2010年9月30日木曜日

親指のうずき(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

トミーとタペンスシリーズ第4弾。前作から20年以上たって書かれた作品です。二人は60歳くらいになるでしょうか。老人ゴシップっぽい趣きの作品になるかと思いきや、クールな展開に素直に楽しめました。



母の蔵書を読み漁っていた小・中学生時代ですが、クリスティーの作品でミス・マープルのシリーズは1冊も読んだことがありません。主人公が老人というのが食指が動かなかった理由かもしれません。じゃあポアロはどうなんだというと、そちらも一部の有名作品しか手にとってはいないのです。

トミーとタペンスも今回は老齢の域に達しているということで、少し躊躇するところが無くもなかったのですが、読み始めてすぐにその杞憂は吹っ飛びました。老人臭くないわけではないんです。話題はいきなり養護ホームからですし、面会に行った気難しいエイダ叔母さんはその後まもなく亡くなってしまいますし。

結局、若ければ若いなりに、歳を取ればそれなりに、タペンスがタペンスらしい好奇心を存分に発揮しているところが良かったのだと思います。今回は親戚に引き取られるかたちで行方の分からなくなったランカスター婦人の足跡を、たった一枚の絵だけを手がかりに探していくことになります。

実は少々展開が退屈というところもありました。一場面ずつをこまめに描写した結果、自然とページ数が増えていっている感じです。ただ、飽きる一歩手前で絶妙に場面転換されるのはさすがです。タペンス→トミーと視点が移り、同じ事件に対して二人が別のアプローチから接していくことになります。

全体的なストーリーも最後のオチも悪くは無かったのですが、旧友アイヴァー・スミスが偶然関わったり、アルバートの特技がたまたま役に立ったりと、多少ご都合主義な点が目立った気もします。まあ、タペンスとトミーの魅力がしっかり描かれてさえいれば、それらの欠点も些細なことです。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
秘密機関(アガサ・クリスティー)
おしどり探偵(アガサ・クリスティー)
NかMか(アガサ・クリスティー)
親指のうずき(アガサ・クリスティー)(本書)
運命の裏木戸(アガサ・クリスティー)

2010年9月29日水曜日

名探偵のコーヒーのいれ方 コクと深みの名推理1(クレオ・コイル) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

老舗コーヒーショップを舞台にしたコージーミステリー。おいしいコーヒーの入れ方とか、名店の看板を守るとか、別れた夫とつかず離れずの仲とか、男前の警部補とちょっといい感じとか、娘とその恋人とか、以上の要素を聞いて読む気になる人にはとても良い本だと思います。ミステリというよりロマンス小説ですかね。



読み終えての感想、名探偵って誰のことだったんでしょう?あまりミステリ分を期待しないほうが良いと思います。最後の犯人も取ってつけた感じです。

コーヒーの薀蓄は面白いんじゃないでしょうか。こういうディテールにこだわった雰囲気は良いものですね。副作用として、チェーン店のコーヒーをおいしく飲めなくなりそうなのは困ったものですが。

別れた夫とかなんとかのあたりは、ロマンス小説としては良くできているのではないかと思います。私はミステリを期待して臨んだので少々肩透かしでしたが。

ちなみに手にとって理由の一つに表紙の可愛い猫の絵があったのですが、取り立てて活躍するということはありません。もしかしたら次巻以降のお楽しみなのかも。

私はタイトルからして全く違う方向を期待してしまったため、がっかり感が勝ってしまったのですが、ゴシップ小説としてはまずまず良くできていると思いますので、そういうのが好きな方は買ってみても損しないのではないでしょうか。

評価:★☆☆☆☆

2010年9月28日火曜日

幼き子らよ、我がもとへ〈下〉(ピーター・トレメイン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

素晴らしい傑作でした。メイントリックは結構な大技です。フィデルマの苦い失敗もあり、単純なハッピーエンドでは終わらない後味の深さ。ラストの法廷シーンはペリー・メイスンシリーズのような緊迫感。うーん、素晴らしい・・・。上巻のレビューはこちらです。



時間に追われるフィデルマが、手がかりを求めて馬や船で各地を飛び回ります。世界が広がってなかなか面白いです。これらの地名も実在のものなんですかね。起こる事件が陰惨かつ残虐で、まさに巨悪と戦う印象を感じさせてくれます。

法廷シーンは実にお見事。フィデルマが精緻な論理と駆け引きで証人たちから真相を引き出していきます。ちょー私好みの展開です。それにしても、古代アイルランドの法意識の高さにはびっくりさせられます。まあ、あまりに現代的に感じられるのは現代人が書いてるからなのかもしれませんが、それだけにエンターテインメントとしては面白いです。

あえて難を挙げるとすれば、フィデルマの独り舞台が過ぎるという点でしょうか。もう少し検察側が頑張ってくれてもよかった気がしますが、今回は告発の内容が殺人事件の犯人に対してでなく、王国の責任という微妙なところだったのが影響したのかもしれません。

法廷シーンと並んで見ごたえのあるのはアクションシーンです。フィデルマ自身が腕の立つ武術使いということもあって、毎回立ち回りシーンが用意されているのですが、今回のフィデルマはここで決定的な失敗を犯してしまいます。このやりきれなさも、物語にしんみりとした重みを与えていたように思います。

翻訳1作目を読んだ時点では、ここまで私にフィットするシリーズだとは思っていませんでした。やはり本来の通り1作目から順番に翻訳していってほしかった気はします。もっとも、翻訳の質自体は文句なしです。難解な用語にも脚注でしっかり解説が入っています。

英語圏では大ヒットしている作品のようですし、日本でもやり方次第では化けそうな気がします。古代ケルトの皮をかぶってるのに、ストーリー展開がいかにも現代的というギャップが醸し出す妙な味わいが本書の一番の魅力だと思います。大ヒットしてほしいですが、そうするとハードカバーになってしまうのですかね。うーん、ファンとしては難しいところです。

評価:★★★★★

関連レビュー:
幼き子らよ、我がもとへ〈上〉(ピーター・トレメイン)

2010年9月27日月曜日

幼き子らよ、我がもとへ〈上〉(ピーター・トレメイン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

7世紀アイルランドを舞台に「法廷弁護士(ドーリィー)」フィデルマが活躍するケルトミステリーの邦訳第2弾。次期王位継承予定者にしてフィデルマの兄「コルグー」からの依頼ということで、今回は邦訳一本目と違いロイヤルな設定が存分に生かされることになります。というか、個人的には翻訳の順番が間違っている気が・・・



7世紀アイルランドは5つの王国に分かれています。コルグーはその一つにして最も大きな「モアン王国」の次期国王です。というか、ぶっちゃけ今回の話の途中で国王になります。ここはネタバレとかでなく、普通に病死です。

邦訳第1弾が本来の刊行5冊目、第2弾が3冊目という不可解な順番での日本版刊行となっています。もしかしたら「王妹」という単語を宣伝文に使うためだったのかもしれませんね。

ストーリー自体は前の話が分からなくてもちゃんと読めるようにはなっているのですが、1冊目や2冊目の事件についてもチラッと触れられているところがあるため、若干のストレスは感じなくもありません。

