2011年2月28日月曜日

魔女遊戯(イルサ・シグルザルドッティル) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

アイスランドの2人に1人が読んでいる人気シリーズだそうです。もっともそれだけだと15万人にしかなりませんが、既に世界33カ国で刊行されて、評判を集めているのだとか。中盤くらいまでは書き込みが細か過ぎて読むのに苦労しましたが、事件が動き出してから一気呵成でした。



2児の母にしてバツイチの女弁護士「トーラ・グドムンズドッティル」が、被害者の身内から依頼を受けてやってきたドイツ人の元刑事「マシュー・ライヒ」とともに、オカルティックな事件の謎に挑みます。

目玉をくりぬかれて死んでいたリッチなドイツ人留学生「ハラルド・グントリープ」。魔女狩りの歴史を調べ、強い関心と傾倒を示し、実践していた形跡さえも見えるなかで、彼の仲間達が隠し続ける秘密とは。

ちょっぴりグロとかセックスとかありますけれど、基調は歴史ミステリということになるでしょうか。専門方面の記述にかなり力が入っていて、私にはちょっとしんどいくらいでしたが、興味のある方には結構はまりそうな気がします。

16歳の息子が問題を起こしたり、分かれた夫がだらしなかったり、相棒マシューと微妙な雰囲気だったり。パーツとしてはコージー的な要素も入っていて、エンターテインメントとしてもなかなか楽しませてくれます。

一番印象的なキャラは、オフィスを借りるときに押し付けられた、大家の娘の女秘書「ベッラ」。人物紹介にものってこない脇キャラなのですが、その駄目秘書っぷりは凄まじく、どこかでデレるのかと思ったら、最後までずっと酷いままでした(^^;

なんといってもアイスランドという舞台が新鮮なシリーズです。日本の1/3の国土にわずか30万の人口。最近は経済危機などでも話題ですが、第3次産業の発達した、小さく狭い先進国の模様は大変興味深いです。

ミステリとしては、まあこんなものかなというところですが、シリーズものとしての今後の展開は気になるところです。ギルフィ君は大変だろうけど頑張ってください(笑)

評価:★★★☆☆

2011年2月27日日曜日

パニッシュメント(江波光則) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

いかにもガガガ文庫らしい、と言えるほど同レーベルを読み込んでいるわけではないのですが、田中ロミオさんの「AURA」を重くしたような話、と言えば雰囲気が伝わるでしょうか。怪作です。



宗教やいじめを題材としたサスペンス仕立てとなっています。後半は本当にドキドキが止まりませんでした。派手さのない淡々とした展開が逆に怖いというか・・・

主人公「郁(いく)」と幼なじみ「常磐(ときわ)」のちょっぴりほの甘い日常が、タロットの得意な元いじめられっこ「七瀬(ななせ)」の登場で急展開していきます。

そしてクラス内のヒエラルキー崩壊。諸々の事情が収斂されていくクライマックスは、圧巻というのとも何か違う、冷たいものが少しずつ染み入るような感覚といったらよいでしょうか。

テーマ的に「AURA」と似通ったところもあるのですけれど、あちらがロミオ氏の諧謔のお陰で結構息を抜く余裕があるのに対し、本作は生々しさをストレートに見せつけてくれています。

左翼活動家の女教師「間宮(まみや)」が、面白い立ち位置で活躍してくれます。彼女が結構格好良かったりするので、右側の端っこの方にいる人は本書をさけた方が無難かもしれません。

ただ、宗教や左翼といった思想的なところについては、ニュートラルというよりかなりぶっちゃけた皮肉が入っている感じなので、それほど警戒を要するものでもないとは思います。

重いテーマをあつかってはいるものの、筆者の視点がクールでストーリー自体も軽快に進むので、読みにくいということは全くありませんでした。一作目の「ストレンジボイス (ガガガ文庫)」も似た傾向の作品のようなので、是非チャレンジしてみたいと思っています。

評価:★★★★★

2011年2月26日土曜日

万能鑑定士Qの事件簿VIII(松岡圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

莉子が故郷の危機を救うために台湾出張。展開的にはいつも通りな感じで面白かったですが、流石にそれはないんじゃないかという設定もちらほら。まあ、このシリーズは無理筋を突っ込んだら負けですけど(^^;



