2011年1月13日木曜日

ローマ人の物語〈34〉迷走する帝国〈下〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

皇帝ヴァレリアヌスがペルシアに囚われる異常事態を迎え、帝国に激震が走ります。東方とガリアで反乱が起こり、ゴート族は帝国内部まで深く進入。まさに未曾有の危機ですが、実力のある軍人皇帝たちにより徐々に安定を見せます。しかし、内側では着々とローマの変質が始まっていたのでした。



本巻冒頭を見る限りもう終わってもおかしくないような混乱振りですが、やはり囚われの身とはなったものの、実力派の先帝ヴァレリアヌスの薫陶が生きていたためでしょうか。次々と優秀な軍人皇帝が立ち、危機を克服していきます。

「優秀」なのになぜ帝位が次々と変わっていったのか。病死や天災に見舞われた例もありますが、基本的には皇帝の権威凋落が根本的な原因だったのではないかとの説が述べられています。

実力を認められ推挙されたものの元は同僚。嫉妬を乗り越えるには、例えばわが国で言うと天皇陛下のような、理屈では補えない威光が不足していたのではないかというのが筆者の見解です。落ち度が無いにもかかわらず、次々と味方に寝首をかかれていきます。

もっとも非常事態なだけに、推薦されたのは優れた人材ばかり。とりわけ皇帝アウレリアヌスは、東へ西へと奔走し、神速で事態を収拾していきます。一度の解決は無理と見て優先順位をつけてクリアしていく手法は、現代のマネージャ達にも参考とすべき点が多そうです。

こうして辺境からの危機自体は収まっていくものの、この過程で起きたローマの変質に筆者は目を向けます。注目されているのは2点。ひとつはカラカラ帝によりローマ市民権が万人に与えられるようになったこと。もう一つは元老院と軍の完全分離です。

ローマ市民権の問題については前々巻におけるレビューでも触れました。本国、属州の区別なく全員にローマ市民権が与えられるようになったことで、ローマ市民権の価値が急落します。「飴と鞭」の飴が機能しなくなったわけです。

加えてガリエヌス帝による元老院と軍の分離。凋落傾向にあるとは言え、元老院はローマ帝国において人材をプールする機能を果たしてきました。エリートに軍事を経験させることによる、指導者としてのキャリア育成の道が立たれてしまうことで、政治と軍事にバランスよい、いわば「ローマ的」な性質が受け継がれなくなっていったのでした。

このローマの変質にキリスト教台頭の原因を求める、本書第三章のロジックは、実に整然として感動的です。確かに、世相が不安になると強固な協議を持つ宗教に頼る人が増えるのは、感覚的にも理解できることです。次回、治世20年の強い皇帝「ディオクレティアヌス」のもと、ローマ社会がどのような変換点を迎えることになるのか。とても興味深いです。

評価:★★★★★

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