちょっと難しいキャラだなという印象がありますが、前回よりは色々な意味で救いのある感じだったのが良かったです。

一応ライバル刑事「ジロー」が登場しますが、途中はともかく終盤がちょっとあっけなさ過ぎる気はしました。散々やり込められる結果となった場面を、さらっと流さずもっと見てみたかった気がします。

ヘイスティングズといいジローといい、なんとも典型的というかお約束なキャラなので、その点は好みが分かれそうなところかもしれません。ただ、本作は謎解きそのものもかなり秀逸ですし、なにより17歳の美少女「シンデレラ」の登場タイミングが実に絶妙です。

ちょっと興味がでたので調べてみましたが、ヘイスティングズって知名度の割りにそれほど多くの作品に登場しているわけではないのですね。評価の高い有名作でいうと「ABC殺人事件」くらいでしょうか。

それはそうだろうなーという気がします。彼のやらかしっぷりは、純粋なミステリの観点からいくと若干反則気味なところがあうように思えるのです。それはやっちゃ駄目だろという線を平気で超えてしまう(笑)。ゴシップ的ドタバタも妙にクローズアップされすぎてしまいますし。

そういう意味で、本書の評価はヘイスティングズの存在を許容できるか否かにかかっているように思うのですけれど、前作「スタイルズ荘の怪事件」と比べれば、素直に楽しめたように思います。シリーズものとしては美味しいキャラですよね。

でも、ラストでは色々な展開もあったことだし、彼の行動パターンも少しは変わってくるのでしょうか。次回以降の登場がとても楽しみになってきました。

評価:★★★☆☆

2011年1月20日木曜日

とある飛空士への恋歌 5(犬村小六) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

話の展開的にどう落とすのかと思っていましたが、見事な収束でした。筆者はカタルシスというもののツボを知り尽くしてますね。序盤早々から涙腺ゆるみ気味になってしまいました。



クライマックスとして見た場合、「追憶」のわかりやすい決戦と比べて、若干変化球気味なところはあるかもしれません。その点では物足りなさも感じなくはないですが、達成感というか納得感の演出については文句なしだったと思います。

立派に成長したカルエルが、それでもヘタレ入ったままなのは良かったです。完璧超人なんて彼の柄じゃありません。ただ、せっかく飛空士として成長した割りには、本巻ではそちら方面の活躍が控えめだったのが残念といえば残念。

本シリーズでは三角関係も主要な軸の一つだったかと思いますが、それがあまりドロドロしたものにならなかったのも良かったです。特にアリエルは最後までいかにも彼女らしくて、その心根には胸を打たれます。人気投票があれば文句なくNo1でしょうねー。

長期間の遠征帰りということで、帰還の演出は「指輪物語」を髣髴とさせます。文庫で全5巻というのは、長いとも短いともいえない微妙な長さですが、ライトノベルとしてみれば絶妙のバランスだったといえるかもしれません。

後書きがありませんでしたけど、また続きは出るんでしょうか。世界観の概要はわかりましたが、正直なところこのままでは「だから何?」というものでしかありません。色々含みも残っているようなので、続編には是非期待したいです。今度はどのような空戦が待っているのか、今から楽しみです。

評価:★★★★☆

2011年1月18日火曜日

コトラーのマーケティング3.0 ソーシャル・メディア時代の新法則(フィリップ・コトラー 他) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「ソーシャル・メディア」と「コトラー」につられて買ってしまいましたが、この本は名義貸しですね。実質インドネシア人マーケター二人の手からなる著作です。新興国視点の事例紹介はそれなりに面白かったですが、論旨自体の新鮮味はあまり感じられませんでした。



本書のもっとも基本的な主張は、マーケティングの軸足が企業と顧客の関係(2.0)から顧客同士のソーシャルな関係(3.0)へ移行するということ。ちなみにマーケティング1.0は製品中心の考え方だそうです。

いまどき2.0とか3.0とか陳腐感がなくもないですが、そのコンセプト自体については特に異論があるわけではありません。ただ、マーケティング3.0における具体的な指針については、あまり面白くなくて読み進めるのがしんどかったです。

協働的、文化的、精神的なマーケティング手法が大事で、価値主導のなんとかかんとか。うーん、この辺り確かにその通りだとは思うのですけれど、どこかで聞いたような話を寄せ集めただけのような印象がとても強いです。頷けども感銘は受けません。

この手の経営関連書について、私の場合難しいロジックは良く分からない分、とりわけ事例紹介は楽しみにしています。ソーシャルを題材にということでもっとITよりな話かと期待していたのですが、早合点した私も悪かったかもしれません。

