2010年5月31日月曜日

『告白』(湊かなえ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

評判に違わぬ作品でした。全編モノローグ形式にも関わらず、終始突き放したようなクールな語り口が印象的です。



読み始めた途端、これは違うなと感じました。我が子を亡くしたにも関わらず口調は極めて冷静。悲しんでいないわけではないのに、口から出る台詞はあくまで淡々として客観的。凄みがあります。

女性教師の独白だけでここまで話を引っ張れるものなのかと感心しました。なにしろ場面転換なしで、壇上から延々と生徒に喋りつづけているわけですから。

1章を読み終えて、「あれ、短編集だったの?」と思ってしまいました。あまりにも綺麗に終わっていたので。もともと1章の「聖職者」だけで、小説推理新人賞を獲得していたんですね。とても納得です。2章が別の登場人物により引き継がれて、ちょっと得した気分になりました。

後味が悪いという評判もあるようですが、どうなんでしょうね。私としては溜飲の下がるラストだと思いましたが。基本ほのぼの好きとはいえ、やはりミステリ読みの端くれとして免疫が鍛えられているからかもしれません。

ただ、ラストはともかく後半数話の展開はちょっとご都合主義な感じもしました。作品の完成度だけなら1章のみの方が高かったように思いますが、エンターテインメントとして考えると難しいところなのかもしれません。いずれにしろ、かなり高いレベルでのお話。文章力、構成力、ミステリ的仕掛けのどれをとっても一級の名作です。

評価:★★★★☆

2010年5月30日日曜日

『高杉さん家のおべんとう 1』(柳原 望) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

なかなか就職が決まらない31歳のポスドク「高杉温巳(はるみ)」が、母親に死なれた12歳の従妹「久留里(くるり)」を引き取ることになった。会話にも困る二人をつないだのは「おべんとう」。なんというか、かなりツボでした。とてもほのぼのして、ちょっぴり恋の味付けも入ったハートフルコメディです。



主人公がポスドクですからね。ちょっと情けない感じのキャラ立ては、ヒロインが強いととても映えます。久留里は無口で無愛想で趣味は倹約という、ちょっぴり残念な美少女中学生。周りから浮いてていじめられ歴も長いけれど、全然めげず我関せずの強い女の子です。歳の離れた従兄妹というシチュエーションがいいですね。私は叔父×姪とかの微妙な設定が大好物なんです。

脇キャラもいい味出してます。一番のお気に入りは久留里の同級生「香山なつ希」ちゃん。クラス女子のリーダ的存在。接し方がなにかと高圧的。でも美少女大好き。ちらちら久留里の様子を気にするさまは、それなんてツンデレ?って感じです。
あたしがイジメ権握ってる限りエグイことはさせないから
といって、率先していじめ役に励む「姉御」は超かっこいー。

ちなみになつ希のお母さん「玲子」は、温巳と同級生で研究仲間です。お母さんも娘以上の男前。この二人の過去話も気になりますね。一人ぐるぐる回ってる小坂さんもかわいいです。しかし、久留里のライバル役が果たして彼女に務まるのでしょうか・・・

この漫画は本屋さんをぶらぶら歩いてて見つけました。あのお店、ディスプレイのチョイスがかなり私と相性いいんです。電子書籍が騒がれる昨今、いまどき店頭で買う必要なんてあるの?とのたまう方もおられますが、これがあるから書店散策はやめられません。

評価:★★★★★

2010年5月29日土曜日

『鯨の王』(藤崎慎吾) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

でっかい鯨が超能力(?)で人を襲う話です。襲うといっても、もともと悪いのは人間の方なので、仕返しされるといった方がいいでしょうか。人間たちの思惑がちっぽけに感じる、痛快なお話でした。



主人公の鯨学者「須藤秀弘」、最悪です。妻にも娘にも逃げられた50近い巨漢のおっさん。学者としてはそれなりに優秀ですが、酒飲みで素行も悪く、異端の研究により学会でも爪弾きもの。若い娘と二人で乗った狭い潜水艇内で平気で小便するし。ヒロインの「ホノカ」も流石にこれにはデレないだろうと思っていましたが、さてどうなったでしょう。

鯨関係ですから、環境問題と絡めて読むこともできるかもしれません。そういう文脈でなら、どちらかというと鯨擁護的な作品ということになるのでしょうか。でも、あんまりそういう裏側を考えて読む話ではないですね。単純にエンターテインメントとして面白いし、それで充分だと思います。

須藤を担ぎ出した民間企業や、海底でちょっといけないことをしていたアメリカの軍事機関や、鯨を聖なる者と崇める宗教団体や、そういうものの一切が小賢しく感じられる「鯨の王」の無双っぷりを楽しんでみてください。ちょっと捕鯨反対派に共感しちゃいそうになりましたよ。

評価:★★★☆☆

2010年5月28日金曜日

『ローマ人の物語 (2) - ローマは一日にして成らず(下)』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

まさに「ローマは一日にして成らず」という内容でした。数百年の時をかけた土台作りですからね。上手に負けることが重要なようです。



マケドニアのアレクサンダー大王といい、アテネのペリクレスといい、偉人が倒れると一気に政体が傾くわけですが、ローマでは代わりの人材がいくらでも立つのが強みですね。その強さの元になるのが元老院なのだということでしょう。

選挙によらず選ばれ、終身の身分である元老院。純粋な民主主義者には腐敗の温床とも見られそうですが、ころころ移り変わらない機関の重要性を、今の私たちは某政権を迎えて身に染みているはずです。昔の自民党は唯一の政権与党として、それに近い働きを担っていたのかもしれません。

今回もサムニウム族や天才ピュロスなど強敵との戦いがあって面白かったですが、次からはいよいよハンニバルやカエサルが登場する時代になってきます。楽しみで仕方ないです。

評価:★★★☆☆

2010年5月27日木曜日

『環境保護運動はどこが間違っているのか?』(槌田 敦) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

牛乳パックをリサイクルしている人、原発はエコだと信じている人、温暖化の原因はCO2だと疑っていない人は、一度この本を読んでみましょう。環境運動の裏に潜む自己満足や欺瞞を鋭くあばいてくれる、現代人の必読書です。



この本、もとは1992年に出版されたものです。それが1999年に文庫化し、さらに2007年に新書として再出版されました。大学時代にゼミの先生に勧められて読んで、感銘を受けたことを良く覚えています。今回書店でたまたま見かけて、久しぶりに手に取ってみました。