水不足で悩む故郷、波照間島。海水を濾過するだけで真水にするという夢のような装置を12億円かけて購入しようとしますが、いかにも胡散臭げな技術に対して、莉子が旧友二人とともに裏を取りに動き出します。

今回は莉子のほかにも綺麗どころがたくさん登場してなかなか華やかな雰囲気です。特に現地ホテルに勤める通訳の美玲さんが良い味出してますね。しかし、アンパンマンの件は同じ男性として許せません!(笑)

故郷に戻った莉子の純朴な雰囲気も良いですが、初めて訪れた台湾におけるスーパーレディぶりも相変わらずです。絶体絶命を思わせる状況からの鮮やかな逆転劇もお見事でした。

ただ・・・無理な設定はいつものことですが、今回はあまりに無理が過ぎるような気もします。予算の1/3もの大金をそんなに即決で支払い決めちゃってますし、東大教授が胡散臭い技術をあっさり妄信し過ぎですし、SIMの件とか電話で地元警察に誤認させた件とか、気づかないなんてあり得ないですし(ネタバレにつき反転してみてください)。

無理があるのはいつものこととはいえ、今回はちょっとあまりにあれな感じもしてしまいました。ただ、そもそもこのシリーズは「突っ込んだら負けよ」ゲーム的なところがあるので、単に今回は私の負けというだけのことなのでしょう(^^;

評価:★★☆☆☆

2011年2月24日木曜日

天使はモップを持って(近藤史恵) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ギャルっぽい外見ながら凄腕の掃除人「キリコ」が活躍する連作ミステリ短編集です。コージーっぽい雰囲気ですが、油断していると痛い目を見るかもしれません。



キリコシリーズの第1弾だそうです。最近出た4作目を書店でたまたま見かけて興味が出たので、一作目の本書から入ってみることにしました。

新入社員「梶本大介(かじもとだいすけ)」の視点から、名探偵キリコの活躍が語られています。お察しの通り、二人はいい仲っぽい雰囲気になるのですが、キリコのクールな性格のためか、それほどべたべた感はありません。

大きい会社を一人で掃除してまわるというのは現実的に可能なのかわかりませんが、キリコのプロフェッショナルなスキルや職業意識の高さは、当然ながら本書でもっとも読み応えのあるところといえます。

全8話のどれも面白かったですが、なかでも第1話と最後の7話、8話が良かったですね。能天気な雰囲気で話が進む割に、ちょっとどきりとするような展開が随所に差し込まれるのは、お見事というほかありません。

設定や素のストーリーも面白いのですが、作品によってはちょっと叙述トリックっぽいものもあって、ミステリとしてもなかなかハイレベルです。

読みやすい割にピリリと辛さもきいて、万人向けに楽しんでいただける作品ではないかと思います。ラストがいかにも完結っぽい雰囲気で終わっているのですが、続巻はどのような展開になっているのか楽しみです。

評価:★★★☆☆

2011年2月22日火曜日

ローマ人の物語〈36〉最後の努力〈中〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

コンスタンティヌス帝の登場。混乱を実力で収めた立派な皇帝だとは思いますが、先からの混乱でローマらしさがすっかり失われてしまい、読んでてあまり楽しくはないですね。我々が帝政と聞いてイメージする体制にどんどん近くなっています。



前回レビューでは触れませんでしたが、先のディオクレティアヌス帝により四頭政というものが始められています。国境のあちこちが破られたことに対応するため、帝国を東西二分した上で、それぞれに正帝と副帝を設けるというもの。状況的にやむをえなかったとはいえ、結局ちゃんと機能したのは一代だけということになりました。

四頭といっても、一応東の政帝が最上位とされていました。その地位に名実ともに明らかな第一人者であるディオクレティアヌスが就いていたからこそ、うまく回っていたのでしょう。ディオクレティアヌスの引退とともにあっという間に崩壊してしまいました。その混乱を収めたのがコンスタンティヌス帝です。