今回は、隣国「ラーハン」の高名な学者がモアンの地で殺害されたため、その代償に国境の「オスリガ」という地域を明け渡せという難癖をつけられてしまいます。ちょうど今、わが日本の隣国がつきつけてきているいちゃもんと同じような理不尽さですね。

フィデルマが事件の真相解明に乗り出すのですが、事件から時間もたっているため相当苦労するなかで上巻は終了してしまいます。国際問題とも絡み、実に読み応えのある話となっています。

邦訳1冊目の「蜘蛛の巣」も相当凝った話ではあったのですが、地方ローカルで舞台が閉じてしまっていたため、スケールの点でいささか物足りなくもありました。やはりあれが1冊目というのはインパクト的にどうだったのかなという気もします。

今回はとにかく話が大きくて緊張感をはらむ展開です。いまだ事件の全容がかけらも見えてきていないので、どう展開していくのか大変楽しみです。

続きはこちら

2010年9月26日日曜日

テルマエ・ロマエ2(ヤマザキマリ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ローマの大衆浴場技師「ルシウス」が現代にタイムトリップして日本の風呂文化を学ぶシリーズ第2弾。ちょうどローマ人の物語でハドリアヌスの時代に入っていたので、一層面白く読めました。ですが、そろそろネタ作りが大変そうな雰囲気もあります。



前巻ラストでは奥さんが離縁状を残して家を去った引きでしたが、その続きとなる一話目のオチはいかにもローマっぽくて笑いました。なんというか、現代と比べてそういうところあるみたいですね。

治世の3分の2をローマの外で過ごした、旅する皇帝ハドリアヌス。それに付き合わざるを得ず、なおかつ皇帝の愛人疑惑までかけられたとあっては、ルシウスも実に踏んだりけったりです。

ハドリアヌスが闘技場で観衆を黙らせるくだりは、ローマ人の物語でも紹介されていたエピソードですね。というより、元ネタのかなりの部分は同書になるのでしょうか。あわせて読むと一層楽しいと思います。

五賢帝の5人目となる予定のマルクス・アウレリウス少年も登場しています。ハドリアヌス亡き後は彼やアントニヌス・ピウスと絡めて話を引っ張るんですかね。

しかし、流石に日本の風呂文化もそろそろ出尽くし気味な気がします。かならずタイムスリップをしなければいけない縛りが厳しそうです。刊行できるのはせいぜいあと1、2冊かもしれませんが、きれいな着地を期待しています。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
『テルマエ・ロマエ1』(ヤマザキマリ)

2010年9月25日土曜日

ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ハドリアヌス晩年と、五賢帝の4人目「アントニヌス・ピウス」について語られています。アントニヌス・ピウスについてはわずか40ページしか割かれていませんが、何事も大事の起きなかった彼の治世こそが、真の平和の時代だったのではという気もします。



ハドリアヌス治世の本質については、前巻で大部分が述べられていたように思います。本書の記述部分で特筆すべき点は、美少年アンティノー、ユダヤ問題、そして気難しい老人と化した治世晩年といったところになるでしょうか。彼の晩年については、なんとなく2代目皇帝ティベリウスを彷彿とさせますね。両者ともに、2代目としては理想的な資質だったのかもしれません。

アンティノーの像は現代にもかなりの数が残されているそうです。なぜならハドリアヌスがたくさん作らせまくったため。質実剛健なローマでは白い目で見られたようですが、彼の好きなギリシャ文化においては、美少年愛はさほど珍しいことでもなかったとか。実子がなかったのは後継者選定の上でよかったという側面もあるかもしれません。あくまで結果論ですが。

ローマ帝国において常に火種だったユダヤ問題が、ハドリアヌスにより一定の結末を迎えることになります。ユダヤ人のイェルサレム追放、そして彼らの長い「離散(ディアスポラ)」の始まりです。もっとも、ただ感情的に弾圧したわけではなく、ローマ治世への度重なる反発に対応してのもの。ユダヤ教を捨てたユダヤ人は重用していたりするあたり、いかにも現実的なローマらしいところです。

治世の3分の2をローマの外で過ごしたハドリアヌス。衰えた晩年には気難しく扱いづらい老人となっていたようですが、皇帝不在でも完璧に機能する体制を作り上げていたのが、いろいろな意味で幸いしたといえるでしょう。様々な成果を挙げながらも死去直後はあわや記録抹殺刑の声も上がるほどの評判の悪さでしたが、五賢帝の一角に連なることからも分かるように、その評価はすぐに回復されたようです。

アントニヌス・ピウスは、ハドリアヌス不在のローマを支えた重鎮の一人とのこと。非常に誠実かつ温厚で、誰からも好かれる人柄であったようです。ピウス(慈悲深い)という二つ名からも、その性質は推し量られるところでしょう。気難しげなハドリアヌスとは全く対照的な人物で、前2代の皇帝により危機的状況の殆ど見られなくなった万全のローマを治めるには、全く相応しい人物だったといえるでしょう。

ハドリアヌスとわずか10歳しか歳の違わなかったアントニヌス・ピウスは、本来中継ぎ的な意味合いも濃かったのではないかと思われます。それが証拠に、ハドリアヌスとの養子縁組による後継者認定にあたり、のちに最後の賢帝となるマルクス・アウレリウスを自身の養子として迎えるよう条件がつけられます。アントニヌス・ピウスに男児がいなかったことも、ハドリアヌスとしては色々都合が良かったのでしょう。

中継ぎといっても、アントニヌス・ピウスの治世は最終的に23何年にも及ぶことになります。トラヤヌスがこね、ハドリアヌスがついた「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」を完璧な形で引き継いだ、地味ではあっても賢帝の名に恥じない偉大な人物だったようです。

評価:★★☆☆☆

平成大家族(中島京子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

小さいおうち」で直木賞を受賞された中島氏の本が文庫化されていたので手にとってみました。家族問題ということで重めになりがちな題材を扱っていますが、作品の雰囲気自体はコミカルかつシニカルで、とても読みやすかったです。



亭主の自己破産やら出戻りやら三十路ニートやら、あれよあれよと増えていって8人の大家族。それぞれが抱える問題を順に描いていくのですが、最後は一応大団円っぽくおさまります。11の連作短編形式となっていますが、各話のつながりが強めなので一つの長編と考えたほうが良いかもしれません。

私の中でのMVPは、三十路ニートの末っ子「克郎(かつろう)」ですが、人によっては彼のパートはちょっと拒否感がおきるかもしれません。あまりにもご都合主義に話が進みます。私にもちょっとおすそ分けしてほしいくらいうらやましい結末です。こういうあからさまなのは私大好きです。

父親の自己破産により有名私立中学から都立へ移らなければならなくなった「さとる」のパートもよかったですね。いじめを心配してクールに方針やら計画やらをたてて実践し、ある程度の成果は収めるのですが、そんな彼にもちょっとほろ苦い事件が起こります。

克郎の姉二人「逸子」と「友恵」については、子育てとかシングルマザーとかあからさまに女性ならではの視点で話が進むので、男の私としてはちょっと感情移入しにくいところがありました。ただ、ストーリー自体は面白いので、飽きずに読み進めることが出来ました。