牛乳パックのリサイクル、ただの自己満足です。再生紙への加工は普通紙を作るよりコストがかかります。コストがかかるというのは設備投資やエネルギーが余分にかかるということ。要するに、地球全体で見ればかえって余計に環境を汚染することになるのです。

設備にも資源やエネルギーが消費されることを忘れてはいけません。原発も単体で見ればクリーンに見えますが、その準備段階で大量の化石燃料を消費します。石油一本の方がはるかに効率的。では、なぜ原子力発電はなくならないのか。それで儲けている人がいるからです。あと、プルトニウム。原発には欺瞞しか存在しません。

二酸化炭素による温暖化、確かにもっともらしく聞こえます。でも、温暖化の何が悪いのか。温暖化で海面は下がりません。空気中に含む水蒸気量が多くなり、それが循環して南極で氷になります。そもそもCO2濃度が上がり始める前からすでに温暖化は始まっていたとするデータもあります。地球の歴史上、温暖化という時期を向かえるのは珍しいことではないと知っておくべきです。

そういえば鳩○イニシアチブとかありました(笑)。いえ、笑い事じゃないですけれどね。

筆者は本書の再発行にあたり内容を吟味した結果、いくつかの注はつけたもののほぼそのままの形で出版することに決めたそうです。つまり状況は20年近くの間ほぼ変わっていないということです。無知と自己満足と欺瞞からくる悪循環。直接に利害が絡む点が見えにくいのが、環境問題の難しいところなのでしょう。

あえて本書の難点をあげれば、やはり事例などが少々古くなっている点です。ただ、要所には注もつけられていますので、安心して読んでいただいて問題ないかと思います。本書の内容は多くの方に知ってもらいたいです。

評価:★★★★☆

2010年5月26日水曜日

『ぐるぐる猿と歌う鳥』(加納朋子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

作品の雰囲気や後味がよく、とても面白かったです。ミステリとしても上質で、流石だなと唸らされました。佳品。



ミステリーランドから待望のノベルス化です。あのシリーズは好きな作者さんがたくさん書いていらっしゃるのだけど、ちょっとお値段高めの上に子供向けということもあって、いい大人としてはなかなか手が出しにくかったりします。本作は主人公が小学生ですが、もちろん大人でも十分に楽しめます。

やんちゃな小学生の「高見森(たかみしん)」君が大変いいキャラです。わんぱくな割りには孤立しがちな、悩めるような悩んでないようなお年頃の小学5年生。方言がすごい掟やぶりなヒロイン「あや」ちゃんや、謎多き名探偵「パック」に「竹本」家の5人兄弟たちまで、みんないい子たちなのでとても健やかな読書感を与えてくれます。

ミステリとしてもそこは加納氏のこと、しっかり堪能させていただきました。あっと驚くというよりも、これはこのための伏線だったのかと思わず感心してしまう熟練技です。

あえて難点を探せば、いくら社宅つながりとはいえちょっとご都合が過ぎる感なきにしもあらずですが、その辺は重要な伏線とも絡んでくるのでやむを得ないところでしょう。主人公達が高校生くらいになった続編を読んでみたいですね。

評価:★★★★☆

2010年5月25日火曜日

『ローマ人の物語 (1) - ローマは一日にして成らず(上) 』(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

巻数が多いので手を出しかねていましたが、教養底上げキャンペーンということでチャレンジしてみることにしました。週にⅠ、2冊のペースでじっくり読んでいきたいと思います。



学生時代に最初の2冊だけ読んだ記憶があります。一巻はまだ華やかな偉人が登場しないので、当時は続けて読むモチベーションが上がらなかったのでしょう。

今回改めて読み直してみると、本題から少しそれたギリシアに関する記述がおもしろかったです。仲の悪いアテネとスパルタが手を結ぶくだりは、ちょっと涙腺が緩みました。

それにしても、ローマにしろギリシアにしろ、政体がコロコロ変わりますね。我々日本の民主主義もせいぜい百数十年の歴史しかないわけですから、まだ今後なにが起きるか分かりません。まぁ、当時と現在とでは状況がずいぶん違いますが。

具体的には食料生産力と軍事面における過度の火力が色々な抑止力になっているというところでしょうか。とはいえ、歴史を知ると現在の状況もどうしても危うく感じられてしまいますね。

今回はギリシア史が中途半端に終わっているので、次のペリクレス時代が楽しみです。高校時代が懐かしいですね。山川の世界史教科書を片手に読み進めていきたいと思います。



評価:★★☆☆☆

2010年5月24日月曜日

『機龍警察』(月村了衛) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

人が割とガンガン死ぬ、シビアな「パトレイバー」。私はあまり合わなかったけど、ハードボイルドな感じが好きな人にはすごくハマるかもしれません。



本作のようなロボットものだと、「パトレイバー」とか「フルメタル・パニック」とかの名作が過去にあるので、オリジナリティを出すのが大変そうではありますね。

作者の月村氏は、脚本家としてはかなりのキャリアを持つ方だそうです。これが小説デビュー作とはいえ、なるほどこなれた印象を受けます。ただ、話全体のカタルシスをどこに求めるかという点で、若干私の好みには相容れませんでした。

3台の「龍騎兵」に搭乗するうちの誰かがはっきり主人公キャラなら分かりやすかったのですが、ちょっと焦点がぼやけてしまったように感じました。また、たくさんの登場人物すべてにエピソードをつけようとした分、濃度が薄まってしまった印象もあります。由起谷や夏川のエピソードは次巻以降にまわしてもよかったんじゃないでしょうか。

最初に一般人が遠慮なく死んでいるので、そういう作品かと心構えをして読み進めていったのですが、その点で若干の物足りさも感じました。やるのならもっと弾けてほしかった気もしますが、あまりハード過ぎるのは最近受けなさそうだから、仕方なかったのかも知れませんね。むしろ校正が入ってぬるめられてしまったのかも。

それぞれの登場人物はなかなか味があってよいなと思いました。ただ、ちょっと色っぽいところも欲しかった気がしますね。姿なんかは、いかにも懇ろな女性の一人や二人いてもおかしくないキャラだと思うのですが。ヒロイン候補の緑ちゃんにも、そういう方面の色がまったく見えませんでしたね。

ちょっとネガティブな意見が多くなってしまいましたが、話し自体の完成度は高くて読みやすい小説です。あちこちに飛ばしたネタをまとめ上げる手腕には感心しました。個人的に合わなかっただけで、客観的に見れば水準以上の作品ではないかと思います。色々と明かされない伏線も仕込まれているようなので、続巻を待たないと正当な評価はできないかも知れません。

