2010年11月24日水曜日

華竜の宮(上田早夕里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

魚舟・獣舟」の世界を舞台にしていますが、そちらを読んでいなくても問題ありません。大規模な地殻変動による人類存亡の危機という状況。スケールの大きいテーマの割りに、話の芯が全くぶれないのはとても私好みです。センスオブワンダーも半端ではありません。傑作です。



良いSF作品というのは内容の説明がしにくいものではないかと思います。裏表紙のあらすじから少し引用すると
陸の国家連合と海上社会との確執が次第に深まる中、日本政府の外交官・青澄誠司は、アジア海域での政府と海上民との対立を解消すべく、海上民の女性長(オサ)・ツキソメと会談する。両者はお互いの立場を理解し合うが、政府官僚同士の諍いや各国家連合の思惑が、障壁となってふたりの前に立ち塞がる。
たしかに間違ってはいないのですが、青澄とツキソメの魅力をこの文章だけから読み取るのは難しいでしょう。彼らはこんな感じの人物です。

青澄・N・誠司(あおずみ・えぬ・せいじ)。三十代後半。独身。海上民の生態や気質に精通し、抜群の交渉力を持つ。有能だが中央に疎まれるタイプで、世界各地を飛びまわされるも、本人はその境遇に不満を持っていない。大財閥の御曹司で、そのコネクションも時にはフル活用するが、最終的な公私の筋はきっちり通すお堅い人柄。

ツキソメ。さばけた気質の美女。大船団を率いるオサだが、強権派というよりは調整型の温和な人柄。ただし芯はとても強い。青澄より若く見えるが不老の噂あり。少なくとも、若澄はおろか船団の誰よりもはるかに年上らしい。彼女の出生の謎は、この話のキーポイントの一つ。夫と死別しており、彼女の魚舟である「ユズリハ」は夫から引き継いだもの。


魚舟とは海の民の兄弟たちが成長したもので、内部に居住空間を持つ大魚です。その魚舟から変質したものが獣舟で、何者の制御も受け付けない人類の敵となります。何を言ってるのか想像がつきにくいと思いますが、簡単に説明するのも難しいので、詳しくは本書もしくは「魚舟・獣舟」を読んでみて下さい。

あらすじにある陸上民と海上民の確執は、たしかに物語の重要な側面ではあるのですが、話はそれだけで終わる単純なものではありません。短期的、中期的、長期的な問題が次々と発覚していくなかで、青澄やツキソメはそれぞれの立場から解決を迫られていくことになります。

本書の素晴らしいところは、立て続けに様々な問題が発生し事態が複層的な様相を見せるなかでも、話の骨格がまったくぶれないところです。場面は時空を超えてあちこちに跳んでいくのですが、それらの問題は必ず青澄たちのもとに収束していきます。私は読書するときにあまり頭を働かせるほうではないので、こういうクリアなストーリはとてもありがたいです。

人によっては、そのぶれなさが無難に過ぎると感じる向きもあるかもしれませんが、私にはこのような端正な話作りがとてもあっているようです。ハードな世界を描きながらもどこか優しい感じのする文体。決して甘い結末とはいえなくても収まるべきところに収まったという納得感。全ての要素において私には最高の物語だと感じられました。

この話は、青澄にしろツキソメにしろ、あるいは行方不明とされているタイフォンにしろ、いろいろな点で含みを残した終わり方となっているように思えます。もしかして続編の可能性もあるのでしょうか。次は短編集でも面白いかもしれませんね。期待して待ちたいと思います。

評価:★★★★★

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