新興市場におけるソーシャル・マーケティングの事例や考え方などは本書のユニークな点だと思います。ただ、これは全く執筆者に非のないところですが、ちょっと前に読んだ大前研一さんの本に同じようなことが書かれていたため、私としてはあまり楽しめませんでした。

本書が私にあわなかったのは、単に私が本書のターゲットから外れていたためだと思います。適切な対象に対してはとても有意義に感じられるのではないかという気もします。ただ、コトラーを前面に押し出した推薦文や宣伝手法については、ちょっとだまされた感が強くて印象悪いですね。

評価:★☆☆☆☆

2011年1月16日日曜日

ゴーストハント2 人形の檻(小野不由美) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

徐々にホラー色が増してきてます。前巻では空気気味だった4人の霊能者達もしっかり活躍(一人除く)。ただ、まだ麻衣があまり活躍していません。本格的に面白くなっていくのはもう少し先です。1巻のレビューはこちらから。



旧版が手元にないのではっきりとは確認できませんが、改稿はかなり大幅に入っている印象です。特に事件の背景に関わるディテールがかなり細かくなっているように思えます。結構怖いです。

ぼーさん、ジョン、真砂子の3人はきっちり存在感を示しました。前回は事件の性質上活躍の機会のないまま終わってしまいましたが、いよいよ本領発揮です。

一人取り残された綾子ですが、役立たずは彼女のアイデンティティですから仕方ありません。20台半ばの巫女さんというキャラ的に、この扱いは必然なのかもしれません。しかし、彼女がいずれ活躍するときがやってきます。それはもう痛快なので、それまで温かく見守ってあげてください。

エンディングもかなり改稿されてますね。ナルを真砂子に取られてやけっぱちになった4人が互いにデートに行くはずでしたが、甘いもの食べながらのほんわか打ち上げに変わっています。色恋沙汰控えめなのがこの物語の特徴なので、確かにこの方がしっくりきます。

このゴーストハントいうシリーズ、2巻までだとあまり目立たないのですが、実は麻衣の成長ストーリーなのですね。本巻でも片鱗は見せていますが、彼女が力をつけるに連れて物語もどんどん面白くなっていきます。とにかくまだ見切りをつけずに、彼女の成長と綾子の活躍まで是非お待ちください。

評価:★★★☆☆

2011年1月13日木曜日

ローマ人の物語〈34〉迷走する帝国〈下〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

皇帝ヴァレリアヌスがペルシアに囚われる異常事態を迎え、帝国に激震が走ります。東方とガリアで反乱が起こり、ゴート族は帝国内部まで深く進入。まさに未曾有の危機ですが、実力のある軍人皇帝たちにより徐々に安定を見せます。しかし、内側では着々とローマの変質が始まっていたのでした。



本巻冒頭を見る限りもう終わってもおかしくないような混乱振りですが、やはり囚われの身とはなったものの、実力派の先帝ヴァレリアヌスの薫陶が生きていたためでしょうか。次々と優秀な軍人皇帝が立ち、危機を克服していきます。

「優秀」なのになぜ帝位が次々と変わっていったのか。病死や天災に見舞われた例もありますが、基本的には皇帝の権威凋落が根本的な原因だったのではないかとの説が述べられています。

実力を認められ推挙されたものの元は同僚。嫉妬を乗り越えるには、例えばわが国で言うと天皇陛下のような、理屈では補えない威光が不足していたのではないかというのが筆者の見解です。落ち度が無いにもかかわらず、次々と味方に寝首をかかれていきます。

もっとも非常事態なだけに、推薦されたのは優れた人材ばかり。とりわけ皇帝アウレリアヌスは、東へ西へと奔走し、神速で事態を収拾していきます。一度の解決は無理と見て優先順位をつけてクリアしていく手法は、現代のマネージャ達にも参考とすべき点が多そうです。

こうして辺境からの危機自体は収まっていくものの、この過程で起きたローマの変質に筆者は目を向けます。注目されているのは2点。ひとつはカラカラ帝によりローマ市民権が万人に与えられるようになったこと。もう一つは元老院と軍の完全分離です。

ローマ市民権の問題については前々巻におけるレビューでも触れました。本国、属州の区別なく全員にローマ市民権が与えられるようになったことで、ローマ市民権の価値が急落します。「飴と鞭」の飴が機能しなくなったわけです。