評価:★☆☆☆☆

2010年5月23日日曜日

『俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長』(哀川 譲) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

最近、まおゆうというのが話題になっているらしいですね。多分それにのっかった、最新トレンドの一作。



タイトルが変ですが、図で説明するとこんな感じです。













「俺」が「魔王」で「彼女」が「勇者」で「俺」と「彼女」が二人とも「生徒会長」なわけです。まだ意味がわからないと思いますが、一般人と魔物がともに通う学校があって、それぞれの立場にあわせて2つの生徒会があるということです。

なぜか一般人の主人公が仮面をかぶった「魔王」にされて、幼馴染の「勇者」と戦う(?)ことになります。

魔王側の生徒会は、ツンデレお嬢様吸血鬼とツンツンクールな人造人間とロリ狼女が所属しています。怪物くんですね。

それにしても、ここまでのテンプレ突っ走りぶりは凄い。いまどき全くオリジナルということは無理ですが、そのあたりうまく材料を料理できている作品なのではと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年5月22日土曜日

『聖書の名画はなぜこんなに面白いのか』(井出 洋一郎) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

なんとなく表紙が目に付いて、特に絵に興味も無いのに買ってみました。読み物としても面白いし、カラー図版の写真入なので、単にページをめくって絵を眺めていくのも良いです。



構成としては、テーマごとに最初に聖人やエピソードの紹介をした後、それにまつわる絵や彫刻を対話形式の「ギャラリートーク」で紹介しています。この「ギャラリートーク」が結構ぶっちゃけてて楽しめました。やはり、独自の解釈を紹介してもらったほうがより理解が深まります。

気に入った絵は、扉にもなっているラファエロの「小椅子の聖母」(P124)、クリストファーノ・アッローリの「ホロフェルヌスの首を持つユーディット」P(89)といったところ。やわらかい線で素直に美人に描かれている絵が私は好きなようです。実物を見ればまた違うんでしょうが。

宗教画を楽しむにはある程度の下敷きは必要だと思いますので、その入門書としては本書は最適なのではと思います。あまり小難しくなくて、素直に楽しめる良書です。カラー版 聖書の名画を楽しく読むを文庫化したものらしいのですが、絵は大きいほうがより楽しめるかもしれませんね。

評価:★★★☆☆

2010年5月21日金曜日

『この1冊でわかる! 孔子と老子』(野末 陳平) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

孔子と老子の金言をひたすら羅列している本です。あ、これ老子だったのか、などと一般教養の底上げによいのではと思います。



孔子が「義」とか「孝」とか割とお堅いのに対し、老子はそういった凝り固まったのはいけないよと説いています。明らかに「論語」を踏まえた批判なので、そういう意味では孔子なくして老子なしとも言えるかもしれません。

大学の卒論で安藤昌益を扱いましたが、老子の思想に似ていますね。彼は「知識」こそを階級の由来として批判し、直接農耕に従事する「直耕」を実践しました。頭でっかちじゃいかんよといってるのですね。

対照的な思想の二人ですが、文章の耳触りがいいという点では共通していますね。孔子の
道に説きて塗(みち)に説くは、得をこれ棄つるなり
とか、老子の
知る者は言わず、言う者は知らず
とか、ほんとに上手いこというなと感心させられます。孔子なんかは「巧言令色」を度々戒めているのに、その本人が上手いこと言いまくっててどうすんだという感じです。

延々と章句が並べられていて、構成としては若干退屈な感もなくもないですが、筆者のぶっちゃけた解釈など結構面白いですし、原典にあたるよりは手軽に勉強できてよい本だと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年5月20日木曜日

『Me2.0 ネットであなたも仕事も変わる「自分ブランド術」 』(ダン・ショーベル) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

パーソナルブランディングの本です。実力どおり評価されていないと感じる人は読んでみたほうがよいのでは。この手の本が売れるのは、自分を過信してる人が多いからでしょうね・・・本書を手に取った私も含めてですが。



どちらかというと、就活中あるいは新卒の学生さん向けにかかれています。ただ、一般の社会人にも充分有益です。特にSNSやTwitterなどのソーシャルメディアに明るくない方には、ためになるのではと思います。

自分をどう宣伝するかという点で、現在はとてもよい環境にあります。ブログやソーシャルネットの活用術を、筆者の体験をもとに具体的に記されているのは参考になります。

大事なのはツールだけに頼らないことです。まめに他のブログにコメントをつけるだとか、現実のネットワーク作りも大事だなどといったことがかかれています。私の苦手とする所ですが・・・

半分くらいはどこかでみたことあるような話しでしたが、自己啓発系の本は大抵そう言うものかという気もします。1冊の分量を稼ぐのが大変そうですからね。要点を絞って読んでいけばなかなか参考になることの多い本だと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年5月19日水曜日

「まんまこと」(畠中 恵) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

江戸時代、町名主の放蕩息子「麻乃助」が悪友たちと事件を解決していくお話し。面白い設定のミステリ小説ですね。しっとりした男女関係もたくみに描かれた、優しくてちょっぴりほろ苦い作品です。



軽微な揉め事は奉行所に代わり町名主が決着をつけます。その跡取りという比較的自由な立場を主人公に用意したのが上手いところ。「麻乃助」がフットワーク軽く歩き回り、事件の事情を探っていきます。

焦がれる思いを忍ばせる相手は、悪友「清十郎」の父親に後妻として入った、幼なじみでもある2歳上の「お由有」さん。そして奇妙な関係の許嫁となる、もう一人の悪友「吉五郎」のまたいとこで武家の娘「お寿ず」。

取った取られたの人間関係にはなりません。お互いがひっそり秘めた思いが時折垣間見える様子に、何とも切ない味を感じるのです。

ミステリとしてもなかなかのもの。「しゃばけ」シリーズと比べて人外の理がない分、より本格的といえます。

ちょっと時代小説としては軽めかなと思わせるところもありますが、ユニークなシチュエーションを見事に料理した佳作です。

評価:★★★☆☆

2010年5月18日火曜日

「ルネサンスとは何であったのか」(塩野 七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ルネサンスの本質について、フィレンツェ、ローマ、ヴェネチアそれぞれの観点から説明されています。多少は下知識があるほうが楽しめるかもしれません。後書きの対談がわかりやすかったので、むしろ先に後ろから読むべきだったかも。



歴史の描写が複雑に感じられるのは、塩野さんの
だって、歴史というのは、そんなに平面的なものではありません。錯綜していて、入り混じっていて、複雑で……。それを複雑なまま書かなくてはいけない。(P313)
という思いによるため。教科書のようなリニアな解釈では本当の歴史は到底収まりきらないし、そこに面白さがあるのだと思います。

