2011年10月31日月曜日

正捕手の篠原さん(千羽カモメ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク


スポーツものということもあって結構人を選ぶかもしれませんが、私にはとても面白かったです。ショートショート形式の連作コメディが、そのネタも含めて受け入れられるかどうかというところで、評価が分かれるのではないかと思います。




男装した女の子がエースピッチャーの高校野球小説です。そこそこ強い学校という設定ですが、スポコン要素は薄いというより皆無なので、その辺りを期待するとがっかりするかもしれません。ラブ30%、コメ60%、野球薀蓄10%という感じでしょうか。

なんといっても本書最大の特徴は、ショートショート形式で話が進んでいくことです。見開き2ページ完結の話をテンポ良くつむぎ上げていく手腕はなかなかお見事。ただし、最後の数十ページはショートショートの形を取らず、連作短編のラストとしてよい感じに落ちをつけてくれています。

ただ、ショートショートというのは分量的にどうしてもネタが薄くなりがちなので、そこのところはかなり好みが分かれるかもしれません。何だか落ちてないような微妙な話もあったりするのですが、そういうところも含めた筆者のセンスが、私にはかなりフィットしました。

登場人物はテンプレといえばテンプレなのですが、どことなく突き抜けないブレーキのかかった性格付けが好印象です。特に私のお気に入りは、主人公の幼馴染「深見月夜(ふかみつくよ)」。悪戯好きのお嬢様キャラなのですが、たまに凄く弱キャラになるのがなんとも良い味を出しています。

あえて弱点を挙げるとすれば、男子野球部を舞台としているため、女性キャラを増やしにくそうなところでしょうか。スタメン9人のうち4人は名前しか出てこない可哀想な扱いです。でも、逆に無理して話を大きくしないところが、コンパクトにまとまった小気味良い後味を生んでるようにも思えます。

やはり前提として野球の知識がそこそこあったほうが楽しめると思います。その点はハードルが高いともいえますが、4コマ漫画的なゆるふわコメディが好きな方には、きっと楽しんでいただけるのではないかと思います。

評価:★★★★☆

2011年10月20日木曜日

要介護探偵の事件簿(中山七里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

コミカル基調なのに油断してるとズシンとくる、筆者の本領が遺憾なく発揮されたミステリ短編集です。さよならドビュッシーのスピンアウト作品ですが、非常に読みやすいので中山七里さん最初の一冊としてもお勧めです。




まさに表紙絵の通り、車椅子の元気爺さん「香月玄太郎(こうづきげんたろう)」と、彼に翻弄されながらも要所では強いところを見せるベテラン介護士「綴喜みち子(つづきみちこ)」がメインキャラクターとなります。

「さよならドビュッシー」、「おやすみラフマニノフ」と続く「岬洋介」シリーズのスピンオフ作品ではありますが、前作のネタバレなどは慎重に回避されていますし、むしろ本書だけを読んだほうが純粋に楽しめる部分もあるかもしれません。

介護をテーマの一つとしつつも、玄太郎のキャラクターのせいか全然湿っぽさは感じさせません。5編のミステリもそれぞれに趣向が凝らされていて、痛快な読後感を与えてくれる作品集となっています。

当然「さよならドビュッシー」のキャラクターたちも登場するのですが、基本的には重要な役割を見せることは無いので、その点既読者には物足りなく感じられるところもあるかもしれません。ただ、岬洋介にはちょこっと活躍の場もあるので、彼のファンならぜひ抑えておくべきでしょう。

介護士のみち子さんは傍観者役といいいますか、それほど重要な役割を果たしているわけではありませんが、前作で何だか怖い印象のあった彼女の裏側が見られらのは良かったです。

以下、さよならドビュッシーと本作両方のネタバレがちょっぴり入るので、既読者のみ反転でお願いします。

本書だけ読むか、2作品を合わせて読むかでこれほど印象の変わる作品も珍しいでしょうね。特に本作ラスト、玄太郎爺さんのエンディングは結構胸にずっしり来てしまいました。

ルシアも登場していますが、さすがに顔見世程度の役割になっています。彼女は結構好きなキャラなので、今後もうまいこと登場させてほしいのですが、あの前作のの後とあってはやはり色々難しいのでしょうか。本書程度の顔見世逆に物足りなさが増幅された感も・・・

ネタバレ終わり。

とにかく、この作者さんの文章は私的にとてもフィーリングのあう部分が多いです。登場人物の価値観にしろ文体にしろ、なんとなく抑制が効いているというか、色々な意味でバランス感覚が優れているように感じられます。

前作との関係を抜きにしても純粋に一話ごとの質が高いので、ドビュッシー既読者もそうでない方も安心して手に取っていただきたい作品です。

評価:★★★★☆

関連書籍:



2011年10月9日日曜日

シューメーカーの足音(本城雅人) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

イギリス流のビスポーク(注文靴)を題材にしながらも、粋というよりはちょっぴりドロドロした雰囲気のミステリ長編です。それでも革靴好きの方ならにやりとする場面が多いかと思います。はっきりしない話の輪郭が徐々に鮮明になっていく構成に加え、収束もなかなかお見事でした。


日本人ながらイギリスの本場に看板を構えるスター職人「斎藤良一」と、日本で安価に良い靴を作り続ける若手職人「榎本智也」。この二人の視点がどのように交差していくのか。はっきりした事件が起こるというよりは何がミステリなのかがミステリという感じの、なかなか私好みな展開でした。

最近は円高ということもあって、私もイギリスの既成靴を注文することが結構あります。それだけに本書のテーマに興味を惹かれて手に取ったのですが、文章がわかりやすい上に専門的な説明も非常に丁寧なので、革靴に関心の無い方でも問題なく楽しめるかと思います。

ただ、舞台の半分がイギリスで靴の薀蓄も盛りだくさんなのにも関わらず、話の雰囲気自体はなぜかコテコテの日本風という感じです。メインのストーリー自体が良くできていたので、私はさほど気にはなりませんでしたが、本書に何を求めるかで多少評価も変わってくるかもしれません。

本書の最大の魅力は、なんといっても斎藤のナルシストっぷりでしょう。まさに酸いも甘いも噛み分けるダークヒーローといった趣き。それと対比される形での、草食系な智也君の造詣も良かったと思いますが、人間としての魅力では完敗ですね。

サブキャラでは、なんといっても男装の見習い職人「永井美樹」ちゃんが、テンプレ気味と承知の上でやはり素晴らしいです。ただ、(ネタバレなので既読の方のみ反転でお願いします)彼女の彼氏の正体についてはあと一工夫ほしかった気がしないでもありません。ミスディレクションという意図はわかるものの、あれだけ思わせぶりなキャラですから、せめてもう少し意外性のある演出がほしかった気がします(ネタバレ終わり)。

多少ご都合主義な点も見られはしましたが、徐々に詳細が明らかになっていく構成から思わぬ形での収束、そして味のあるエピローグと、全体的になかなか質の高いエンターテインメント小説に仕上がっていると思います。

靴好きな方よりは、全く関心の無い方のほうがむしろ楽しめる一冊かもしれません。

評価:★★★☆☆




2011年10月5日水曜日

ブラウン神父の童心(G・K・チェスタトン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

神父といっても堅苦しい雰囲気は全然ありません。冴えない小男のどこか伝法な語り口が作品全体をシニカルな雰囲気にしています。人間の機微を細かに描く一方で世界に名を轟かす名探偵や大怪盗も登場するという、なかなかサービス精神旺盛な一冊です。




ブラウン神父といえば、紹介文によればシャーロック・ホームズとも並び称されるとのことで、ミステリファンの間では比較的よく知られたメジャーな名探偵かと思います。私も高校時代に学校の図書館で読んだ記憶がありますが、全く内容が残っていなかったので今回の再読です。

朴訥な神父が穏やかに事件を切り捨てる話だったかな、などと思っていたら全然違いました。これは訳者のお手柄だと思うのですが、神父の言い回しがなんとも蓮っ葉というかやさぐれ僧侶という感じで、それが作品全体を通した皮相的なムードにぴったりはまっています。

チェスタトンといえばトリック創案に定評のある作家だそうですが、個人的にはその部分はそれほどでもないかなと感じました。割とありふれたというか、無理のある仕掛けを強引な論理でこじつけている印象が強いです。

もっとも、それはあらゆる名探偵ものにいえることなので、その点に特に不満はありません。むしろそうした無理気味なロジックを演出する意外性のある展開が素晴らしかったです。特に一話目と二話目。そう持ってくるの?と唖然とさせられる、涼宮ハルヒも真っ青な驚愕の転がしっぷりです。

ただ、最初のインパクトが強すぎたせいか、中盤以降はちょっとだれ気味な感じが無きにしも非ずです。各話とも導入部分が少し堅めというか、物語に入り込みにくい感じなので、読み進めるのにはちょっぴり苦労しました。翻訳ミステリになれていない方だと特にしんどく感じるかもしれません。

とはいえ、それぞれの作品の質自体はかなり高いです。12話を一気に読破するよりは毎日少しずつ読み進めるほうが、中だるみも無くじっくり作品世界を堪能できるのではないかと思います。たった30ページに詰め込まれた絶妙の手管をじっくり鑑賞してください。

評価:★★★☆☆


2011年9月14日水曜日

夜の光(坂木 司) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

高校生の少年少女4名を主役とした青春ミステリです。読み始めはちょっときついなと思いましたが、彼らの素性が明らかになるにつれ、徐々に感情移入させられていきます。世間や周囲と慎重に距離を取る彼らの青臭くさが、なんとも好ましい一冊です。





裏書にある「スパイ」とか「ミッション」とかいう言葉はあまり気にしないほうが良いと思います。自分の本音を隠すための擬態をそのように称しているのですね。

筆者らしい設定とは思いつつも、最初は何とも気取っているように感じられて、ちょっぴり抵抗を感じました。しかし、これが読み進めていくうちに徐々に心地良いものに変わっていくのだから不思議です。

なんといっても、4人の少年少女たちのキャラクターが素敵です。人当たりが良かったりチャラかったりする彼らの裏に隠れた事情が、一人につき一話ずつ順に明かされていきます。

その事情というか真相というかは、小説的に見れば必ずしもインパクトのあるものではありませんが、むしろその普通さが彼らの仲間内で見せる素っ気なさと相まって、作品全体を非常に良い雰囲気に仕立てあげています。

一応ミステリ要素もしっかり入っていますが、ストーリーを引き立てるための材料程度の扱いなので、そちら方面はあまり期待しすぎないほうが良いかもしれません。

終わり方もちょっとしんみりしつつ未来を見据えた感じで、とても良かったと思います。あまり派手でない、素っ気ない空気の作品が好きな方にはお勧めです。ミステリというよりは青春小説の佳作だと思います。

評価:★★★☆☆


2011年8月9日火曜日

人面屋敷の惨劇(石持浅海) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

筆者お得意の特殊な状況設定には感心したものの、惨劇というタイトルは大げさだなぁと思いながら読んでいたら、後半ちょっとやられました。ミステリとしての驚きはさほどでもありませんが、小気味良くまとまった手堅い一冊だと思います。



石持作品は、作者名を伏せられても余裕で特定できそうな独特の間合いというかスタイルがありますね。本書もクールでさりげない描写の中にこれでもかと伏線がねじ込まれていて、いかにも石持節といった感じです。

10年前に起きた幼児誘拐事件の被害者会メンバー6人が、ある情報をもとに「人面屋敷」の主人「土佐」を糾弾しようと乗り込みます。そして緊迫の状態が続く中、ある人物の登場によって作品の景色はガラッと反転します。

もともとユニークな設定だと思いながら読み進めていましたが、序盤からいきなりこれ?な驚愕展開にはびっくりするやら鳥肌が立つやら。読者を翻弄する筆者の演出にただ追従あるのみです。

見返しの筆者コメントから、本書はいわゆる「館もの」を趣向したものかと思っていましたが、それにしてはこざっぱりした舞台設定です。せいぜい「一軒家もの」といったところでしょうか。

ただ、そのコメントをよく読み返してみれば、「石持館」といいつつも「館もの」とは明言されていないようにも読み取れますね。もしかしてこれもミスディレクションだったのかもしれません。

後半はちょっぴりホラーっぽい展開も見せます。なにしろいつものごとく理詰めにきっちり話が展開していただけに、すっかり油断してしまいました。あのシーンは真夜中に読んだらちょっとやばかったかもしれません。

舞台設定や作品の雰囲気には大いに満足したものの、ミステリとしてみれば若干物足りない面もあったかもしれません。以下、ネタバレも含むので反転でお願いします。


最初の土佐殺しが全然謎でもなんでもないことを考えると、真の事件発生は随分遅かったといえますね。「亜衣」の登場は確かに鮮烈でしたが、藤田殺しが起きるまでですでに2/3を費やしていたため、謎解きという意味ではちょっと物足りなく感じました。

「秀一」については一人だけ最後のほうまで詳細が明かされていなかったので、何かあるのかなとは思っていましたが、散々引っ張った割にはそれほど驚くべき正体でもなかったように思います。

それに、せっかくいわくありげなお屋敷を舞台にしているのに、隠し扉やらなんやらの建物そのものに関わる謎が何もなかったのも少し残念でした。6つあった部屋のうち4つが結局閉ざされたままだったというのも、ちょっと空間的なスケールを小さくしているような気が。


以上のようにちょっと物足りないかなという点もなくはありませんでしたが、物語の最初から最後まできっちり計算されたつくりになっているためか、読後の不満感はそれほどありません。何よりあの絵のシーンはかなりショッキングですし、エンディングのまとめ方も良い感じだったのではと思います。

ミステリ的なインパクトはやや弱く感じられたものの、アクセントの効いた状況転換を繰り返しながら手堅くまとめあげるストーリー構成はさすがの一言です。石持ファンであれば文句なしにお勧めできる作品といえるでしょう。

評価:★★★☆☆

2011年8月7日日曜日

東京湾岸奪還プロジェクト ブレイクスルー・トライアル2(伊園 旬) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

あらすじが面白そうだったので読んでみましたが、前作同様あまり私には合わない感じでした。しかし、本作単体なら突込みどころは多いものの、シリーズとしてはなかなか楽しみな展開も見せつつあります。



タイトルからして「あぶない刑事」や「踊る大捜査線」のような派手めの展開をちょっぴり期待していたのですが、その点については案の定肩透かしでした。とはいえ、誘拐された少女達のために攻略困難なミッションに挑むというシチュエーション自体は悪くなかったと思います。

構成も工夫されていて、侵入ミッションと救出ミッションの間に「子供たち」という捕らえられた側視点の章をはさんでいるのは、なかなかアクセントが効いてよかったです。誘拐された二人の少女のキャラクターもグッド。準レギュラー化しそうなので楽しみなところです。

このように長所といえる点もなくはないのですが、全般的に見るとやはり残念な印象のほうが強く残ってしまいました。以下、個人的に不満に思えた点を3つ挙げてみます。

1.主人公たちのSUGEEEE感が薄い

侵入シーンにおけるディテールの描写は本シリーズにおける長所の一つだと思うのですが、説明が丁寧な分だけ不可能っぽさも減じてしまっているような気がします。そのため、高度な技術を持つ主人公たちがあまり格好良く見えません。本作ではストーリー上も主人交たちは翻弄されっぱなしなので、カタルシスを感じられる部分が皆無でした。

2.文体がいまいちクールじゃない

これはあくまで個人的な受け取り方の問題かと思うのですが、説明的な文章が多い割りにそのシーンの情景が思い浮かびにくいように感じられました。本作でデビュー3作目ということだそうなので、こなれていないというよりは、これが筆者の個性ということになるのでしょうか。あくまで好みの問題ですが、もう少し行間で読ませるような文章のほうが個人的には嬉しいです。

3.「お約束」破りとご都合主義な展開

以下ネタバレも含むので、既読の方のみ反転でお願いします。


今回新たに仲間となる「瀬戸」や、「茅乃」の友人「沙璃亜」の登場があまりにも唐突に感じられました。沙璃亜は茅乃のとばっちりで一緒に誘拐されましたが、いくらなんでも巻き込まれた裏には別の理由があるのだろうとずっと疑いながら読んでいました。で、結果はそのままスルー。

これでは、あまりに主人公たちの負債が大きすぎるように思います。一方的に巻き込まれただけの沙璃亜の家族たちが、丹羽を全く責めようとしないのも不可解です。最後まで読んでみて、瀬戸を新キャラとして出したかったためにこういう形を取ったのだなとはわかりましたが、それであればなおのこと「雨降って地固まる」的なドラマを組み込んで欲しかったです。

茅乃が海中コンドミニアムについてたまたま知っていたこと、ゲーム機が全く気付かれなかったこと、コンドミニアムの納品先が「縁(ゆかり)」の会社だったことなど、ご都合主義な展開もかなり多いです。特に最後の点については、単に縁に出番を与えたかっただけなのではないかと勘ぐってしまいます。


