2010年6月30日水曜日

『ローマ人の物語〈9〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

四十にしてついに起つ。三頭体制の開幕、そしてガリア戦役です。ユリウス・カエサルという男、格好良すぎます。



人気はあっても実績のないカエサルが、政治頭のないポンペイウスとお金しかないクラッススを騙くらかして三頭体制を樹立。それだけならただのお調子者ともとられかねませんが、その後のガリア遠征における知略・勇気・侠気をみせられると、誰も何も言えません。

それにしてもポンペイウス、奥さんをカエサルに寝取られながら、その寝取った本人の娘を新しく嫁にむかえるとは、昔はおおらかな時代だったのですね。政略的な意味があったとはいえ、カエサルの娘ユリアとは彼女が亡くなるまで幸せな結婚生活だったようで、いろんな人にとって幸運だったことでしょう。

西方のスペインや東方のシリアにポンペイウス、クラッススの両巨頭が赴いていることから、国境を接する周辺地域はいずれも重要度が高かったのだと思います。そんな中、なぜカエサルが特に北方ガリアにおける属州総督の地位を望んだのかがよくわからなかったのですが、まだ未開の地に手をつけることで名声を高めるためだったのですかね。

実際、ブリタニア(イギリス)遠征や、ガリアを越えてゲルマン民族にまで攻め入ったりと、ローマ人では未踏の偉業を次々と成し遂げ、さらには名文として名高いガリア戦記の刊行です。もちろん、公としての大志がなければ成し遂げられない難事業だったとは思いますが、人気取りとしても申し分なかったことでしょう。

ところで本書の端々でも引用されているガリア戦記、いったいどれほどの名文であったのでしょうね。引用文を見るにつけても興味が押さえられません。カエサル編が終わったらチャレンジしてみましょうかね。

評価:★★★★☆

次巻:『ローマ人の物語〈10〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)』(塩野七生)

関連レビュー:
『ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)』(塩野七生)

2010年6月29日火曜日

『つばき、時跳び』(梶尾真治) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

椿の咲き乱れる「百椿庵(ひゃくちんあん)」に一人暮らすこととなった売れない作家「井納惇(いのうじゅん)」。女性にしか見えないと噂されていた幽霊がなぜか惇にもみえてしまう。その正体は、百数十年前の「百椿庵」に住む20歳前後の女性「つばき」だった。一つ屋根の下での美少女との生活という夢のようなシチュエーションの行方は?



以前レビューを書いた七花、時跳び!のオマージュ元と思われる作品。ちょうど新書版が出たようなので読んでみました。

今年8月に舞台化するそうですが、なるほどと思わされます。とてもシンプルで分かりやすいストーリーです。タイムトリップものというと小難しい理論やパラドックスなどが主題になりがちですが、そういうのが全くありません。純粋な時を超えたラブストーリーです。

「つばき」が現代世界に戸惑うようすが、お約束ながらとても魅力的です。しかし、アイスクリームはともかく初めて飲むビールっておいしいものなんですかね?

調子よく酒なんか飲ませて、シチュエーション的には結構エロイ感じなのですが、二人とも真面目なので間違いが起こる気配もありません(笑)。でも、下着のつけ方が分からなくて手伝ってもらったりと、「つばき」の無防備っぷりはなんともいえないところです。

話しの構成がほんとにシンプルで、どちらかというと雰囲気で読ませる作品です。ストーリー重視の私としては若干物足りなさを感じなくもないのですが、熟練の筆者らしい完成度の高さは流石というしかありません。

評価:★★☆☆☆

2010年6月28日月曜日

『万能鑑定士Qの事件簿4』(松岡圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

催眠の嵯峨敏也が登場しますが、未読でも問題ありませんでした。むしろ、先入観がないほうが良いかもしれないくらいです。今回もかなりの大技でした。



別作品の人物を登場させるのってあまり好きではないのですが、本作では上手く料理しているように思いました。シチュエーションに必然性があり、なぜその人物が必要だったかを納得させてくれます。世界観の侵食といったことも全くありませんので、安心して読めると思います。

肝心のトリックに関しては、今回はちょっと私読めてしまいました。不可能犯罪っぽさは今回もかなり良い感じで演出されていたと思うのですが、それだけによく考えると可能性が限られてしまいます。普段は驚きを得るため、ミステリは深く考えず読むようにしているのですけれど、ちょっと損した気分です。

次回は莉子がフランスに飛ぶそうです。本格的な美術鑑定に挑むのですかね?相撲シールとか映画のポスターとか毎回キワモノの鑑定が多いので、楽しみにしておきます。

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
『万能鑑定士Qの事件簿3』(松岡 圭祐)

2010年6月27日日曜日

『乙嫁語り 1, 2』(森 薫) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

森薫さんの絵は吸引力がありますね。場所は中央アジア、カスピ海周辺の草原地帯、19世紀に生きる居牧民の生活が、12歳の少年カルルクと彼に嫁いだ8歳年上アミルの視点から描かれています。




異文化の風俗というのはそれだけで興味深いものです。それを森薫さんの絵で、しかも筆者の萌ポイントを目一杯つぎ込んで描かれると、もう完全にお手上げです。

末子相続という文化が面白いですね。そのため12歳のカルルクが家長となるようです。嫁き遅れ気味のアミルがカルルクにぞっこんとなる様子には、筆者の煩悩が溢れんばかりに伝わってくるようです。ショタというやつでしょうか。まぁ、カルルクちっこいけど男前ですからね。

2巻のあとがきによると、シルクロード世代からの反響が大きかったとのこと。いまどきの若い人にはぴんと来ないかもしれませんが、その昔のNHK特集で大ヒットしたドキュメンタリーシリーズがあったのです。私の母も好きでした。