フィレンツェ、ローマについてはわが友マキアヴェッリの延長で比較的読みやすかったですが、ヴェネチアについては先に「海の都の物語」に目を通しておいた方がよかったかもしれません。その分、新鮮で楽しめたということはあるにしても、ちょっと理解の追いつかないところがあったようにおもいます。

概説書ということで、エンターテイメント性はあまり期待しない方がよいでしょう。やっぱり人の物語が一番面白くはありますが、今後歴史を読んでいくうえで下地になってくれるのではと期待しています。

評価:★★☆☆☆

2010年5月17日月曜日

「わが「軍師」論―後藤田正晴から鳩山由紀夫ブレーンまで (文春文庫)」(佐々 淳行) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

なんといいますか、端的に言って佐々さんの自慢話です。ただ、実力と実績と信念に裏付けらているため、文句のつけようがありません。鳩山政権迷走の原因を「軍師不在」と表現されるのは、言ってるのが佐々さんであるからこそ大変に説得力を感じるのです。



「危機管理」の本質は「予防」にあるわけですが、これが日本人の大の苦手とするところ。平和とか豊かさとかいったものは、まず自身の安全を確保してからでないと語れません。本書における現政権への批判には、背筋が寒くなると同時にもうなるようにしかならないのかなという諦めの気持ちさえ感じてしまったりします。

「軍師」に必要な資質は「人脈」だと述べられています。
「軍師」には、「自分が何を知っているか」「自分が何をできる」だけではなくて、「何を知っている誰を知っているか」「何ができる誰を知っているか」の方が百倍も大切なのだ。(P21)
民間の世界でもマネージャの資質としてよく言われることですね。人間、一人で成し遂げられることはたかが知れています。

民主党の「政治主導」についても考えさせられます。方針はよくてもやり方がまずい。素人の不勉強な大臣が浅慮な意思決定してしまっているがための、現在の迷走なのでしょう。

最初に刊行された2007年当時とは政治状況が激変しているため、1章が新しく書き起こされて、民主党政権への警告とされています。本の内容全般に時事的風化から来るちぐはぐ感は否めませんが、それぞれのエピソードはその主張だけでなく読み物としても面白かったです。

評価:★★☆☆☆

2010年5月16日日曜日

「GUNSLINGER GIRL 12」(相田 裕) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

いつも重めの本シリーズですが、今回は一際きつかったですね。死ぬとわかっている登場人物を微細に描きこんでいくの、勘弁してほしいです。クライマックスに向けて、準備万端といったところでしょうか。



ジャンとジョゼの復讐劇本番にむけての前振りです(たぶん)。前巻から過去エピソードとして登場したジャンの婚約者ソフィアさん、すぐに死ぬとわかっているキャラがこんなに格好いいと複雑です。ブラコンのエンリカともようやく打ち解けたところでドカン。うーん、きつい。

似たようなつくりの話しとして、戦う司書と荒縄の姫君がありました。あっちはシリーズキャラでやっちゃったのでもっと酷かった。読者の思い入れをえぐる話しはきついです。でも、2作ともそういう味の作品ですから仕方ない。ゲームみたいに都合の良いトゥルーエンドがないのが良いのだと思います(ご都合主義も好きですが)。

次巻が最後となるのでしょうか。女の子たちがどれくらい死んでしまうことになるのか。トリエラが死んだら泣きますよ、ほんと。

評価:★★☆☆☆

2010年5月15日土曜日

「最後の証人」(柚月裕子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ミステリの何が悲しいかというと、オチが読めてしまうこと。実力はある作家さんだと思ったので、ちょっと残念です。ミステリ分が薄いほうが良い作品になったと思います。



個人的には「このミステリが凄い!」大賞は当たり外れが大きい印象なので、ハードカバーでの購入はなかなかためらわれてしまいます。今回は帯の推薦文が横山秀夫さんだったのでチャレンジしてみました。

中学生時代、「ペリー・メイスン」シリーズが大好きでした。NHKのドラマじゃないですよ。あれは爺さんになってからの話しだったのでみてません。原作のメイスンは若くて格好良くて、デラ・ストリートはクールな美人秘書なのです(ちょっと記憶曖昧)。法廷での大逆転には毎回とても興奮しました。

本作も法廷での逆転もので、話のつくりとしては大好物なのですが、いかんせんネタがすっかり予想通りでした。ただ、結構な大技なので、気づかずに読めれば随分評価が変わりそうな気がします。紙一重だったのかもしれません。

法廷シーンはかなり引き込まれたのですが、私としては法廷外での主人公の活躍をもっと見たかったです。地道な聞き込みの様子が見たかった。検察側も同様で、裏付け捜査の部分が全く描かれていないので、「優秀」と形容されていても全然そう見えません。オッサン主人公も美人助手も美人検事もせっかくいい味出しているので、もったいないなと思いました。

クライマックスシーンなどはなかなか読ませますし、筆力自体はありそうな作家さんなので、トリックに頼り過ぎない作品を次回は期待したいですね。同じキャラの続編が読みたいです。でも、ハードカバーは勘弁してほしい・・・

評価:★☆☆☆☆

2010年5月14日金曜日

「鉄の骨」(池井戸 潤) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

現場から事務方への異動を命じられた入社4年目の若手社員「富島平太」。彼の行く先である業務課は談合担当の部課だった。「平太」の目を通して複雑で歪んだ業界のあり方が描かれますが、単純にゼネコン=悪の図式にはおさまりません。そこで働くプロフェッショナルたちは実に格好いい。全体的にすっきりした印象を残す好作品です。



父がゼネコン勤めだったため、あまり「ゼネコン」というものに悪い印象を持っていません。食べさせてもらった恩といいますか。私の父は現場の人間でしたが、本作品はまさに「巨悪」の象徴たる談合担当者たちが主人公となります。

業界の問題点には切り込みつつも、そこに働く人々はむしろ好意的に描かれています。特に一目にはパッとしないエース「西田」の格好いいことといったら。そのせいか、作品全体を通してそれほど泥臭い印象はありません。

池井戸氏といえば「銀行」ですが、ちゃんとでてきますよ。主人公「平太」の彼女「野村萌」が行員です。もっとも、絡み方はちょっとご都合主義っぽかったですかね。もう少し園田がしつこく絡んでくるかと思いましたが。

