2011年8月4日木曜日

ジェノサイド(高野和明) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

多少引っかかる点はあったものの、総じてハイレベルなエンターテインメント小説だったと思います。600ページ近い大作ですが、コンゴの戦場・ホワイトハウス・日本の大学院生周辺と3つの場面が次々入れ替わるスピーディーな展開で、意外に読みやすかったです。



ジャンルとしてはSFという分類でよいでしょうか。人類の進化、未知の新薬、情報セキュリティといったところが主なテーマですが、ほかにも様々な政治的、社会的トピックが目一杯盛り込まれています。これだけの内容を破綻させずにまとめ上げる筆力はお見事というほかありません。

私の職業柄ということもあって、RSA暗号方式の潜在的な危険性に関するテーマは特に興味深かったです。良く調べられているなぁと思ったら、謝辞において高木浩光氏の名前が。IT系では有名な氏の名前がいきなり出てきて、思わずにやっとしてしまいました。

中盤までの展開があまりにスリリングだったため、期待値のハードルをあげすぎたところはあるかもしれません。クライマックスから収束にかけてはまあこんなもんかなという印象ですが、話も破綻せずそれなりに納得感のある収束となっていて、読後の満足度はかなり高かったです。

韓国賛美、日本叩きとも取れる描写が結構目立つので、人によってはちょっと不快に感じられることもあるかもしれません。私も韓国人の知人がいるので極端な嫌韓ムードには眉をひそめてしまうほうなのですが、それにしても若干筆者の主観が入りすぎではないかという印象はあります。

話の筋に直接関係ないところだと思うので、もう少し控えめにしてもらったほうがバランスが良かったのではないかなという気が個人的にはします。もしかして何かの伏線なのかなと変に深読みしてしまい、肩透かし状態となってしまいました。

本書で一番疑問に感じたのは、主人公グループがクライマックスにおいて取った戦略です。もう少しうまいことやれなかったのかと。ネタバレも入るので以下は反転でお願いします。


ちょっとミステリ的なお約束に囚われすぎかもしれませんが、日本側の援軍はてっきり既出の人物なのかと思い込んでいました。一応伏線らしいものがいくつか仕込まれていたとはいえ、エマの存在についてはもう少しはっきりちらつかせて欲しかったかなという気も。

それ以上に引っかかったのは、エマの指示によるという脱アフリカの戦略。あまりにもリスクを取り過ぎじゃないでしょうか。アキリをどれだけ危険にされしているのかと。傭兵のうち二人が死んでしまったのは明らかに計算ではなさそうなので、もしマイヤーズまで死んでいたら脱出計画はどうなっていたのでしょう。

なによりマイアミでの飛空戦は秒単位の正確なオペレーションが求められていて、明らかに安全率低すぎでしょう。まあ、アキリが死んだと思わせるための何らかの手段は必要だったのでしょうが、複雑系をも計算対象とする超人類の立てる戦略ならば、もう少し良い方法がとれたのではないかなという気がします。


若干の引っかかりのため存分にのめり込めたとはいえませんが、それでも全体としては非常に楽しめる内容だったと思います。あれだけの薀蓄が詰め込まれたにもかかわらず、小説としてのエンターテインメント性が全く損なわれていないのが本書の素晴らしいところです。

特に戦場シーンの描写などは、日本人作家によるものとは思えない迫力と凄惨さがありました。ハードSFが好きな方には文句なく楽しめる内容だと思いますが、そもそも話の筋が面白い上、文体や構成も非常に読みやすいため、比較的万人にお勧めしやすい作品かと思います。

評価:★★★☆☆

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