なんといっても、それぞれの問題にそれなりのオチをつけてくれているのが私には嬉しかったです。なんとなく小難しい雰囲気だけの小説が苦手なので、その点では大好きな作風でした。作者が女性ということもあって、ちょっぴり女性視点が勝ちすぎるところは感じましたが、それを補って余りある良い意味での文体の軽さが素晴らしいと思いました。

評価:★★★☆☆

2010年9月23日木曜日

ロング・グッドバイ(レイモンド・チャンドラー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

邦題「長いお別れ」で有名なハードボイルド小説の、村上春樹さんによる新訳です。この翻訳が上手なのかどうかは私には分かりませんが、少なくとも作品の雰囲気にはとてもフィットした文体だと思います。もっとも、ただの雰囲気小説にとどまらないストーリー自体の面白さこそが名作の名作たる真の所以なのかなという気もしました。



たしか、以前に「長いお別れ」を読んだのは小学生のときだった気がしますが、今回改めて読み返してみて怪しい気がしてきました。子供向けのミステリ選書の一冊として読んだ記憶があるのですが、文庫版だと600ページにわたる大著。しかもハードボイルドらしい色っぽいシチュエーションもあって、こんなの子供向けで出せるのかなという印象です。

ただ、あとがきによると従来の清水俊二訳バージョンでは原文から省略されているところがかなりあるとのことでした。子供向けとなれば一層のカスタマイズが入っていた可能性はあります。ちなみにその選書の他の作品では「黄色い部屋の謎」、「赤い館の秘密」、「ジキル博士とハイド氏」、「義眼殺人事件」、「幻の女」、「マルタの鷹」、「僧正殺人事件」といったラインナップが並んでいた覚えがあります。うーん、しぶい。

とにかく探偵「フィリップ・マーロウ」が格好良すぎるというところはあるのですけれど、この作品の突き放したような透徹な雰囲気がマーロウ一人の言動から生み出されているのかというと、そういうわけでもないようです。読んでる間は不思議な感じがしていたのですが、あとがきで触れられているチャンドラーの文体についての説明に納得しました。これこそが誰にも真似しえないチャンドラーの文章ということなのですね。

村上氏による訳者あとがきは、50ページにもわたる力の入ったものとなっています。ちょっと小難しいところもあって、私は興味あるところの拾い読みしかしていませんが、氏のこの作品にかける思いはひしひしと感じられます。清水俊二氏の翻訳についてもリスペクトの念を表す形で触れられていますが、両者の翻訳はかなり雰囲気の違ったものとなっているようなので、読み比べてみるのも面白いかと思います。

村上春樹氏という著名な作家の翻訳ということについては賛否の出てくる部分でもあると思います。村上氏自身は翻訳者としての実績があるにもかかわらず、専門家でないという変なバイアスがかかった読まれ方も時にはされるかもしれません。ただ、古い名作についてはなかなか手に取る機会も少ないので、今回のような形で発掘していただけるのは、一人のミステリファンとしてとてもありがたいことだと私は感じています。

評価:★★★★☆

狐笛のかなた(上橋菜穂子) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

恋愛ファンタジーという分類でよいのでしょうか。しんみりとした世界観と計算しつくされたストーリー。筆者の守り人シリーズや獣の奏者が好きであれば、文句なく楽しめると思います。一つの物語としての完成度でいえば、上記2シリーズに勝るかもしれません。



完璧といって良い作品ですね。導入から引き込まれて一気に読んでしまいました。ただ、私の好みからするともうちょっと明るい感じの話のほうが好きかも。もっとも後味が悪いわけではないので、そこは安心して読んでいただいてよろしいかと思います。

人の声が聞こえたり霊孤なんてのがでてきたりと、話の素材だけでいえば電撃文庫でもおかしくない話ですけれどね。そう考えるとあまりのギャップに笑ってしまいそうです。もちろんどちらも好きなのですけれど、小説ってのはつくづく料理の仕方次第なのだなと感じさせられます。

主人公の小夜と野江にも感情移入はさせられるのですけれど、それにもまして脇キャラの味が抜群に良いですね。大朗や鈴や小春丸なんかもよかったですし、とりわけ野江の同僚にあたる霊孤の玉緒が実にいい味出してましたね。こういうジョーカー的なキャラは大好きです。

読書の玄人であればあるほど評価が高くなりそうなお話しだと思いました。私みたいな俗な読み手からすると、作品の完成度があまりに高すぎて、逆にこの話を好きになるポイントというのが見つけにくかったりもするのですが、堅苦しい作品というわけではないので、万人に楽しめる傑作だと思います。

評価:★★★☆☆

2010年9月21日火曜日

ストーンエイジKIDS―2035年の山賊(藤崎慎吾) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ストーンエイジCOPの続編です。前回は滝田たち大人が主人公だったのに対し、今回はタイトルの通り半アマゾン化された公園で独自のコミュニティを気づく子供達にスポットが当たっています。ちょっと青エロいです。



今回も近未来の半アマゾン化された舞台という点では共通ですが、陰謀渦巻く企業の実像が裏側に隠れてあまりでてこなかった点は、若干物足りなくもあります。もっとも、少年少女たちにフォーカスするという意味ではそれで成功だった気もします。

ストリート・チルドレンの中でも、「山賊」と呼ばれる子供達が主人公となります。名前の通り非常に攻撃的な彼らですが、生業はコンビニ強盗などよりハンティングが主のようです。前作で滝田と関わったのが影響しているのかもしれません。超然とした巫女にして娼婦役のミューが妊娠したりと、続巻に向けての前振りもばっちりな感じです。

滝田の原始人クローン疑惑はますます加速します。滝田自身は警察を辞めていますが、同僚に頼って調べたところ、彼と同様のごつい容貌をした同期がかなりの数見つかります。そのうちの一人にコンタクトを取ってみたところ、滝田と同様にでかくても穏やかな気性の持ち主であることが判明。彼らがどういう風に絡んでいくのか興味深いところです。

2004年に発売された単行本の文庫化だそうですが、このラストの引きで6年も待たされた方にとっては、かなりじれったく感じられたことでしょう。帯によると2010年10月に最終巻発売予定だそうで、私は前作の余韻を残しながら臨むことが出来る、幸運な読者となれそうです。

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
ストーンエイジCOP - 顔を盗まれた少年(藤崎慎吾)

今朝の春―みをつくし料理帖(高田 郁) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

お店に火をかけられるやら料理のアイデアを盗まれるやら、もとの生い立ちとあわせて「艱難辛苦」の四字熟語が実によく似合うシリーズでしたが、不幸にめげず頑張る澪(みお)の前向きさのおかげか、だんだん悩みのレベルがマシになってきたような気がします。江戸時代の料理屋を舞台にした連作時代小説第4弾です。



幼馴染で吉原の頂点に位置する「旭日太夫(あさひだゆう)」、澪がほのかな恋心を抱く訳知りな貧乏浪人風の「小松原」、江戸一番との評判ながらちょっとあくどい名店「登龍楼」とのごたごたなど、このシリーズにはいくつかの軸がありますが、それぞれが少しずつ進展をみせていっている感じです。以下、各話の感想。