加えてガリエヌス帝による元老院と軍の分離。凋落傾向にあるとは言え、元老院はローマ帝国において人材をプールする機能を果たしてきました。エリートに軍事を経験させることによる、指導者としてのキャリア育成の道が立たれてしまうことで、政治と軍事にバランスよい、いわば「ローマ的」な性質が受け継がれなくなっていったのでした。

このローマの変質にキリスト教台頭の原因を求める、本書第三章のロジックは、実に整然として感動的です。確かに、世相が不安になると強固な協議を持つ宗教に頼る人が増えるのは、感覚的にも理解できることです。次回、治世20年の強い皇帝「ディオクレティアヌス」のもと、ローマ社会がどのような変換点を迎えることになるのか。とても興味深いです。

評価:★★★★★

2011年1月12日水曜日

空き家課まぼろし譚(ほしおさなえ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

雰囲気ある海上都市を舞台に、ちょっと頼りない若手職員が上司の娘(小学5年生)と景観保護に奮闘するミステリ短編集です。良いお話でしたが超能力はちょっと蛇足気味かも。もしかして「絶対可憐チルドレン」みたいな年の差カップルものになるんでしょうか?



「日本のベニス」と呼ばれる水上都市「海市(かいし)」が舞台となります。「海市協会」の「空き家課」につとめる2年目職員「間宮明(まみやあきら)」が、なにかにつけ事件に絡んでくる上司の娘「三上汀(みかみみぎわ)」と、空き家保護にまつわる問題解決に挑んでいきます。探偵役は汀です。

この汀ちゃん、第1話にて写真の状況を再現できる超能力を持つことが判明します。しかし、ちょっと微妙な能力ですね。そもそもベースの話が結構いい雰囲気を出しているだけに、このイロモノ設定が浮いているように私には感じられてしまいました。

ただ、その能力が謎解きにそれほど活躍していないあたり、ある程度筆者の計算が入っているのでしょうか。汀の推理力自体は超能力とは全く関係ない、本人の頭の回転によるものです。最終話ではこの能力に関する由来らしきエピソードも出てくるため、「How」でなく「What」な要素なのかもしれません。

明の上司で汀の父親「三上敦(あつし)」、同僚のミステリオタク「友坂修平(ともさかしゅうへい)」、汀の親友「菅谷栞(すがやしおり)」など、登場人物はみなキャラの立ったいい味を出しています。脇キャラの良い作品に外れ無しです。

ただ、汀のライバルで何かとぶつかることが多いらしい同級生「森山理瀬(もりやまりせ)」。東京でモデルも勤め、取り巻きも多いハイスペックなのだそうですが、本巻では一度も台詞付きの登場をしていません。いかにもツンデレっぽいクリティカルな立ち居地のはずなのに・・・この焦らしっぷり、素晴らしいです(笑)

汀が最終話で小学6年生に進級しているということは、時間遷移のある成長ストーリーと言うことになるのでしょうか。なんだか最終話ではフラグらしきものが立ってるように見えたんですが・・・というわけで、続編とても楽しみにしています\(^-^)/

評価:★★★☆☆

2011年1月10日月曜日

レイヤード・サマー(上月司) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

れでぃ×ばと!」作者によるタイムトリップSFです。筆者の萌えより話作りの方を評価している私としては、なかなか美味しい作品でした。



最近の筆者の作風からすると、時間SFとは意外な方向性と思われる方もいらっしゃるかもしれません。「カレとカノジョと召喚魔法」からのファンとしては原点に戻ったと言う感じですね。

行き倒れているところを助けた彼女「流堂庵璃(るどうあんり)」は、銀色の長い髪にルビーのような紅い瞳をし、そしてなぜか主人公「黒瀬涼平(くろせりょうへい)」のことを知っている未来人でした。

このほかにもいくつかの「謎」をポンと投げかけて話を引っ張っていくスタイルは、いかにもミステリーチックで私の好みです。幼馴染みの「茜野々子(あかねののこ)」や親友「高円寺忠文(こうえんじただふみ)」に敵役の「ハル」、登場キャラたちもそれぞれ個性が立っていて魅力的です。

時間SFとしての設定は、私があまり考えて読んでいないせいもありますが、少し難しいような気がしました。要するに(1)未来から過去へ来てもそれは平行世界となる→よって過去を改変しても未来は変わらない(2)同じ時間軸に同一人物は存在できない、以上の2点がポイントとなるでしょうか。

ストーリーとしては結構好みの展開だったのですけれど、どうも伏線がまだ色々残されたままでいるようです。ちょっともやもや感が残っているのですが、あとがきを読んだところでは筆者も同様に感じていらっしゃるようですね。



以下、少しネタバレが入るのでご注意。反転してみてください。



階層間移動ですが、庵璃が敢えて説明しなかったので、実は矛盾があります。(あとがきより)

「矛盾」とあるのでちょっと違うかもしれませんが、ラストで涼平が庵璃を引き止めていたら、これから来るはずだった17歳の庵璃はどうなってしまうのでしょうか。同一時間軸には2重に存在することはできないはずです。そうすると未来は変わる?




