2010年12月24日金曜日

ローマ人の物語〈32〉迷走する帝国〈上〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

筆者がこれまで散々強調してきた「ローマ的なもの」の源泉を、カラカラ帝がぶち壊してしまいます。しかし、それがあくまで善意から行われたものであるのが政治の難しいところ。本書の内容自体は地味ですが、まさにここにシリーズの集大成が結実したという印象です。



カラカラ帝は、弟殺しやらアレクサンドリアの住民大虐殺やら、悪行ばかりが目立つ皇帝ではありますが、過去にも同じくらい、あるいはそれ以上に評判の悪い皇帝は存在しました。しかし筆者が着目するのは、そのような見えやすい悪行ではなく、他の史家もあまり着目してこなかった「アントニヌス勅令」です。

アントニヌス勅令とは、属州民のすべてにローマ市民権を与えるという内容の法律です。現代視点からすれば実に開明的だと褒められても良さそうなこの法を、筆者はローマ衰退の決定的要因と断じます。

属州民とは、もともとのローマ直轄地ではなく、あとから広げられた版図に住む住民達のこと。租税や選挙権などの待遇でローマ市民との間に格差を設けられています。もっとも、権利を得るものは等しく義務を全うすべきとする質実剛健なローマ人のこと。一方的に不利な待遇だったというわけでもないようです。

学生時代に習った江戸時代の身分制度をちょっと思い出しました。士農工商や、その下に設けられたエタ・ヒニンなど。もっとも、ローマの身分制度は階級間の出入りが能力次第でいくらでも可能だった点が、江戸時代の身分制度とは決定的に異なりました。

この頃の皇帝が軒並み属州出身であったことからも明らかなように、このようなローマの同化政策は社会的にとてもうまく機能していたようです。アントニヌス勅令によりローマ市民と属州民の格差をなくした結果、うまく回っていた社会制度の流動性が失われてしまったわけですね。

本巻を読むにつけ、一億総中流といわれる現代日本の先行きが危惧されてなりません。ゆとり教育などに顕著なように、行き過ぎた平等の弊害というのは真摯に直視すべきことだと思いますが、倫理面における風潮はとかく感情論的になりがちなので、克服するのもなかなか難しいこととなってしまうのでしょう。

軍事面では優れた素質を見せつつも、何かと問題の多かったカラカラ帝は、結局戦時中に味方の支持を失い謀殺。二代を経て襲位した「アレクサンデル・セヴェルス」により多少の落ち着きを見せますが、平時の名君も変質した外敵に翻弄されるなかで、やはり味方の刀により謀殺されることになります。以降、軍人皇帝による内乱の時代が始まります。

評価:★★★★★

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