ラストについてももやもやの残る収束となってしまいました。正直、最後の門脇たちのアクションシーンは、茅野が注意深いことを考えれば蛇足というか独り相撲な感が強いですし、あの女の意図についても全く見えないため、非常にすっきりしない読後感となってしまいました。

このように、本作だけでみれば厳しい評価とせざるを得ない内容だったと思いますが・・・続刊がでたら再チャレンジしちゃいそうな気もしています。というのも、新キャラの瀬戸や<<彼>>が実にいい味を出していたためです。

門脇との対比で行くと、パートナーは丹羽より瀬戸のほうがより映えるような気がします。また、<<彼>>に目をつけられたおかげで、今後の舞台がよりスケールアップしそうな点にも期待です。続刊の展開次第では、本書の評価もまた違ったものになってくるかもしれません。

評価:★☆☆☆☆

関連レビュー:
『ブレイクスルー・トライアル』(伊園 旬)

2011年8月4日木曜日

ジェノサイド(高野和明) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

多少引っかかる点はあったものの、総じてハイレベルなエンターテインメント小説だったと思います。600ページ近い大作ですが、コンゴの戦場・ホワイトハウス・日本の大学院生周辺と3つの場面が次々入れ替わるスピーディーな展開で、意外に読みやすかったです。



ジャンルとしてはSFという分類でよいでしょうか。人類の進化、未知の新薬、情報セキュリティといったところが主なテーマですが、ほかにも様々な政治的、社会的トピックが目一杯盛り込まれています。これだけの内容を破綻させずにまとめ上げる筆力はお見事というほかありません。

私の職業柄ということもあって、RSA暗号方式の潜在的な危険性に関するテーマは特に興味深かったです。良く調べられているなぁと思ったら、謝辞において高木浩光氏の名前が。IT系では有名な氏の名前がいきなり出てきて、思わずにやっとしてしまいました。

中盤までの展開があまりにスリリングだったため、期待値のハードルをあげすぎたところはあるかもしれません。クライマックスから収束にかけてはまあこんなもんかなという印象ですが、話も破綻せずそれなりに納得感のある収束となっていて、読後の満足度はかなり高かったです。

韓国賛美、日本叩きとも取れる描写が結構目立つので、人によってはちょっと不快に感じられることもあるかもしれません。私も韓国人の知人がいるので極端な嫌韓ムードには眉をひそめてしまうほうなのですが、それにしても若干筆者の主観が入りすぎではないかという印象はあります。

話の筋に直接関係ないところだと思うので、もう少し控えめにしてもらったほうがバランスが良かったのではないかなという気が個人的にはします。もしかして何かの伏線なのかなと変に深読みしてしまい、肩透かし状態となってしまいました。

本書で一番疑問に感じたのは、主人公グループがクライマックスにおいて取った戦略です。もう少しうまいことやれなかったのかと。ネタバレも入るので以下は反転でお願いします。


ちょっとミステリ的なお約束に囚われすぎかもしれませんが、日本側の援軍はてっきり既出の人物なのかと思い込んでいました。一応伏線らしいものがいくつか仕込まれていたとはいえ、エマの存在についてはもう少しはっきりちらつかせて欲しかったかなという気も。

それ以上に引っかかったのは、エマの指示によるという脱アフリカの戦略。あまりにもリスクを取り過ぎじゃないでしょうか。アキリをどれだけ危険にされしているのかと。傭兵のうち二人が死んでしまったのは明らかに計算ではなさそうなので、もしマイヤーズまで死んでいたら脱出計画はどうなっていたのでしょう。

なによりマイアミでの飛空戦は秒単位の正確なオペレーションが求められていて、明らかに安全率低すぎでしょう。まあ、アキリが死んだと思わせるための何らかの手段は必要だったのでしょうが、複雑系をも計算対象とする超人類の立てる戦略ならば、もう少し良い方法がとれたのではないかなという気がします。


若干の引っかかりのため存分にのめり込めたとはいえませんが、それでも全体としては非常に楽しめる内容だったと思います。あれだけの薀蓄が詰め込まれたにもかかわらず、小説としてのエンターテインメント性が全く損なわれていないのが本書の素晴らしいところです。

特に戦場シーンの描写などは、日本人作家によるものとは思えない迫力と凄惨さがありました。ハードSFが好きな方には文句なく楽しめる内容だと思いますが、そもそも話の筋が面白い上、文体や構成も非常に読みやすいため、比較的万人にお勧めしやすい作品かと思います。

評価:★★★☆☆

2011年7月20日水曜日

エッジウェア卿の死(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

取り立てて大胆な仕掛けはありませんが、序盤から丹念に仕込まれた伏線が徐々につまびらかになっていく、何とも正攻法な構成の佳作です。エッジウェア卿夫人のいかにも大女優らしい壊れっぷり(超偏見)も素敵でした。



ヘイスティングズの登場するポアロものは、ドタバタ感が強くて高く評価しにくい作品が多い印象だったのですが、本書についてはすんなり楽しめたように思います。ヘイスティングズ自身のキャラクターについては嫌いではないので、彼が道化にならない作品が私的に好ましく感じられるようです。

福島正実さんの翻訳とも相性が良かったのかもしれません。ポアロの自信過剰なところが可愛く思えましたし、ヘイスティングズについてもただの間抜けでなくいかにも誠実な人柄だと感じられました。間抜け役はヘイスティングズの代わりにジャップ警部がしっかり果たしてくれてますし(笑)

冒頭から述べられている通り、本作品においてポアロはちょっとした失敗をします。その構図自体は前に読んだ「邪悪の家」と同様なのですけれど、前作では本当にポアロがへぼ探偵にしか見えなかったのに対し、本作ではそれなりにきっちり格好を付けてくれます。

本作には魅力的な女性がたくさん登場しますが、やはりヒロイン格となるのはエッジウェア卿未亡人にして女優の「ジェーン・ウィルキンスン」といって良いでしょうね。教養があるのかないのか、見たまま天然なのか実は計算高いのか、いかにも懐をのぞかせない胡散臭さが、実は事件の謎に大きく関わってきます。

以下ネタバレが入るので反転でお願いします。

ポアロシリーズについてはかなり勧善懲悪というか、良い人が報われ悪い人が裁かれるという印象があったので「カーロッタ・アダムズ」が殺されたのにはびっくりしました。それまでは彼女が真のヒロインなのかなと思いながら読んでいたので。

先ほどヘイスティングズがあまり間抜けでなかったと書きましたが、実際には「ロナルド・マシュー」殺害の引き金を引く痛恨の失敗をしていますね。ただ、今回は彼自身の過失とは思えない状況だったので、ヘイスティングズファンの私としてもこの扱いに不満はありません(笑)。

怪しい人物がころころ入れ替わる終盤のめまぐるしい展開は、いかにもクリスティらしくてよかったと思います。本作でとりわけ感心したのは伏線の仕込み方です。特にジェーンがカーロッタの人物模写を喜んでいた背景には思わず膝を打ちました。彼女の性格からして喜ぶのは妙だなと思っていたので。

多少の不満点もないでもありません。意味ありげだった執事が結局空気のままフェードアウトしたり、肝心のクライマックスでなぜか最重要人物のジェーンが立ち会っていなかったり。まぁ、ミスディレクションということはわかるのですが、ちょっと道具の無駄遣いかなという感じはしました。

以上、ネタバレ終わり。

というように多少の不満点はあったものの、総じて良くできたミステリだったように思います。それにやはり翻訳の雰囲気が大きかったでしょうか。私がヘイスティングズものに不満を持つのは、彼が無下に扱われることに我慢ならないからだと改めて気づかされてしまいました(笑)

評価:★★★☆☆

2011年7月17日日曜日

ファウンデーションの彼方へ(アイザック・アシモフ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

前3部作から約30年を隔てて発表された、ファンデーションシリーズ第4作です。前作までのちょっとトリッキーな構成とは趣きを異にする、正面突破の大作。私も本書は久しぶりに読みましたが、記憶に残っていたよりセンスオブワンダーしてましたね。






セルダンプランも折り返しの500年。すべてが順調にいっていることに逆に疑いを抱いたターミナスの若き議員「ゴラン・トレヴィズ」ですが、先鋭的な主張を市長から疎まれ、地球探しを口実にターミナスを追放される事態に陥ります。市長の内に秘めた狙い、第2ファウンデーションの思惑、そして第3勢力「ガイア」の正体とは?

ファンや編集者のプレッシャーに押された形での執筆だそうで、半ば伝説となっていた3部作の続編ということもあって、本人も相当書きづらかったようですが、それを本作のような形で昇華させたのは見事というほかありません。アシモフの数ある著作のなかでも指折りの傑作に仕上がっているかと思います。

本作品の特徴としてよく言われるのがアシモフの既存作品群における世界観の統合です。筆者の著作においては「銀河帝国」と並んであまりにも有名な「ロボット」シリーズの流れを組み込んだ他、「永遠の終わり」などの作品設定にも言及されています。

ただ、それらの作品を読んでいなくても、十分に本書だけで楽しめる内容となっています。従来の作品を読み込んでいるファンへのサービスを盛り込みつつ、新規の読者にも十分配慮するバランス感覚は流石の一言。ただ、単体でも読める内容とはいえ、3部作についてはやはり先に読んでおいた方が無難でしょう。

私が本書を読むのは20年ぶりくらいになるでしょうか。たまたまアシモフにハマっていた時期に、書店で3部作の続編がハードカバーで発売されているのを発見した驚きは今でもよく覚えています。高校生時代でお小遣いもあまり自由にならないなか、迷わず手に取りレジに持っていきました。

あとがきでも触れられていますが、当時の翻訳と比べて主人公の名前が「トレヴァイズ」から「トレヴィズ」に、「ゲイア」が「ガイア」にかわっています。人名はともかくとして、後者についてははラブロックの思想が下敷きになっているはずなので、日本語的にも「ガイア」のほうが通りが良いように思えますね。

ヒューゴー賞を受賞しているだけあって、本書は単独でも高いエンターテインメイント性を備えていますが、実は続編に向けてちょっぴり含みが残されています。第5作「ファウンデーションと地球」とあわせて「ゴラン・トレヴィズ」編と言っても良い内容で、続巻ではロボットものとの融合度合いがますます強くなっていきます。

文庫版では上下巻となる、計700ページに及ぶ大著。それなりに読むのに骨が折れる作品ではありますが、構成自体はむしろシンプルといってよいくらいのものです。3部作が技なら本書は力の1冊。まさに後々まで語り継がれるにふさわしい、SF史上に残る傑作と言ってよいでしょう。

評価:★★★★★

2011年7月4日月曜日

神様のカルテ(夏川草介) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

穏やかな雰囲気に心温まる、地方病院を舞台とした医療小説です。楽しく読めましたけれど、「奇跡」とか「涙」とかいった紹介文は、ちょっとハードルあげ過ぎではないかという気がします。



過酷な地方の医療現場を題材としながらも、特にスリリングな事件も起きず、淡々と話が進んでいきます。3話構成のそれぞれで一応の区切りはありますが、連作中編といった感じでしょうか。

主な舞台は病院とボロアパート。隣人たちも個性的で良い味を出していますが、そんな安っぽい住まいに可憐な奥さんと住み続けるのは、一般的には理解しがたいところです。まあ、写真家の奥さんも相当な変人ではありますが。

貧乏な絵描きや学士たちと同類的な感じで仲良くしている主人公。しかし医局からはみ出たとはいえ、立派な医師であるところの主人公は比較的勝ち組の部類に入るはずです。しかも美人妻。

そんな彼に対して嫉妬のかけらも見せない隣人たちの寛大さには心うたれます。アパートの住人たちだけでなく、病院の患者やナースも皆よい人ばかり。良い人に囲まれた良い主人公が良い仕事をするお話です。

帯には「奇跡が起きる」などと書かれていますが、特になにも起こっていないような気がします。裏書きには「日本中を温かい涙に包み込んだ」などとありますが、本書で涙まで流せるのは、相当感受性の強い素敵な人だと思います。

内容紹介のあおり文には首を傾げざるを得ないもののの、過度な先入観を持たずに読めば十分楽しめる作品です。漱石の草枕を模したという主人公の妙な口調も、慣れてくればそれほど気になりません。

あまりに登場人物が良い人ばかりで、ストーリー上「毒」という要素が皆無なので、いわゆる読書通な人には評価されにくい作品かと思いますが、変に力の入らない軽文好きの方々には文句無しにお勧めの一冊です。

評価:★★★☆☆

2011年7月1日金曜日

ジョーカー・ゲーム(柳 広司) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「魔王」結城中佐率いる天才スパイ集団の活躍を描いたミステリ短編集です。戦前のハードでシビアな世界を舞台とする割りに、クールで無駄のない筆致のためか、存外に読みやすい作品でした。極上の雰囲気小説ですね。



軍国主義的な重たい雰囲気を覚悟していたのですが、その予想を覆してくれたのがスパイたちに叩き込まれている徹底的な客観性です。天皇という存在の正統性を議論し、何があろうと死なない、死なせないことを重要視する合理的思考。

私も平均的な日本人としてそれなりに天皇陛下に敬意を持ち、ほどほどに日本への愛国心も持っていますが、何事につけても盲目になってしまってはインチキ宗教と変わりません。極力シビアであることが要求されるスパイの世界においては尚更です。

とはいえ、あまりに客観的、合理的精神が行き過ぎると、裏切りの心配も当然に出てきます。愛国心など犬の餌にもならないと考えられる彼らを引き止めるものとは何なのか。

自分ならこの程度のことは出来なければならない。(P31)

天才集団におけるこの強烈な自負心こそが、彼らをつなぎとめる根となっているのです。あらゆる人間的なものをそぎ落とすことが要求されるスパイという人種ならではの境地といえるでしょう。

元凄腕のスパイ結城中佐が指導する諜報員養成学校「D機関」。佐藤優さんの解説によれば、実際に戦前に存在した「陸軍中野学校」がモデルとなっているのだとか。

陸軍中野学校については、Wikipediaの説明を読む限りでもその凄まじさは想像に難くありませんが、本書に関してはそれほど凄惨な感じではありません。D機関という架空の団体として扱うことで、ミステリとしての読みやすさを実現しているということでしょうか。

とにかく本書については、スパイ小説である前に良質なミステリだというのが私の感想です。単純に諜報活動に焦点をあてれば、もっと色々えげつない演習が可能そうなところ、あえて筆致を抑えることで謎への焦点がより鮮明になっているように思えます。

本書を読んで懐かしい気持ちになったのは、なんとなく母の蔵書で読んだ胡桃沢耕司さんのスパイ小説を思い出したためです。あちらはエロ成分も結構入ってましたけど(笑)。もう手に入りにくいかもしれませんが、ご興味のある向きには探してみてはいかがでしょう。

評価:★★★☆☆

おすすめ作品:

2011年6月28日火曜日

ファウンデーション3部作(アイザック・アシモフ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「銀河帝国興亡史」というサブタイトルのイメージで読み進めると面食らうかもしれません。いかにもアシモフらしいミステリスピリッツに溢れた連作中・短編集です。とりわけ2巻収録の「ザ・ミュール」および3巻収録の「ファウンデーションによる探索」については唸らされること請け合いです。



天才「ハリ・セルダン」が「心理歴史学」を駆使した結果として導かれた銀河帝国滅亡の予言。滅亡自体は避けえぬものとしながらも、その後の混乱期を3万年から1,000年に短縮しようと「セルダン・プラン」が計画されます。そして、その種子となるべく銀河辺境に設立されるのが「ファウンデーション」です。

巨匠アシモフの手による「銀河帝国」ものなわけですが、いわゆる王道っぽいイメージからは随分外れた作品ではないかと思います。宇宙艦隊による戦闘シーンなどはあくまで二の次。主人公達が機知機略を駆使して難局を乗り越えていくのがシリーズを通した主眼となっています。

邦題サブタイトルからも予測できるかもしれませんが、本書はギボンの有名な歴史書「ローマ帝国衰亡史」から着想を得ているのだそうです。とりわけ1巻については、プランの歴史的転換点を拾い上げる形の連作5話構成になっていて、次々と年代が移り変わっていく軽快感が読者を飽きさせません。

間違いなくシリーズの中核をなしているのが「セルダン・プラン」という名の神の手的予定調和。私なりに各巻に副題をつけるとすれば、
  1. 偉大なるセルダン・プラン
  2. セルダン・プランの危機
  3. セルダン・プランの克服
といった感じになるでしょうか。そしてその危機を演出するのが、第2巻後半で登場する「ミュール」です。

セルダンの駆使した「心理歴史学」というのは、1巻のP28から引用すると、
一定の社会的・経済的刺激に対する人間集団の反応を扱う数学の一分野
であり、
扱われる人間集団が有効な統計処理を受けられるだけの十分な大きさを持っているという仮定が、その前提条件になっている
とのことです。未来予測というといかにも胡散臭げですが、結局それをある一定の大きさを持つ集団にしか適用できないとすることで、もっともらしさを出しているわけです。

そして、集団という没個性を扱っているだけでは予測不可能な「ミュール」という異能力者の登場により、プランは壊滅的な危機の縁に立たされてしまいます。

マクロな視点の危機を克服する平凡な一女性の機知。さらにはセルダン・プラン自体に備えられていた危機対処手段としての「第2ファウンデーション」の実体。

予定調和的な作品にありがちな退屈さを絶妙なタイミングで崩してくるところに本書のストーリー展開としての妙がありますが、かといって「セルダン・プラン」という権威に対するカタルシスが失われるわけでもありません。

この辺りのバランス感覚こそが、本シリーズが支持されている一番の理由ではないかと思います。アシモフは読者が何を喜ぶのかについての配慮がつくづく行き届いているようです。

今回ご紹介した3部作は1950年ごろに発表されたもので、私自身が最初に読んだのも今から20年ほど前の高校生時代です。今回改めて読み返してみて、科学技術的なところはともかくストーリーの面白さは全く色あせていないなと感じました。

正直なところ、若干技巧に走りすぎて物語の凄みという点で損をしているかなというところもなくはないのですが、約30年を隔てて発表された第4巻「ファウンデーションの彼方へ」ではその辺りも克服した全く異種の作品に仕上がっていますので、興味をもたれた方には是非ご一読いただきたいです。

評価:★★★★☆

2011年6月26日日曜日

0能者ミナト 2(葉山透) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

霊感皆無でも科学と論理で怪異に立ち向かう、ダークヒーロー「九条湊」のシリーズ第2弾です。超常と科学がまざった不思議現象の解明ロジックは相変わらずお見事でしたが、今回は構成もちょっと捻っていてハッとさせられます。



ミナトが沙耶とユウキを引き連れて事件に立ち向かうという構図は前回と変わらず。こういうお約束的なパターン化は、安心感があってよいですね。シリーズとして長続きしそうです。

ただ、今回はピンチっぽくなるのが強キャラのミナトなため、緊張感という点では若干落ちるかもしれません。正直に言うと、沙耶がミナトにネチネチいたぶられるシーンをもっとみたかった気が・・・沙耶分が足りない!