ネタバレ終了。



本書はかなり苦めのエンディングとなっていますが、そもそも時間を跳んできた過去は平行世界だという設定のため、どう転んでももう一つの世界で起きた悲劇は救われないと言うジレンマを本質的に抱えています。そのあたりをうまくクリアするためにも、上月さんはなんとしても続巻を出したいと思っていることでしょう。

とにかく本巻だけでは評価がとても難しい作品。このままでは後味がラノベにしてはヘビー過ぎる感じなので、私もシリーズ化を激しく希望したいです。ただ、電撃でこのSFっぽい小理屈ストーリーが通用するのかどうか・・・期待しています。

評価:★★☆☆☆

2011年1月9日日曜日

虐殺器官(伊藤計劃) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

タイトルから想像していたより、ずっと理知的なバイオレンスSF小説。私の乏しい読書経験のなかでは、チャンドラーの「ロング・グッドバイ」が近い印象かもしれません。ちょっとグロも入っている点、個人的には苦手な感も無くは無いですが、静かで簡潔な文体には圧倒されてしまいました。



近未来が舞台ですが、9.11テロを引き金とした異質な世界観の設定となっています。アナザーワールドとでもいうんでしょうか。結構リアルな軍隊の描写もあったりして、読み始めはSFじゃなくてもいいんじゃないかと思ったりしましたが、最後まで読んだ結論、本書はSF以外ありえないです。

主人公は米軍暗殺部隊に所属する「クラヴィス・シェパード」情報大尉。「米軍」の「暗殺部隊」という設定からして、本書の雰囲気がうかがい知れるのではないでしょうか。彼の一人称形式で物語は進んでいきます。

軍隊やら暗殺やらの言葉から想起されるとおり、アクションシーンは当然豊富に用意されていますが、それに加えてヒロインとのバーでの会話やライバル役との対話・対決など、ハードボイルドのお約束がしっかり盛り込まれています。そういう意味で意外にエンターテインメント性は高い小説と言えるかもしれません。

主人公のクレバーかつクールな性格が、本書を決定的に特徴付けています。どこまでいっても静かな緊張感漂う雰囲気は、好きな人にはたまらないんじゃないでしょうか。家庭もちで一見陽気な相棒「ウィリアムズ」との対比も実に良いです。

敵役「ジョン・ポール」が世界各地で虐殺の引き金を引き、それに後手を踏み続けながらも一話ごとに真相に近づいていきます。全5部 + エピローグのうち、第四部は小松左京賞応募稿に新たに追加されたものだそうです。確かに第四部がなければちょっと唐突過ぎる展開と感じられたかもしれません。

第四部の件を抜きにしても、本書が小松左京賞最終選考に残りながら落選してしまったのは、全く理解できないと言うほどではありません。メインの仕掛けに対する説明がハードSFにしてはちょっと淡白かもしれないなとは私も感じました。

ただ、第1部の冒頭を少し読んでいただくだけでも、本書のクオリティやユニークさは歴然だと思います。本書出版への橋渡しをされたと言う円城塔さんや大森望さん、それに出版元のハヤカワ書房さんには、一読者として感謝の念に堪えません。

結構グロい描写も満載なので、私の好みとしては本来苦手なところでもあるのですが、文体があまりに客観的なため、その点ではさほど読みにくいとは感じませんでした。ゼロ年代ベストSFとの評価もうなずける、文句なしの傑作です。

評価:★★★★☆

以上が本編まで読んでの感想ですが、本書は大森望さんの解説があまりにも泣かせてくれます。ご存知の通り、筆者の伊藤計劃さんは、長い闘病生活の末、2009年3月に肺ガンのためお亡くなりになられています。デビューでのいきさつを経て筆者と懇意にしていた大森望さん自らの手による解説には、思わず涙腺が緩みそうになりました。「ありがとう」の一言です。