■花嫁御寮 - ははきぎ飯
大奥に奉公の話が出た大店の娘「美緒(みお)」に包丁を教えることになった澪。美人を鼻にかけた風だったこの娘ともすっかり友人っぽくなってしまいました。ところが、同じ読み方をする二人の名が、思わぬ行き違いを呼ぶことに。今までほのめかされる程度だった小松原の素性がちょっと詳しく明かされます。

■友待つ雪 - 里の白雪
戯曲書きの大先生にしていつも口の悪いツンデレ「清衛門(せいえもん)」先生が、「あさひ太夫」を題材に作品を書くと言い出します。あさひ太夫こと「野江(のえ)」が遊郭に入ることとなったいきさつが明かされるとともに、澪には壮大な目標が突きつけられることになります。

■寒紅 - ひょっとこ温寿司(ぬくずし)
店を手伝ってくれている「おりょう」の亭主で腕のいい大工「伊佐三(いさぞう)」に浮気疑惑が発覚します。おりょうは仕事が手につかず、わが子として可愛がる「太一」も不安げな様子に。さらにその女が直接おりょうや太一に接触してくるという・・・うーん、この話はあまり面白くなかったかも。特にオチがちょっと。

■今朝の春 - 寒鰆(かんざわら)の昆布締め
年末恒例の料理番付が今年は出ないという。澪の「つる家」と「登龍楼」で票が真っ二つに割れたためとのことで、版元から料理対決の提案がきます。気が乗らないながら引き受けた澪ですが、題材は上方出身の彼女にはいかにも不利な「寒鰆」。「究極」vs「至高」を思わせるどストレートな料理対決。どちらが「至高」かは読んでみてのお楽しみです。

それにしても、筆者はテーマとなっている料理は実際に自ら作ってみているとのこと。特に寒鰆なんかは大変だと思うんですが、凄いというか食べてみたいというか。この作品がもう少しメジャーになってくれれば、筆者監修の料理屋とか出来てくれたりしないですかね。そのときは敷居の高い「登龍楼」でなく、庶民の味方「つる家」スタイルで是非お願いしたいです。

評価:★★★☆☆

2010年9月19日日曜日

ちはやふる(10)(末次由紀) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

もう2回目の全国大会ですか。展開が速いのがいいですね。相変わらず抜群に面白い、王道スポコン(?)かるた漫画の第10巻です。



後輩君たちに一人くらいは強い子がいても良かったのになーと思ってましたが、本巻の展開を見ればなるほどです。強い人が増えると、せっかくいい味出してる机君や和服ちゃんのキャラがしんじゃうんですね。

でも、3年間ずっと同じ3人が主力ってのもつまんない気が・・・こういうときは、誰かが転校して誰かが代わりに入ってきたりするのがお約束でしょうか。もっとも、その技は小学生時代に既に新で使ってるから無理ですか。

綿谷新くん、一人だけ別のところに居るから仕方ないとはいえ、すっかり影薄いですね。これでは恋話の展開しようもない。そもそも肝心の千早の男性を見るつぼが今回は一番笑いました。

かるたは文科系とはいえ、動きがあるのがいいですよね。本当にスポコンといって全く違和感ありません。次は都予選決勝ということで、相手に恵まれなかった千早の本領発揮が見られそうです。

2010年9月18日土曜日

ローマ人の物語〈25〉賢帝の世紀〈中〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

五賢帝の3人目、トライアヌスと並びローマ歴代でも最も重要な皇帝の一人であるハドリアヌスの登場となります。漫画「テルマエ・ロマエ」で登場するのがこの人です。時代背景が分かると、あちらの漫画もより楽しめるかもしれません。



トライアヌスが完璧すぎるのと比べると、ハドリアヌスはお茶目なところがあってよいですね。ギリシア文化に傾倒したり、結構エゴイスティックだったり。でも、この人の凄いところは公私をしっかり区別できることです。トライアヌスと同様に、属州出身でありながら、いかにもローマ人らしい責任感の強さを身に備えているのが面白いところです。

即位時はちょっと血生臭いことやってます。トライアヌス時代の口うるさい忠臣4人を粛清。結構ローマの時代はやるかやられるかというところもありますので、やむをえないところはあったのかと思いますが、その悪評を返上するのにはかなり苦労することになったようです。

トライアヌスとハドリアヌスに共通するのは軍事のプロフェッショナルであることです。ダキア戦役やパルティア遠征などを華々しく成功させた先帝ほどには目立ちにくくても、ローマの国防という観点からはそれ以上に重要だったと思われることをハドリアヌスは実行しています。それが辺境軍事の再編成です。

旅する皇帝ハドリアヌス。全21年間の治世のうち3分の2にあたる14年間を、ローマの外で過ごしたといいます。実際に軍事の最前線を視察し、状況に応じた体制を固めていったのはもちろん必要に応じてのことだったのでしょうけれど、それ以上にローマの外を歩き回り、軍団兵と寝食を共にする生活が彼の気質にあっていたということあるのでしょう。

人間嫌いの皇帝ということで、「テルマエ・ロマエ」に登場するのをティベリウスと勘違いしていたのですけれど、彼の男色好みが噂に過ぎなかったのに対し、ハドリアヌスのほうは真性だったようです。彼の負の側面については、下巻にて語られることになるかと思います。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
『テルマエ・ロマエ1』(ヤマザキマリ)

2010年9月17日金曜日

虚栄の肖像(北森 鴻) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

花師にして絵画修復師の「佐月恭壱(さつききょういち)」シリーズ第2弾。せっかくレギュラーになりそうな良い感じの女性キャラも登場してきたところですが、このシリーズも筆者の早世により最後となってしまいました。



北森作品には珍しくねっとりとしたシリーズです。テーマはエロスとなるでしょうか。といっても、別にいやらしい描写があるわけではありません。美術にはそういう側面もあるでしょうというところを突き詰めた感じです。

本書は3編の中短編からなります。冬狐堂やら朱明花のほかに、元カノの「倉科由美子」やら花師のバイト志願「九条繭子」など、女性関係にもバラエティが出てきて、これから一層面白くなりそうだっただけに、これで終わりとは残念です。

綿密な取材に基づく詳細な描写と薀蓄が相変わらず素晴らしいですが、愛川晶さんの解説によれば、大胆なトリックについては筆者の全くの創作ということもあるようです。素人が取材して書いたものとは思えないリアリティを感じさせてくれます。

お話し自体は基本的に面白いのですが、このシリーズの文体が実は私ちょっと苦手です。台詞にかぎかっこをつけず、地の文とわざと混同させるような書き方をしているところが良くみられるのですが、どうもそれが読みにくくて。現実と虚構の不確かさを表現してるのかなというところは想像できるのですが。

冬狐堂「宇佐見陶子」の名前がぼやかしてあるのもあまり意味が分かりません。「例の女」だとか「冬の狐」だとか表現されているのですけれど、何かイニシャルトークみたいな嫌らしさを感じてしまいます。

多分、筆者の意図とは反するのでしょうけれど、私はこのシリーズについては叙情的な部分よりもレギュラーキャラによるストーリーの展開により重きを置いていました。それだけに、ここで終わりとは本当に残念でなりません。