コンスタンティヌスは西の正帝の長男とはいえ、先妻の息子ということもあったため、後継者としてはそれほど有力な位置にいたわけでもなかったようです。

ただ、もともとの実力と声望に加え、父親の死に際にちょうど傍らで将軍職を務めていたタイミングがよかったとのこと。軍事政権になってからの後継者選定は、現場主導というよりその場の雰囲気といったほうが近いですから。

ディオクレティアヌスが約20年、そしてコンスタンティヌスが約30年の在位となります。その前までの皇帝がすぐに入れ替わる混乱期と比べて、国状はそれなりの安定を見せたようです。ただし、軍事費増大、職業固定、象徴としてのローマ軽視。重苦しい雰囲気はますます強まっていきます。

そこにキリスト教発展のきっかけがあったのでしょう。コンスタンティヌスといえばキリスト教の公認で有名ですが、このような世情が背景にあったことをわかっていないと、なんとも唐突に感じられますね。受験時代のもやもやが今頃晴れた感じです(^^;

評価:★★☆☆☆

2011年2月18日金曜日

ちあき電脳探偵社(北森鴻) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

北森鴻の遺した唯一のジュブナイルなのだそうです。小学3年生の「鷹坂ちあき」を主人公としたミステリ連作短編集。「電脳」の設定などはいかにも子供向けといった感じですが、肝心のミステリトリックがなかなか油断ならないのは流石です。



本書は雑誌「小学三年生」に連載されていた「ちあき電脳探てい社」を文庫化したものだとか。掲載時期は1996年4月~1997年3月と、かなり昔の作品です。150ページ弱でフォントも大きめ。このボリュームで一冊にするのは、筆者が亡くなったタイミングでなければ難しかったのかもしれません。

転校してきたちあきとご近所になった同級生「井沢コウスケ」の一人称で語られています。

電脳の設定はちょっと微妙な感じかもしれません。凄いコンピュータにゴーグルで接続して何とかかんとか。正直、文字通りの「子供だまし」といった印象ではありますが、そもそも子供向けなのですから当たり前です。

実のところ、ちあきは素の状態でもかなり名探偵なので、電脳設定の意味については私にはいまいちピンときませんでした。

ところがその設定、話を重ねるに連れてだんだん影が薄くなっていっちゃいます。そして何故か、それに比例して物語のクオリティが上がっていっているような・・・なんとも皮肉感じです(^^;

もっともミステリ的な仕掛け自体は、1話目から結構うならされました。流石は短編の名手。あるいは私の読者としてのレベルが小学三年生並というだけかもしれませんが。

ちなみにちあきとコウスケはともに片親で、お互いの親同士がなんとなくいい雰囲気になったりします。これ、うまく転べば二人は義理の兄妹なんですよね。なんとも美味しい設定。5年後くらいの続編が読みたかったです。

子供向けということに目をつむれば、それなりに楽しめる作品ではないかと思います。芦辺拓さんによるあとがきも興味深いですし、北森鴻さんのファンであれば読んでみて損することは無いかと思います。

評価:★★★☆☆

2011年2月16日水曜日

死をもちて赦されん(ピーター・トレメイン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

フィデルマシリーズの邦訳第6弾ですが、原著では本作が長編一作目となるので、オリジナルに忠実に読むのであれば、本書から入るのもありかと思います。なんといっても見所はフィデルマとエイダルフの出会い。当初のギクシャクした間柄から徐々に打ち解けていく様子がなんとも素敵です。



邦訳のうち3作までは読んでいましたが、人間関係でわからないところも多かったので、本来のシリーズ第一弾たる本書はまさに待ちに待ったといったところです。ただし翻訳の順番に関しては、訳者の思惑が正しかったのかなと認めざるを得ないというのが本書を読み終えての感想です。理由は二点。

一点目は、あとがきにもある通り本書の舞台がアイルランドではないこと。本シリーズ最大の特色は、古代アイルランドの世相を描いているところにあると思います。ブリテン(イギリス)を舞台にローマ派とケルト派の両キリスト教派が激論をぶつける様子は、歴史的観点からは大変興味深いのですが、シリーズの特徴が十全に発揮されているとは言いがたいでしょう。