沙耶もユウキも普通に役立っている点が物足りなくはあったのですが、シリーズとしてみた場合、少年少女がミナトのパートナーとしてしっかり立ち居地を固める必要性はあったのかもしれません。

以下、少しネタバレが入るので既読の方のみ反転でお願いします。


前巻が2話構成で、今回も目次によると2話 + αだったので、当然中短編集かと思って読んでいたらまさかの長編構成。しかも1話のあの引き。すっかり油断していました。2巻目だからこその仕掛けという感じです。

1話のあの続き方は、いかにもホラーっぽい雰囲気が出ていて良かったですね。ただ、あのまま終わりでも味があったかもしれないなという気はしますが。ホラー小説ではああいうオチも結構ありますよね。

今回の蜃気楼の怪異は、前回の2話と比べると個人的にインパクトはそれほどでもなかったですが、不思議感の演出はなかなかだったと思います。あの悪意のない怪異は、超常現象と科学現象をミックスさせた、いかにも本シリーズらしい見せ方です。優しいエンディングも素敵でした。


次回は「夢」というタイトルの沙耶が活躍する話が入るらしいですが、雑誌掲載分でしょうか。やはり沙耶がいじられまくるのが個人的には一番楽しみなので、大いに期待しています(笑)

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
0能者ミナト(葉山透)

2011年6月16日木曜日

邪悪の家(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

なんとも評価の難しい作品ですが、ポアロ嫌いな人にはお勧めです。9割くらいまで読んだ時点でビッグ4並みの駄作だと思っていたら、最後の最後で実にクリスティらしい怒涛の展開が待っていました。



とにかくポアロが後手に回り続け翻弄されまくるので、アンチポアロの方には溜飲が下がるのではないでしょうか。名探偵の面影一片もなし。いつもながらのちょっと鼻につく自画自賛が、愛嬌でなくうっとうしく感じられてしまいます。

ヘイスティングズが登場すると、ポアロのそういう側面が際立つような気がしますね。ポアロ自身にとっては肝胆相照らす無二の親友だとしても、読者にとっては彼の負の側面を写す出来の悪い鏡のような存在という気が・・・

真犯人については私もなんとなく感づいていましたが、動機やその他の周辺事情が一気に押し寄せてくる最終盤の展開はお見事でした。途中のグダグダだった捜査過程を一気に吹き飛ばしてくれたと思います。

ただ、正直この話は「ポアロ最大の失敗」とサブタイトルをつけても良いくらい、ポアロにとって最初から最後まで冴えない事件でした。殺人事件にしたところで、結局ポアロに責任の帰するところがかなり大きかったように思いますし。

以下、ネタバレになるので既読の方のみ反転でお願いします。



ポアロが裏をかかれまくっている時点で、犯人はあの人意外ありえないなとは思っていました。ただ、動機については全然想像がつかなかったので、真相についてはかなりびっくりさせられました。

しかし、マギーの本名についてはフェアといって良いのでしょうかね。一応伏線らしきもののも仕込まれているとはいえ、人によっては頭にきてもおかしくないレベルと思います。私は「フェア」にあまりこだわらないので素直に楽しめましたが。

本書で感心したのは、クライマックスでの畳み掛け方。遺言状の件、窓ガラスの不審人物の件、そして事件の真相が次々と個別に明らかになっていく展開はお見事としか言いようがありません。

それぞれの状況が事件を複雑にしてしまう手口はクリスティ十八番のパターンといって良いと思いますが、本作でもそれが見事にはまったように思います。最後の腕時計の演出もお見事でした。



話の展開はいまいち、謎解きは秀逸という、実に評価の難しい作品です。ただ、個人的にはトリックのためだけにミステリを読んでいるわけではないので、あまり高い点数はつけられないかなという気がします。できれば格好良いポアロが読みたいのです。

新訳版も最近出ているみたいですね。

本書の訳ではヘイスティングズの口調などちょっと気になるところもあったので、新しいほうについても機会があれば目を通してみたいです。できればタイトルも創元推理文庫版の「エンド・ハウスの怪事件」に戻して欲しかったかなぁ・・・

評価:★★☆☆☆

2011年6月11日土曜日

真夏の方程式(東野圭吾) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「ガリレオ」シリーズ最新作です。偏屈な科学者キャラの湯川が、夏の田舎町で知り合った少年と実験に勤しむ様子は「らしい」のか「らしくない」のか。おや?と感じるところも多少ありましたが、話の枠組みとしてはとても良かったと思います。



路線変更というわけでもないのでしょうけれど、今までのシリーズ作品と比べると少し趣が異なります。従来のファンからすると賛否あるところかもしれませんが、個人的には人情系の話が嫌いではないのでとても楽しめました。

草薙や内海もしっかり活躍していますが、湯川と直接絡む機会が少なめだったのはちょっと残念です。とはいえ、今回の話の作りからいえばやむをえないところではありますが。旅先の妙齢の女性とも全く何も起こりそうにない素っ気無さは相変わらずです。

ところどころに織り込まれた印象的なエピソードが、事件の重大な伏線になっているのは流石の手際。ただ、少し疑問に思う点もなくはありませんでした。以下ネタバレなので、既読の方だけ反転でお願いします。

まず、成実が起こしたという事件の話。結構重そうな雰囲気を仄めかせていたので、その点の説得力では問題なかったのですが、普通の中学生があの状況ですぐに人を刺し殺そうとまで思いきれるのかについては疑問に思います。

しかも、散々迷って追い詰められた後ならともかく、相手が出て行った後をわざわざ追いかけてすぐにブスリですからね。お前どんだけ沸点低いんだという感じで、割と良識的にみえる普段の言動と、かなりギャップを感じました。

それと事件の幕引きについて。湯川はわかったことを草薙たちに全部話すといっていたはずですが、煙突の蓋の件が明らかになれば流石に警察は見逃せないと思うのですが。仮に話していなかったとしても、実験で現象を再現できなかった時点で全てわかっていそうな湯川に話がいくのは確実なはず。

それ以前に、未必の故意とはいえ、明確な意図をもって恭平に指示を与えたであろう重治の罪が見逃されるのは、やはり釈然としません。一人の少年の将来を慮ったとはいえ、結局今回の選択の結果にしても恭平が心に傷を負ったことでは変わりないと思うのですが。

といように、ちょっと納得いかない点がいくつかあったのは確かですが、話の方向性自体についてはとても楽しめました。海辺の町における少年との一夏の邂逅。湯川シリーズらしい作品とはいえないかもしれませんが、筆者の狙った意図は十分成功しているのではないかと思います。

というわけで、おおむね満足できる作品ではありましたが、次はもう少し本シリーズらしいところも読みたい気がします。内海刑事とももっと絡んで欲しいですね。というか、きゃっきゃうふふするために無理して出した女性刑事だと思ってたんですが、そういうところのらしさだけは貫かれ続けるのでしょうか・・・

評価:★★★☆☆

関連作品(探偵ガリレオシリーズ)




2011年6月7日火曜日

ねじまき少女(パオロ・バチガルピ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

疫病と資源枯渇の近未来バンコクを舞台にしたSF小説。重めな雰囲気はちょっと苦手な感じでしたが、このなんともいえない読後感はどう表現したものでしょう。主要SF賞を総なめというのも納得のインパクト。ノワール小説が好きな方にはたまらないのではないでしょうか。






裏書には

彼とねじまき少女エミコとの出会いは、世界の運命を大きく変えていった。

とありますが、少し不親切な内容紹介といえるかもしれません。最後のほうまでどこに話が落ちるのか全然わからなかったのですが、なるほどこう来るのかと思わず唸ってしまいました。

もちろん本作自体で完結した話ではあるのですが、同一世界観による中編作品がすでにいくつかあるとのこと。正直、「カロリーマン」などのわけのわからない単語がかなり出てくるので、できれば先にそちらを読みたかった気もします。

「アンダースン」や「エミコ」だけでなく、様々な人物の視点が入れ替わり立ち代り物語を紡ぎあげていきます。なかでも一番わかりやすく格好良かった「ジェイディー」がもっともお気に入りなキャラだったのですが、彼の下巻での扱いはいったいどうなっているのでしょう。わけわかりません(^^;

とにかく勧善懲悪とは程遠い暗黒(ノワール)展開が続きます。甘い話を期待して本書を読むのはやめたほうが良いでしょう。アンダースンとエミコの恋話的なものをちょっぴり期待していた私も、読了後の今となっては苦笑しかでてきません。

ただ、本書の話のオチはSFファンなら絶対好きでしょうね。さほど熱心でないSF読者の私でも、この世界観が今後どのように展開していくのか気になって仕方ありません。とにかく用語もよくわからなくて読み進めるのがしんどい作品ではありましたが、その見返りは十分いただけたものと思います。

評価:★★★★☆

2011年5月29日日曜日

まもなく電車が出現します(似鳥鶏) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

シリーズ前2作と違い、今回は各話独立した純粋な短編集となっています。大技が炸裂した前作の後だけにどうなるものかと思っていましたが、全くの杞憂だったようです。各話とも質の高い作品揃いでしたが、とりわけ最終話については色々な意味でお腹一杯になりました。



全5話となっていますが、分量は30ページ弱から100ページ超までと各話まちまちです。雑誌掲載分の表題作は既読だったのですが、他の4話はすべて書き下ろしと贅沢な構成になっています。

個人的に一番気に入ったのは2話目「シチュー皿の底は平行宇宙に繋がるか?」、一番唸ったのは4話目「嫁と竜のどちらをとるか?」です。ともに30ページ前後のきわめて短い作品ですが、それだけに虚飾の無いアイデア勝負が鮮烈です。

特に後者はお見事。今までも散々名探偵振りをみせつてきてきた伊神ですが、たったあれだけの会話から導き出した真相には、目から鱗が落ちる思いでした。こういう作品に出会えると、ミステリファンで本当に良かったとしみじみ思います。

ただ、一番多くを語るべきはやはり最終話「今日から彼氏」でしょう。ミステリとしての枠組みをこえて、このシリーズに求めているテイストのすべてがつまっている作品だと思います。以下、ネタバレになるので反転でお願いします。


彼氏なんていわれると、順当に柳瀬先輩と付き合うことになるのか、それとも翠が絡んでくるのかと、目次のタイトルだけでワクテカ展開に期待が膨らんでいたのに、まさか第3者がひょっこり持っていってしまうとは・・・。

それにしても、葉山君の周りには頭の回転が異常に早い女性ばかり集まってくる印象です。今回の「入谷菜々香(いりやななか)」さんも、よく考えると即興のシチュエーションに恐るべき対応力を見せています。

とはいえ、携帯アドレスの件とか家を偽っていた件とか、冷静に考えると後からぼろの出そうな細工ばかりではあったかもしれません。それだけ切羽詰っていたということなのでしょう。

シリーズキャラとして思い入れのある柳瀬さんを裏切るような展開には読んでいて胸がきりきりする思いでしたが、最後は収まるべきところに収まったといったところでしょうか。

ただ、入谷さんが憎みきれないキャラだったのはなんとも複雑な後味です。完全な悪役なら万事めでたしで済んだと思うのですが、これじゃあ入谷さんめちゃくちゃ可哀想じゃありません?ホノボノの皮を被った筆者のサドっぷりには戦慄を禁じえません。(褒めてます)

携帯アドレスの件など、トリックとしてはすぐに気付いてしまうものもありましたけれど、ハウダニットにホワイダニットをうまくかぶせた構成に手堅い印象を感じました。恋愛要素だけでなく、ミステリとしても十分楽しめた作品だったと思います。

ところで今回「ゆーくん」呼ばわりされてましたが、葉山君の名前のヒントが出てくるのはこれが初めてになるでしょうか。名前にも何かの伏線があるんでしょうかね。


ネタバレ終わり。

今回は純粋な短編集ということで、全般的に前作ほどのインパクトは感じなかったものの、総じてクオリティの高い作品ばかりで、十分な満足感を得ることができたと思います。

次巻はいよいよ妹「亜里沙」編になるのでしょうか。亜里沙がヒロイン役の作品が2話ほど発表済みのはずですが、そちらは今回は未収録なので、いやがおうにも期待が増します。今回のような小粋な作品集も素敵でしたが、次回はまた大技を期待したいですね。

評価:★★★★☆

関連書籍:


2011年5月17日火曜日

モップの精は深夜に現れる(近藤史恵) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ギャルっぽいファッションのスーパー掃除人「キリコ」シリーズ第2弾。各話でキリコと知り合う登場人物たちとの交流に、大変心温まります。前作のネタバレが若干入っているので、未読の方は順番に読んだほうが良いかと思います。前巻のレビューはこちらから。



全4話ですが、最終話は旦那の大介が主役となる少し毛色が違った話なので、3+1話といったほうが良いかもしれません。以下、各話の感想です。

■ 悪い芽
実際にキリコみたいなファッションの清掃作業員がいたら、私も文句は言わないまでも眉はひそめるかなという気がします。最初は八つ当たり気味に難癖をつけながらも、徐々にキリコと打ち解けていく中間管理職のおじさん「栗山」。彼にキリコが持ち込んだ事件の予兆とは・・・

■ 鍵のない扉
かわいらしい名前と実際とのギャップに密かなコンプレックスを持つ、零細編集プロダクション勤務の「本田くるみ」。その名前に対するキリコの解釈が、くるみの気持ちをぐっと楽にします。頭の回転だけではない、キリコが人を見るスタンスが現われているようで心地よいです。

■ オーバー・ザ・レインボー
彼氏の二股が発覚してへこみまくるモデル事務所勤務の「葵」。例によってキリコとの交流の中で立ち直っていくのですが、それより面白いなと思ったのは、彼女がモデルになろうと思った経緯です。女性はガラッと変わりますからねー・・・いつも異化効果にやられっぱなしです。

■ きみに会いたいと思うこと
旦那の大介視点のお話となります。祖母の看護をまかせっきりなことに後ろめたさを持つ大介。そんななかキリコが1ヶ月の旅行に出たいと言い出します。快諾する大介ですが、キリコ不在の状況に徐々に不安を募らせていくことに。ちょっと重めの話題も入ってますが、後味はすっきりさわやかなのが良かったです。

ミステリとしてはやはり最終話が秀逸だったでしょうか。ただ、どちらかというと色々な職業の裏側を垣間見せることこそ本書の主眼になっているかと思います。各話の登場人物がそれぞれなかなか魅力的だっただけに、一度きりの登場というのが物足りないといえばいえるかもしれせん。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:

天使はモップを持って(近藤史恵)