2巻後半では戦争の影が見え隠れします。細かな争いはあるものの朴訥とした世界に、どんな未来が待ち受けているのでしょう。あんまり暗いのは嫌なんですが・・・

評価:★★★☆☆

2010年6月26日土曜日

『ふたりの距離の概算』(米澤穂信) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

古典部に仮入部した「大日向友子」が入部しないといいだした。本入部届提出期限の今日はあいにくのマラソン大会。我らが「省エネ主義者」の奉太郎が、ちんたら走りながら後方スタートの関係者に聞き込みをしていく、らしいのからしくないのか分からない展開の古典部シリーズ第5段です。



刊行まで待ちきれなくて「野性時代」での連載を立ち読み(ごめんなさい)していたため、本書はお布施のつもりで購入したのですが、改稿が多くてかなり印象が変わりました。喫茶店のネーミングはなんとも恥ずかしいですね。クールな野暮天の奉太郎が当てきれなかったのも無理ありません。一部ネット上で過去作品と矛盾があると指摘されていた箇所も修正されているようでした。

加筆は終章の7ページですが、それだけでこれほど話が締まるとは思いませんでした。連載中は、正直ちょっぴり淡白だなと感じていたのですけれど、さすがのよねぽマジックです。作中のちょっと唐突だなと思っていた箇所についても、伏線がこまめに追加されています。

古典部の4人がかなり個性的というか難しい人間の集まりなため、ここに誰かが加わるのは想像しにくかったのですが、大日向さんはかなりいい感じの5人目候補だなと感心しました。ぱっと見たところ男と間違えそうな風貌に、古典部らしくない(?)明るくさばけた性格。かといって、やはり一癖ありそうなところはポイント高しです。マラソン中にお団子食べたいと言い出したのは超ツボでした。

大日向と関連して、新一年生の名前がいくつか出てきました。本作だけで立派に完結した一作ですが、シリーズ全体を通してみると、今後へのつなぎ的な意味合いのほうが強い作品なのかなという気がします。里志の妹は当然気になるとして、奉太郎がすっかり忘れていた「阿川」さんが今後からんでくるのかこないのか、わたし気になります。

前作遠まわりする雛で、ようやく少しは進展しそうかと思われた奉太郎と千反田の関係ですが、あいかわらず何ともかんともな感じですね。外堀から少しずつ埋まっている感はなくもありません。もっとも、微妙な関係の二人が仲良く無駄話をするところが本シリーズ一番の見せ場という気もするので、本人たちには悪いけど、しばらくこのままでもいいかなという気もします。

ちょっと気になったのは、奉太郎がもっていた小銭。20キロも走るので2本分用意していたのはいいとして、240円だと硬貨6枚です。なぜ250円じゃなかったのでしょう。それなら最初が3枚→1本買って4枚→2本目を買って1枚となって、片方のポケット最大2枚で済みます。こういう小賢しいこと、いかにもホウタローが考えそうなことじゃありません?私もジョギングするのですが、ポケットにいくら忍ばせておくかは結構気を遣うところなのです。

と、細かいところがいくつか気になったとは言え、しょせんは重箱の隅レベルです。本作自体の完成度に加え、続編への期待も煽られてとても楽しめる作品でした。何よりも重要なのは、古典部の4人があいかわらずの4人であったことです。この雰囲気が続く限り、私の古典部シリーズへの評価は常にMaxなのです。

評価:★★★★★

2010年6月25日金曜日

『古い骨』(アーロン・エルキンズ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

人骨を研究対象とする「スケルトン探偵」ギデオン・オリヴァーが活躍する、1988年アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞の受賞作品だそうです。とりたてて主人公がチートなわけでもなく、いかにもアメリカっぽい真っ当な展開のミステリです。



鑑定系の探偵小説が読みたいと思って調べていたところ、同作者の偽りの名画という作品があるのを知ったのですが、「スケルトン探偵」シリーズのほうが有名っぽいので先に手をつけてみることにしました。

主人公は骨を見た瞬間なんでも明らかになる、というようなスーパーマンではありません。フランスへ出張中に巻き込まれた事件で、地元警察官の嫌味を受けながら、たまたま一緒だった友人のFBI捜査官「ジョン・ロウ」とともに真実を地道に追いかけていきます。

主人公も相棒も、どことなくお気楽な雰囲気が良いです。主人公「オリヴァー」は一応真面目な性格ではありますが、堅苦しい学者肌とは縁遠く、自分から事件に首を突っ込んで危ない目に合っても懲りない困った人。相棒の「ジョン」はとてもFBIとは思えない、ハンバーガ好きの軽い性格。でも、オリヴァーの好奇心に巻き込まれて貧乏くじを引くのはちょっと可哀想ですね。

ネタと言うかトリック部分はわりかし見え見えでしたが、どちらかというと結果より過程を楽しませる内容なのであまり気になりませんでした。なんとなく大雑把な、いかにもアメリカっぽい作風は嫌いではありません。

読んでておかしいなと思ったのですが、実はシリーズ4作目なのですね。受賞歴のある本作が一番最初に翻訳されたということなのでしょうけれど、正直どうなんでしょう。

出張先からでも電話でいちゃつくラブラブっぷりの愛妻ジュリー。彼女との馴れ初めを読むには、過去に遡らなきゃいけないのですね。このまま翻訳順に手をつけていくか、いまさらでも執筆順に追ってみるべきか、悩みどころです。

評価:★★☆☆☆

2010年6月24日木曜日

『ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

いよいよカエサルです。史書にも多く記述が残っているためか、文庫ではカエサルだけで全6冊になります。ちなみに本格始動前の本巻では、40歳くらいまでが描かれています。超遅咲きですね。



さほど歳の違わないポンペイウスと比べると、いまいちパッとしない若き日のカエサル。まぁ、大量虐殺のマルサスを義理の叔父にもったことから、追われる身となった若いころを考えると、なんとか上流階級としてレールに戻ってきた感じですが。