それにしても萌ちゃん、ちょっと都合いい感じ。未熟な「平太」に苛立つ気持ちはわかりますけれど。はっきりしないのも優しさってことですかね。

おそらく本当の現場ってのはもっとえげつない世界なのかと思いますけれど、小説としては本作くらいのバランスでちょうど良かったのではないかと思います。ゼネコンマンが格好良く描かれていたのが、とにかく私には好印象でした。

評価:★★★☆☆

2010年5月13日木曜日

「だまされ上手が生き残る 入門! 進化心理学」(石川幹人) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

精神論っぽい話かと思いつつ手に取ったら、比較的真面目な科学の本でした。科学といっても、充分噛み砕かれていて読みやすいです。進化心理学という分野のお話らしいのですが、進化の過程で至った今の我々が、現代社会に生きることの根源的な問題点をあげた上で、それに適応するための心構えが述べられています。



仲良くすることが進化論的に優位な場合があること、嘘をつくことで円滑に回るもの、男女の考え方の違いについての進化論的見地からの説明、狩猟時代の特質を引きずっているがために現代社会にフィットできない人類の特性、など、なかなか興味深い話題が多かったです。

究極的な幸福とはなにかとい観点から、クオリアの話も持ち出されています。クオリアとは
快・不快や痛みや赤さなどの「自覚的な感じ」(P59)
のこと。といってもわかりにくかもしれませんけれど、興味のある向きには紫色のクオリアなどお勧めです。ライトノベルですけれど、クオリアというものを物凄く端的な形でネタにしています。

本題といえるのが最後の2章だけに集約されるので、本の構成としては若干冗長な感じもしましたが、あとがきによると前半の進化心理学の部分をしっかり抑えていないと理解できないということだそうで、言われてみればなるほどという感じです。学問的色合いが強めですが、現在の不安定な社会を自覚的に生きていくためにはぜひ読んでおきたい一冊です。

評価:★★★☆☆

2010年5月12日水曜日

「新釈 走れメロス 他四篇」(森見登美彦) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

独特のユーモアで塗りたくられた、いつもどおりの森見節全開の作品。森見さんの作品って、作者名伏せても絶対わかりますよね。古典を下敷きにしようがそれは全く変わりませんでした。



ご本人はあとがきにて

古典的名作を勝手に改変するのだから、「何の権利があっておまえはそんなことをするのか」と怒る人があるに決まっている。(P254)

なんておっしゃられていますが、ここまであきれた違った作品になってしまうと、苦笑こそすれムキになって怒るような人を想像するのは難しいですね。もっとも、ご本人も本気で心配などさらさらしていなさそうですが。

作品の下書きとなる古典のうち、前半3編の「山月記」、「藪の中」、「走れメロス」は読んだことありましたが、「桜の森の満開の下」と「百物語」は未読だったため、読み始める前はちょっと心配していました。でも、未読でもまったく問題なかったです。というか、短編集といいつつ全体的に微妙にリンクしているので、出展元は関係無しに、本作品をありのまま楽しめばよいのではと思います。

しかし、表題作の「走れメロス」については元の作品も読み返してみましたが、オリジナルも相当とんでもな話しですよね。メロスよ、お前はどんだけ駄目人間なんだと。小さいころはただ感動しただけだった気がする。やっぱ、文学作品は子供が読むもんじゃありませんね。

評価:★★★☆☆

2010年5月11日火曜日

「シンデレラ・ティース」(坂木 司) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

母親に騙されてよりによって歯科医でバイトすることになってしまった歯医者嫌いの叶咲子。彼女が徐々になじんでいくという、ありがちといえばありがちな設定ですが、題材が歯科医というのが共感を引き起こさせてくれます。誰でも歯医者には何がしかの思い入れがありますよね。坂木氏お得意の業界もの、読後感さわやかな連作短編ミステリです。



まず思ったこと、咲子馴染むの早すぎ(笑)。まぁ、いいこちゃんヒロインですからね。逆に嫌な雰囲気をむやみに引っ張るのもあざとい感じがするかもしれません。

探偵役を歯科医でなく歯科技工士に設定しているのが面白いところです。お客側からは見えにくいけれど、歯科医を構成する上では重要な職種にスポットライトを当てようということでしょうか。四谷さんかっこよすぎます。

歯医者のお客の独特な事情をミステリに仕上げる手法は相変わらずお見事です。具体的なところはネタバレになりそうなので書きませんが、いかにもありそうだなと感心してしまいました。

咲子のカマトトっぷりは若干鼻につかないでもなかったですかね。
のんびり育てられたせいか、私は昔から怒るタイミングを逸することが多い。(P161)
とか、一人称で自分のことをこういう風に言われると、ふーんって感じもしなくもありません。

総じて読後感が良く、ミステリ的なオチもしっかりした好作品です。歯医者嫌いな人はためしに読んでみると、苦手意識を払拭できるかもしれませんよ。でも、その前に歯医者を題材にした本なんて手に取る気も起こりませんかね。


評価:★★☆☆☆

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2010年5月10日月曜日

「日本辺境論」(内田 樹) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

辺境であるがゆえに生まれる日本の特殊性について綴った作品。筆者自身もおっしゃられている通り、新味はそれどほどない内容かと思いますが、「日本の思想」的なものについて論じた本を読んだことのない方は、一度本書に目を通しておいたほうが良いのではないでしょうか。良書だと思うけど、実は読んでて少々眠くなりました、ごめんなさい。



初っ端から引用の引用という筋の悪いことをして恐縮ですが、
日本人にも自尊心はあるけれど、その反面文化的劣等感がつねにつきまとっている。(中略)おそらくこれは、はじめから自分自身を中心にしてひとつの文明を展開することのできた民族と、その一大文明の辺境諸民族のひとつとしてスタートした民族とのちがいであろうと思う。(P21)
という「文明の生態史観」(梅棹忠夫)からの引用が、本書の要約になるとのことです。このことについて、事例を色々挙げながら解説、というより念を押し続けていっています。

一例を挙げると日本という国名、日の登るもととなる国ということですが、これは日本を東側に置く中国視点の命名です。大国との相対的な位置でしかアイデンティティを決められないのが辺境の国、日本だということです。

こういう日本人の困ったところは、主張に理屈が無いところ。外国ではこれこれだからこれで間違いないんだという、ロジックを突き詰めず他人に依存するメンタリティこそがいかにも日本人らしい特徴となります。

昨今話題の普天間についてもそういうところがありますね。アメリカの顔色と当事者の声にはさまれて右往左往している様子の中には、こういう理屈だからこうあるべきなんだという視点がかけらも混じっていないようです。