評価:★★☆☆☆

2010年9月16日木曜日

舞面真面とお面の女(野崎まど) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ミステリテイストの作品ですが、ミステリと思って読むと当てが外れるかもしれません。このオチは人によっては窓から放り出したくなるかもしれませんが、私は結構好きでした。是非とも続刊が読みたいです。



メディアワークス文庫の作品を手にとるのはこれが2冊目。1冊目が有川浩さんの「シアター!」ですから、MW文庫らしさというものに触れるのはこれが初めてといって良いかもしれません。なるほど、一般小説とライトノベルの狭間にあるような作品です。

叔父「舞面影面(まいづらかげとも)」の依頼をうけた「舞面真面(まいづらまとも)」は、従妹の「舞面水面(まいづらみなも)」とともに、曾祖父の遺品の謎に挑むことになります。ついでに叔父が雇った探偵もひとり協力することになりますが、彼が最後でああいう役回りになるとは思いませんでした。

真面が大学院修士課程の23歳、水面はその一つ歳下ということで、年齢設定にもこのレーベルの性格が現われているようです。水面が真面をちょっと気にしてる感じの、ありがちかつ鉄板な設定なのですけれど、そこにお面の女がどういう風に絡んでくるかということです。

トライアングルなモニョモニョ展開は、少なくとも本巻においてはありません。どちらかというと、お面の女が水面を応援するために色々画策するような感じです。お面の女の正体を話すとネタバレになってしまいそうなので避けますが、要は中学生の制服を着て、大人びた口調の女だということです。

オチが結構微妙かもしれません。私としては結構きれいに終わってるなと思ったのですけれど、ミステリの先入観で読み進めると、壮絶な肩透かしを食らうような気がします。私は続巻をとても期待したいのですが、どういう展開を期待しているのか明かすとそれもネタバレになってしまいそうで、レビューを書くにはなんとも厄介な作品といえます。

登場人物も少なめのシンプルな話なので、読み応えという点ではそれほどでもないですけれど、その分気楽に読めるということはあると思います。切った張ったのない、静かでちょっと不思議な作風はかなり私好み。お嬢様風の水面もなかなかの萌えキャラなので、ライトノベルファンにも結構お勧めできるかと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年9月15日水曜日

NかMか(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

トミーとタペンスシリーズの3作目。前作から大分時間がたって、40代半ばの初老といっても良い年齢に。おじさん、おばさんの年齢になってどうかわったかと思いきや全然かわらない、やんちゃなおしどり夫婦ぶりが素敵でした。



1940年、第2次大戦真っ只中のお話し。ドイツのスパイが潜んでいると思われる地に、本職のものたちでは面が割れている可能性もあるということで、あえて素人のトミーが送り込まれることになります。のけ者にされそうだったタペンスですが、そこは彼女のこと、実にうまく話に割り込んでみせます。

本書が実際に出版されたのも1941年ということで、戦時の不安な情勢が臨場感溢れる形で描写されています。歴史に疎いので、第2次大戦については日本関係のことしか印象にありませんでしたが、ヨーロッパの情勢についても少し勉強してみたくなりました。

前巻ラストで妊娠が発覚したタペンスですが、その子供(男女の双子)もいい年齢の若者になっています。話しにはちょっとしか絡んできませんが、そのちょっとだけ絡んだ部分が実に面白い状況を生み出してくれます。

ミステリやサスペンスのそれぞれの要素が素晴らしいのですけれど、それをひとつの話しに纏め上げた完成度が半端じゃありません。なんというか、こなれてる感が凄すぎて、400ページが本当にあっという間と感じてしまいました。素晴らしい翻訳のおかげもあるかもしれません。

二人の年齢は8歳差かと思ってましたが、実は同い年なんですかね。どこで読み違えてしまったのでしょうか。前巻レビューにおけるトミーのロリコン疑惑は全くの濡れ衣だったようです。失礼いたしました。

とにかくどれだけ歳を重ねようと全然変わらない二人の関係が、この作品の雰囲気を実に良いものとしてくれます。娘のデリクの
ちょっと見てよ、あのふたりを――どうでしょう、手なんか握っちゃって!でも、じつをいうと、ちょっとかわいいわね。(P414)
この言葉に、本書の最大の魅力が集約されているのではないかと思うのです。

評価:★★★★★

関連レビュー:
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NかMか(アガサ・クリスティー)(本書)
親指のうずき(アガサ・クリスティー)
運命の裏木戸(アガサ・クリスティー)

2010年9月14日火曜日

薄妃の恋―僕僕先生(仁木英之) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

美少女仙人「僕僕」先生とちょっと頼りない弟子の「王弁」が旅する中華ファンタジー第2弾。今回は短編集といって良いのでしょうか。あまり1冊としての大きな話しにはなっていませんが、愉快な連れ合いができたりで話が膨らんできそうです。



前巻ラストで僕僕先生がいないあいだちょっと頑張って、皇帝からもらった「通真先生」の名もまんざらでもなくなってきたはずの王弁ですが、本巻ではその成長振りが殆ど見られません。師匠が戻ってきて子供返りしたのでしょうか。

成長物語がないのはちょっと寂しいですが、短編集として全体のテイストをあわせるという意味ではこれでよかったのかもしれません。相変わらず童話のような話し作りは素敵です。もっとも童話と呼ぶには色ネタや下ネタが少々多い感じですが。

僕僕先生が美少女設定の割りになかなか萌えないのが、私としてはちょっと残念なところです。王弁に対して気があるのかないのかちょっと分かりにくい素振り。ライトノベルなんかだと、ライバル美少女が現われてくれたりするんですけどね。

今回はほぼ一話完結で、作品の雰囲気を楽しむには申し分ない構成ですが、物語好きとしては前巻のような大きな流れがほしかった気もします。まあ、そこは次回以降に期待ということでしょうか。

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
『僕僕先生』(仁木英之)

2010年9月13日月曜日

ソウルケイジ(誉田哲也) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

前作はシリーズの立ち上がりに相応しい派手な話しでしたが、今回の事件のほうが警察小説らしくて私は好きです。でも、舞台装置が地味でも仕掛けはそうとう凄いですよ。姫川玲子シリーズ第2弾です。



忘れかけていた伏線がああいう形で回収されるとは思いませんでした。びっくりしたというのもありますが、それよりは切なさというかやりきれなさがぐっと来る感じです。熟練のミステリ読みなら結構途中で真相見抜けちゃうのかもしれませんが、そういう意味では私は幸福な読者でした。

今回、玲子が目の敵にする同僚の日下は、前回対立したガンテツとは違ってえらく真っ当な人間です。証拠重視で理詰めに積み上げていくスタイルは確かに玲子の直感重視と正反対ですが、日下への敵対心はどう考えても筋が通っているようには見えません。

そもそも、日下のほうからは玲子を全然敵視していません。日下の好感度と比例して玲子のわがままが際立ちます。でも、彼女のそういう理不尽さこそが本シリーズ一番のみどころだから仕方ありませんね。どれだけ無茶を言っても陰湿にならないのが彼女の良いところです。