2011年5月6日金曜日

ポアロ登場(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ポアロとヘイスティングズのコンビが活躍する初期短編集。ヘイスティングズが出てくる作品集なのでミステリ分は期待していなかったのですが、本書は短いなかでも唸らされる作品が多かったように思います。



全14作品、なかには20ページを切るものもあり、非常にコンパクトな作品ばかりのラインナップとなっています。長編のポアロやヘイスティングズが好きな方にはちょっと食い足りないところもあるかもしれません。

私はけっしてヘイスティングズが嫌いなわけではないのですが、彼の動きがいつも派手すぎるため、どうしてもドタバタになってしまう印象を持っています。その点、本書は二人の掛け合いがさらっと軽快に流れていくのが好印象でした。

これだけ短いとミステリとしてのネタもすぐに割れてしまいそうなものですが、そこが一筋縄では行きません。これだけ小粒な作品ばかりなのに、ことごとく予想を外してくる豪腕はお見事としか言いようがありません。

とはいえ流石にこの分量では、ロジック的に若干の飛躍を感じさせるところもなくはありません。生粋のミステリファンにはその点評価が辛くなるところしれませんが、私はそういった細部があまり気にならないたちなので問題ありませんでした。

私のお気に入りは、本書最長(それでも44ページですが)の「<西洋の星>盗難事件」、ミステリ的に一番クールだった「百万ドル債権盗難事件」、首相誘拐の大事件に関与する「首相誘拐事件」などといったところです。

「チョコレートの箱」は過去のポアロの失敗談という意味で貴重な位置づけの作品ですが、個人的には印象的なエピソードの割りにミステリとしてはいまいちな感じがしました。

ポアロというキャラクタは感情移入の仕方が難しいと個人的には感じていたのですが、香山二三郎氏の巻末解説によると、クリスティ自身が彼に反発を感じることもあったのだとか。

その意味では、話の短さのおかげで彼のキャラの濃さが薄まってくれたというところはあるかもしれません。ポアロへの思い入れ次第で、本書に対する評価は大きく変わってくるのではないかと思います。

評価:★★★★☆

2011年5月1日日曜日

東京バンドワゴン(小路幸也) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

明治の創業以来3代続く古本屋「東京バンドワゴン」を舞台にした大家族物語。複雑な家庭事情は山積みながら、根底を流れるアットホームな雰囲気が素敵です。語り手が天国のおばあちゃんというのも面白いですね。



全4話の各話ごとに完結したミステリになっていますが、同時に家族にまつわる物語も進展を見せていきます。時にはこの人とこの人がくっついちゃっていいの?と人物関係図を見返すしてしまうことも。

下手をするとドロドロしかねない雰囲気の設定を、終始暖かなほんわかムードとしてくれているのが、語り手であるところの天国のおばあちゃん「サチ」。

霊感の強い「紺(こん)」とは会話を交わしたりすることもありますが、基本的には現世に影響を及ぼさない神の視点。客観的でありながら暖かい、なんとも不思議な情緒を生み出しています。

この手の話は下手するとごちゃごちゃした話になってしまいがちかと思いますが、各話それぞれにしっかり焦点を絞りながらも、家族達が満遍なく活躍できるような話となっているのはさすがの一言です。

ミステリとしてみた場合あまり派手な仕掛けはありませんが、それも本書ではプラスに働いているようです。基本的には家族の暖かかさを描く作品ですので、あまり尖がったネタ仕込では興ざめになってしまうのでしょう。

これだけ大人数の家族だと色々な方向へ話が広がりそうで、今後の展開が楽しみです。個人的には「花陽(かよ)」と「研人(けんと)」の小学生コンビの成長に期待です。

評価:★★★☆☆

2011年4月28日木曜日

テルマエ・ロマエ III(ヤマザキマリ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

風呂ネタとしてはちょっとマンネリ気味かなと思っていたのですが、史実の背景を微妙に絡めた感じで、なかなか面白い展開になってきました。



基本的にハドリアヌスお抱えのポジションかと思っていたのですが、そういう訳でもないのですね。本巻ではハドリアヌスの直接の出番は一度もなし。彼が死んでからもちゃんと話は続いていきそうです。

次期皇帝になるはずのアントニヌス・ピウスらしい人も、最後でちらっと出てきていました。順番からいけば次は彼のために働くことになりそうなものですが、ちょっと地味目なポジションの人なので、一つ飛ばしということでしょうか。

そういう意味では、歴代皇帝の中でも人気のあるマルクス・アウレリウスが次のパトロンとなるのは、漫画的に納得の展開と言えます。若き日のマルクス、いかにも誠実そうな人柄がらしい感じですね。

史実をもとにしたエピソードを交えながらも、あくまで主眼は風呂になっているのが、ぶれてない感じで素敵です。仕事馬鹿なルシウスの魅力は、政治劇の舞台では生きないでしょうから。

ラスト2話では、いつも教わることばかりだったルシウスが初めて教える側にまわります。言葉がなくても何となく通じてしまうというのは、共通した土台のある技術者通しだと結構ありそうなことです。

映画化も決定したようで、もう乗りに乗っているという印象です。これから動いていきそうな歴史イベントをどのように風呂の話題につなげていくのか。馬鹿馬鹿しいほどの強引さに今後も期待です。

評価:★★★★☆

2011年4月27日水曜日

蓮華君の不幸な夏休み 2(海原育人) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

前回は空気だった親友達が本格的に参戦。ラストのバトルはちょっとあっけなかった気もしますが、本巻全体がクライマックスへのネタ仕込と言う位置づけになるのでしょう。最終巻が俄然楽しみになってきました。1巻のレビューはこちらです。



晴久の親友「七海那美(ななみなみ)」と「赤間大地(あかまだいち)」が本格参戦です。しかし、タトゥーに絡んでくるとは思っていましたが、那美のこういう絡み方はちょっと予想外です。尻軽すぎませんかね(^^;

同居して色気を振りまいている「亘理翔子(わたりしょうこ)」さんとどちらがヒロインになるのかと思っていましたが、二人してそんな気配を微塵も見せないどころか、むしろフラグをばきばき叩き潰している印象が・・・

ヤンキーな切れ者という晴久のキャラは、ますます良い感じになってきました。顔と言葉以外のすべてがいいやつという、男性読者にとって非常に好感を持ちやすい設定。料理上手なところもポイント高しです。

ただ、前巻と比べるとバトルそのものは少々薄めな印象だったでしょうか。主人公がチートすぎるんじゃないかと思っていたら、筆者さんがあとがきで言い訳していました。なるほどー。

意味ありげに登場しながらまだ能力も明らかになっていない「戸浪文吾(となみぶんご)」の存在など、最終巻へ向けての仕込みは万全といったところでしょうか。楽しみです。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
蓮華君の不幸な夏休み〈1〉(海原育人)

2011年4月26日火曜日

万能鑑定士Qの事件簿IX(松岡圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

今回のテーマはダ・ヴィンチのモナ・リザです。ちょっといつもと違った展開の裏には、相変わらずのぶっとんだ仕掛けが隠されています。初めて小笠原君を格好良いと思ったかも。



モナ・リザという超メジャーな題材なので、専門的には色々あるのかもしれませんが、素人の私としては大変楽しめました。それにしても相変わらずの薀蓄量ですが、どこまで信じてよいのか毎回微妙に悩まされたり。

いつものシリーズとはちょっと変わった展開がとても良かったですね。いくらなんでも胡散臭すぎるなあと感じていたところも実は伏線だったり、ミステリとしてかなり良い感じの仕掛けだったと思います。

正直なところ、シリーズ開始当初は結構メインキャラのイメージにぶれが感じられるというか、ファジーな設定を筆者の力量で強引にごまかしているというところが無きにしも非ずという印象でした。

それが巻を重ねるにつれて、徐々に個性がはっきりしてきたように感じられます。特に今回は小笠原君がいい働きをしていましたね。彼の性格って、キャラ絵のイメージに引っ張られてるんじゃないかという気もするんですが(^^;

巻末の予告によると、次回は20歳時の莉子の過去話となるようです。あいかわらず二ヶ月に1冊の驚異的な刊行ペース。どこまで続くのでしょうかね。凄いなぁ・・・

評価:★★★★☆

2011年4月25日月曜日

研修医純情物語 - 先生と呼ばないで(川渕圭一) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

30歳で医学部に入学しなおし、37歳で研修医となった筆者の自伝的小説です。医療現場の実態など勉強になるところもありますが、なにより読み物として面白いです。それだけ筆者の経験が面白いものだったということなのでしょう。



フィクションと現実半々といったところでしょうか。30代にして医者を志した筆者の動機については実際に読んでいただくとして、本書のみどころはやはり「年増の新人研修医」という存在の特異さにあるかと思います。

といっても、年配であることからくるハンデといったものはそれほど感じさせません。体力がないとか就職先がないとか色々自虐的なことは書かれていますが、あまり悲壮感漂うものでもありませんし。

本書の特徴を決定付けているのは、筆者の「大人の余裕」ではないかと思います。医療現場の不合理さを語るにもどこか一歩引いたようなスタンスのため、なんとなく客観性を感じさせて、すんなりと腑に落ちる気がするのです。

川渕氏のプロフィールを検索してみたところ、本文中の京都の大学は京都大学で、東京の大学は東京大学のことのようです。ぼかして書いてあるのはなぜなのでしょうか。嫌味な印象を避けるためかもしれませんね。

本書は筆者の実体験をもとにした複数のエピソードから構成されていますが、これがエッセイでなくちゃんと面白い小説になっている点こそ、私がもっとも評価したいところです。

医療の現場を知るという意味で、医学部志望の方や入院患者の関係者の方などにも本作品は貴重だと思いますが、単に面白い本が読みたいという向きにも自信を持ってお勧めできる一冊かと思います。

評価:★★★☆☆

2011年4月23日土曜日

香菜里屋を知っていますか(北森鴻) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ビアバー香菜里屋を舞台にしたミステリ短編集第4弾にして、シリーズ最終作です。ラストに相応しい常連達のエピソードが綴られていき、鳥肌が立ちそうなフィナーレになるかと思いましたが、肝心の最終話だけはあまり好みに合わなかったかもしれません・・・



花の下にて春死なむ」から始まる本シリーズは、特に愛着を持っておられるファンも多いのではないかと思います。なんといっても香菜里屋のマスター「工藤」による料理メニューの数々が素晴らしい。

私が北森作品のなかで一番好きなのは「メイン・ディッシュ」なのですが、こちらも料理を主題にしたもの。なんとなく料理の薀蓄が語られるだけでテンションが上がるといいますか、そういうところが私のつぼみたいです。

シリーズの完結として位置づけられる本書ですが、各エピソードの内容も最終巻に相応しいものとなっています。とりわけ私が印象に残ったのは2話目の「プレジール」。ああ、あの人が・・・と感慨が溢れるようでした。

そして、ラスト直前の第4話では「香菜里屋」という店名の由来も明かされ、非常に盛り上がる気持ちで第5話を向かえたのですが・・・うーん、この最終話はちょっと私には合わなかったです。

ネタバレになりそうなので一応反転で。

私は「蓮杖那智」シリーズも「冬狐堂」シリーズも大好きなのですけれど、二人がコラボする作品は少々苦手なのです。ちょっときつめのスーパーウーマン二人が、お互いに認め合ってる風なのがなんとなく胡散臭く感じられて・・・

で、この最終話は二人ともが登場、というよりゲストで無くメインを掻っ攫ってしまっているのがとても受け入れがたかったのです。工藤が不在という状況はまだよいにしても、せめて香月なり常連達なりによる解決をみせてほしかったかなと。

上記の理由から、個人的には少し残念な感じのする終幕でしたが、同じ理由から本書が好きと感じられる方もたくさんおられるでしょうね。なにしろ北森ファンとしては出し惜しみの無い、オールキャストの展開ですから。

ネタバレ終わり

ちなみに本書には未完の「双獣記」という作品があわせて収録されていますが、こちらのほうは私は読んでいません。熱心なファンであれば読むべきなのでしょうけれど、なんだか切なくなってしまいそうなので。

最終巻としては若干の不満を感じたところもありますが、その不満も愛着故ということで、シリーズ全体を通してみれば非常に質の高い読書体験を提供していただけたと思っています。筆者には感謝の念に堪えません。

北森作品の読み残しも本書で最後になるでしょうか。さびしい限りです。

評価:★★☆☆☆

関連作品:



2011年4月21日木曜日

サクラコ・アトミカ(犬村小六) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

泣かせる話でくるのかと思っていましたが、どちらかというとトリッキーな構成で、むしろミステリファンが喜びそうな作品といえるかもしれません。設定一発に見事にしてやられました。



サクラコの美しさが世界を滅ぼす。

世界一の美少女とたたえられる阿岐ヶ原王家の「サクラコ」内親王。その美しさに目をつけた悪の科学者「ディドル・オルガ」は、原子力兵器の原動力としてサクラコを誘拐します。

ちょっと聞いただけでは訳が分からないと思いますが、要するにサクラコの美しさを原子力エネルギーに変換しようということです。生粋のSF読みには耐えられなさそうなアバウト設定ですが、これが本書のテイストだと思ってください。

童話のような世界観だと思ってもらうとしっくりくるでしょうか。ただ、恋仲になる最強の牢番「ナギ」とサクラコのベロチューとかもあったりして、あまり子供に勧められるものではないかもしれません。

とある飛空士への追憶」のようなぐっと情緒に訴えるところはありませんが、なかなか凝った仕掛けも施されているので、ミステリテイストが好きな方にはかなりはまるのではないかと思います。

初の星海社FICTIONS作品。紙質が同レーベルの売りになっているようですが、ペラペラで安っぽい感じがして、個人的にはあまり好きではありません。ただ、本書に関しては片山若子さんによるオールカラーの美麗イラストが実に良い感じです。

深窓の令嬢というよりやんちゃな感じのサクラコのキャラは良かったのですが、なぜか感情移入はしにくかった気がします。ストーリー自体には十分満足させてもらいましたが、キャラ萌えも泣かせもないので、筆者の過去の作品が好きな方には、もしかしたら評価が分かれるかもしれません。

評価:★★★☆☆

2011年4月20日水曜日

大聖堂(ケン・フォレット) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

十二世紀のイングランドを舞台にした歴史大河小説。史実がたくさんちりばめられているにもかかわらず、学問的な堅苦しさは全くありません。興奮感溢れる良質なエンターテインメントとなっています。





タイトルが「大聖堂」となっていて、実際に大聖堂の建築は話の重要な位置を占めるのですが、それだけを軸にストーリーが進むわけではありません。

ノルマンディー朝の後継者争いが泥沼化することにより、無政府状態に突入した時代を扱っています。そんな混乱の中、王権争い、シャーリング伯爵位を巡る陰謀、教会内における権力闘争などが平行して展開していきます。

純粋な歴史ものを期待すると、少々期待はずれに終わるかもしれません。Wikipediaによると、登場人物の大部分はフィクションですし、セックス描写もかなり激しかったりで、かなりエンターテインメント色の強い構成となっています。

3冊1800ページにおよぶ大著であるにもかかわらず、伏線の張り方とその改修の仕方は見事といわざるを得ません。冒頭で提示された謎が明らかになるのは最後の最後。50年を超えるスケールの壮大な物語となっています。

以下ネタバレ感想につき、既読の方のみ反転してください。

前半の主人公「トム・ビルダー」が格好良すぎますね。その彼がまさか死んでしまうとは思いませんでした。トムとくらべると、後を継いだ義理の息子「ジャック」は、若干主人公としての魅力に劣るような気はします。ただ、そこを「アリエナ」とのセットで補うというのも、実にお見事な手際です。

アリエナは、あんな薄幸のヒロインでありながら驚くほど感情移入しにくいキャラクターでした。きつい性格はともかく、毛深いとか乳がでかすぎるとか、ひどい描写ばかりです。こういう生々しいところを受け入れられるかどうかで、本書への評価も大きく変わってきそうに思います。

ネタバレ終わり。

トムと並ぶもう一人の主人公「フィリップ」。「ローマ人の物語」でネガキャンされていたりした影響もあって、キリスト教に対する印象は個人的にあまり良いものではないのですが、フィリップのような聖職者特有の潔癖さというのは、実に美しいです。キリスト教のこういう側面は結構好きかもしれません。

唯一不満なのはマーサの不遇っぷり。義理の兄であるジャックを慕っていたのだから、アリエナとひと悶着あってもよさそうなのに、子供の世話まで喜んで引き受けたりして。

いったい彼女は何のために出てきたのかと思わずにいられませんでしたが、どうやら続編では彼女の子孫も出てくるとのこと。独り身のままではなかったようなので安心しました。もしかして、私と同じような不満を持った人から抗議でもあったのでしょうか。

歴史を扱っているにも関わらず非常にエンターテインメイント色が強いため、好みの分かれるところはあるかもしれません。私としては、ご都合主義に過ぎる展開も含めてとても楽しめました。

ただあまりに分厚いので、続巻に手を出すかどうかは今のところちょっと微妙です。面白かったけど疲れました。その分、読了後の達成感もひとしおなのですけれどね。

評価:★★★★☆

おざなりダンジョンTACTICS 2(こやま基夫) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ファルコとトビ・アズサ登場。しかも赤ん坊つき。しかし本巻で一番のみどころは、最終話におけるあの人の登場でしょう。「バンデット・カフェ」の背景もちらっと明かされる、シリーズ第2弾です。



新規読者への配慮がかなり行き届いたストーリー展開になってる気がします。新キャラも多いですし、とりあえず敵味方の区別は明瞭なので、旧作を読んでいない方でも素直に楽しめるのではないかと思います。

しかし、ファルコ登場によるテンションの高まりを存分に感じるには、やはり旧作を読んでおいたほうがベターでしょうね。過去作品の展開については、1巻のレビューをご参考ください。

それにしても、相変わらずファルコは格好いいのに格好悪いですねー(笑)。トビ・アズサはすっかりお母さんというかおばちゃんになってしまいましたが、もともとの性格的にこのおばちゃんキャラは違和感全くありませんね。

モカが率いるバンデット・カフェおよび前巻で仄めかされていた「ヨナの遺産」の正体が本巻で明らかになります。謎を引っ張るミステリ的手法は相変わらずお見事。それにしてもあの人の登場は・・・当然ありうる展開なのに、全く予想できませんでした。悔しい!