本巻で大物としての片鱗がみえるのが借金総額と女性関係だけとは。しかし、借金できるのも才能なのですね。のちに三頭政治の一角を担う、ちょっとお金に汚いクラッススが最大の債権者だったそうですが、
多額の借金は、債務者の悩みの種であるよりも、債権者にとっての悩みの種になる(P213)
散々借りまくって平気な顔のカエサルさんは超かっこいいです。羨ましい生き方ですよね。まぁ、借金の使途の大部分が公共事業のようなので、大っぴらに文句も言いにくかったのでしょう。

軍役にもそれなりについてはいたようですね。若い頃、小アジアを逃げ回る折に傭兵紛いのことをしてみたり、それで戦果もあげているのでやはり才能はあったのでしょうが、やはり実績においては「マーニュス(大王)」を称するポンペイウスと比べるべくもありません。いったいどのような経緯で頭角を表すことになるのか、期待しつつ次巻へ。

評価:★★★☆☆

次巻:『ローマ人の物語〈9〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)』(塩野七生)

2010年6月23日水曜日

『天才たちの値段 - 美術探偵・神永美有』(門井慶喜) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

舌で本物か贋物かを見わけるという鑑定家「神永美有」(男です)。こりゃまた嫌味な天才肌がきたなと冒頭から辟易しかけたのですが、神永さん実は意外と常識人でいい人でした(笑)。



薀蓄を語る鑑定家というのは、ほんとに名探偵向きですよね。鉄板な設定のひとつです。でも、本作の場合どちらかというとワトソン役の「佐々木昭友」のほうが主人公っぽいかもしれません。

大学で美術を教える佐々木さん。あからさまな引き立て役で、実際勝手な思い込みをいつもひっくり返されているのですが、だからといって三枚目というわけではありません。ちょっと渋めのオジサン的印象。お調子に乗る様もどこか品が良く、なるほどこれは神永も助けたくなるんだろうなというものです。

神永を逆恨みをする元国立美術館学芸員の「清水純太郎」とか、芸術肌(ただし才能は無い)で騒動ばかり持ち込むイヴォンヌこと「高野さくら」とか、脇キャラがいい味出してるのも話のアクセントとなってよい感じです。

最終話での、佐々木さんから神永への入れ込みっぷりはちょっと唐突に感じました。ワトソン役が天才に傾倒するのは分かる話ではあるのですが、神永は男のはずだよなと何回か読み返してしまいました。男の友情はもっとさばさばしてると思いますけどね。それとも愛情への伏線(笑)?続きも出てるみたいなので、文庫化したら確認してみましょう。

評価:★★☆☆☆

2010年6月22日火曜日

『空色勾玉』(荻原規子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

日本ファンタジー最高傑作との声も聞かれる本作。文庫化を機に読んでみました。透明感のある純和風な世界観で、なるほどファンが多いのもうなずけます。個人的には少しきれい過ぎてしんどい気もしましたが、お話し自体は流石に良く出来ていると思いました。



古事記がベースになっているそうですね。私は古典に明るくありませんが気にせず読めました。ただ、原典を知ってるとより楽しめるかもしれません。

照日王(てるひのおおきみ)=アマテラス、月代王(つきしろのおおきみ)=ツクヨミ、稚羽矢(ちはや)=スサノオで、「輝(かぐ)の大御神」と「闇(くら)の大御神」がイザナギ、イザナミになるんですかね。ヒロインの狭也(さや)や闇の一族のモチーフは良く分かりませんでしたが、このあたりはオリジナルになるんでしょうか。

日本三大ファンタジーなどと呼ばれることもある十二国記守り人シリーズが中国風の世界をモチーフにしているのに対し、こちらはまさに日本ファンタジーと呼ぶにふさわしい作品。平易な語り口ながら文学性も高いと思います。

私はどちらかというと話が派手に転がる物語が好きなので、他の2作のほうが正直楽しめたというところはあります。ただ、雰囲気がとてもきれいなので、好きな人はすごく好きそうな作品だなとは思いました。女性のほうがあうような気もします。

評価:★★☆☆☆

2010年6月21日月曜日

『ローマ人の物語 (7) - 勝者の混迷(下)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

マリウスとスッラ、ポンペイウスやカエサルまでのつなぎかと思ってたらとんでもなかったです。侮って正直すまんかった。



前巻ちょうど落ちぶれたあたりで終わったマリウスが、こんなに弾けるとは思いませんでした。悪い方向にですが・・・。政敵スッラが遠征の隙を突き、ローマに戻ってきて殺しに殺しまくりました。その挙句ぽっくり。戻ってきたスッラがまたお返しとばかりに殺しに殺しまくって、読んでるときは爆笑しそうでしたが身近にあったら笑えませんね。

スッラにしろポンペイウスにしろ、非常事態においては傑出した個人の才能が必要とされてくるものなのですね。結果、政体も危うくはなりますが。政治ごっこに明け暮れる日本はまだ平和なのかなーと思わなくもありません。

スッラの生前から懐刀として手腕を発揮してきたポンペイウス。スッラの死後は更に物凄い実績を挙げまくって、名実ともにスキピオ並の雲上人に見えますが、どうやってカエサルが割り込む余地があったのでしょうね。そのあたり次巻からあかされていくようです。楽しみだー!

関連レビュー:
『ローマ人の物語 (6) - 勝者の混迷(上)』(塩野七生)

評価:★★★☆☆

2010年6月20日日曜日

『コップクラフト1,2』(賀東招二) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

いまは無きゼータ文庫から出版されたドラグネット・ミラージュの改稿版。何が変わったかというと、ヒロインがボンキュポンからロリロリになりました・・・がーん。フルメタル・パニック!の賀東招二氏が送る、銃とバイオレンスの飛び交うハードバイルドファンタジー・・・だったのですけどねぇ。





○分署みたいな警察ものですね。ただし、場所は太平洋上にある架空の島、カニアエナ島サンテレサ市。異世界「セマーニ」とつながるゲートのある特区が舞台で、犯罪についても異世界人絡みのトラブルが中心です。人種問題やら武器の密輸やらが、独特な設定で展開されます。