二点目は、言いにくいですがミステリそのものとしての質の問題。フィデルマシリーズの長編については2作を既読ですが、真相の意外性やサスペンス的な展開の妙については、両作とも本書より明らかに勝っていたように感じられます。また、王妹たるフィデルマの権威も、外国が舞台とあってはあまり活かしきれていません。

もっとも、フィデルマとエイダルフが出会うエピソードは、やはり良いです。二人の関係が友人の延長にすぎないのか、あるいは恋愛模様に発展する色合いを見せるのかが、本書を読むことで明らかになったように思います。どっちなんだというところは、ご自身でお確かめいただいたほうが良いでしょう。

本書における「教会会議(シノド)」とは実際に歴史上存在するイベントなのだそうです(ウィットビー教会会議-Wikipedia参照)。史実における大イベントの裏でうごめいていた事件という形で、フィデルマたちの活躍が描かれています。しかし、登場人物のどこまでがフィクションでどこまでが実在の人物なのでしょう。

ケルト派とローマ派ということで、フィデルマとエイダルフはいわばロミオとジュリエット的な立場にあります。そのため、この二人が本格的にコイバナを展開することはないのかと思っていたのですが、その辺りの展開についてのヒントも本書のなかにあるようですね。本書を念頭に既刊も再読してみたいなと思いました。

評価:★★☆☆☆

ピーター・トレメインの関連レビューはこちら

2011年2月13日日曜日

シンメトリー(誉田哲也) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

警部補「姫川玲子」シリーズ第三弾。今回は短編集となっています。派手な事件は少ないですが、ちょっとひと味の利かせ方が抜群の冴えを見せています。非常に満足度の高い一冊です。



玲子のキャラのおかげで警察小説の割りにとても読みやすい本シリーズですが、本書については読後感しんみりしっとりの、読み応えある構成となっています。以下、各話の感想です。

■ 東京
元上司「小暮利充(こぐれとしみつ)」の墓参りに訪れた玲子は「美代子(みよこ)」という少女を見かけます。ともに訪れた未亡人「景子(けいこ)」に請われ、玲子はある事件について語り始めます。なんともしんみりと切ない結末を迎える、玲子駆け出し時代のお話しです。

■ 過ぎた正義
川越少年刑務所。当てもないままに休暇や在庁を利用して何度も足を運んだ末、玲子はとうとう「倉田修二(くらたしゅうじ)」と行き会います。元刑事の彼に対して玲子が話したかったこととは。刑法39条がテーマとなっています。

■ 右では殴らない
女子高生 vs 美人刑事。エンコー女子高生「下坂美樹(しもさかみき)」を玲子がマンツーマンで取り調べる、ちょっと異色な感じの作品です。取調べ中の玲子のぶっちゃけた思惑が克明に描かれています。本書で一番好きな作品。

■ シンメトリー
ある女子高生に対して抱える、駅職員の淡い思い。やりきれない結末を迎えながらも、犯人に対する玲子のとぼけたやりとりが、なんとなくほっとするような後味を残してくれます。

■ 左だけ見た場合
超能力のような技をみせるマジシャン「吉原秀一(よしわらしゅういち)」。調査の結果明らかになった事件の手がかりは、玲子が当初から予想していた通りのものだった。彼女の推理の根拠とは一体なんだったのか。玲子の推理の冴えに加え、ちょっと不思議なオチも印象的な作品。

■ 悪しき実
死体発見の通報をしたまま姿をくらました「春川美津代(はるかわみつよ)」。内縁の夫であった被害者の驚愕すべき正体、そして彼女が姿をくらました理由とは。引きを見る限り、続編へのプロローグ的な位置づけにもなっているのでしょうか。

■ 手紙
玲子が本庁捜査一課に引っ張られるきっかけともなった、若かりし日の事件について語られています。先輩の女刑事による身動きしにくい状況のなか、手柄を求める玲子が目をつけて調べ始めたあるものとは。色々な意味で、女性って怖いねというお話し。

ジウ」や「ストロベリーナイト」のような派手な展開を期待する向きには物足りなく感じられるかもしれませんが、私としては全編通したしっとり感がとても良かったです。文庫化を待つつもりだった続巻ですが、手を出してしまおうか迷いますね・・・