2011年1月6日木曜日

経済古典は役に立つ(竹中平蔵) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

アダム・スミス、マルクス、ケインズなど、経済思想の位置づけをわかりやすく説明してくれる入門書です。さほど難しくはありませんが、多少は経済学のキーワードに馴染んでいないととっつきにくいかもしれません。学生時代に読みたかった一冊。



本書は慶応大学丸の内キャンパスで行われた社会人向け講義がもとになっているそうです。経済思想は専門ではないからと一度断ったのを、
実際に政策を経験された竹中さんのアダム・スミス論、ケインズ論を聞きたいんです
と口説かれたとか。なるほど確かに、実務家としての現実感というか、バランス感覚の良さを強く感じました。

本書を通じて強く主張されているのは、経済思想とはその時代に応じた最適解なのだということです。理論構築当時における問題意識を知ること無しに、時代遅れだなんだといっても意味はないとして、各章(1)時代背景(2)人物像(3)理論のエッセンスの3パートから構成されています。

紹介されている経済学者は以下の通りです。
1章 アダム・スミス
2章 マルサス、リカード、マルクス
3章 ケインズ
4章 シュンペーター
5章 ハイエク、フリードマン、ブキャナン

なかでもマルサスとシュンペーターについては、経済学における位置づけが自分自身よくわかっていなかったため、目からうろこの思いでした。卒論が環境系のテーマだったため、マルサスの「人口論」についても一通りさらっていたのですが、コンテキストが全然わかってなかったなぁと、今になってちょっと恥ずかしく思ったり・・・(^^;

経済思想の主流を公平に取り上げているように見せつつ、実は結構恣意的な編集となっているような気もします。その点、アンチ竹中さんの方々にとってはあまり面白くないと感じられる本かもしれません。

本書のエッセンスは結局のところ2点。(1)「市場」による競争以上に効率を達成する手段は今のところ無い(2)ただし時代背景に応じた介入は必要。そのような立場を「モデレート・ケインジアン」と表現しています。

正直、経済学の理論闘争は宗教的でクラクラしてしまいそうなのですけれど、本書の主張は私にとって直感的に受け入れやすいものでした。企業勤めの経験があれば、ぴんと来る方が多いんじゃないですかね。象牙の塔の議論は真っ平だけど、経済思想の基本は押さえておきたいという方にお勧めの一冊です。

評価:★★★★☆

2011年1月4日火曜日

蓮華君の不幸な夏休み〈1〉(海原育人) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

超能力バトルものです。大学生の主人公と企業戦士のお姉さんコンビ。軽快な文章に加えてキャラクターも魅力的。二人のコミカルなやり取りがなんとも素敵です。ちなみに裏表紙のちょっとエロいイラストは、本編とあまり関係ありません(^^;



タトゥショップで超常の力を手に入れてしまった大学生の主人公「蓮華晴久(れんげはるひさ)」が、生真面目・クール系だけどちょっぴり残念な微笑ましいところもある美人なおねいさん「亘理翔子(わたりしょうこ)」と組んで、日常を取り戻すための戦いを繰り広げるお話です。

筆者の作品は「ドラゴンキラーあります」のシリーズを読みましたが、今回はハードボイルド加減薄目かと油断してたら結構えげつないバトルが待っていました。陰惨な爽やかさという、なんとも独特な筆者の個性は健在のようです。

登場するグループは、大きく分けて4種類。主人公コンビ+ツバメ(=晴久の脳内に住み着いた何か)、晴久の友人「七海那美(ななみなみ)」と「赤間大地(あかまだいち)」、翔子がやめた会社「三つ葉製薬」と元同僚、そして諸悪の根源たる美人彫り師「日下部明日香(くさかべあすか)」とその手下たち。

4者の思惑が絡み合いつつストーリーが展開していきます。ただ、那美と大地については最初の日常部分に登場しただけで、今のところ直接には話に絡んできません。まだ一冊目ということで顔見世程度ですね。「きゃっきゃうふふ」な三角関係にも大いに期待したいところです。

とにかく全編を通して実にテンポ良く話が進んで行きます。それでいて、ちょっと慣れたところでドキッとするような揺さぶりが入ったり。序破急というんですかね。一作目ということで若干消化不良な部分も残ってはいますが、今後の展開がとても楽しみなシリーズです。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
蓮華君の不幸な夏休み 2(海原育人)

2011年1月2日日曜日

ローマ人の物語〈33〉迷走する帝国〈中〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ペルシアの台頭、ゴート族の大襲来と、まさに七難八苦といったローマの惨状。数年でコロコロ帝位が入れ替わっていきますが、日本の政治だって似たようなものだとはいえます。ただ、皇帝のすげ替えが実力行使しかないってのが陰惨です。