以下ネタバレ感想につき、既読の方のみ反転してお読みください。

いやー、まさかヨナがアストラルになっているとは、完璧に一本取られました。前巻でエルザに問い詰められたときのモカの曖昧な態度もなるほど納得です。申し訳ないけど、ファルコ登場のインパクトがすっかり吹っ飛んでしまいました。

それにしても、今回のテーマは指導者としてのモカの成長なのですね。そこが「TACTICS」ということなのですか。旧作を知る立場としては、斬新な切り口で実に面白いです。いよいよ本格的にヨナの後継者という感じですねー

ネタバレ終わり。

大陸間戦争のきっかけやナーガシールドなど、まだまだ明かされていない伏線もたっぷりありそうなので、今後がますます楽しみです。とりわけ私としてはてるてる坊主白のマスターの登場が楽しみですが、奥さんとのからみを考えると、登場は大分先になりそうですかね・・・

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
おざなりダンジョンTACTICS 1(こやま基夫)

2011年4月18日月曜日

森崎書店の日々(八木沢里志) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

神保町の古書店街でヒロインが失恋の痛手を癒していく表題作およびその続編の2本構成となっています。実に良質な雰囲気小説でありながら、各話ともしっかりストーリーが作りこまれていて、とても私好みな作品でした。



二股かけられていた彼氏に対して何も言えず、会社も辞めて引きこもる「貴子」。実家に戻るか叔父「サトル」の世話になるかの選択を母から迫られて、やむなく興味もない古本屋に居候することとなりますが、一冊の本との出会いにより、彼女を取り巻く風景がガラッと変わっていきます。

とにかく神保町への愛情に溢れる一冊といえるでしょう。本書は「ちよだ文学賞」の大賞受賞作なのだとか。<すぼうる>という名前の喫茶店などが出てくる辺り、にやりとしてしまう人も多いのではないでしょうか。

正直なところ私の読書は新刊本メインなので、あまり古本屋のお世話になることはないのですが、それでも神保町の雰囲気は大好きなので、ちょくちょく足を運んでいます。九段下で降りて靖国で手を合わせて、そのあと古書街をひたひた歩いていくのが、私の休日を過ごす黄金パターンの一つです。

神保町や古書への愛情溢れる雰囲気自体秀逸ですが、私が本書を評価したいのは、ストーリーの起伏がしっかりして、純粋に読み物として楽しめるようになっているところです。雰囲気でごまかしてなんとなく終わってしまうような話があまり好きではないのですが、本書ではその心配は全くありません。

二話目は、家を出て行方知れずとなっていた義理の叔母「桃子」が森崎書店に帰ってくるお話で、こちらもかなり良い感じなのですけれど、一話目でせっかく友達になった「トモちゃん」が出てこなかったのだけは、ちょっぴり残念だった気がします。とても良いキャラだっただけにもったいないなぁと。

全編を通して淡々とした語り口で紡がれていくお話は、決して刺激的とはいえませんが、それがまた話の舞台である神保町にとてもマッチしていたように思います。さほど癖もないのでどなたが読んでも楽しめると思いますが、とりわけ神保町が好きな方には強くお勧めしたい一冊です。

評価:★★★★☆

2011年4月14日木曜日

県庁おもてなし課(有川浩) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

実在する高知県庁「おもてなし課」を題材とした地域振興サクセス(?)ストーリーです。現実とフィクションの入り混じった面白い構成ですが、小説の基調はいつも通りラブコメ成分たっぷりの有川節。構えずに気楽に楽しめるエンターテイメントになっています。



観光立県を目指し新設された観光部「おもてなし課」。手始めに観光特使になってもらおうと若手職員「掛水史貴(かけみずふみたか)」が連絡を取ったのは郷土出身の人気作家「吉門喬介(よしかどきょうすけ)」。

その彼からは厳しい駄目だしを食らいますが、同時に紹介されたある人物との出会いにより、おもてなし課は一大転機を迎えることになります。ちなみに駄目だしのくだりは、実際におもてなし課と有川さんの間にあったエピソードなのだとか。どうりで表現がやたら活き活きとしている(^^;

このように随所に現実のエピソードも織り交ぜられているのですが、本書の基本はあくまでフィクションといってよいと思います。特に筆者が常にこだわりを見せるラブコメ成分は抜群の安心感。筆者のファンであれば迷わず手に取るべきです。

ところで冒頭におけるおもてなし課のだめっぷり。私は仕事の関係で自治体向けのコンサルをされている方とお話しする機会があるのですが、公務員の腰の重さというか動きの鈍さというのは本当に本書のようなイメージのようです。

ただ、本書でも触れられている通り、自治体に対する環境も年々厳しくなってきているようですし、意識の高い職員さんも少なからずいらっしゃるという話なので、徐々に組織としての体質も変わっていくことになるのかもしれません。

さすがは地元出身というだけあって、観光地としての高知県の魅力は存分に語られています。現実の取り組みを題材にしているだけあって、振興策についても革新的なようでとても地に足ついている感じなのが印象的です。

自治体行政に興味を持つ方に紹介しようとするときにネックとなるのは、やはりラブコメ成分になってしまうでしょうか。でも、もしドラがありなら本書も全然ありですかね(笑)

本書を一言で表現するならば「有川作品」です。県庁の取り組みについても興味深くはありますが、何かを勉強したい方よりも、純粋に読書を楽しみたい方にこそ本書をお勧めしたいと思います。

評価:★★★★☆

2011年4月12日火曜日

かばん屋の相続(池井戸潤) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

銀行の支店を舞台にしたミステリ短編集。まさに筆者の原点といったところでしょうか。苦い後味の作品が多く、いかにも大人向けな感じです。ミステリ分はあまり期待し過ぎないほうが良いかもしれません。



小さな信用金庫や地味な支店などの泥臭い融資業務が主なテーマとなっています。どの話もアイデアというより抒情で読ませる、なかなか渋い味わいの構成です。

私も就職活動で地方銀行に内定をもらったことがあり、結局迷った末にIT系の企業を選んだのですが、本書の話も私のもう一つの可能性だったかもしれないなどと考えると、なかなか感慨深いものがあります。

もっとも、悲哀や鬱屈を感じさせる作品のほうが多いので、本書を読んで銀行業に憧れを持つ人は少ないかもしれません。そういう影の部分も傍目でなら格好いいと思うのですが、自分がやりたいかとなるとちょっと。

その点は我らがIT業界も同様で、ブラックな側面ばかり取り上げられがちですが、実際のところはどんな仕事にも楽しさはやりがいはあるんじゃないかと思うんですけどね。

正直なところ、ハッピーエンド好きな私としては苦手なテイストの作品が多かったですが、4話目「芥のごとく」や5話目「妻の元カレ」などは、かなりぐっと迫るところのある、質の高い作品だったと思います。

表題作の6話目「かばん屋の相続」は、明らかに一澤帆布がモデルですね。話の仕掛けとしては面白いですし、割と溜飲の下がる結末ではありますが、ちょっと設定的に安直だった気もしないでもありません。

ミステリとしての仕掛けについてもあまりピンと来ない作品が多かったですが、哀愁漂う大人の味が好きな方や、銀行における支店業務の雰囲気を知りたいかたには良い作品ではないかと思います。

評価:★★☆☆☆

2011年4月10日日曜日

群青神殿(小川一水) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

キラッとアイデア一閃の海洋SFです。キャラも絵もあまりあわないかなと思いながら読んでいたのですが、それを補って余りある設定の妙でした。海の怖さという意味では時世的にタイムリーになってしまった部分もあるかもしれません。



主人公達はメタンハイドレード探査チームの一員です。「鯛島俊機(たいじまとしき)」と「見河原(みがわら)こなみ」のコンビが中深海長距離試錐艇「デビルソード」を駆り、海の底を探索します。

男女二人で長時間もぐり続けるというのはどうなのかと思ったら、案の定モニョモニョな設定になっています。ただ、直接のエロイ描写がないのは安心なのかがっかりなのか。

こなみのヤンデレな雰囲気は悪くないんですが、ちょっと童顔過ぎるイラストが個人的にはあまり合わないかなと。絵柄自体は嫌いではないので、相性の問題でしょうか。イラスト無しのほうが純粋に楽しめたかもしれません。

ただ、本書の見所はなんといってもSF的仕掛けの部分です。詳しいところはネタバレになってしまうので言及しませんが、肝となる設定とそれをうまく生かした解決のつけ方は実にお見事です。

海洋SFということで、私の既読作品では「鯨の王」なんかが近い雰囲気になるかと思います。本書は2002年の作品の復刻版なので、刊行はこちらのほうが早いですね。

海の怖さの演出という意味では、図らずもタイムリーなトピックの作品になってしまったかもしれません。これが小説でなく映画だったら、自粛の羽目に陥っていたかもしれません・・・(^^;

朝日ノベルスということもあってイラスト付きのラノベ風な装丁となっていますが、そういうところを期待すると肩透かしになるかもしれません。もっとも、筆者のファンであればまず満足できるであろうことは間違いないでしょう。

評価:★★★☆☆

2011年4月8日金曜日

囲碁小町嫁入り七番勝負(犬飼六岐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

町の腕自慢レベルの話かと思ったら結構本格的。ヒカルの碁でおなじみ本因坊秀策も出てきます。というか第五局のモデル、将棋の加藤一二三九段ですよね(笑)



こてんぱんにやっつけた相手からどこを気に入られたのか、孫の嫁にと望まれた薬種商の娘「おりつ」。委細を知らずに七番勝負を承諾してしまったものの、ちゃらちゃらしたいけ好かない相手に嫁いでなるものかとおりつは奮戦しますが・・・

囲碁は置石でハンデをつけやすいのがよいですね。対戦相手は格上が多いため、先や二子などの手合いによる勝負が中心となります。おりつの棋力は初段格とのこと。プロアマ別れていない時代のことなので、田舎ならそれだけで食べていけるくらいの実力とされています。

対戦相手はバラエティに富んでいて、気持ちよい手を打つものもあれば番外戦術を駆使する嫌らしいものもあり。対局を重ねるごとにおりつが何かをつかんでいきます。とはいえ、成長物語の部分はそれほど力も入って無かったですかね。急に強くなるわけでないのは、リアリティがあってよかったです。

しかし、第五局の相手、空咳とか盤面を相手側から見るとか鰻好きとか、どう考えても将棋の加藤一二三九段がモデルですよね。将棋好きな私としては嬉しかったですが、囲碁ファンとしてはどうだったんでしょう。あるいは他の対戦相手に囲碁棋士のモデルがいたのですかね。

対戦相手は総じてレベルが高く、本因坊秀策も登場してきたりと思いのほか本格的な印象です。ただ、具体的な参考棋譜などは無いようで、図面なども全く出てきませんので、囲碁ファンには少し物足りないところもあるかもしれません。

番勝負自体はとても楽しめたのですが、オチがちょっと弱かった気もします。そこに落とすのかという。嫁入り自体についても少し含みの残るような終わり方になっていて、多少もやもやが残った感は否めません。

一話完結の話としては若干物足りなさも残ったものの、作品そのものの雰囲気はとても好みに合いました。天地明察が好きな人にはあうんじゃないでしょうか。続編に期待したいですが、あの終わり方だと難しいかもしれませんね。

評価:★★★☆☆

2011年4月7日木曜日

ビブリア古書堂の事件手帖 - 栞子さんと奇妙な客人たち(三上延) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

小さな古書店を舞台にしたミステリ連作短編集です。古書に詳しい方にはどうだかわかりませんが、門外漢の私には薀蓄がちょうど程よい具合でした。なにより栞子の名探偵ぶりが素晴らしいです。



子供の頃のトラウマで本を読み通すことができず、読書への漠然とした憧れを持っている「五浦大輔(ごうらだいすけ)」と、内気でどもり癖があるのに本のことになると過剰に饒舌な古本屋店主「篠川栞子(しのかわしおりこ)」。

大輔が持ち込む古書にまつわる話に、入院中の栞子がベッドの上で真相を推理するというアームチェアディテクティブの形式となっています。

全4話のそれぞれがなかなかきれいにまとまっているのに加え、全話を通した大きな謎も用意されていて、かなり私のストライクゾーンど真ん中な構成となっています。

古書のことをあまり知らない私には薀蓄も面白かったです。栞子のいかにも本好きな、ちょっとだけヤンデレも入ったキャラクターがとても良かったですね。各話の超控えめなお色気シーンもGoodです。

せどり屋の志田がなかなか良いポジションです。古書店をまわって安い本を転売する仕事だとか。志田は自身の知識で勝負していますが、質屋の友人によると、そういうリストがネットなどで売っていて、それを参考にする素人商いも多いのだそうです。

筆者のファンタジー作品なども多少読んでいますが、本書の雰囲気のほうが私としてはより好みですね。専門的なミステリ屋さんからすれば甘いところもあるかもしれませんが、名探偵栞子の演出がしっかりミステリしているのがとりわけ好印象なお話でした。

評価;★★★★☆

2011年4月3日日曜日

船に乗れ!(藤谷治) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ライトノベル風の青春小説かと思って臨んだらとんでもないことになってしまいました。かなり苦い部分もあるので好みは分かれるかもしれませんが、少なくとも私にとっては魂を揺さぶられるような傑作だったと思います。







■ 主人公について
プロのチェロ奏者を目指す「津島サトル」の高校生活が、大人になった筆者の視点から過去語りとして綴られます。1巻のあとがきによると、筆者の経験に基づく私小説的な側面もかなりあるようで、色々なところで若かりし日のトラウマを刺激してくれます。

祖父母を初めとした音楽一族のサラブレッド。愛読書はニーチェとドストエフスキーといういけ好かない奴ですが、超難関の芸術大付属高校を4次試験まで通りながら、あまり失敗する人のいない学科で落ちるという典型的な専門馬鹿だったりもします。

語り口におけるサトルの自嘲癖が強いため、これはとんだ鬱小説なのかと読み始めはげんなりしかけましたが、高校に入学すると同時に状況は一変します。本人があまりに自分を卑下するため分かりにくかったのですが、彼のチェロの腕前自体はなかなかのものです。

ああ、これは一種のツンデレなんだな。ほんとは彼には輝かしい未来が待っているはずだ。1巻を読み終えた時点でそのような確信を強めてしまったために、2巻以降の展開には一層強いダメージを負ってしまったように思います。彼の自嘲の意味が徐々に明らかになってくるのです。

■ 周りの人たち
「南枝里子(みなみえりこ)」は、こういっては申し訳ないですけれど、いかにも好感度の低そうなヒロインですね。ちょっとヤンデレ入ってる感じでしょうか。彼女の負けず嫌いや不安定さ、私は好きでした。それだけにあの展開はとても応えました。

南のことにしろ、金窪先生のことにしろ、小説のネタとしては割と良く見られるものだと思うのです。持ち上げて落とすというのもまあ基本ですよね。ただ、その持ち上げ方があまりにも健やかで心地よかったため、ダメージがとても大きくなってしまいます。

二つの重要なエピソードとその結末。こういう比べ方はどちらのファンにも怒られてしまいそうですが、私にとっては「銀河英雄伝説」以来の衝撃でした。スペースファンタジーと学園青春小説。全然ベクトルが違いますが、苦味の質がちょっと似ていたかなと。

他に伊藤や鮎川ら癒し系キャラはもちろん良かったですが、何気に伴奏などでちょこちょこでてくるだけのピアニストたちが、なんだかいい感じのお嬢さんぞろいだったように思います。

