2011年7月1日金曜日

ジョーカー・ゲーム(柳 広司) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「魔王」結城中佐率いる天才スパイ集団の活躍を描いたミステリ短編集です。戦前のハードでシビアな世界を舞台とする割りに、クールで無駄のない筆致のためか、存外に読みやすい作品でした。極上の雰囲気小説ですね。



軍国主義的な重たい雰囲気を覚悟していたのですが、その予想を覆してくれたのがスパイたちに叩き込まれている徹底的な客観性です。天皇という存在の正統性を議論し、何があろうと死なない、死なせないことを重要視する合理的思考。

私も平均的な日本人としてそれなりに天皇陛下に敬意を持ち、ほどほどに日本への愛国心も持っていますが、何事につけても盲目になってしまってはインチキ宗教と変わりません。極力シビアであることが要求されるスパイの世界においては尚更です。

とはいえ、あまりに客観的、合理的精神が行き過ぎると、裏切りの心配も当然に出てきます。愛国心など犬の餌にもならないと考えられる彼らを引き止めるものとは何なのか。

自分ならこの程度のことは出来なければならない。(P31)

天才集団におけるこの強烈な自負心こそが、彼らをつなぎとめる根となっているのです。あらゆる人間的なものをそぎ落とすことが要求されるスパイという人種ならではの境地といえるでしょう。

元凄腕のスパイ結城中佐が指導する諜報員養成学校「D機関」。佐藤優さんの解説によれば、実際に戦前に存在した「陸軍中野学校」がモデルとなっているのだとか。

陸軍中野学校については、Wikipediaの説明を読む限りでもその凄まじさは想像に難くありませんが、本書に関してはそれほど凄惨な感じではありません。D機関という架空の団体として扱うことで、ミステリとしての読みやすさを実現しているということでしょうか。

とにかく本書については、スパイ小説である前に良質なミステリだというのが私の感想です。単純に諜報活動に焦点をあてれば、もっと色々えげつない演習が可能そうなところ、あえて筆致を抑えることで謎への焦点がより鮮明になっているように思えます。

本書を読んで懐かしい気持ちになったのは、なんとなく母の蔵書で読んだ胡桃沢耕司さんのスパイ小説を思い出したためです。あちらはエロ成分も結構入ってましたけど(笑)。もう手に入りにくいかもしれませんが、ご興味のある向きには探してみてはいかがでしょう。

評価:★★★☆☆

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