評価:★★★★☆

2011年2月10日木曜日

妙なる技の乙女たち(小川一水) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

シンガポール南東に位置するフィガロ諸島。軌道エレベーターとその周辺経済圏を舞台に、「働く女性」をテーマとした近未来SF短編集です。全8話、これほど好みの作品ばかり揃うのも珍しいかもしれません。



SF的には良く扱われる題材かと思いますが、海上タクシーや保母さんなど周辺部を支える職業にスポットをあてられているのが面白いです。以下、各話の感想です。

■ 天上のデザイナー
うだつの上がらないやんちゃな女性デザイナー「京野歩(きょうのすすむ)」が、宇宙服デザインのコンペに挑むお話し。なぜ宇宙服はあれほど不恰好なのか?彼女を支える男達が、格好いいような悪いような良い味出してます。

■ 港のタクシー艇長(スキッパー)
父の遺した舟で海上タクシーを営む「歌島水央(うたじまみずお)」。男社会のなか気を張り詰める彼女に対して、いつものごとく引退を勧めるメッツラー少将。二人きりの気詰まりなクルージングのなかで事件は起こります。メッツラーおじさん、超格好いいです。

■ 楽園の島、売ります
環境保護区を住宅地として売り出す不動産業者「幡森香奈江(はたもりかなえ)」と、そのパートナーにして進化生態学の専門家「ルクレース・マッキンデール」。二人の意見が対立するある物件が、徐々にきな臭い様相を見せていきます。女性二人の大人な友情物語。

■ セハット・デイケア保育日誌
緩い雰囲気の保育施設になんとなく居ついてしまった保育士「阪奈麻子(ハンナアサコ)」。子供達のなかにいつの間にか紛れ込んでいた、不思議な雰囲気を持つ金髪少年「レオン」との心温まる交流物語。宗教の違いに基づく食事の準備が大変なのだそうです。なるほど。

■ Lift me to the Moon
体調不良者の変わりに急なリリーフで軌道エレベーターに乗り込むこととなった派遣アテンダント「犬井麦穂(いぬいむぎほ)」。初配乗ながらも優秀な働きを見せる彼女ですが、なにやら秘めた事情を抱えている模様。一番ミステリ色の濃い話かもしれません。

■ あなたに捧げる、この腕を
機械の腕を使ったアーマート(ArmArt)の先駆者「鹿沼里径(かぬまさとみ)」。あるクライアント男性と良い雰囲気になりかけるなかで、芸術家としての彼女が見せる我侭とは。第一話ヒロインの京野歩も、成長した姿を見せてくれます。

■ The Lifestyles of Of Human-Beings At Spaces
軌道エレベーターを営む巨大企業CANTEC。CEO「マダム・ハービンジャー」直々に声を掛けられた「歌島美旗(うたじまみき)」が、相棒の「ギルバート・マッキンデール」とともに、宇宙空間での食料事情改善に奔走します。明言されていませんが、名前の通りある人物の娘と息子のようです。

■ 宇宙で一番丈夫な糸 -The Ladies who have amazing skills at 2030.
CANTEC社CEO「アリッサ・ハービンジャー」若かりし日のお話し。究極の繊維材料に関する技術を出し渋る青年「バンブラスキ・エイブラハム・チーズヘッド」との直接交渉に挑んだ彼女が見せる粘り腰の交渉術。文庫書き下ろし作品だそうです。

どれも爽やかな後味を残す快作ばかりです。地に足ついた感じの雰囲気がよいですね。SF的設定の妙と物語としての面白さが絶妙にブレンドされていて、とても私好みな作品集でした。

評価:★★★★★

2011年2月8日火曜日

連続殺人鬼 カエル男(中山七里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

クラシック音楽を題材とした筆者の既刊2作とは、大きく雰囲気を異にしています。結構エグイ描写が多くて、本来あまり好きなタイプの作品ではないのですけれど、好悪を超えて素直に感嘆させられました。傑作です。



このミス大賞シリーズでは何度も帯の宣伝に騙されてきましたが、今回は珍しく煽り文句が真っ当でした。作品の雰囲気としては「ストロベリーナイト」なんかが近いでしょうか。