■ 音楽
私はクラシック音楽についてはド素人ですが、それだけに本書で語られる音楽の世界の厳しさが印象的でした。なにしろほぼ筆者の経験してきたとおりのことだそうなので、説得力もあります。

将棋の米長邦雄永世棋聖は、「兄達は馬鹿だから東大に行った」などと嘯いたそうですが、実際芸術の世界における頂点というのはそういうものなのかなと思います。才能溢れる天才たちがどんどん脱落していき、努力は当然必要だけれど、それだけでは到達できない非情な領域。

本書で登場する楽曲のいくつかをYoutubeで探してきました。



バッハ「無伴奏チェロ組曲第一番前奏曲」。サトルが初めて南の前で弾いてみせた曲です。素人の私にも聞き覚えのある旋律で、素直に楽しめます。演奏しているのは「ミッシャ・マイスキー」という世界的なチェロ奏者だそうです。なんかラモスさんに似てる。



メンデルスゾーン「ピアノ三重奏曲第1番」。サトル、南、北島先生の3人により演奏された曲。本シリーズ中で一番幸せな瞬間ですね。本文中にも出てきたカザルスの演奏もYoutubuにあるみたいです(Casals, Cortot, Thibaud Trio Mendelssohn d mvt 1)。



ヴィヴァルディ「チェロ・ソナタ第5番ホ短調」。ドイツへの短期留学中に駄目だしされた曲です。難易度としては初級とのことですが、そういう曲ほど巧拙が出やすいということでしょうか。



モーツァルト「交響曲第41番(ジュピター)第4楽章」。オーケストラからも一曲ご紹介。三年次の楽曲で、上の映像は最後の第4楽章のみですが、全体を通すと40分以上になるそうな。

他にフルート曲も探してみたかったのですが、疲れてきたのでまたの機会に。私みたいな素人としては、クラシック音楽に興味はあっても、まず何を聴けばよいのかというというところから難しいので、このような小説がきっかけになってくれるのはとてもありがたいです。

■ タイトルについて、そして感想
このタイトルはどういう意味なのかとずっと思っていたら、最後の最後に判明します。全般的に哲学的な話題も多いので興味深いですが、消化しきるのはなかなか大変です。金窪先生の教えはわかりやすいので、また読み返してみたいと思っています。

文庫版ではボーナストラックとして「再会」という短編が載っています。フルート奏者にして無二の親友「伊藤慧(いとうけい)」が登場。おまけ的な位置づけの作品ですが、本編の一部といって良いくらい、ちょっぴりの苦さも伴いながら、なんとなくいい感じの後味を残してくれます。

プロローグから始まって2巻の驚愕展開からなんとも言えない余韻のラストを迎えるまで、すべてが完璧に私を虜にしてくれました。高校生活を扱った青春小説ですので、もちろん若い人にも楽しんでもらえると思いますが、むしろトラウマの刺激という点では大人のほうがきついんじゃないでしょうか。

正直とても軽い内容とはいえませんし、結末も手放しの大団円とはいきません。それでも、なにがしかの心地よいものが読後には残されていたように思います。少なくとも私にとっては、掛け値なしの傑作です。

評価:★★★★★

2011年4月1日金曜日

樹上のゆりかご(荻原規子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

得がたい読書体験ではありましたが、続きがあったとしても読みたいという気が起きません。それは本書が不出来だからということではなく、むしろ全く逆なのです。



大人しくも芯の強い高校2年生「上田ひろみ」の一人称で語られています。ひょんなことから関わる生徒会活動。学校行事のたびに起こる悪質ないたずらの真相を探る、ちょっぴりミステリっぽい仕立てになっています。

六番目の小夜子」なんかが近い雰囲気でしょうか。もっとも、ミステリっぽいといっても謎そのものの結末はそれほど凝ったものではありません。どちらかというと抒情で読ませるお話だと思います。

本書は「これは王国のかぎ」の続編なのだそうです。知らずに読みましたが、ストーリーを追う上では全く問題なかったように思います。ただ、ところどころで「おや?」と思う記述もあるので、可能なら順番に読んだほうがベターでしょう。

ヒロインの一人称が少々青臭さを感じさせるのですが、高校生達による青春小説ということを考えれば、普段ならさほど気にならないレベルです。このざらつくような違和感がどこからきたのか、読了後もいまだに良く分かっていません。

ひろみの価値観というか考え方に共感できなかったのは確かです。私は少女向けの小説やコミックも割と読むほうですが、文章の質以外の部分でここまで受け付けにくかったケースはあまり思い当たりません。

おそらく男性読者と女性読者では、ひろみの考え方、感じ方に対する受け止め方がかなり違ってくるのではないかと思います。私は筆者の勾玉シリーズもあまりあわなかったので、これはもう相性としか言いようがないのかもしれません。

本書ができの悪い小説であったのなら、これほど拒否反応は起きなかったと思います。なまじ物語としての質が素晴らしいために、一層突き刺さったような。万人向けとは思いませんが、傑作であることは間違いないと思います。

評価:★☆☆☆☆

2011年3月29日火曜日

小説家の作り方(野崎まど) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

どうミステリになるのかと思いながら読んでいた文章がことごとく伏線だったいう、あいかわらずお見事な手際でした。厳密にはミステリじゃないんですかね。小ざかしいジャンル分け不要の独自性に富んだ一冊です。



キャラクター作りが得意なファンタジー小説家「物実(ものみ)」が初めてもらったファンレター。お嬢様然とした彼女「紫依代(むらさきいよ)」に請われ、小説家になるための家庭教師を務めることになります。

美少女をマンツーマンで指導するという夢のようなシチュエーション。5万冊の読書量を誇る博識でありながら、随所に垣間見える紫の世慣れなさが、ただの伏線じゃなく萌えポイントにもなっています。

登場人物は全部で5人と、相変わらずのシンプル設定。なんというか、プログラマ的効率化精神の琴線に触れるといいいますか、あまりに無駄のない美しい話作りには、ただただ感服するばかりです。

タイトルが「小説」でなく「小説家」の作り方となっているのもポイントとなるでしょうか。ほかにもちりばめられた様々な伏線が、真実解明の段になって物語の風景を一変させます。

以下ちょっとだけネタバレ。既読の方だけ反転して読んでください。

二重のどんでん返しが秘められていましたが、結局紫がみせていた会話の間合いとはなんだったのでしょう。通信などは発生していなかったわけですから、色々解釈の余地がありそうです。

「お母様」を騙すために事前に施した細工の一つと考えることもできそうですが、私としてはあの間合いが「むらさき」の素だと解釈したいです。そのほうがいかにも萌えキャラっぽくていいですよね。

以上、ネタバレ終わり。

まだ筆者のデビュー作はタイミングがあわなくて読んでいないのですが、既刊4冊はいずれも単発ものです。野崎さんも物実と同じくとても魅力的なキャラクターを作る方ですので、できればシリーズ物もそろそろ読んでみたいなという気がします。

評価:★★★★☆

2011年3月28日月曜日

シューカツ!(石田衣良) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

主人公たちがマスコミ志望のハイソなグループなので、渦中の人が読むと苛立つこともあるかもしれませんが、就職活動における苦しさの本質というのは、私がやってた頃と変わらないなという気もしました。



就職活動なんてどんなマゾな人がするのかという感じですが、実際には多数の学生が洗礼を受けることになるわけです。私のときも就職氷河期真っ只中。社会人になるってこんなに厳しいことなのかと当時は思いました。

ただ、私の苦しさは自己分析の甘さや身の程を知らなかったことからきていたように思います。何しろ周りの先輩や同期がみな理系か公務員試験組みだったこともあり、就職活動の本質を悟るまでに結局30社ほどかかってしまいました。

その点、本書の主人公「水越千春(みずこしちはる)」たち鷲田大学生7人のグループは準備万端です。大学3年に入った早々に就活のためのプロジェクトチームをたちあげます。それでも苦労するのは、最難関のマスコミ志望だから仕方ありません。

グループの中でも明暗ははっきり分かれます。思うにいくら準備をしっかりしていても、本人の素養を超えたところでの勝利を得るのはかなり厳しいことなのですね。頑張ったからといって報われるとは限らない世の中です。

小説のでき自体はお世辞にも良いといえないように思います。6章だてのうち、本格的に就職活動に突入する最終章以外は読んでるのがしんどかったです。プロジェクトチームもなんだか微妙な感じでしたし。

あまり多くを期待しなければ本書から得られるものもそれなりにあるのではないかと思います。見栄を張られるのが一番痛々しいという採用側の視点は、割と普遍的な教訓になるのではないでしょうか。

準備はやはりそこそこしておくべきです。そして自分の適性をわきまえて見栄を張らない。それだけで就職活動はぐっと楽になると思います。もちろんあえて茨の道をいくのも一つの選択ですけれど、私はもう一度やれといわれてもやりたくありません。

評価:★★☆☆☆

2011年3月26日土曜日

ショコラティエの勲章(上田早夕里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

花竜の宮」作者による非SF作品。和菓子屋のお嬢さんと天才ショコラティエを主人公とした、クールなスイーツミステリ短編集です。「ラ・パティスリー」の姉妹編ですが、本書だけでも十分楽しめます。



甘いものは好きなのですが、本格スイーツとなると男性の私にはちょっと遠い世界になります。本書のようなテーマの作品はなかなか新鮮でとても楽しいです。

京都に本店を持つ老舗和菓子や<福桜堂(ふくおうどう)>の売り子をしている「絢部(あやべ)あかり」と、その近隣に店を構える人気ショコラトリー<ショコラ・ド・ルイ>のシェフ「長峰和輝(ながみねかずき)」。

設定だけ聞くとロミジュリっぽい感じですが、お互い洋菓子も和菓子も好きということでとても友好的です。様々に起こる事件を通して徐々に親睦を深めていきます。

互いに敬意を持ちながらも、冷静なようで何かと好奇心を発揮しがちなあかりに対して、長嶺が毅然とした対応をすることもしばしば。緊張感のある関係といえるでしょう。

べたべたの恋話にならないのがいかにも筆者らしいところですね。最終話に登場する「天野花梨(あまのかりん)」はてっきり恋敵役かと思っていましたがそんなこともなく。結局二人の関係は本書では曖昧なままです。

前作「ラ・パティスリー」と比べて全編を通した趣向のようなものはないのですが、私は本書の淡々とした構成のほうが好きですね。各話とも地味ながら良質な仕上がり。流石としか言いようがありません。

それにしても、あかりに彼氏がいないことや長嶺が独身であることはお互い確認しあっているのに、結局最後まで本当に何事もなく終わってしまいました。続きあるんですよね(^^;

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
ラ・パティスリー(上田早夕里)

2011年3月24日木曜日

ゴーストハント3 乙女ノ祈リ(小野不由美) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

あくまで旧版うろ覚えの状態で読んだものの感想ですが、真相がわかってる分ちょっと退屈だったかもしれません。ディテールが細かくなっているのが逆効果だったような。ただ、面白くなるのは5巻からなんですよね。もう少し我慢です。



新キャラが何人か登場しますけれど、シリーズ的にそれほど重要な人物はでてきません。ただ、これから麻衣と親交を深めることになる友人たちの輪郭は、旧版よりはっきりした印象があります。

本書のシリーズ中における位置づけがいまいち曖昧なんですよね。実は4巻についても同様のことがいえます。学園もののくくりで1冊にまとめてもらっても良かったくらいです。

ただ、麻衣の成長のあとは一応見られます。前巻でも片鱗を見せていた能力が徐々に本格化していきます。逆に、本書でカタルシスを感じられたのはそこくらいでしょうか。

旧版を読んだときにはそれなりに真相に意外性を感じたのですけれど、改めて読み返してみると結構あからさまですかね。というかイラストが怪しすぎて犯人一発でばれてしまう気がするんですが(^^;(ネタバレ反転)

散々文句言ってますが、本書も怖いことは怖いです。霊やら超能力やら盛りだくさんですが、結局一番怖いのは人間だったという、いい意味で一番嫌なパターンです。

予備知識無しで読めば結構楽しめそうな気もするのですが、本書を若干退屈に思われた方も、できれば5巻まで我慢いただきたいです。本シリーズは一話完結に見えて、実は全7冊の大長編と思っていただいたほうがよいでしょう。

評価:★★☆☆☆

2011年3月23日水曜日

青い星まで飛んでいけ(小川一水) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

全6篇からなるSF短編集です。各話の雰囲気が結構違っていて、個人的にちょっと好みが分かれましたが、なぜかどの作品も筆者らしいと思わせるのが不思議というか流石なところです。



裏書に
未知なるものとの出逢いを綴った
とありますが、普通SFってそうじゃないのかなという気もします。以下、各話の感想です。

■ 都市彗星のサエ
平和だが閉鎖的な都市彗星バラマンディからの脱出を試みる、ボーイミーツガールな青春SFです。二人が得意分野を駆使して脱出ポットを作っていくのがとても楽しい。本書で一番好きな話でした。

■ グラスハートが割れないように
願いをこめながら胸で暖め続けると、甘い食物が培養されるという「グラスハート」に潜む罠。雰囲気は現代ものっぽく、テーマも家族とか宗教とか重めな感じ。ちょっと苦手な話かもでした。

■ 静寂に満ちていく潮
異種生命のセックスを題材としたお話し。アシモフの「神々自身」と似た感じのテーマですが、あちらよりはエロイと思います。

■ 占職術師の希望
その人に最適な職業をみつけるという微妙な超能力の持ち主が主人公です。直接に役立つ力を持たない彼が危機に立ち向かう方法とは。主人公とヒロインの掛け合いが楽しかったです。

■ 守るべき肌
計算機上の世界に移行して1000年のときを生きる世界に現われた異分子「ツルギ」。彼女が演出するゲームの意図とは?有名な海外SFの某作品を彷彿とさせますが、ネタバレになるので作品名を言えないのがもどかしい。

■ 青い星まで飛んでいけ
本書で一番とんがった設定ですが、一番の傑作だと思います。最初の数ページ読んだときには理解するのをあきらめかけましたが、これをわずか40ページでちゃんと筋の通った物語に仕上げているのが素晴らしいです。

個人的には1、4、6話が好きな作品でしたが、他の作品も総じてハイクオリティです。さすが短編の名手といったところでしょうか。

評価:★★★☆☆

2011年3月22日火曜日

少年陰陽師 異邦の影(結城光流) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

少女向け人気シリーズの一般文庫化ということで手にとって見ました。なるほど設定や話の作りはしっかりしていますが、この一冊だけだと少しもやもやが残ります。調べてみたら、内容的には3巻まででワンセットのようですね。次巻以降に期待です。



安倍晴明の孫にして陰陽師見習いの少年「安倍昌浩(まさひろ)」が、祖父の式神「紅蓮(ぐれん)」とともにあやかし退治に挑みます。

現在13歳の設定とのことなので少年でいいのですが、今後「青年陰陽師」とか「中年陰陽師」とかにジョブチェンジしていくんでしょうか。

才能を秘めながらもまだまだ未熟という、小説の主人公としては鉄板なキャラクターですが、それにしても本書では紅蓮や晴明に助けられすぎな気もします。ちょっと消化不良な感じです。

晴明の孫バカぶりは、ほほえましくてよいですね。好きな子をいじめる少年のごとく、色々な難事を昌浩に無茶振りすることで彼は鍛えられていくようです。

ヒロインは藤原道長の娘「彰子(あきこ)」ということでよいのでしょうか。実在の人物ですよね。うーん、ヒロインとして成り立つのでしょうか。ひょっとしてNTR?本書ではほんの顔見世程度の登場なので、二人の関係がどう展開するのか楽しみです。

昌浩は架空の人物のようですが、父の「吉昌(よしまさ)」は実在していたようなので、今後他の兄弟や従兄弟たちも出てくると面白くなってきそうですね。とりあえず3巻まで頑張って読んでみようと思います。

評価:★★☆☆☆

2011年3月20日日曜日

0能者ミナト(葉山透) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

非超常の技で怪異に挑むダークヒーローのお話です。設定自体は少し陰惨なところもありますが、語り口が軽妙なのでそれほど構える必要はありません。何より解決編がお見事。でも一番の見所は、主人公が16歳の巫女を淫らな手口で篭絡するところだと思います。



主人公「九条湊(くじょうみなと)」が20代半ばという設定ではあるのですが、巫女あり、ショタありとサービス精神は旺盛なので、電撃文庫から出ていてもさほど違和感は無かったように思います。

怪異を封じるために生贄となることを受け入れる頑な少女「山上沙耶(やまがみさや)」。彼女の覚悟をミナトが翻意させてしまうところは、ここだけで本書を読む価値があったといってよいくらい秀逸です。散々ひどい扱いを受けながら信頼を深めていく沙耶のMっぷりもナイスです。

