邦題「長いお別れ」で有名なハードボイルド小説の、村上春樹さんによる新訳です。この翻訳が上手なのかどうかは私には分かりませんが、少なくとも作品の雰囲気にはとてもフィットした文体だと思います。もっとも、ただの雰囲気小説にとどまらないストーリー自体の面白さこそが名作の名作たる真の所以なのかなという気もしました。
たしか、以前に「長いお別れ」を読んだのは小学生のときだった気がしますが、今回改めて読み返してみて怪しい気がしてきました。子供向けのミステリ選書の一冊として読んだ記憶があるのですが、文庫版だと600ページにわたる大著。しかもハードボイルドらしい色っぽいシチュエーションもあって、こんなの子供向けで出せるのかなという印象です。
ただ、あとがきによると従来の清水俊二訳バージョンでは原文から省略されているところがかなりあるとのことでした。子供向けとなれば一層のカスタマイズが入っていた可能性はあります。ちなみにその選書の他の作品では「黄色い部屋の謎」、「赤い館の秘密」、「ジキル博士とハイド氏」、「義眼殺人事件」、「幻の女」、「マルタの鷹」、「僧正殺人事件」といったラインナップが並んでいた覚えがあります。うーん、しぶい。
とにかく探偵「フィリップ・マーロウ」が格好良すぎるというところはあるのですけれど、この作品の突き放したような透徹な雰囲気がマーロウ一人の言動から生み出されているのかというと、そういうわけでもないようです。読んでる間は不思議な感じがしていたのですが、あとがきで触れられているチャンドラーの文体についての説明に納得しました。これこそが誰にも真似しえないチャンドラーの文章ということなのですね。
村上氏による訳者あとがきは、50ページにもわたる力の入ったものとなっています。ちょっと小難しいところもあって、私は興味あるところの拾い読みしかしていませんが、氏のこの作品にかける思いはひしひしと感じられます。清水俊二氏の翻訳についてもリスペクトの念を表す形で触れられていますが、両者の翻訳はかなり雰囲気の違ったものとなっているようなので、読み比べてみるのも面白いかと思います。
村上春樹氏という著名な作家の翻訳ということについては賛否の出てくる部分でもあると思います。村上氏自身は翻訳者としての実績があるにもかかわらず、専門家でないという変なバイアスがかかった読まれ方も時にはされるかもしれません。ただ、古い名作についてはなかなか手に取る機会も少ないので、今回のような形で発掘していただけるのは、一人のミステリファンとしてとてもありがたいことだと私は感じています。
評価:★★★★☆
2010年9月23日木曜日
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