今回の事件も相当黒い展開をみせますが、誉田氏の作品にはそういう重さを感じさせない爽快感があります。事件の舞台も酷いし関係者の背景も重いのに、何故こうも軽快に読ませることが出来るのか不思議です。本書は本当にどこをとっても私好みの作品でした。

ところで、年上の部下である菊田君は、玲子のパートナーとして徐々に距離を縮めつつありますね。ちょっとキャラ的に玲子の相方として物足りない気もしていましたが、彼なら主役を食うことありえないからそれはそれでいいのかなと思うようになってきました。ほんと申し訳ない言い草ですけど(笑)

評価:★★★★★

関連レビュー:
ストロベリーナイト(誉田哲也)

2010年9月12日日曜日

ジゼル・アラン (1)(笠井スイ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

アグレッシブで無邪気で素直で、でも世間知らずのせいか何かと無防備で危ういお嬢様のお話し。新人さんなんですかね。絵もストーリーも荒削りだけど、数冊出てこなれてきたらとても良い作品になりそうです。



Amazonのレビューでも指摘されていましたが、「エマ」の森薫さんと作風が似ている感じがしますね。あちらと比べて完成度が劣るのは仕方のないところですが、あまりにも相手が悪すぎるのは不幸なところ。

良いところのお嬢さんのはずなのに、何故か大家として一人暮らしをしている「ジゼル」。店子の若い男性に肩車させたり、ストリップをみせられて感動したりと、なにかとガードの甘いところがこの少女の萌えポイントです。

ちょっと表現力が追いついていない感もありますが、ポイントとしては実に良いところをついていますね。森薫さん同様に、自身の煩悩を作品に思いっきり叩きつけていただきたいです。

まだまだ彼女の正体はなぞに包まれた部分が多いですが、今後の展開が楽しみです。大器の片鱗はばっちり感じるので、あとはいかにして二番煎じの印象を覆すかというところでしょうか。

評価:★★☆☆☆

2010年9月11日土曜日

修道女フィデルマの叡智(ピーター・トレメイン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

7世紀のアイルランドを舞台に、若くして「法廷弁護士(ドーリィー)」の資格を持つ修道女フィデルマが活躍するミステリ短編集です。日本語翻訳版のために独自の編集がされていて、フィデルマシリーズの入門書として最適な構成となっています。



ちょっといい仲のワトソン役「エイダルフ修道士」が出てこないのは残念ですが、短編ならではの雰囲気と切れ味は期待通りでした。以下、各話の感想です。

■聖餐式の毒杯
ローマ巡礼中にたまたま訪れた小協会で殺人事件が起こります。母国ならともかくローマではなんの権限もないフィデルマですが、ドーリィーについて聞き及んでいた修道院長の依頼により、事件の解決に取り組むこととなります。いかにも玄人うけしそうな、端正な作品ですが、聞き取りが延々と続くところなど、ちょっと退屈なところもあるかもです。

■ホロフェルネスの幕舎
夫と息子殺しの嫌疑をかけられた幼なじみの依頼を受け、フィデルマが真相解明に乗り出します。この話しは本書で一番よく出来ていると思います。短編にもかかわらずどんでん返しの連続、そして意外な真相。また、族長とその後継者(ターニシュタ)というこのシリーズの典型といえる舞台設定も、当時のアイルランド文化を感じさせる良い雰囲気を醸し出しています。

■旅籠の幽霊
フィデルマが吹雪の中たまたま行きあった宿で、幽霊騒ぎの謎に挑みます。「嵐の山荘」的臨場感を感じさせる、ちょっと異色の一品です。英題「Our Lady of Death」の意味が、ラストで事件の真相と共に明らかになります。とても素晴らしいタイトルなのですが、さすがに日本語訳で同様の意味を持たせるのはちょっと難しいでしょうね。

■大王の剣
当時のアイルランドは5カ国にわかれていて、大王(ハイキング)とはその5カ国のすべてを統べる王の意味。要するに一番偉い人ですが、フィデルマがその厄介な後継者争いに巻き込まれることとなります。フィデルマが偉い人達を相手に物怖じせず敢然と立ち向かう姿が実に格好いいです。ミステリとしても「ホロフェルネスの幕舎」同様にめまぐるしい展開を見せて大変面白かったです。

■大王廟の悲鳴
「大王の剣」から3年後が舞台となります。歴代の大王が葬られる立入禁止の墳墓から悲鳴が聞こえ、確認すると人が死んでいるのが発見されます。たまたま重要な会議のため王城を訪れていたフィデルマが事件の解決に挑むことになります。お墓を舞台にちょっとホラーチックな展開ですが、ミステリとしては「大王の剣」ほどではなかったかも。

現代並みに整備されたアイルランドの法を司る人物が主人公のため、古代を扱う作品でありながら全然古臭さを感じさせません。やはりこの作品の雰囲気は短編に向いていると思います。独特の概念が結構たくさん出てくるため、このシリーズを読まれる方は最初に少し我慢していただく必要があるかもしれません。時代背景がわかってくるにつれておもしろさが増して行くので、途中で放り捨てずに読みすすめていただきたいなと思います。

評価:★★★☆☆

ピーター・トレメインの他の作品のレビューをみる

2010年9月10日金曜日

ローマ人の物語〈24〉賢帝の世紀〈上〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

五賢帝のなかでも最重要といって良いトライアヌスですが、現存の資料が少ないため筆者が大変苦労されています。とてもバランスの取れた指導者という印象ですね。



軍事についても政治についても、天才とまではいえずとも高い水準でこなし、真面目で誠実でありながら必要とあれば冷酷に対処することも出来る。ひょっとするとカエサルよりも理想的な皇帝といえるかもしれません。あまりとんがりすぎたために、出る杭が打たれてしまったわけですから。

属州出身としては初の皇帝ですが、親の代からの元老院議員ではあったわけですから、ローマ人的にはさほどの抵抗感はなかったのかもしれませんね。もっとも大儀は必要のようで、由緒正しい血統の先帝ネルヴァから養子という形で後継者指名を受けての襲位となります。

アウグストゥス時代より定められていた領土を初めて拡張した人物です。ダキア戦役については、カエサルに習ってか皇帝自らの筆による「ダキア戦記」が執筆されたそうですが、現存していないのは残念なことです。トライアヌス円柱に描かれた絵から逐一想像を叙述に変えていく作者の労には敬服の念を感じました。純粋な小説ならもっと好き勝手できたんでしょうけどね。

史実として残されているものが少ないうえ、本人が真面目で立派過ぎることもあって、ちょっぴり読み物としては面白みに欠ける感なくもありません。ただ、インフラ工事にかける情熱についてはちょっと興味深かったです。父が土木屋だったので、立派な橋とかみると「おっ」と思ってしまうのです。

男児がうまれなかったため、従兄弟の子であるハドリアヌスが養子として後継者となります。暗黒の時代を経て実力重視が再認識されながらも、周囲を納得させるためにはやはり血のつながりが重要となるようです。

評価:★★☆☆☆

2010年9月9日木曜日

ストロベリーナイト(誉田哲也) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

誉田作品を武士道シックスティーンから入った私としては、冒頭ちょっと引いてしまいそうなほどの残虐シーンにびっくり。読み進めてさらに驚くのは、これだけベクトルが異なるにも関わらず、両作品の雰囲気がそっくりなことです。三十路直前のやんちゃな美人刑事「姫川玲子(ひめかわれいこ)」が活躍する、シリーズ第一弾です。