上の二人に加えて10歳の小生意気な天才法力少年「赤羽(あかばね)ユウキ」。この3人組がメインキャストとして事件を手がけていくことになるようです。沙耶もユウキもわりと類型的なキャラではありますが、それだけにミナトの脱力感を際立たせてくれています。

2話構成となっていますが、私としては特に1話目がお勧めです。こんな退治のされ方をした妖怪がかつていたでしょうか?ミステリっぽい話が好きなかたには特に喜んでいただけるのではないかと思います。

個人的に若干の不満をあげるとすれば、ミナトにツンデレが入っている点でしょうか。私としてはもっとダークヒーロー路線を突き進んで欲しかった気もしますが、逆にこの弱みというかギャップが萌えポイントになっている気もするので、好みによって分かれるところかもしれません。

ラストで次巻への引きらしきものもあったので、これからシリーズ化していくのでしょうか。続巻には期待したいですが、せっかくいいキャラをそろえているので、できれば挿絵をもっと増やしてくれると嬉しい気がします。

評価:★★★☆☆

2011年3月19日土曜日

小夜しぐれ(高田郁) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

澪と小松原の仲を進める気があるとは思っていませんでした。色々大きな軸のあるなか、筆者の野望が垣間見えたような気がします。俄然面白い展開を見せつつ、各話の作りこみも相変わらずお見事。みをつくし料理帖シリーズ第5弾です。



本巻では結構話が動きましたね。4話とも秀逸でした。以下、各話の感想です。

■ 迷い蟹 - 浅利の御神酒蒸し
「つる家」屋号のもととなった、店主「種市(たねいち)」の娘「おつる」の亡くなった事情が明らかになります。心にしっくり染み入るエンディングがお見事です。

■ 夢宵楼 - 菜の花尽くし
吉原きっての妓楼「翁屋(おきなや)」から花見の宴の料理を頼まれた澪。苦心の末に考え出した、大尽がたを唸らせる食材とは。隠れキャラみたいな「旭日昇天」が登場するとそれだけで嬉しいですね。

■ 小夜しぐれ - 寿ぎ善
澪の友人で大店の娘「美緒(みお)」に縁談が進められます。彼女の思い人を知る澪は複雑な胸中となりますが・・・。この話題はもう少し引っ張るのかと思っていたのでちょっとびっくりです。

■ 嘉承 - ひとくち宝珠
御膳奉行「小野寺一馬(おのでらかずま)」が、嫌いな菓子作りに苦心するお話し。めずらしく澪が登場しません。以前からほのめかされていた小松原の正体がいよいよ明らかになります。

小松原との仲、旭日昇天の身請け、天満一兆庵の再興と、到底かないそうも澪の願望がそれぞれに動きを見せてきました。もしかして、全部大団円にしようとしてます?ハッピーエンド好きの私には嬉しすぎる展開に、今後もますます目が離せません。

評価:★★★★☆

シリーズ一作目はこちら

2011年3月16日水曜日

戦闘妖精・雪風(改)(神林長平) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

知らない人のために言っておくと、ファンタジックな妖精物語ではありません。主人公は戦闘機「雪風(ゆきかぜ)」のパイロット「深井零(ふかいれい)」。彼と各話で迎えるゲストキャラが織り成す、クールでちょっぴりほろ苦いSF連作短編集です。



突如、南極の超空間通路から侵攻してきた異星体「ジャム」。それを撃退するために、通路向こう側の異世界惑星「フェアリイ」を拠点とした地球軍のなかで、とりわけ重要な役割を担うのが13機の戦術偵察機「スーパーシルフ」です。雪風はその中の一機となります。

国産SFのなかでもかなり有名な本作品。いつか読みたいと思いつつタイミングを逃してきましたが、たまたまブックオフで発見したので手にとってみました。全8作のそれぞれが実に渋い味わいで、熱烈なファンの多さもなるほど納得させられました。

妖精というからには雪風自身が意思をもつような設定かと思っていましたが、そこはちょっと微妙なところです。偵察機としての任務上、雪風らスーパーシルフには高度な電子頭脳が搭載されていますが、人間のような意思や感情を持つわけではないようにみえます。

クールでありながら雪風に並々ならぬ思い入れを持つ零ですが、雪風の進化は彼自身の存在意義にさえ疑問を抱かせます。そもそもジャムの視界に人間は入っているのか。ジャムvs人間ではなくジャムvs戦闘妖精なのでは?

人間の存在を脅かす人工頭脳というテーマは良く見られるものかもしれませんが、1984年に書かれた古い作品であるにもかかわらず、今読んでみても陳腐さが全く感じられません。全編通したハードボイルドな雰囲気がぐっと来ます。

そんな背景のなか、各話ではエリートパイロット、ジャーナリスト、末端の雪かき構成員など、様々なゲストが登場して、ちょっとほろ苦い人間ドラマを見せてくれます。パキパキしたSF設定に納まりきらない物語の凄み。なのにどこまでいってもSFでしかありえないと感じさせられるのが不思議なところです。

アマゾンのレビューでも絶賛ばかりが目立ちますが、消化されていない伏線などもあるため、ストーリー重視の私としては若干もやもやが残らなくもありません。ただ、あとがきによると改稿に伴う続編への味付けもいくつか入っているようなので、本当の評価は続きを読んでからになるかと思います。

評価:★★★☆☆

2011年3月13日日曜日

特急便ガール!(美奈川 護) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

専務をぶん殴って一流商社をやめた女主人公「吉原陶子(よしはらとうこ)」の男らしさが実に良いです。脇キャラたちも味があって作品の雰囲気は文句なしなのですが、陶子の「特殊能力」をどうとらえるかで、作品への評価は分かれそうです。



超能力っぽいものがでてくる点に少し躊躇していたのですが、設定としては超能力というよりファンタジーっぽいです。4話構成のなかで徐々に能力の全貌が見えてくるあたり、なかなかいい感じの話し作りだったと思います。

ただ、登場人物も設定もとても魅力的なだけに、特殊能力に頼る必要があったのかなという気が個人的にはします。うまくすれば有川浩さんみたいな話になりそうなんですけどね。

リアルな部分の話も特殊能力がらみのエピソードもそれぞれに質が高いのが、逆に作品の雰囲気をちぐはぐにしている印象です。パーツは優れているのに、組み立ててみたらバランスが悪かったという。

個人的に本書で一番好きなのは、初っ端の入社試験の話です。「さおりん」の素性に関するエピソードも、ミステリチックでよかったですね。どちらも全く特殊能力が絡みません。変な能力がなくても、素で十分面白いんです。

大人なキャラ萌えやいい話系が好きな方にはお勧めです。デビュー作と比べて作品の雰囲気もずっと私好みになっていたので、今後に期待したいです。次は超能力無しの作品が読みたいですね・・・

評価:★★☆☆☆

2011年3月10日木曜日

大絵画展(望月諒子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

医師ガシェの肖像」にちなんだ美術ミステリ。正直、最初は読み進めるのが苦痛で仕方なかったのですが、後半になってからは雰囲気が一転します。ミステリとしてのプロットは素晴らしいですが、読み方によって評価が大きく分かれる作品かもしれません。



第14回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作なのだそうです。新人さんなら多少構成が稚拙なのも仕方ないかと思っていたら、既に何冊か本を出しておられる方なのですね。うーん。

ものすごくおおざっぱに説明すると、詐欺被害にあった人たちが協力して仕返しをするというストーリーなのですが、出だしのぐだぐだ感はただ事ではありません。

被害者たちの背景が結構綿密に描かれているのですが、リアル感と読みやすさのバランスが決定的に欠けているように思いました。それが延々と続くので、ほんとどうしようかと。

ところが実際に仕返しする段になって、話が大きく展開します。クライマックスにおける二転三転のどんでん返しはお見事の一言。私としては、他のあらゆる欠点を取り戻してお釣りがくるくらいでした。

もっとも、それで素直に収束してくれないのも、この作品の難しいところです。ラスト数十ページの蛇足感は非常にもったいない。三分の一くらいにまとめられなかったものでしょうか。

個人的にはミステリとしてのプロットだけでもこの作品を評価したい気持ちがありますが、これを人に勧められるかとなるとちょっぴり難しいです。面白くなるところまでにどれだけの人がついて来られるのか・・・

際物好きのミステリファンにはかなりお勧めです。私は筆者の短編ならもう一度読んでみたいかも。長所と短所が極端に入り交じった印象なので、一つ掛け違えるとものすごい傑作になりそうな気もします。

評価:★☆☆☆☆

2011年3月7日月曜日

放課後はミステリーとともに(東川篤哉) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

私立鯉ケ窪学園を舞台としたミステリ短編集です。バカ売れしまくっているらしい前作よりもミステリ分は高いのですが、雑誌掲載分を集めたもののせいか、短編集としての統一感はいまいちのような気もします。本質はキャラ萌え小説といっていいくらいかもしれません。



「エアコン」のあだ名を持つ、ちょっと空回り気味の探偵部副部長「霧ヶ峰涼(きりがみねりょう)」。この主人公に感情移入できるかどうかで、本作の評価は決まってきそうです。私も一話目はちょっとうざいキャラかなと感じていたのですが、二話目以降はすっかりはまってしまいました。

一話目だけちょっと古い作品のようなので(2003年6月初出)、その分少し風景がかわって見えるのかもしれません。ただ、ミステリとしてのできはむしろ一話目が一番良いくらいなので、書店でちら読みするのであれば冒頭だけで放り出さないようお勧めいたします。

全8作品。ミステリ分は基本的に高いですが、質的には割とばらつきがあるかもしれません。連作短編形式ではないので、多少設定に気になるところがあっても、あまり深読みはしないほうが良いかと思います。一話目、二話目、四話目あたりが私的には好みの作品でした。

個人的に一番不満なのは、探偵役が一番ハマる顧問の石崎先生が、全8話中3話にしか出てこないことです。探偵としてはギリギリ名探偵という程度の霧ヶ峰。石崎先生を相手にボケ役に徹したときこそが魅力全開の瞬間です。逆に、言っては悪いですが探偵役をやらせるといまいち締まらない印象も・・・

ミステリとしては平均するとまあ上質と言った程度の本書ですが、一番の魅力を端的に表現するなら○○○○○○です。これを明かすとある作品のネタバレに絡んでくるのが、レビュアー泣かせなところです。同学園を舞台にした関連小説もあるようなので、そちらにもチャレンジしてみたいと思います。

評価:★★★★☆

関連書籍:


2011年3月4日金曜日

キルリアン・ブルー(矢崎存美) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

サスペンスホラーという分類になるのでしょうか。ミステリ分が少なめなのは個人的に物足りなかったですが、中盤のハラハラ展開にはぐっと引き込まれました。全編通したきれいな雰囲気をどうとらえるかで、評価の分かれる作品かと思います。



死体に触ると死ぬ直前の記憶が見える少女「古賀葉月(こがはづき)」が、ある男に誘拐されて強引に死者の記憶を見せられます。犯人の意図、彼女の見た記憶の意味、さらには父の失踪への関与。様々な疑問が生まれるなか、今度は彼女が接触を持った人物が次々と殺されていきます。

筆者の作品はあまり読んでいないのですが、「ぶたぶた」の印象からほんわか系なもの専門の方かと思っていました。本作はシリアス一辺倒。ただし文章は読みやすいですし、ホラーっぽい展開ながらも怖いというよりきれいな世界観が印象的です。

私はあまり怖いのが得意ではないので、その意味では本作の雰囲気はありがたいくらいでしたが、ホラー好きの方には物足りなさも感じられるかもしれません。むしろ私としてはミステリー分の薄さのほうがちょっと残念な感じでした。謎を引っ張っている割には解決篇で滑っているような・・・

途中の展開は素晴らしかったと思います。見えない敵の影におびえる恐怖、身近な人間に迫る危機。ページ数が少ないとはいえ、この手の作品を一気に読みきれたのは私にとってはめずらしいことです。過程が良かった分、逆に着地点への評価が厳しくなってしまったところはあるかもしれません。

全体的な印象としては、どのあたりをターゲットにしてるか若干の疑問を感じました。恋愛フラグっぽいものもあるとはいえ、とても青春ものと呼べるような話ではありませんし、シリアス基調なので萌え成分も皆無ですし、かといってホラーとしてもそれほど怖いわけではありません。

作品の質とは別のところで、「誰得?」というのが本書の正直な感想です。ホラー方面に詳しくないので、最近の流行はそういうものなのかもしれませんけれど。文章を読ませる筆者の力量自体は見事だと思いましたが、何が売りなのかわかりにくい分、人にはお勧めしにくい作品かもしれません。

評価:★☆☆☆☆

2011年3月3日木曜日

真夏の日の夢(静月遠火) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

七回死んだ男」と「11人いる!」を足して割ったような感じのお話しです。ミステリとしては甘いかなというところもありますが、メインの仕掛けはお見事でした。無理せず良いバランスでまとめあげた佳作だと思います。



高額のバイト代につられて、一ヶ月間ボロ家に閉じこもる実験をすることになった演劇サークルの面々。多少のいざこざはありながらも、和気藹々と練習をこなす日々でしたが、一人の女性メンバーが失踪したのをきっかけに、事態は動き始めます。

前半は割りと緩い雰囲気で話が続くのですが、私としてはそのだらだら感が結構ツボでした。ただし、緩いながらもところどころに伏線が散りばめられているので油断なりません。いわゆる読み返して二度美味しい作品。きれいに騙されてしまいました。

ミステリとしてしては若干アンフェアに感じられるところもあるかもしれません。物語の仕掛け的にやむをえないのですが、屋内のディテールをきちんと表現しきれなかったため、解決篇では唐突に感じられる部分も多少あったように思えます。

ただ、物語のまとめ方はお見事です。このようなクローズド・サークルものでそれっぽい臨場感を演出するのはかなりのスキルを要すると思うのですが、その点本作は無理せず無難なところに落としどころをもっていった印象です。こういう割り切ったアッサリ感はかなり私の好みです。

筆者のデビュー作「パララバ」を既読だったのに後から気がつきました。当時と比べると着実にレベルアップしているようなので、今後の作品にも大いに期待したいと思います。

評価:★★★☆☆

2011年2月28日月曜日

魔女遊戯(イルサ・シグルザルドッティル) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

アイスランドの2人に1人が読んでいる人気シリーズだそうです。もっともそれだけだと15万人にしかなりませんが、既に世界33カ国で刊行されて、評判を集めているのだとか。中盤くらいまでは書き込みが細か過ぎて読むのに苦労しましたが、事件が動き出してから一気呵成でした。



2児の母にしてバツイチの女弁護士「トーラ・グドムンズドッティル」が、被害者の身内から依頼を受けてやってきたドイツ人の元刑事「マシュー・ライヒ」とともに、オカルティックな事件の謎に挑みます。

目玉をくりぬかれて死んでいたリッチなドイツ人留学生「ハラルド・グントリープ」。魔女狩りの歴史を調べ、強い関心と傾倒を示し、実践していた形跡さえも見えるなかで、彼の仲間達が隠し続ける秘密とは。

ちょっぴりグロとかセックスとかありますけれど、基調は歴史ミステリということになるでしょうか。専門方面の記述にかなり力が入っていて、私にはちょっとしんどいくらいでしたが、興味のある方には結構はまりそうな気がします。

16歳の息子が問題を起こしたり、分かれた夫がだらしなかったり、相棒マシューと微妙な雰囲気だったり。パーツとしてはコージー的な要素も入っていて、エンターテインメントとしてもなかなか楽しませてくれます。

一番印象的なキャラは、オフィスを借りるときに押し付けられた、大家の娘の女秘書「ベッラ」。人物紹介にものってこない脇キャラなのですが、その駄目秘書っぷりは凄まじく、どこかでデレるのかと思ったら、最後までずっと酷いままでした(^^;

なんといってもアイスランドという舞台が新鮮なシリーズです。日本の1/3の国土にわずか30万の人口。最近は経済危機などでも話題ですが、第3次産業の発達した、小さく狭い先進国の模様は大変興味深いです。

ミステリとしては、まあこんなものかなというところですが、シリーズものとしての今後の展開は気になるところです。ギルフィ君は大変だろうけど頑張ってください(笑)

評価:★★★☆☆

2011年2月27日日曜日

パニッシュメント(江波光則) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

いかにもガガガ文庫らしい、と言えるほど同レーベルを読み込んでいるわけではないのですが、田中ロミオさんの「AURA」を重くしたような話、と言えば雰囲気が伝わるでしょうか。怪作です。



宗教やいじめを題材としたサスペンス仕立てとなっています。後半は本当にドキドキが止まりませんでした。派手さのない淡々とした展開が逆に怖いというか・・・

主人公「郁(いく)」と幼なじみ「常磐(ときわ)」のちょっぴりほの甘い日常が、タロットの得意な元いじめられっこ「七瀬(ななせ)」の登場で急展開していきます。

そしてクラス内のヒエラルキー崩壊。諸々の事情が収斂されていくクライマックスは、圧巻というのとも何か違う、冷たいものが少しずつ染み入るような感覚といったらよいでしょうか。