筆者はこのような性向を悪いものとばかりは見ていません。外国文化の許容に対する柔軟さや・・・うーん?このレビューを書くためにパラパラ本を読み返しているんですが、日本人の何が良いのかいまいち良くわかりませんね。

筆者は「日本の辺境性は悪いことではない」とところどころ言っているのですが、少なくとも悪くは無くても格好悪い気はします。私の読みが浅いだけなのでしょうが、ほんとはこの本って馬鹿な日本人を笑ってるだけな気がしてきました。

一応最初に主張らしきものを出しちゃって、その後延々とそれについて補強していくスタイルの文章なので、私は正直読んでて眠くなりました。大昔に読んだ(はずの)「日本の思想」とか「菊と刀」あたりがまだ頭の片隅に残っていたためですかね。あまり知的刺激を感じられなかったからかもしれません。

ただ、日の丸や君が代を礼賛しているその根拠はナンですか?というあたりのくだりはとても共感がもてました。自分自身の言論を見つめなおすというのは、いかにも日本人の苦手っぽい気がしますね。空気に流されがちなネトウヨさん達(私もその気があるけど)は気をつけたほうが良いですよ。


評価:★★☆☆☆

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2010年5月9日日曜日

「七花、時跳び!―Time-Travel at the After School」(久住四季) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ミステリテイストな作風の著者によるタイムトラベルもの。ほんわかな雰囲気ですが、ちょこちょこネタと伏線が散りばめられていて、なかなか油断できません。今回は小技中心なのでちょぴり物足りなさを感じなくも無いですが、その分ライトな層にはとっつきやすいかもしれませんね。最近、SFとかミステリとか厳しいですからねぇ…



同作者のこれまでの作品はわりと尖がった印象が強いのですが、今回はゆるゆるです。ヒロインはモジデレ。モジモジとデレます。時を跳べる少女がツンデレだと、なかなか跳んでくれそうにないですからね。傍若無人な主人公に振り回されるのがおいしいポイントなのでしょう。鉄板です。

タイトルは、七瀬ふたたびつばき、時跳びをがっちゃんこした感じですね。後者は未読ですが、梶尾真治さんの作品。こちらも面白そうなんで読んでみたいです。

各章タイトルの数字が1.3とか2.1とかなってますが、ピリオドの後の数字は実際に跳んだ回数のようです。3章の3.9は数える気が起きなかったけど、他の章を読む限りでは間違いないかと思います。

タイムスリップもので問題になるのがパラドックスの解釈で、平行世界説とかが良くありますけれど、本作の
元々がどんなものだったのかを知らなければ、たとえどんなことをしたって変えたことにはならない(P259)
というのは、要するに観測しなければ確定しないという、「シュレーディンガーの猫」的なあれでしょうか。SFではありがちな設定なのかもしれませんが、タイムパラドックスの文脈でというのは私は初めてみる解釈なので、なかなか興味深いです。

次回、ほんとに白亜紀まで行くんでしょうか。気になります。私の大好きだったミステリクロノうぐいすはお星様になっちゃったみたいですが、今度こそはちゃんと続きをだしてほしいです。よろしくお願いします。


評価:★★☆☆☆

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2010年5月8日土曜日

「出世花」(高田 郁) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

死体を清めて美しく送り出す、江戸時代の三昧聖を描く連作短編。父に死なれた少女「お縁」が自らの決断により屍洗いとなることを望み、様々な形の死と向き合うなかで成長していくお話です。



同作者の八朔の雪から始まる「みをつくし料理帖」のシリーズがかなり気に入ったので、その延長で手にとってみたのですが、こちらのほうが更に好みかもしれません。

屍洗いという死と直接向き合う仕事であるだけに、話しの内容は結構重いです。でも、主人公を囲む人たちがいい人ばかりのせいもあってか、後味は決して悪くない仕上がりとなっています。

表題の「出世花」は小説NON短編時代小説賞の奨励賞を受賞した作品だそうです。筆者はかつて漫画の原作をしていたそうで、まったくの素人ではなかったようですが、それでも2話、3話と話しを連ねるたびに、なるほどこなれてくる印象を受けます。最終4話目では涙腺が緩みました。

ただ感傷を誘うだけでなく、ミステリ要素も散りばめられているのがまさに私の好みにドンピシャです。検視などの発達していなかった時代、死体をよく目にし、しかも各々の死体の状態を書き留めておく勤勉さを持った主人公は、しばしばお役人をお助けすることになります。

もう少しドロドロした演出のほうが専門的な評価は高まるのかもしれませんが、エンターテイメントが好きな私としては、まさにぎりぎりのバランスの上に立つ珠玉の作品といえます。まだ1冊しか出てないようですが、是非ともシリーズ化を待ちたいところです。

評価:★★★★★

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2010年5月7日金曜日

「日本経済の真実―ある日、この国は破産します」(辛坊治郎、辛坊正記) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ズームインでおなじみ辛坊治郎さんの著作です(お兄さんと共著ですが)。日本経済がどういう風に危ないのかとても明快に書かれていて、是非多くの人に読んでもらいたい本です。でも、多少は経済学をかじってないと、ちょっぴり難しいところもあるかもしれません。以下、重要なところだけピックアップしていきます。



1.国の借金はやばい水準に達している

借金はいけないこと。当たり前なんですけどね。ただ、赤字であること自体はさほど問題ではありません。返す見込みがあればいいんです。会社と同じですね。赤字でもキャッシュフローが黒なら何とかなりますし、逆に数字上利益が出ていてもお金が無ければつぶれます(いわゆる黒字倒産)。

本書では国の財政が既にやばい水準であると判断する理由が数字をもって語られています。具体的にはまず郵貯の破綻という形で現れてくるでしょう。詳しくは後述。鳩山政権は埋蔵金とか言ってましたが、現状を見る限りそれも期待できそうにありません。

2.借金できない以上、効率化しか景気回復の道は無い

需要が増える→たくさん売る→儲かる→所得が増える→需要が増える→たくさん売る→・・・

これが景気回復のサイクルです。だから「需要が増える」だとか「所得が増える」だとかのためには、バラ撒き政策も一理ある、というよりケインズ以来王道の政策ではあります。ただし財政に余裕があればの話。

今は財政ボロボロなので、仕方なくもっと地道に行くしかありません。生産方法を効率化して、費用を減らして「儲かる」ようにするとか。あるいは研究開発を効率化して、魅力的な商品を作り「たくさん売る」だとかです。そのためには効率的な投資がなされなければなりません。