吊るされたり潰されたり解剖されたり。特に「潰す」がきつかった・・・。そのうえ性的描写も多少ありますので、「さよならドビュッシー」の作風を期待する方には注意が必要です。

もともと「第8回このミステリーがすごい大賞」に応募された2作品のうちのひとつです(公式ブログの記事参照)。受賞作のドビュッシーと並んで評価が高かったそうなので出版を楽しみにしていましたが、まさかこれほどぶっ飛んだ作品だとは思っていませんでした。

ドビュッシーも大好きな作品ですが、話のインパクトとしてはこちらのほうがかなり強い感じがします。ただ、ある名作ミステリのオマージュ的な仕掛けがあるため、その点も大賞として積極的に押しにくい理由だったのかもしれません。

猟奇殺人のなかでも、とりわけ犯罪履歴のある精神異常者についての問題が大きなテーマとなっています。精神鑑定の結果、裁きを受けずに治療、そして社会復帰する事例。刑法39条に関わる問題を真っ向から取り上げています。

とはいえ、本書をいわゆる社会派ミステリと分類するのは適切ではないでしょう。筆者の思想や説教臭い言説はほとんどありません。むしろ、ミステリのタネとして巧妙に消化されているのが個人的に本書のもっとも評価したい部分です。

単純に事件の謎を追いかけるだけでなく、世情不安からパンデミック的な事態に至る後半の展開は圧巻の一言です。犯人との対決シーンも実に臨場感に溢れていて、400ページあるにもかかわらず一気に読まされてしまいました。

そして最後の意外な真相というか落とし方というか・・・。猟奇的な作品が苦手な私ですが、純粋にミステリとして素晴らしい出来映えのため、脱帽せざるを得ません。選外作品のためか600円とお得な価格ですし、是非手にとってみていただきたい一冊です。

評価:★★★★★

関連レビュー:
おやすみラフマニノフ(中山七里)

2011年2月7日月曜日

ビッグ4(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

クリスティのなかでもあまり良い評判を聞かない本作品。中国人を首領とした、世界をまたにかける悪の大組織との対決なんだそうです。終止苦笑を禁じえない展開ですが、バカミス的なものだと思えば結構楽しめるかもしれません。



Amazonの感想でもチラッと見かけましたが、これが「トミーとタペンス」シリーズであれば、かなりはまるネタではなかったかと思います。あちらはそもそもコミカルさが持ち味ですからね。

もっともドジッこなヘイスティングズはもちろん、自意識過剰でどこかキュートな「ポアロ」おじさんにしたところで、コメディチックな役どころ自体はそれほど似合わないわけでもないような気がします。

本書の評価が低いのは、作品の雰囲気もさることながら、ミステリとしての質そのものにもあるのではないかと思います。筋立てとしては連作短編形式っぽく色々な事件が起きますが、そのそれぞれの事件に切れ味が感じられないのです。

あとがきでこの作品の背景を知ってなるほどという気がしました。詳細は割愛しますが、時期的に不安定なところを無理に出版したものだったようです。売上自体はなかなかだったようですが、当時ネットがあればボロクソだったことでしょう。

作品としての質は上記の通りなのですが、そのわりには割りとすらすら読み進められますので、地雷覚悟で臨むのであれば、さほどのダメージは受けずにすむのではないかと思われます。

作者に対しては失礼な言い草で申し訳ないですけれど、クリスティのワースト候補として歴史的な価値のある作品だとは思います。とはいえ、酷評するために読むというのも趣味の悪いことですし、まずは1章くらい立ち読みしてみるのがよいかもしれません。

このバカバカしさに波長のあう人であれば、結構面白く感じられる気がしないでもないのですが・・・気のせいかもしれません(^^;

評価:★☆☆☆☆

2011年2月5日土曜日

「病院」がトヨタを超える日 医療は日本を救う輸出産業になる!(北原茂実) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

単に理念的なことを掲げるだけでなく、お金のことを真剣に考えた医療改革を目指し、実際に行動に移している筆者は凄いの一言です。アメリカ、タイ、インドなど外国の医療事情も紹介されていて、なかなか考えさせられました。