テーマ的に「AURA」と似通ったところもあるのですけれど、あちらがロミオ氏の諧謔のお陰で結構息を抜く余裕があるのに対し、本作は生々しさをストレートに見せつけてくれています。

左翼活動家の女教師「間宮(まみや)」が、面白い立ち位置で活躍してくれます。彼女が結構格好良かったりするので、右側の端っこの方にいる人は本書をさけた方が無難かもしれません。

ただ、宗教や左翼といった思想的なところについては、ニュートラルというよりかなりぶっちゃけた皮肉が入っている感じなので、それほど警戒を要するものでもないとは思います。

重いテーマをあつかってはいるものの、筆者の視点がクールでストーリー自体も軽快に進むので、読みにくいということは全くありませんでした。一作目の「ストレンジボイス (ガガガ文庫)」も似た傾向の作品のようなので、是非チャレンジしてみたいと思っています。

評価:★★★★★

2011年2月26日土曜日

万能鑑定士Qの事件簿VIII(松岡圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

莉子が故郷の危機を救うために台湾出張。展開的にはいつも通りな感じで面白かったですが、流石にそれはないんじゃないかという設定もちらほら。まあ、このシリーズは無理筋を突っ込んだら負けですけど(^^;



水不足で悩む故郷、波照間島。海水を濾過するだけで真水にするという夢のような装置を12億円かけて購入しようとしますが、いかにも胡散臭げな技術に対して、莉子が旧友二人とともに裏を取りに動き出します。

今回は莉子のほかにも綺麗どころがたくさん登場してなかなか華やかな雰囲気です。特に現地ホテルに勤める通訳の美玲さんが良い味出してますね。しかし、アンパンマンの件は同じ男性として許せません!(笑)

故郷に戻った莉子の純朴な雰囲気も良いですが、初めて訪れた台湾におけるスーパーレディぶりも相変わらずです。絶体絶命を思わせる状況からの鮮やかな逆転劇もお見事でした。

ただ・・・無理な設定はいつものことですが、今回はあまりに無理が過ぎるような気もします。予算の1/3もの大金をそんなに即決で支払い決めちゃってますし、東大教授が胡散臭い技術をあっさり妄信し過ぎですし、SIMの件とか電話で地元警察に誤認させた件とか、気づかないなんてあり得ないですし(ネタバレにつき反転してみてください)。

無理があるのはいつものこととはいえ、今回はちょっとあまりにあれな感じもしてしまいました。ただ、そもそもこのシリーズは「突っ込んだら負けよ」ゲーム的なところがあるので、単に今回は私の負けというだけのことなのでしょう(^^;

評価:★★☆☆☆

2011年2月24日木曜日

天使はモップを持って(近藤史恵) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ギャルっぽい外見ながら凄腕の掃除人「キリコ」が活躍する連作ミステリ短編集です。コージーっぽい雰囲気ですが、油断していると痛い目を見るかもしれません。



キリコシリーズの第1弾だそうです。最近出た4作目を書店でたまたま見かけて興味が出たので、一作目の本書から入ってみることにしました。

新入社員「梶本大介(かじもとだいすけ)」の視点から、名探偵キリコの活躍が語られています。お察しの通り、二人はいい仲っぽい雰囲気になるのですが、キリコのクールな性格のためか、それほどべたべた感はありません。

大きい会社を一人で掃除してまわるというのは現実的に可能なのかわかりませんが、キリコのプロフェッショナルなスキルや職業意識の高さは、当然ながら本書でもっとも読み応えのあるところといえます。

全8話のどれも面白かったですが、なかでも第1話と最後の7話、8話が良かったですね。能天気な雰囲気で話が進む割に、ちょっとどきりとするような展開が随所に差し込まれるのは、お見事というほかありません。

設定や素のストーリーも面白いのですが、作品によってはちょっと叙述トリックっぽいものもあって、ミステリとしてもなかなかハイレベルです。

読みやすい割にピリリと辛さもきいて、万人向けに楽しんでいただける作品ではないかと思います。ラストがいかにも完結っぽい雰囲気で終わっているのですが、続巻はどのような展開になっているのか楽しみです。

評価:★★★☆☆

2011年2月22日火曜日

ローマ人の物語〈36〉最後の努力〈中〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

コンスタンティヌス帝の登場。混乱を実力で収めた立派な皇帝だとは思いますが、先からの混乱でローマらしさがすっかり失われてしまい、読んでてあまり楽しくはないですね。我々が帝政と聞いてイメージする体制にどんどん近くなっています。



前回レビューでは触れませんでしたが、先のディオクレティアヌス帝により四頭政というものが始められています。国境のあちこちが破られたことに対応するため、帝国を東西二分した上で、それぞれに正帝と副帝を設けるというもの。状況的にやむをえなかったとはいえ、結局ちゃんと機能したのは一代だけということになりました。

四頭といっても、一応東の政帝が最上位とされていました。その地位に名実ともに明らかな第一人者であるディオクレティアヌスが就いていたからこそ、うまく回っていたのでしょう。ディオクレティアヌスの引退とともにあっという間に崩壊してしまいました。その混乱を収めたのがコンスタンティヌス帝です。

コンスタンティヌスは西の正帝の長男とはいえ、先妻の息子ということもあったため、後継者としてはそれほど有力な位置にいたわけでもなかったようです。

ただ、もともとの実力と声望に加え、父親の死に際にちょうど傍らで将軍職を務めていたタイミングがよかったとのこと。軍事政権になってからの後継者選定は、現場主導というよりその場の雰囲気といったほうが近いですから。

ディオクレティアヌスが約20年、そしてコンスタンティヌスが約30年の在位となります。その前までの皇帝がすぐに入れ替わる混乱期と比べて、国状はそれなりの安定を見せたようです。ただし、軍事費増大、職業固定、象徴としてのローマ軽視。重苦しい雰囲気はますます強まっていきます。

そこにキリスト教発展のきっかけがあったのでしょう。コンスタンティヌスといえばキリスト教の公認で有名ですが、このような世情が背景にあったことをわかっていないと、なんとも唐突に感じられますね。受験時代のもやもやが今頃晴れた感じです(^^;

評価:★★☆☆☆

2011年2月18日金曜日

ちあき電脳探偵社(北森鴻) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

北森鴻の遺した唯一のジュブナイルなのだそうです。小学3年生の「鷹坂ちあき」を主人公としたミステリ連作短編集。「電脳」の設定などはいかにも子供向けといった感じですが、肝心のミステリトリックがなかなか油断ならないのは流石です。



本書は雑誌「小学三年生」に連載されていた「ちあき電脳探てい社」を文庫化したものだとか。掲載時期は1996年4月~1997年3月と、かなり昔の作品です。150ページ弱でフォントも大きめ。このボリュームで一冊にするのは、筆者が亡くなったタイミングでなければ難しかったのかもしれません。

転校してきたちあきとご近所になった同級生「井沢コウスケ」の一人称で語られています。

電脳の設定はちょっと微妙な感じかもしれません。凄いコンピュータにゴーグルで接続して何とかかんとか。正直、文字通りの「子供だまし」といった印象ではありますが、そもそも子供向けなのですから当たり前です。

実のところ、ちあきは素の状態でもかなり名探偵なので、電脳設定の意味については私にはいまいちピンときませんでした。

ところがその設定、話を重ねるに連れてだんだん影が薄くなっていっちゃいます。そして何故か、それに比例して物語のクオリティが上がっていっているような・・・なんとも皮肉感じです(^^;

もっともミステリ的な仕掛け自体は、1話目から結構うならされました。流石は短編の名手。あるいは私の読者としてのレベルが小学三年生並というだけかもしれませんが。

ちなみにちあきとコウスケはともに片親で、お互いの親同士がなんとなくいい雰囲気になったりします。これ、うまく転べば二人は義理の兄妹なんですよね。なんとも美味しい設定。5年後くらいの続編が読みたかったです。

子供向けということに目をつむれば、それなりに楽しめる作品ではないかと思います。芦辺拓さんによるあとがきも興味深いですし、北森鴻さんのファンであれば読んでみて損することは無いかと思います。

評価:★★★☆☆

2011年2月16日水曜日

死をもちて赦されん(ピーター・トレメイン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

フィデルマシリーズの邦訳第6弾ですが、原著では本作が長編一作目となるので、オリジナルに忠実に読むのであれば、本書から入るのもありかと思います。なんといっても見所はフィデルマとエイダルフの出会い。当初のギクシャクした間柄から徐々に打ち解けていく様子がなんとも素敵です。



邦訳のうち3作までは読んでいましたが、人間関係でわからないところも多かったので、本来のシリーズ第一弾たる本書はまさに待ちに待ったといったところです。ただし翻訳の順番に関しては、訳者の思惑が正しかったのかなと認めざるを得ないというのが本書を読み終えての感想です。理由は二点。

一点目は、あとがきにもある通り本書の舞台がアイルランドではないこと。本シリーズ最大の特色は、古代アイルランドの世相を描いているところにあると思います。ブリテン(イギリス)を舞台にローマ派とケルト派の両キリスト教派が激論をぶつける様子は、歴史的観点からは大変興味深いのですが、シリーズの特徴が十全に発揮されているとは言いがたいでしょう。

二点目は、言いにくいですがミステリそのものとしての質の問題。フィデルマシリーズの長編については2作を既読ですが、真相の意外性やサスペンス的な展開の妙については、両作とも本書より明らかに勝っていたように感じられます。また、王妹たるフィデルマの権威も、外国が舞台とあってはあまり活かしきれていません。

もっとも、フィデルマとエイダルフが出会うエピソードは、やはり良いです。二人の関係が友人の延長にすぎないのか、あるいは恋愛模様に発展する色合いを見せるのかが、本書を読むことで明らかになったように思います。どっちなんだというところは、ご自身でお確かめいただいたほうが良いでしょう。

本書における「教会会議(シノド)」とは実際に歴史上存在するイベントなのだそうです(ウィットビー教会会議-Wikipedia参照)。史実における大イベントの裏でうごめいていた事件という形で、フィデルマたちの活躍が描かれています。しかし、登場人物のどこまでがフィクションでどこまでが実在の人物なのでしょう。

ケルト派とローマ派ということで、フィデルマとエイダルフはいわばロミオとジュリエット的な立場にあります。そのため、この二人が本格的にコイバナを展開することはないのかと思っていたのですが、その辺りの展開についてのヒントも本書のなかにあるようですね。本書を念頭に既刊も再読してみたいなと思いました。

評価:★★☆☆☆

ピーター・トレメインの関連レビューはこちら

2011年2月13日日曜日

シンメトリー(誉田哲也) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

警部補「姫川玲子」シリーズ第三弾。今回は短編集となっています。派手な事件は少ないですが、ちょっとひと味の利かせ方が抜群の冴えを見せています。非常に満足度の高い一冊です。



玲子のキャラのおかげで警察小説の割りにとても読みやすい本シリーズですが、本書については読後感しんみりしっとりの、読み応えある構成となっています。以下、各話の感想です。

■ 東京
元上司「小暮利充(こぐれとしみつ)」の墓参りに訪れた玲子は「美代子(みよこ)」という少女を見かけます。ともに訪れた未亡人「景子(けいこ)」に請われ、玲子はある事件について語り始めます。なんともしんみりと切ない結末を迎える、玲子駆け出し時代のお話しです。

■ 過ぎた正義
川越少年刑務所。当てもないままに休暇や在庁を利用して何度も足を運んだ末、玲子はとうとう「倉田修二(くらたしゅうじ)」と行き会います。元刑事の彼に対して玲子が話したかったこととは。刑法39条がテーマとなっています。

■ 右では殴らない
女子高生 vs 美人刑事。エンコー女子高生「下坂美樹(しもさかみき)」を玲子がマンツーマンで取り調べる、ちょっと異色な感じの作品です。取調べ中の玲子のぶっちゃけた思惑が克明に描かれています。本書で一番好きな作品。

■ シンメトリー
ある女子高生に対して抱える、駅職員の淡い思い。やりきれない結末を迎えながらも、犯人に対する玲子のとぼけたやりとりが、なんとなくほっとするような後味を残してくれます。

■ 左だけ見た場合
超能力のような技をみせるマジシャン「吉原秀一(よしわらしゅういち)」。調査の結果明らかになった事件の手がかりは、玲子が当初から予想していた通りのものだった。彼女の推理の根拠とは一体なんだったのか。玲子の推理の冴えに加え、ちょっと不思議なオチも印象的な作品。

■ 悪しき実
死体発見の通報をしたまま姿をくらました「春川美津代(はるかわみつよ)」。内縁の夫であった被害者の驚愕すべき正体、そして彼女が姿をくらました理由とは。引きを見る限り、続編へのプロローグ的な位置づけにもなっているのでしょうか。

■ 手紙
玲子が本庁捜査一課に引っ張られるきっかけともなった、若かりし日の事件について語られています。先輩の女刑事による身動きしにくい状況のなか、手柄を求める玲子が目をつけて調べ始めたあるものとは。色々な意味で、女性って怖いねというお話し。

ジウ」や「ストロベリーナイト」のような派手な展開を期待する向きには物足りなく感じられるかもしれませんが、私としては全編通したしっとり感がとても良かったです。文庫化を待つつもりだった続巻ですが、手を出してしまおうか迷いますね・・・

評価:★★★★☆

2011年2月10日木曜日

妙なる技の乙女たち(小川一水) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

シンガポール南東に位置するフィガロ諸島。軌道エレベーターとその周辺経済圏を舞台に、「働く女性」をテーマとした近未来SF短編集です。全8話、これほど好みの作品ばかり揃うのも珍しいかもしれません。



SF的には良く扱われる題材かと思いますが、海上タクシーや保母さんなど周辺部を支える職業にスポットをあてられているのが面白いです。以下、各話の感想です。

■ 天上のデザイナー
うだつの上がらないやんちゃな女性デザイナー「京野歩(きょうのすすむ)」が、宇宙服デザインのコンペに挑むお話し。なぜ宇宙服はあれほど不恰好なのか?彼女を支える男達が、格好いいような悪いような良い味出してます。

■ 港のタクシー艇長(スキッパー)
父の遺した舟で海上タクシーを営む「歌島水央(うたじまみずお)」。男社会のなか気を張り詰める彼女に対して、いつものごとく引退を勧めるメッツラー少将。二人きりの気詰まりなクルージングのなかで事件は起こります。メッツラーおじさん、超格好いいです。

■ 楽園の島、売ります
環境保護区を住宅地として売り出す不動産業者「幡森香奈江(はたもりかなえ)」と、そのパートナーにして進化生態学の専門家「ルクレース・マッキンデール」。二人の意見が対立するある物件が、徐々にきな臭い様相を見せていきます。女性二人の大人な友情物語。

■ セハット・デイケア保育日誌
緩い雰囲気の保育施設になんとなく居ついてしまった保育士「阪奈麻子(ハンナアサコ)」。子供達のなかにいつの間にか紛れ込んでいた、不思議な雰囲気を持つ金髪少年「レオン」との心温まる交流物語。宗教の違いに基づく食事の準備が大変なのだそうです。なるほど。

■ Lift me to the Moon
体調不良者の変わりに急なリリーフで軌道エレベーターに乗り込むこととなった派遣アテンダント「犬井麦穂(いぬいむぎほ)」。初配乗ながらも優秀な働きを見せる彼女ですが、なにやら秘めた事情を抱えている模様。一番ミステリ色の濃い話かもしれません。

■ あなたに捧げる、この腕を
機械の腕を使ったアーマート(ArmArt)の先駆者「鹿沼里径(かぬまさとみ)」。あるクライアント男性と良い雰囲気になりかけるなかで、芸術家としての彼女が見せる我侭とは。第一話ヒロインの京野歩も、成長した姿を見せてくれます。

■ The Lifestyles of Of Human-Beings At Spaces
軌道エレベーターを営む巨大企業CANTEC。CEO「マダム・ハービンジャー」直々に声を掛けられた「歌島美旗(うたじまみき)」が、相棒の「ギルバート・マッキンデール」とともに、宇宙空間での食料事情改善に奔走します。明言されていませんが、名前の通りある人物の娘と息子のようです。

■ 宇宙で一番丈夫な糸 -The Ladies who have amazing skills at 2030.
CANTEC社CEO「アリッサ・ハービンジャー」若かりし日のお話し。究極の繊維材料に関する技術を出し渋る青年「バンブラスキ・エイブラハム・チーズヘッド」との直接交渉に挑んだ彼女が見せる粘り腰の交渉術。文庫書き下ろし作品だそうです。

どれも爽やかな後味を残す快作ばかりです。地に足ついた感じの雰囲気がよいですね。SF的設定の妙と物語としての面白さが絶妙にブレンドされていて、とても私好みな作品集でした。

評価:★★★★★