2010年7月15日木曜日

『蜘蛛の巣 上』(ピーター・トレメイン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

7世紀のアイルランド、王妹にして修道女にして法廷弁護士(ドーリィー)たる「フィデルマ」が、ワトソン役の「エイダルフ修道士」と共に難事件に挑む翻訳シリーズ第1弾です。「修道女」探偵ということでもっと地味な話を想像していましたが、アクションあり法論争あり女の戦いありと、極めてモダンな雰囲気の作品です。女弁護士ものといったほうがしっくりくるかと思います。



舞台に7世紀アイルランドが選ばれているのは、ケルト研究家としての筆者の得意分野だったということはもちろんとして、その法意識が極めて現代に近い文明性を持っていることにもあったのかもしれません。それは身体障害者に関する人権保護が本書の重要なトピックになっていることからも伺えます。

ワトソン役のエイダルフ修道士はサクソン出身のいわば外国人。いかにも古代としては典型的な古臭い宗教意識をもつ彼とのやり取りの中で、当時のケルト教会における法体系および人権意識の先進性が浮き彫りにされています。もっともエイダルフ修道士自身はそういった先進性を受け入れる余裕のあるナイスガイで、フィデルマとの関係もちょっといい感じです。

歴史的にはケルト教会はローマ教会に押されて後には消えてゆく運命にあります。本書の時代においてもローマ教会の勢力は増しつつある中、敵役としていかにも理屈の通じなさそうな「ゴルマーン神父」との宗教論争は見所の一つとなっています。

アラグリンの谷という閉鎖的な土地における族長殺害事件の調査に赴くフィデルマ。20台半ばのうら若き女性ということで、初見ではどうしても舐められがちです。自身の権威を認めさせるために、突っ張り通すパワープレイにはハラハラドキドキさせられます。なかでも族長の娘で、19歳の若さながら「後継予定者(タニトス)」である1「クローラ」とのプライドをかけたやり取りは必見です。

翻訳では第1弾ですが、実際にはシリーズ5作目に当たるようで、ちょっと背景的にわかりにくいところも散見されます。なぜ1作目から訳してもらえないのかと恨めしい気もするのですが、下巻のあとがきでそのあたりの事情は説明があるかもしれません。まぁ、訳注をたくさん付けていただいているので、そのご苦労を思うと翻訳の方にはとても文句を言えませんけれど。謹んで続きに期待。

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