以前読んだ「街場のメディア論」でも、医療問題について少し触れられていたのですが、いまひとつ私が受け付けなかったのは、立ち居地がどこまでいっても「反市場」にあったためです。

その点、本書では儲けを出すことの重要性を熟知しているところに共感を覚えました。きれいごとを言っても利潤が出なければ長続きしないですから。ゴーイングコンサーン(継続企業の前提)というやつです。

医療崩壊が現実味を帯びてきたなかで、筆者が主張しているのは2点。医療コストの削減と外貨獲得です。

医者不足などが顕著となってきていますが、その元凶を筆者は国民皆保険制度と診療報酬の定額制に求めています。安すぎるために無駄な患者が増え、一方で医師は儲かる治療だけに専念する。

この両制度、過去には機能していたものと一定の評価はされているものの、一方で既に現実にはそぐわないものになっていると筆者は断じています。

患者自身によるボランティア制については、医療コスト引き下げはもちろんのこと、より医者と患者の距離を近づける医療の「質」の面での貢献のほうが、むしろ大きいのかもしれません。

壊滅的に見える日本の医療ですが、医療の崩壊という現象自体は、何も日本だけで見られる特別なものというわけでもないようです。

特に貧困層に焦点を当てた場合、もとより国民皆保険制度の無いアメリカはもちろん、成功事例にみえるタイやインドにしても、恩恵を受けているのは外国人や富裕者層にかぎられているのだとか。

日本の医療水準自体は高いものなので、それを外貨獲得の手段とみるのは当然考えられるべきことです。筆者のすごいところは、それを貧困層も含めた全社会的な観点から実現しようとしているところです。

規制が多く、公機関の動きも遅い国内に対して、筆者はカンボジアでモデルケースを作り、それを逆輸入しようとしているのだとか。

文章で読むだけだと理想論的に過ぎる感もなくはないのですが、それを実際に行動に移しているのですから、もう外からとやかく言いようがないですね。

なんというか、日本の医療の実情を知るうえでも有益な書ではありますが、それ以上に筆者の理想を掲げる想像力と、実際に形にする行動力には敬服せざるを得ません。私も見習いたいです。

評価:★★★★☆

2011年2月4日金曜日

ローマ人の物語〈35〉最後の努力〈上〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

国防体制を完全に立て直すディオクレティアヌス帝ですが、一方でローマ的なものがどんどん失われていきます。官僚の肥大化、税収不足、統制経済。現代にも通じる諸問題には考えさせられることばかりです。



ディオクレティアヌス帝は、筆者によると最初に意図してキリスト教を弾圧した皇帝だとか。それまでにもネロ帝による弾圧などはありましたが、確固たる施策として継続的に行われるのはこれが初めてとのこと。

もっとも筆者の視点からは、キリスト教徒に対するスタンスは一貫して冷ややかなんですけどね。出てくる事例を見れば、あれもしたくないこれもしたくないばかり。後世で喧伝されるような不当な仕打ちとばかりもいえないようです。

外敵の襲来により軍人皇帝が次々と入れ替わる末期的な状況。それを立て直したディオクレティアヌス帝の有能さは疑うべくもありません。しかし、一方で開明的、先進的な「ローマ」気質を完全に変質させたのも彼の手によるもの。

軍事費の増大や官僚組織の肥大化、税収不足による経済統制などはまだしも、職業の世襲制はかなりきつい感じですね。しかし、筆者の論調にディオクレティアヌスを責める雰囲気はありません。

結局のところ、引き金となったのはカラカラ帝による「アントニヌス勅令」ガリエヌス帝による元老院と軍隊の分離。ディオクレティアヌス在位の状況下においては、やむをえない施策ばかりだったのでしょう。

ディオクレティアヌスは、歴代皇帝で初めて生きたままに帝位を譲った人物なのだそうです。この辺りの引き際の見事さも、彼の公人としての性格を強くあらわしています。ただし、禅譲が穏やかだったかというとそうでもないようで・・・。

誰一人として予想していなかったことが起こったのであった。(P213)

思わせぶりな次巻への引きは、いったい何を意味するのでしょうか。

評価:★★★★☆