サンテレサ市警「ケイ・マトバ」の相棒となるセマーニ人のヒロイン「ティラナ・エクセディリカ」は、もとはマトバと同じくらいの年齢だけど、異世界人のため16歳くらいに見えるグラマラスな美少女という設定でした。レーベルの方針によるためか、よりキャッチーな分かりやすいヒロインにしようということで外見幼女になってしまったのでしょう。確かに、村田蓮爾さんのイラストはとても目を引きます。

多分、最初からロリロリならそれほど違和感を覚えなかったのだと思います。改稿前におけるちょっとお堅いこわもて美少女が、黒猫にメロメロになったり、徐々にマトバにデレていったりするのがたまらなかったのです。前のティラナが殺されてしまったのが悲しいのですね。

まぁ、3巻からは完全オリジナルの書下ろしとなるそうなので、違和感もかなり払拭されるのではと期待しています。お話し自体はやはりとても面白いです。ゼータ文庫版をもってる方も、本書でロリティラナに慣れておいたほうが良いのではないでしょうか。

評価:★★☆☆☆

2010年6月19日土曜日

『世界潮流の読み方』(ビル・エモット) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

日本からは見えにくい世界規模で起きている事象の解説本。元「エコノミスト」編集長、「日はまた沈む」などのベストセラーでも有名な日本通の筆者による作品。



雑誌掲載の新書化で、発売も2008年の本だけあって、国内の時事問題についてはあまり面白くありません。話題の中心が安倍内閣ですので。サブプライムの話題などが中心のアメリカについても同様です。

中国や韓国、北朝鮮に対する見方はやはり興味深いものがあります。日本のマスコミを通すと、どうしても情報が偏ってしまいがちですからね。

アフリカ大陸の重要性が強く主張されています。欧米だけでなく、既に新しい大国として存在感をますます強めている中国やインドにおいても、アフリカ大陸への進出が盛んになってきているようです。いま、ワールドカップが南アフリカで開催される意味も、そのあたりから読み取ることが出来るでしょう。

時事ネタは風化すると厳しいですが、視野を広げる意味では良い本だったと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年6月18日金曜日

『11人のトラップミス』(蒼井上鷹) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

サッカー用語をテーマにした連作短編集。ワールドカップがあるからサッカーネタだなんて、こんな子供騙しなマーケティングに本当にだまされる人がいるのでしょうか?きっと私くらいですね。




全編を通した仕掛けも一応ありますが、短編そのもののクオリティが高いなと思いました。50ページほどの中編と数ページで終わるショートショートの、あわせてきっちり11編で構成されています。

個人的には「ヘディング」が一番良かったですね。詳細はネタバレになるから言えないのが残念ですが、ヘディングの状況を思い浮かべると薄ら寒くなりそうな作品です。

一応私もサッカーはそれなりにみるのですが、タイトルで使われているサッカー用語の中で「マノン」だけは初めて聞きました。観戦だけだとあまり使われない単語ですね。気になる方は調べてみてください。

ワールドカップに便乗するならもう少しそれっぽくすればいいのにと思わなくも無いですが、逆にミステリファンとしては純粋に筆者の仕掛けるオフサイドトラップを楽しめるのではと思います。

評価:★★★☆☆

2010年6月17日木曜日

『僕僕先生』(仁木英之) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ぐうたらな穀潰し王弁が美少女仙人の僕僕先生に弟子入りし、旅を通して自分を磨く(?)おはなし。日本ファンタジーノベル大賞受賞作だそうです。



ギャップ萌えというのでしょうか。美少女なのに老齢の仙人。喋り方などもそれなりです。ありがちといえばありがちな設定なのかもしれませんが、なんとも会話に得体の知れないおかしさがあります。

旅の中で色々な困難に立ち向かうわけですが、危機的状況でさえなんとも不思議な朴訥さをかもし出しています。人外の脇キャラがいい味出してますし、玄宗皇帝も登場してラストは良い感じに盛り上がります。

とにかく不思議な味の作品。もう3冊ほど出てるようなので、文庫を待ちたいと思います。関係ないけど、読み始めた当初はグアルディアの「仁木稔」さんと勘違いしていて、えらく作風違うなぁとびっくりしてしまいました。そりゃ違いますよね。

評価:★★★☆☆

続巻レビュー:
薄妃の恋―僕僕先生(仁木英之)

2010年6月16日水曜日

『螢坂』(北森 鴻) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ビアバー(というより創作小料理屋)「香菜利屋」を舞台にした連作短編集の3作目。北森さんの短編は本当にうまくてじんわりきて面白いですね。早世されたのが残念で仕方ありません。



マスター工藤の料理とアームチェアディテクティブが本シリーズの見所なわけですが、常連さんたちとの掛け合いもなかなか良いですね。アシモフの黒後家蜘蛛の会と似たような作りですが、こちらのほうが情感を読ませる感じがします。

「日常の謎」に分類される作品になるかと思いますが、それなりに重いシチュエーションを扱いながら、救いようの無い結末にならないのがいいですね。4話目の「双貌」が、ちょっと作中作っぽい展開から意外なオチをみせて、思わず唸らされました。

香菜利屋シリーズは4巻がラストになるようですね。もう北森さんの新作は望めないわけですから、文庫化するのをじっくり待ちたいと思います。

関連作品:





評価:★★★★☆

2010年6月15日火曜日

『ローマ人の物語 (6) - 勝者の混迷(上)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ハンニバルとの戦いを制し、名実ともに地中海世界の覇者となったローマ。外敵が消えれば内紛が起こります。なんともままならないものです。世界史の教科書でもちょこっと出てくるグラックス兄弟を襲う悲劇の巻。



グラックス兄弟の改革というからには兄弟で手を取り合ってという印象がありましたが、そういうものでもなかったようです。まず兄のティベリウスが改革に着手し反対派に殺され、9歳年下の弟ガイウスが9年後に再び改革をなそうとしてまたしても反対派に殺されます。