玲子のキャラクターが本書の一番の売りになるのでしょう。姉御肌でアクティブで頭も良いのですが、人間として完全とは程遠い性格をしています。愚痴るし弱音吐くし陰口叩くし美人をちょっと鼻にかけてるし。さらには警察官らしくない直感型の捜査。そういういかにも人間臭い彼女が、とても格好よく魅力的です。

敵の前にまずは味方との戦いが大変です。この世で二番目に嫌いな男「日下守(くさかまもる)」は、今回急性盲腸炎ということであまり出てきませんが、公安上がりのガンテツこと「勝俣健作(かつまたけんさく)」があの手この手と嫌がらせを仕掛けてきます。武士道セブンティーンの吉野先生といい、陰険なおっさん書かせるとホントうまいですね。

事件の内容はかなりショッキングでインパクトがあります。ただ、個人的には少し複雑すぎるというか、終盤ごちゃごちゃした感じもあります。まぁ、私の頭が悪くて理解が追いつかなかっただけなのですが。ミステリとしての仕込み自体は見事なのですが、クライマックスあたりはどちらかというとサスペンス風味だったため、印象がぼやけてしまった感があります。

大きな事件と個性的なキャラクターたちが目を引きますが、実は丹念な取材に基づく細かい部分の精緻な描写こそが、本作品を支えているのではないかと思います。リアルな描写があるからこそ、派手な物語が陳腐なものとならずにすんでいるのでしょう。この点は武士道シリーズでも感じたことです。

従来の警察小説のイメージからはちょっと外れた、不思議な印象の作品です。玲子と彼女の部下「菊田」との関係はどうなるんでしょうか。申し訳なくもちょっと役者不足な感がなくもないのですが、玲子の性格を考えればお似合いなのかもしれません。恋話の展開も楽しみにしておきます。

評価:★★★☆☆

2010年9月8日水曜日

ラ・パティスリー(上田早夕里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

表紙のイラストに釣られて購入。また中村佑介氏です。パティシエの世界を端正に描いた清新な作風に好感をもちました。ちなみに筆者は第4回小松左京賞受賞されているとのことですが、それっぽい要素は少しもありません。



製菓学校を卒業したばかりのパティシエール見習い「森沢香織」と記憶喪失の凄腕パティシエ「市川恭也」の二人が主人公です。恭也の過去探索、菓子業界の舞台裏、香織の成長といったところがテーマとなっています。若い男女のことなので、ちょっぴり甘く切ないロマンスもないことはありませんが、期待しすぎると肩透かしかもしれません。

恭也登場の導入がちょっと不思議な感じで、てっきりSFなのかと思っていたら全く違いました。別にSFじゃなくても構わないのですが、恭也の正体ついてはちょっとがっかりというか腑に落ちない感じがしました。そりゃ現実なんてそんなもんでしょうけれど、もっとワクワク感あふれる真相を期待してしまいました。

一応連作短編のような形式になっています。仕込みの模様や百貨店との関係など、菓子店をめぐるさまざまなディテールが細かく描かれている点は大変良かったです。筆致も全体的に淡々としていて、作風や登場人物のキャラクターはとても私好みです。

それだけに、恭也の正体に意外性がなかったり、二人の恋の行方がなんとなく中途半端だったりしたのは残念ですね。満を持して登場したオーナーの息子についても、ふーんという感じ。続編がでるんならこれでもいいのかもしれませんけれど、これ以上話の膨らみ用もなさそうな感じはします。

私は基本的に連作短編という形式が大好きなのですけれど、本書については単にパティスリーの日常を描く純粋な短編集の方が収まりが良かったのではないかなという気がします。大きな物語よりは小技の冴えがみどころの作家さんという印象です。作風自体はホント良いと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年9月7日火曜日

空想オルガン(初野晴) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ハルタとチカの吹奏楽部シリーズ第3弾。過去2作と比べても一番良かったかもしれません。相変わらず若き感性の表現がお見事。加えて、ミステリとしても各話あっと言わされました。特に最終話のラストは結構びっくり。青春小説としてもミステリとしても一級品の連作短編集です。



吹奏楽の甲子園「普門館」を目指すのが話しのメインストリームなわけですが、毎回そこに直接スポットはあたっていないんですね。別の事件や他者視点から間接的に話をすすめるやり方が実に心憎いです。以下、各話の感想です。

■ジャバウォックの鑑札
チベタン・マスティフという希少種の迷子犬に、二人の男女が飼い主だと名乗り出ます。片方はおそらくお金目当て。飼い主当てが始まります。良い話ですが、謎とき自体はちょっとこじつけっぽい気も。そもそも大事な演奏前に何やってるんだと(^^;

■ヴァナキュラー・モダニズム
ハルタが住んでいたボロアパートが取り壊されて、保護者にして一級建築士の姉「上条南風(かみじょうみなみ)」に従い急遽部屋探しをすることになる一同。姉の出す厳しい条件にめげず探し当てた物件は、なんと幽霊騒動で閉鎖寸前とのこと。みんなで「チャリン」となる音の解明に乗り出します。本書で一番好きな話。壮大でバカミスっぽく、でもちょっぴり心温まる真相が待っています。

■十の秘密
高校吹奏楽の革命児、コギャル集団「清新女子高吹奏楽部」の秘密が一つずつ明かされていくという、ちょっと毛色の変わった構成の作品。県大会ライバル校の立場からストーリが進められるのが面白いです。それにしても、フィクションとはいえ毎回高校生が重いものを背負い過ぎでは・・・それとも私の高校時代が薄すぎただけなのでしょうか?

■空想オルガン
オレオレ詐欺常習犯の変なおっさん視点から話しは始まります。せっかくの東海大会なのにと思っていましたが、読み進むうちに徐々に違和感が消えていきます。そして最後の最後のチカの一言にびっくり。油断しました。

草壁先生の過去が多少は明らかになるかと思ったら、まだ伏せられたままでした。ちょっと意地悪い音楽ジャーナリストとの関係も興味深いです。あのジャーナリスト、今後も登場するのでしょうか。

評価:★★★★★

関連作品:
初恋ソムリエ(初野 晴)

2010年9月6日月曜日

謎解きはディナーのあとで(東川篤哉) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

お嬢様警官と毒舌執事によるミステリ短編集。狙いすぎるくらい狙った設定ですが、一話ずつがしっかり作りこまれているため、それほどいやみになりません。もう少し派手さがあってもよかったのではと思ってしまうくらい。ソフトカバーよりは文庫で読みたい一冊。



宝生グループ令嬢「宝生麗子」が自宅でくつろぎながらぽろっと漏らした推理に対し、慇懃無礼なことこの上ない執事の「景山」が「あほ」だの「節穴」だの「素人以下」だのと痛烈な毒舌を放ち、一瞬の間合いの後お嬢様が大激怒するお話です(一応その後推理もあります)。こういうパターン化された掛け合いは楽しくてよいですね。