3.郵貯は効率を阻害する害悪

国民の貯金→郵貯→国

国債の大部分は実は我々国民が引き受けています。でも、間に郵貯が入っているため、それが見えにくくなっているのです。見えにくいのをいいことに政府は借金し放題。民間に直接投入されれば効率的に使われるはずのお金が、国を介することにより無駄に使われてしまいます。

ちなみに、その郵貯のキャパももうかつかつです。亀井さんが郵貯の限度額引き上げとか言ってるのが何よりの証拠です。ただの延命策に過ぎません。

もちろん郵貯だけが非効率なのではありません。だから小泉改革で官から民へ、中央から地方へという政策が実行されました。

4.労働者保護のせいで失業率はむしろUP

派遣の規制緩和とか、小泉・竹中政権で一番批判されたところですね。でも、労働者を保護しすぎちゃうと、企業はみんな外国に逃げてしまいます。コストがかかりすぎちゃいますから。そのため

失業率UP→需要が減る→売れない→儲からない→失業率UP→・・・

目先にとらわれてギャーギャー批判したため、結局自分たちの首を絞めることになってしまうのです。ほんと国民って馬鹿ですね。マスコミも馬鹿です。麻生政権や鳩山政権も。まぁ、小泉さんたちもやり方にまずい点はあったかなと辛坊さんは書いています。セーフティネットとかの部分ですね。思いやりのある素振りくらいは必要だったのかもしれません。

5.小泉・竹中路線はやっぱり凄かった

上で書いてきたので十分だと思いますが、実際の失業率や経済成長の数字を見ても、成果ははっきり出ていたようです。それを安倍、福田政権が日和、麻生政権がひっくり返し、鳩山政権が引っ掻き回してしまいました。本書を見てると、基地問題どころじゃないんじゃないのと心配になってしまいます。沖縄の方々には申し訳ないけど、優先度として果たして国政の上位に来るものなのかなと。

他にも色々な論点が本書では書かれていますので、是非直接確認していただきたいところです。それにしても、先のレビューでみたフィレンツェの状況と酷似してるようなきがしてならないのですが・・・日本、もう駄目かもしれないな。そろそろ自衛モードに入らないとまずいような気がします。

評価:★★★★★

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2010年5月6日木曜日

「利益相反(コンフリクト) 」(牛島信) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

おなじみ、企業法を題材にした牛島先生の小説ですが、今回は金融商品取引法第193条の3が焦点となっています。いつも格好良く登場して鮮やかな解決を見せる大木弁護士が今回は登場しないためか、少々ドロドロした後味のお話になっています。



平成19年施行の金融商品取引法により、金融庁の権限が大幅に強化されました。それに伴い、監査法人及び企業の監査役は、不正発見の際により厳格な対処をしなければならなくなります。今までややもすれば形骸化気味だったところが、

監査法人としてみれば、法律や政令に従うより他にやりようが無いのだ。(P162)

というような状態に。

今作では3人の主要人物が登場します。一人は創業社長、商売大事で法律何それな感じの人。二人目は懐刀の常務。商売は下手だけど総務方面に強く、法令にもある程度通じ遵法精神がある。そして三人目は顧問弁護士にして社外監査役の若者。

全ての牛島作品を読んだわけではありませんが、今までのパターンだと社長が常務の言うことを聞かないため危機に陥ったところを弁護士が颯爽と現れて解決。そういう展開かと思っていたら、ちょっと変な方向に話しが向かっていきました。

詳しく書くとネタバレになってしまうので控えますが、どうも筆者としては昨今の状況に不信感のようなものがあるのかなという印象の結末となります。このあたり、「やっぱり会社は「私」のものだ (じっぴコンパクト)」に書かれているのかもしれないので、今度読んでみたいです。

私としては、かっこいい大木先生の活躍が見れなくてちょっと食い足りない感じでしたが、企業法務の最新トピックを押さえる上では良い本なのではないかと思います。


評価:★★★☆☆

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2010年5月5日水曜日

「わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡1、2、3:新潮社」(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

本書はマキアヴェッリの思想を紹介するものではありません。マキアヴェツリを介してフィレンツェ滅亡、ひいてはルネンサンス終焉までの過程が描かれています。最近出版された新潮社版が書店に並んでいたので手にとって見ました。



1巻ではマキアヴエッリはほとんど出てきません。主に没落が始まる前のフィレンツェ栄光の時代が描かれています。主役はロレンツォ・デ・メディチ、運と財産と名誉と実力の全てに恵まれた男です。しかし彼の死とともにフィレンツェの衰退は始まります。その後、修道士サヴォナローラの扇動が功を奏すかに見えるも長続きせず。
民衆の支持を得るのはさほど難しいことではないが、いったん得た支持を保持し続けるのは難しい(p209)
某政権のことを言っているかのようですね。時と場所を越えて歴史は繰り返すようです。



2巻ではいよいよマキアヴェッリが活躍。どん底のフィレンツェを支える書記官時代からメディチ家の復興に伴う公職追放までが描かれています。

当時のイタリアはすごいですね。我らが隣国の中国や韓国がまだ穏やかに見える、まさに生き馬の目を抜く情勢です。何よりも難しいのは賢明であることが時に過ちを招く点。フィレンツェと比べてはるかに立派な政体を持っていたヴェネチアの唯一とも言える失政に対して、マキアヴェッリの評した
現実主義者が誤りを犯すのは、相手も自分と同じで、だから馬鹿なことはしないと思い込んだときである(P214)
との言葉。理屈の通じない相手に対するときの苦労は、私たちの日常にも通ずることではないでしょうか。

それにしても意外なのはマキアヴェッリの性質。こんなエピソードが紹介されています。買った女と暗闇でいたして(失礼)終わった後改めて容姿を確認するに
ああ、なんたることか、その女の醜さときたら。(中略・・・ここの描写がまた凄いんだけど)唇ときては、ロレンツォ・デ・メディチの口そのものだ(P224-225)
とは友人にあてた手紙でのお言葉(笑)。のちに有名になる喜劇作家としての面目も躍如といったところでしょうか。陽気、好色、楽観的。「マキャベリズム」の冷酷な印象とはまったく違った、なかなか人間的で魅力的な人物だったみたいです。文書だと厳しくなる人、確かにいますね。頭の良い人に多い気がします。



3巻では、公職を終われ失意の中で書き上げた「君主論」を初めとした一連の著作、マキアヴェッリの友人や若き弟子たちとの交流などが紹介されています。そしてスペイン、フランスなどの大国により祖国が押しつぶされる中、マキアヴェッリは失意の果てにとうとう病で倒れてしまいます。