この頃のローマは現在の日本によく似ているなというのが本書を読んでの私の印象。国境付近で苦戦の連続、トップに担ぎ上げられた皇帝たちの弱腰姿勢など。まあ、危機にある国というのはどこも同じようなものかもしれません。

もっともペルシアはともかく、ゴート族の侵入については尖閣どころでない、日本で言えば大坂か名古屋を襲撃されたくらいのインパクトがあったようです。大帝国として平和を享受してきた代償として、国境以外には軍事力ないところを容赦なく叩かれてしまいます。

ローマの皇帝選出方法自体にも問題はありそうです。選挙があるわけではないので、政権交代の手段は暗殺しかありません。軍に人気のある人物が、その力を背景に帝位を継ぐわけですが、空白期間を作らないために元老院もしぶしぶ承認せざるを得ないのが弱いところです。

マクシミヌス・トラヌスは、いってみれば長嶋茂雄さんがいきなり首相になったかのような皇帝といえるかもしれません。一応軍事には才能をみせて連戦連勝を重ねますが、元老院に嫌われて結局早々と謀殺。万人を納得させる血統とか正当性といったものが、どうしても重要になりますね。

ヴァレリアヌスは実力、実績、血統の全てを備えた理想的な皇帝だったようです。しかし在位7年ののち、ペルシアとの戦争で寄りにも寄って敵の手に落ちてしまいます。どうやらペルシア王シャープールが相当汚い手をつかったようで、全く持って運のないことです。

皇帝が頻繁に変わりつつも、個々人についてはそれなりの人材だったようで、ここはさすがローマといわざるを得ません。それでも苦境に陥ったのは、やはり周辺環境の変化と平和ボケなのでしょう。危機はまだまだ続きます。

評価:★★★☆☆

2011年1月1日土曜日

水の時計(初野晴) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ファンタジーっぽいと聞いて少々手を出しかねていたのですが、全くの杞憂でした。雰囲気的にはIWGPのようなハードボイルド基調ですが、ヒロイン葉月の超設定がぐっと話に重みを加えています。主人公たちの根底に優しさが見え隠れするのが、いろんな意味で胸に迫る怪作です。



ファンタジーが嫌いというわけではないのですが、ミステリ+ファンタジーという組み合わせには少々胡散臭さを感じてしまいます。Amazonの紹介文では
透明感あふれる筆致で生と死の狭間を描いた、ファンタジックな寓話ミステリ。
とありますが、前半部分はともかく本書を「ファンタジック」と表現するのは全く的外れというか、宣伝文としては逆効果じゃないでしょうか。

暴走族「ルート・ゼロ」三人のトップの一角を張りながらも、仲間から追われる身となる鬱屈した少年「高村昴(たかむらすばる)」。窮地を助けられた老紳士に連れられた先には、脳死状態でありながらも、機械的処置で身体活動を維持し続ける少女「葉月」が待っていました。

月明かりの元でのみ奇跡的に意識を取り戻す彼女は、昴に対してある依頼をします。自身の臓器を分け与える候補者を選び、届けてほしい。2章以降の各話は短編仕立てで、角膜、腎臓、心臓などの移植を望む患者達のエピソードが続きます。

なんといいますか、非人間的存在との報われない恋、というシチュエーションに私はとても弱いのです。回復不可能で徐々に身体を切り取られていく葉月は、もはや人間と呼べる存在ではありません。昴との仲が成就することも当然ありえません。

そもそも昴には別に彼女っぽい存在もいるのが、むしろ救いとなるでしょうか。片言でしか話せないクールな葉月と、何かにつけぶっきらぼうな昴の会話は、とても心温まるものとはいえませんが、その適度な距離感が何ともいえない余韻を引き出しています。

各話ではそれぞれに被移植者のエピソードが語られていきますが、本筋に絡んだ変化球がたくみに織り交ぜられているため、単調になることなく一気に読ませてくれます。それぞれの患者達が持つ悩みには、筆者のこの分野における思い入れが強く感じられます。

本書が筆者のデビュー作ということで、展開的に少々無理っぽいかなというところも見られなくはないのですが、それらを補って余りある迫力が本書にはあります。ユニークかつ秀逸な舞台設定に加え、登場人物たちの根底に見え隠れする優しさのかけらに、思わずほろっときてしまう作品です。

評価:★★★★☆