グラックス兄弟はかのスキピオ・アフリカヌスを祖父に持ち、母親のコルネリアは長く「ローマの女の鑑」と称えられた才女。良血中の良血といってよい兄弟が非業の死を遂げるのはなんとも悲しいことです。改革派と抵抗派の戦い。立ち位置としては小泉政権みたいなものかと思いますが、流血を伴うのが現代との違い。

その流れは、ヌミディアや北方民族との戦争における非常時体制の中で、マリウスの軍制改革という形で引き継がれましたが、これも戦争が終わるや破綻。古今東西、制度疲労というのは一筋縄ではいかないものなのですね。

次巻ではスッラとポンペイウスの改革となります。そして着々とユリウス・カエサルの足音が近づいてくるのです。

関連レビュー:
『ローマ人の物語 (7) - 勝者の混迷(下)』(塩野七生)

評価:★★★☆☆

2010年6月14日月曜日

『死んでも治らない』(若竹七海) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

警察を退職後、作家に転身した「大道寺圭」が遭遇した5つの事件についての連作短篇。同時に語られる「大道寺圭最後の事件」が、現在と過去を微妙にリンクさせる技ありな作りとなっています。



「死んでも治らない」は大道寺圭初著作のタイトル。実際にあったマヌケな犯罪者たちについてつづられているそうな。「治らない」のは「馬鹿」のこと。かといって、本作がまったくおマヌケなテイストかというと、そうでもありません。

詳細はネタバレになるので避けますが、結構ブラックです。ブラックといっても、表現がグロいとかでなく機知に富んだ黒さなので、ホラー嫌いな方でもそれほど抵抗は感じさせないかと思います。

主人公の大道寺圭がなかなか格好いいです。裏書きにてコージ・ハードボイルドと評されるのもなるほどです。もう少し女性の影があってもいいかと思っていましたが、これも伏線だったのかなと読了後に思いました。考えすぎな気もしますが。

若竹七海氏のコージーミステリが好きで、葉崎市シリーズは大体読んでいまが、氏のもう一つの持ち味であるブラックなテイストについても結構いけそうな気がしてきました。

評価:★★★☆☆

2010年6月13日日曜日

『テルマエ・ロマエ1』(ヤマザキマリ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

古代ローマの設計技師が、現代の日本にタイプスリップして風呂の技術を学ぶ話し。これだけじゃ何のことだか分からないと思いますが、あまり深く考えたら負けです。もやしもん以来の面白さ。マンガ大賞2010受賞作品。



とにかく主人公ルシウスの生真面目さがおかしいです。日本の銭湯文化に栄えあるローマ帝国民としてのプライドを打ち砕かれる様が実にかわいらしい。ローマ人の風俗的に、すぐ裸でうろうろしようとして周りをあわてさせるのもいとおかしです。

脇キャラもいい味出してますね。親友の彫刻家マルクス、お調子ものっぷりが話しを転がす上でいい感じです。ハドリアヌス皇帝、威厳があって言動も立派なのに、ところどころでホモっぽい。ルシウスを狙ってるんですかね?今回は登場しないままに離縁状突きつけた奥さんのリウィア、次巻では登場してくれるのでしょうか。

とても面白かったけど、今回だけで銭湯、露天風呂、狭い自宅風呂、展示場、湯治場とでてきましたが、これ以上ネタが続くんですかね?あとはサウナくらいしか思い浮かびませんが。そのあたりも期待したいです。

評価:★★★★☆

関連レビュー:
テルマエ・ロマエ2(ヤマザキマリ)

2010年6月12日土曜日

「超訳『資本論』 」(的場 昭弘) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

学生時代を思い出しながら読みました。「超訳」の意味は良く分かりませんが、副読本的な位置づけになるんですかね。そんなにやさしい本ではないと思います。



資本論第1巻のうち理論重視の前半でなく、現実世界に近い後半部分を主に厚く記述しているそうです。章立てそのものが原本に即しているのかと思って調べてみたら、そうでもなかったですね。

資本論をもっとやさしく解説している本はたくさんあると思います。そういう意味ではどちらかというと本物を読むための準備運動的な作品なんですかね。学生さん向きでしょうか。総括的な記述があまりないので、初心者にはかなり読みにくい本です。

社会人が気軽に手を出すというより、これから真面目に勉強しようという人のための本だと思います。読み物としては全然面白くなく、知的好奇心を刺激されるということもあまり期待しないほうがいいと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年6月11日金曜日

『万能鑑定士Qの事件簿3』(松岡 圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

かつては時代を築いた音楽プロデューサ「西園寺響」による音声詐欺のおはなし。ていうか、それ○室さんですから(笑)。どう考えてもトリックは無理がありそうに思うのですが、ユニークなんで私的には全然ありでした。



莉子のスーパー鑑定士っぷりが相変わらず光ります。今回は過去話もない分、純粋に事件を楽しめました。収束も良かったのではないでしょうか。小笠原くんは相変わらず空気です。

詐欺の仕掛けは・・・まぁ、ちょっと無理があるかなと。ショップのBGMはともかく、学校の教師がそんなに簡単に無料サイトを試験のネタにしますかね。それに、あのサイトの内容だと結構作り込みに手間がかかりそうなので、いくら悪事で儲けようとしても、そんなに簡単に元がとれるのかなという気もします。ただ、音を利用した仕掛け自体は斬新で面白かったです。

次巻は催眠の「嵯峨敏也」が登場とのことなのですが、未読なんですよね。予習しておくべきかどうか。

評価:★★★☆☆

次巻:
『万能鑑定士Qの事件簿4』(松岡圭祐)

関連レビュー:
『万能鑑定士Qの事件簿1』(松岡 圭祐)
『万能鑑定士Qの事件簿2』(松岡 圭祐)

2010年6月10日木曜日

『ブレイクスルー・トライアル』(伊園 旬) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

セキュリティアピールのためのIT研究所潜入公募イベント。参加者達の思惑が複雑に絡む中、自体は思わぬ方向へ動き出す。・・・後から読み返しても設定もパーツもよくできているし、オチに関しても結構技ありといっていい出来だし、なぜ楽しめなかったのか不思議な作品。