大国の論理が幅を利かせる状況を誰よりも冷静な目で見通していたマキアヴェッリ。歴史にifは禁物ですが、もし彼が小国の生まれでなければ、身分がもう少し高ければ、あるいはチェーザレ・ボルジアのような上司に恵まれていれば、と想像を巡らせて楽しむのは、後世の人間の特権として許していただきたいところです。

評価:★★★☆☆

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2010年5月4日火曜日

「シブすぎ技術に男泣き!」(見ル野栄司) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

日本のものづくりの現場を、漫画家ながら元職工というキャリアを持つ筆者が綴ったコミックエッセイ。「リクナビNEXT Tech総研」で大好評の連載だったそうです。メカトロニクスという言葉は恥ずかしながら初めて知りました。



生粋のソフトウェアエンジニアである私ですが、
ソフトが先行している現代ハードをおろそかにすると時代が進まない気がします。(P159)
という筆者の言葉には同意せざるを得ません。パソコンの中だけでワイワイやって、それがたとえ世界につながっているとしても、時に足元おぼつかない気がしてしまいます。ソフト屋のちょっぴり痛いところをつかれる感じなのです。

1章、2章が面白かったですね。全編この調子のほうが私としては楽しめたかもしれませんが、筆者のものづくりへの思いは十分伝わってきました。

評価:★★☆☆☆

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2010年5月3日月曜日

「電子書籍の衝撃」(佐々木俊尚)のレビュー このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

電子書籍の本質を鋭く解き明かした作品。AmazonやAppleの礼賛にとどまらず、現在何が足りないかというところにまで踏み込んでいます。私も関心を持っていた分野なので、とても参考になりました。



KindleやiPadの出現により環境は整いつつありますが、強いものがより富む構図が進むだけではないのかという懸念もあるとのこと。筆者はTwitterやSNSなどのソーシャルメディアに期待しているようですが、どうなんでしょうね。私にはTwitterほど弱肉強食の世界は無いように思えるのですが。Web上でのローカルなコミュニティというのは別にTwitterやSNSの出現を待つまでも無くありましたね。たしかに昔と比べるとツールはより便利になったけれど、その分プレイヤーも増えているので生き残るのはむしろ大変になっているような気がします。

筆者は音楽業界におけるMySpaceでの成功事例を引き合いに出していましたが、英語圏と日本語圏のキャパについても考える必要があるかと思います。日本語の小説がいくら頑張っても商圏の広いハリーポッターには勝てないですよねという。1Q84くらいになれば英訳されるのだろうけど。英語圏でもセルフパブリッシングビジネスについてはまだ模索中のようですが、ましてや日本語圏で成功の余地があるのかどうか。川原礫が電撃文庫を介さずにメジャーになれる世の中が果たして本当に来るのでしょうか。

参入障壁の低さというのはあるかと思います。チャンスは万人にあるのだから、がんばって勝ち組になろうという。音楽業界と書籍業界だけでなく、Webの世界でも同様のことが言えるかもしれません。最近、個人発の人気サービスが増えてきているように思います。TweetBuzz読書メーターや、pixivも最初は個人の手により立ち上げられましたね。VPSなどの本格普及でコストが非常に抑えられるようになりました。

私が目指すのもWebの世界での成功ですが、マイクロインフルエンサーに目をつけてもらうのが、私みたいな雑魚にはまず大変なのですよね。3年前一度挫折しているので、今度はうまくやりたいと思います。

評価:★★★★☆

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2010年5月2日日曜日

「リスの窒息」(石持浅海) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

偽装誘拐により新聞社から身代金の強奪を企てるエリート女子中学生。度重なる仕掛けに翻弄される新聞社。手に汗握る心理ゲームの意外な結末にビックリすること請け合いの、スリリングでクールなミステリ作品です。



お金なんてあるところから盗ればいいのよ

不慮の事件により急にお金が必要になった女子中学生「野中栞」が脅迫先に選んだのは新聞社。自分の監禁姿を送りつけ、見捨てれば世間は黙ってないぞという理不尽な要求も、警察に届けられない新聞社側の事情とは?更に次々と仕掛けてくる栞に新聞社は右往左往。

設定だけ見れば栞が苦境に立ち向かう健気なヒロインにも見えますが、そう一筋縄ではいきません。友達は平気で巻き込むし、陵辱の危機演出のため局部写真を送りつけるしと(ほんとにパンツ脱いでるんです!)、なんとも黒くてエロいダークヒロインです。とっても素敵(笑)

やはり栞が一番目立つ存在ですが、ちゃんとクールでロジカルな探偵役も登場します。これぞ石持浅海という安心のテイストです。収束の展開は相変わらず見事の一言。ミステリの王道を行く好作品です。

評価:★★★☆☆

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2010年5月1日土曜日

「天地明察」(冲方丁)のレビュー このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

この作品では「関孝和」と「本因坊道策」という、算術と囲碁の二人の天才が登場します。それぞれの分野ではどちらにもかなわない主人公の「渋川晴海」。そんなちょっと情けない彼が成し遂げた「改暦」の偉業を描く、読後感健やかなお話でした。



魅力的な人物がたくさん登場する本作品。なかなかデレない「えん」さんが最萌えキャラであることは異論の少ないところでしょうが、囲碁の申し子たる棋聖「本因坊道策」の描かれ方も負けていません。なかなか囲碁に対して本気にならない主人公に、むきになって突っかかる様は、思わず笑みを誘われます。

そして、前半は名前だけでなかなか登場しない「一瞥即解」の算術家「関孝和」。登場するや否やの晴海への罵倒っぷりは惚れ惚れとしてしまいます。天才を前にしたときの凡人のあり方は難しいですね。ましてや自分に多少は自信のある人だとなおさらです。しかし、こと暦の話になると「数理」の才能だけではなしえない。

天理は数理と天測のどちらが欠けても成り立たぬ。

として、若い頃から天測を重ねてきた晴海に自身の研究成果を託す孝和はとても男前です。私も凡人なりに、才能だけでなしえない何かを成し遂げられれば良いなと思います。

個人的には天測仲間の二人の爺さん「建部昌明」と「伊藤重孝」が良い味を出していたように思います。素敵な爺さんキャラが出てくる作品に外れなしというのが私の持論です。

一旦改暦勝負に敗れた後に、巻き返す様をもう少し詳細に書いてほしかったなという気がするのですが、本の分量的には厳しかったのでしょう。なんにしろ、すっきり終わって後味の良い作品でした。

評価:★★★☆☆

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