期待値が大きすぎたのがいけなかったのかもしれません。IT要塞のセキュリティ突破とか、燃えるシチュエーションなのですが。

どうも、主人公達にいまひとつ感情移入できなかったのが原因なのでしょうか。強面の堅物とちょっと砕けた優男というのはいいのですが、今ひとつ人間的な魅力にかけた印象。他のチームとの兼ね合いも考えて作者が意識的にそういうキャラクターにしたのかもしれません。

作品の雰囲気としては伊坂幸太郎の陽気なギャングが地球を回すなんかが近いかもしれません。それだけに、ハマる人にはすごく楽しめそうな気もします。

評価:★☆☆☆☆

2010年6月9日水曜日

『ローマ人の物語 (5) - ハンニバル戦記(下)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

待ちきれずに、前日に続いて一気に読んでしまいました。歴史上最高といって過言でない、二人の天才戦術家による頂上決戦。いよいよローマvsカルタゴの決着です。そして、その後のローマによる地中海世界制覇についても触れられています。ローマのやり方を覇道とみなさない筆者の視点が面白いです。



後代の人間から見たザマの会戦の何よりの価値は、筆者が
ハンニバルとスキピオは、古代の名将五人をあげるとすれば、必ず入る二人である。(P62)
というように、希代の戦術家同士が直接矛を交えるという、フィクションでしかありえないような状況だったことにあります。本人たちもそれを意識していたのか、決戦を前に二人は異例の会談を持ち、言葉を交わす機会を得ます。

お互いの状況は必ずしも公平とはいえなかったようです。本国を急襲されて、あわてて呼び戻されたハンニバル。兵数では勝るものの騎兵を十分に揃えられなかったことが敗因となります。ローマ内においてさえ会戦後もハンニバルをスキピオの上と置く見解があったのも、そのためなのでしょう。

とはいえ、スキピオ以外の誰かであれば到底ハンニバル越えが不可能であったことは間違いありません。散々負け続けたローマに対して、ハンニバルはこれが小競り合い以外で初の敗北。しかし、この唯一の敗北により第2次ポエニ戦役は決着を迎えます。ローマの強固な政体の勝利といえるでしょう。

二人のその後についても触れられています。スキピオは異例の若さで元老院主席となり、長年にわたりローマ最大の発言力を持ち続けることとなります。一方のハンニバル、教科書からの印象でザマの決戦で散ったのかと思っていましたが、その後も結構長生きしたそうです。政争でカルタゴを追い出されたものの外国に客将として招かれ、ときにはローマと再び戦う機会もあったそうです。とはいえ、晩年は不遇といっていい状況だったみたいですね。

第2次ポエニ戦役終了後、ローマは完全に地中海世界の覇者となりますが、その要因のひとつがハンニバルとの戦争にあったようです。
ローマは、カルタゴに対して戦い抜いたことによって、効率が良く精巧無比な戦争機械にも似た、軍隊を持つ国に変貌した。(P160)
ぬるい争いを繰り返すギリシャやマケドニアなどの東地中海勢力は、もはやローマの敵ではありませんでした。しかし、傍目には覇道とみえるローマの所業も、やむを得ぬ事情と偶然のいたずらによる産物だったと見る筆者の見解は、いかにもローマ好きだなぁという感じがします。

さて、ローマが勝って地中海を制覇してハッピーエンドとしたいところですが、次巻は「勝者の混迷」などという剣呑なタイトルがつけられています。暗い話になりそうですね。本巻の後なだけにちょっと手をつけかねる気がしなくも無いですが、カエサルが待っているので頑張ってクリアしましょう。

評価:★★★★★

関連レビュー:
『ローマ人の物語 (3) - ハンニバル戦記(上)』(塩野七生)
『ローマ人の物語 (4) - ハンニバル戦記(中)』(塩野七生)

2010年6月8日火曜日

『ローマ人の物語 (4) - ハンニバル戦記(中)』(塩野 七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ただ一人の天才による大国ローマへの侵略と蹂躙。ローマの大敗北、そこからの老練の武将たちによる忍従、抗戦、巻き返し。そしてハンニバルに対抗しうる若き才能の台頭。最終決戦へ向けて、これは燃えます。



クライマックスはハンニバルとスキピオの直接対決になるかと思いますが、カンネの会戦でコテンパンにやられたローマのそれからの粘りが感動的です。ファビウス、マルケルス、グラックス、レヴィヌス、酸いも甘いも吸い尽くした将軍たちの忍耐強さがとても格好いい。

一番格好良かったのは「イタリアの剣」マルケルス。カンネの敗戦を教訓に執拗な追撃戦をしかけます。時に大敗を喫してもくじけず、ハンニバルをして
あの男に対しては何をしてよいかわからない。(中略)勝てば勝ったで追撃をゆるめない。負ければ負けたで、負けなどしなかったかのように追ってくる。(P223)
と嘆かせる戦いぶり。半ば事故のような遭遇戦で散った敵将に対し、ハンニバルは丁重に葬るよう命じます。

ローマのすばらしいのは敗者復活の機会が与えられるところですね。スペインで一杯食わされたクラウディウス・ネロが、後にハシュドゥルバルに雪辱を晴らすくだりは溜飲が下がります。マルケルスにしろネロにしろ、負けた経験を蓄積できるのがローマの強みのようです。

そしてスキピオの登場。単身ローマに攻め入り居座り続けるハンニバルに対し、スペイン戦線で同様のことをやり返します。
アレキサンダー大王の最も優秀な弟子がハンニバルであるとすれば、そのハンニバルの最も優れた弟子は、このスキピオではないかと思われる。(P198)
二人の天才による決戦に向けて舞台は整えられていきます。

評価:★★★★☆


関連レビュー:
『ローマ人の物語 (3) - ハンニバル戦記(上)』(塩野七生)
『ローマ人の物語 (5) - ハンニバル戦記(下)』(塩野七生)

2010年6月7日月曜日

『万能鑑定士Qの事件簿2』(松岡 圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

こちらの続編です。

突拍子もない話しをどう着地させるのかと思ったら、これはうならされました。大技炸裂。エモーショナル
に訴えるところが少ないので、物語としての評価は若干キツめになるかもしれませんが、私はこういうトリッキーなの結構好きです。



とにかく事件の規模がバカでかいのです。本物と寸分違わない偽造紙幣があらわれただけでなく、通貨流通量から判断すると1万円冊の2割は偽札と推測される大事態に。国家レベルでもなければ不可能ではないかと思われる大掛かりな犯罪に対し、ラストでは意外な解決を見せます。

多分ツッコミどころもたくさんあると思うんですが、フィクションなんだから野暮は禁物としていただきたいところです。流水大説が好きな人なんかは大喜びできるんじゃないでしょうか。コズミックほどぶっとんではいませんが、ベクトルは似てると思います。

ちょっと脱線が多いのは気になるところです。ミスディレクションを散りばめるのは仕方ないとしても、もっと上手く活用できなかったのかなと。あれって結局意味なかったの?というエピソードが少し多かったように思います。

良きにつけ悪しきにつけ、万能鑑定士であるはずの凜田莉子が人間的な悩みをもって試行錯誤していくのが、本書の特徴ではあります。自分の能力に対して確信を持ちきれず、失敗しながらも徐々に成長していくヒロインのことは嫌いではありません。ただ、万能鑑定士が万能探偵でない点、若干の物足りなさを感じなくもありません。

細部に渡る薀蓄の描写は実にこなれていて、メイントリックの大胆さとあわせてミステリ小説としてかなりいい感じに仕上がっています。次巻以降では、今回の件で成長を積んで、もう少し超然とした凜田莉子を期待したいですね。

評価:★★★☆☆

次巻:
『万能鑑定士Qの事件簿3』(松岡 圭祐)

関連レビュー:
『万能鑑定士Qの事件簿 1』(松岡 圭祐)

2010年6月6日日曜日

『万能鑑定士Qの事件簿 1』(松岡 圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

本屋さんでプッシュされてるようなので買ってみました。2巻とあわせて一話のようです。主人公がチートで展開もぶっ飛んでいる割には、あまりライトノベルっぽい感じはしません。いままで読んだことのある本では、池上永一さんのシャングリ・ラが近い雰囲気ですかね。



主人公の「凜田莉子(りんだりこ)」は沖縄出身の23歳。高校時代は顔と性格だけが取り柄の超オチこぼれだった彼女が、いかにして博識のスーパー鑑定士になりえたのか。本巻では相撲シールの謎を追う本編と莉子の過去話の2本立てでストーリーが進みます。

依頼人の腕時計から瞬時に相手の素性をプロファイルしてしまう手管、私は密かにホームズメソッドと呼んでます。熟練の筆者らしく天才の描写は手馴れた感じです。でも、なんでもクールにお見通しなようで、ちらちらと垣間見せる世間知らずの純朴さや不安定さが、本主人公の本当の魅力です。それで萌え要素を感じさせないのも不思議なところですが(悪い意味ではなく)。

本編の語り手は「週刊角川」編集部の「小笠原悠斗」。リアルに角川書店が舞台になるのは私としてはちょっと微妙かも。語り手と作者の名前が同じだったりする作品、あまり好きじゃないんですよね。リアルとフィクションの狭間にいる不安定さになかなか慣れないのです。でも「週刊角川」は架空だし、本作はぎりぎりアリですかね。

妙に精巧な相撲シールが偽札事件と絡んでくるようですが、詳細な背景は1巻でもまだあきらかにされていません。偽札の供給量が半端でなく、ハイパーインフレを引き起こす超展開となっていくようで、ただの何でも鑑定士がどのように事件を納めることになるのか楽しみです。

追記:2巻のレビューはこちら
http://masa-w.blogspot.com/2010/06/q2.html

2010年6月5日土曜日

『あかんべえ〈下〉』(宮部 みゆき) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

クライマックスの泣かせる筆力は流石の一言です。それにしても、色々な伏線を上手いことまとめてしまえるものですね。



お化けたちとのお別れは、覚悟はしていたもののやはりホロッときました。玄之介の過去話は、なかなか痛快というか格好良かったです。肝心のあかんべえのお梅とのエピソードがもう少し欲しかったかなという気はします。

白子屋と浅田屋のエピソードの方はかなりの迫力で盛り上がったのですが、その分ラストへの流れが若干割を食った印象もあります。

別の話として何冊かにわけてもらえれば良かったのでしょうが、単行本一冊に収めるためには仕方なかったのでしょう。筆者の描写力がありすぎるがために、字数に制限があると最後の方で帳尻になってしまうのかもしれません。

ただ、全体としてはとても楽しめて、文句なしの良書でした。お化けたちのキャラクタが魅力的過ぎたので、これで終わってしまうのは残念ですが、宮部さんはキャラクターにあまり未練を持たないみたいですからね。ステップファザ-・ステップの続編とか読みたいんですけど・・・。

2010年6月4日金曜日

『あかんべえ〈上〉』(宮部みゆき) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

江戸時代深川に新しくできた料理屋が舞台、幽霊がみえるようになった12歳の少女「おりん」が主人公の物語です。面白いには面白いのですが、まだ前編のせいか鬱な事件しか起こってません。宮部さんの文章力がなければきつかったかも。



引越し先に住み着いていた幽霊たちとのふれあいが素敵です。男前なお侍の「玄之介」、とても美人な芸者風のお姉さん「おみつ」、病気を治してくれた無愛想な按摩の「笑い坊」、いきなり刃物沙汰をおこしてお店の評判を地に落としてくれた、でもなにかわけありそうな「おどろ髪」、そして謎の言動を取る得体の知れないあかんべえの少女「お梅」。それぞれが何かしらの事情を持っていそうなので、話しがどう回っていくのか楽しみです。

前編だけ読んだ限りでは、少しおりんの性格がつかみにくい気がしました。幼いのかしっかりしているのかはっきりしない。逆にそういう不安定さが、微妙な年頃の女の子に対する描写としては的確なのかもしれません。あるいは私が男だからピンとこないのかも。女性が読むとまた思い入れも変わってくるのかもしれません。

時代小説といいつつ、さすが宮部さんの作品だけあってミステリテイスト満載です。なにやらわけの分からない伏線があちこち散らばっているようで、こんなの回収しきれるのかなというくらいですが、そこは熟練の筆者を信頼して下巻に臨みたいと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年6月3日木曜日

『情報デザイン入門 - インターネット時代の表現術』(渡辺保史) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

情報の見せ方について考えていた折、本書が目に留まって買ってみました。古い本(2001年)ですが、特に内容が時代遅れになっているということも無く、デザイン初心者にとって分かりやすい良書だと思います。



本書曰く、情報の組織化の方法は以下の5つしかないそうです。
  1. カテゴリー
  2. 時間
  3. 位置
  4. アルファベット(50音)順
  5. 連続量
最後の連続量が分かりにくいかもしれませんが、小→大とか低→高といった程度の違いをあらわすものです。値段とか★3つの評価といったものですね。確かに思い返してみれば、なるほどたった5つに集約されるものなのかと感心しました。

iPadのユーザインタフェースが大きな話題を呼んでいますが、
GUIに代わる新しい情報のインターフェイスがいま求められていることは間違いないのではないか、と思う。
とあるように、ユビキタスという言葉がはやり始めたあたりから、キーボードとマウスに代わる何かの模索はかなり進んでいたように思います。iPadのようなデバイスが日本から生まれなかったのは残念なことです。

本書でよく出てきたセンソリウムのサイトを見てきました。流石に過去のものという感じでしょうか。本書の内容は勉強になりましたが、こういうセンスについては野暮な私には理解しにくいですね。当時にあっても同じ印象を持ったと思います。

情報過多ということはずっと以前から言われていて、既に各人がそれなりに取捨選択のノウハウを磨いてきているとは思うのですが、初心に帰るという意味では本書は参考になると思います。最近キュレーションなんて言葉も聞きますが、昔もいまも同じところをぐるぐる回っているだけのような気がしなくもありません。

評価:★★☆☆☆

2010年6月2日水曜日

『ローマ人の物語 (3) - ハンニバル戦記(上)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

いよいよ、カルタゴとの地中海覇権をかけた争いです。「ハンニバル戦記」といいながら、ハンニバルはまだあまりでてきません。第1次ポエニ戦役から第2次ポエニ戦役直前までが題材となっています。



カルタゴというと、学校の教科書では唐突に現れてローマと戦ってすぐに消えていっちゃいますよね。何だか得体の知れない不思議な国家という印象を持っていました。本書を通して、カルタゴの当時に置ける存在感や、ローマとの大戦にいたる経緯が描かれていきます。ろくな海軍も持たなかった田舎者のローマが、ブイブイ言わせていくさまが実に痛快です。

ハンニバルはまだでてきませんが、お父さんの「ハミルカル」は活躍します。お父さんなんていたんですね。もちろんそれはいるでしょうけれど、鷹の父もまた鷹だったという。ハンニバルも全然ぽっと出ではない、名門出身の坊ちゃんだったということです。

カルタゴはすごい経済力の強国という印象だったので、どうやってローマが勝つのかと思っていましたが、やはり大国というのは内部で色々あったそうです。そのあたりも詳しくかかれていて、とても腑に落ちました。

華々しい史実はもちろんのこと、当時の風土に関する記述も興味深いところです。
ローマ人は肉食人種ではなかった。魚は好んだが、動物の肉には執着していない。(P146)
とあって、そのため
ガリア人、とくに後年接触するゲルマン人に対してはとくに、ローマの兵隊は体格で圧倒され、しばしば劣等感に悩んでいた(P146)
ということだったそうで・・・なんだかちょっと日本人に似てますね。親近感が沸きます。

文庫化にあたり3冊に分冊のため、1冊目には主役が影くらいしか出てこないわけですが、肩透かし感はあまり感じません。ハンニバルがいなくてもおもしろいですからね。それでも次巻に向けて、期待は否が応にも高まってきました。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
『ローマ人の物語 (4) - ハンニバル戦記(中)』(塩野七生)
『ローマ人の物語 (5) - ハンニバル戦記(下)』(塩野七生)

2010年6月1日火曜日

『御社の「売り」を小学5年生に15秒で説明できますか?』(松本 賢一) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

刺激的なタイトルですが、中身は至極まっとうです。ポジショニング分析の結果を簡潔かつ的確に宣伝文句へ昇華するメソッドを紹介しています。ものはいいのになぜか売れない、とお悩みの方にお勧めです。



割とありがちなジャンルの本かもしれませんが、本書の特徴はマス相手よりリアルな個人との接点を重要視しているところです。自分に嘘をつかない、真摯な言葉でなければ気持ちは伝わらないのではないか。お客さんに喜んでもらえた生の声など、人と人とのつながりから生まれる喜びを、成功の起点ととらえています。

既存のマーケティング手法は認めつつも、年齢や性別からさっくりターゲットを絞る切り口に対し
この属性方式では、血の通ったターゲット像が見えてこない
と疑問を呈しています。ビジネス視点からは少し感傷的に過ぎるととらえられるかもしれませんが、TwitterやSNSなどのソーシャルマーケティングにおける肝は、まさにそういう対人的なところにあるのではないかと思います。

筆者の顧客層がどちらかというと小口の事業者なため、ケーススタディとしては若干偏りがちになっていますが、本書の精神については規模に関わらず通用する部分があるのではないかと思います。

評価:★★☆☆☆