刑事の奥さんが家に事件を持ち帰る、太田忠司さんの「ミステリなふたり」とちょっと似た感じの設定かもしれません。はっきりいって大好物です。クリスティのトミーとタペンスシリーズといい、こういうホノボノしたつがいものが好きなのは、リアルで持たないものを無意識に求めているからなのでしょうか・・・

執事探偵はよいのですが、大金持ちな設定のほうももっと生かしてほしかったかなという気はします。筒井康隆の「富豪刑事」みたいにお金をばら撒きまくるのは本書の雰囲気に合わないでしょうが、もう少し事件の解決とお金持ちの設定を絡めてほしかったと思います。友人の結婚式でたまたま事件に出くわす第4話のような要素がもう少しほしかったです。上司の風祭との対比もいまいちだったかも。

それと、ラストの一話くらいは全体を総括するような話しにしてほしかったかなと。本書は全話が完全に独立の短編なので、多少は連作短編の味がほしかったです。もちろん完全に好みの問題なのですが、ソフトカバーで1,500円だして普通の短編集だったのがちょっと物足りなく感じたのです。文庫なら全然文句なかったんですが。

本書では執事「景山」の素性が全く明かされていないので、まだまだ続巻が期待できそうですね。設定自体は大好物の部類なので次にも期待したいですが、できれば文庫で出してほしいかなぁ・・・もっとも、中村佑介氏のカバー絵、求心力がものすごいですね。ソフトカバーでもまた手が出ちゃうかもしれません。

評価:★★☆☆☆

2010年9月5日日曜日

サクラダリセット3 MEMORY in CHILDLEN(河野 裕) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

素晴らしいですね。キャラクターの造詣、叙情感あふれる描写、様々な能力を駆使したSFトリック。すべてにおいて私好みの作品です。2巻は能力の使い方が少々難しくて追いつかないところがありましたが、その点でも本巻はGood。不思議な能力者の集う咲良田シリーズ第3弾です。



3巻にして表紙が春埼から変わったのかと思いきや、中学生時代の彼女でした。本書は現在視点からの過去話となりますが、未来視の少女「相馬菫(そうますみれ)」により、現在と過去が見事なリンクを見せています。

なにをおいても注目は、中学生時代の「春埼美空(はるきみそら)」。高校時代となっても喜怒哀楽に乏しい彼女ですが、中学生のころはそれが一層とんがっている感じです。そういう春埼美空が形成されてしまったルーツが本書で明かされます。

相馬菫と「浅井ケイ」の関係も見逃せないところです。菫がケイに持つ感情、その理由が明かされるくだりでは本当にうならされました。未来視という能力はSFでは割とありふれた設定だと思いますが、それをこんな風に使ったのは初めてみました。

前巻から引っ張っていた、複数の能力を組み合わせることにより相馬菫を生き返らせる方法。これはちょっと難しいというか、ピンと来ない感じがしました。まぁ、それまでの展開で結構おなかいっぱいだったので、あれくらいでちょうど良かったかもしれません。

結構シリアスな読感なので、ライトノベルレーベルでなくても通用しそうな本作品ですが、それでは椎名優さんのイラストがつかないですからね。本書では特にラスト付近で髪を切った春埼のはにかむような笑顔が最高です。その後の展開を考えるととても切なくなる幻の笑顔・・・。

複数の女性キャラクタが登場する作品なのに、本シリーズの表紙は春埼で統一されています。この判断は見事というしかありません。様々なパーツが優れているにもかかわらず、本シリーズを一言で表すなら「春埼萌え」に集約されるのでしょう。そこがぶれないのが一番素晴らしいところです。

評価:★★★★★

関連作品:

2010年9月4日土曜日

武士道セブンティーン(誉田哲也) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

おお、超ストレートな友情物語ですね。黒岩怜那(くろいわれな)も巻き込み三角関係の様相を呈します。というか、前回ははっきりわかっていなかったけど、これって百合小説なんですね。



女性同士の友情をすぐに百合とかラベル付けしたがるのはあまり品の良いことではありませんが、この話しの肝は要するにそういうことなんだと思います。早苗が転校して遠距離恋愛状態となった二人。早苗にはレナ、香織には美緒というちょっといい感じの相手が現われたりもしますが、離れていることで二人の思いは一層募っていきます。

メンタリティとしてのレズではないのですけれど、女性同士の友情を擬似恋愛として扱うのは「マリみて」の手法ですね。こういう作品、女性作家ならではの感性がないと書けないものじゃないかと思っていましたが、そうでもないことを著者が見事に示してくれました。

前回はおまけのように最後ちょこっと出てきただけの「武士道」。本書ではなにがしかの答えのようなものが見えてきました。この作品における「武士道」というのが実際の剣道関係者にとってどれだけリアルに意識されるべきものなのかは存じませんが、やっぱりなんだか格好いいですよね。最後あたりの吉野先生の言葉にはちょっぴりじわっと来てしまいました。

前巻では早苗が2連勝。本巻では公式戦での対決は実現せず、練習試合では引き分け。プロレス的星とり関係からすると今度は香織が勝つ番ですが、大舞台で香織が勝ってしまうと最終勝者は香織の印象が強くなってしまうので、レナも含めた星勘定の調整をするんですかね。うーん、全然予測がつかない。楽しみです。

評価:★★★★☆

関連レビュー:
武士道シックスティーン(誉田哲也)

おしどり探偵(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

トミーとタペンスシリーズ第2弾。短編集ですが、まとめて一本の長編といって良い構成です。この作品、中学生のとき大好きだったんですけれど、20年後の今読み返しても実に良いですね。良質なミステリというよりは掛け合いコメディとか夫婦漫才とかいったほうがしっくりきます。でも、そこはクリスティのこと。時々きらっと閃く謎解きが抜群のアクセントとなっています。



秘密情報局に勤めるトミー(ただし純然たるオフィスワーク)のもとに、上司であるカーターから、半年ほどある探偵事務所の所長を引き継いでみないかとの依頼がきます。

その探偵事務所にはスパイ疑惑が持ち上がっていて、元の所長はすでに拘束されるも口を割らず。そのため、彼の名をそのまま騙って探偵業を続け、不審な人物からのコンタクトがあれば報告してほしいとのことです。そして、二人の探偵ごっこが始まります。

何しろ探偵業については素人な彼らのこと。各話ごとにホームズやらソーンダイクやら隅の老人やら、挙句の果てには著者自身の名探偵であるポアロやらを気取って事件に取り組みはじめます。

その名探偵の模倣ぶりは滑稽でとんちんかんとしか言いようがないのですが、事件自体はなぜか見事に解決。彼らの読書歴が何の役にも立っていないところが実に素敵です。ちなみに、元ネタの探偵たちを知らなくても十分楽しめるのでご安心ください。

名探偵を模した導入→行き詰まる→はっとするきっかけ→真相解明。基本的にこの黄金パターンが繰り返されるわけですが、そこでたまに入るアクセントが実に小気味よく効いています。もちろん合間にはくだんのスパイがらみの事件も起き、最終話では大団円の結末を迎えることとなります。しかし、最後のオチはそうつけるのかー・・・実に二人らしくて脱帽です(^^;

とにかく二人の掛け合いが楽しすぎるのです。純粋なミステリとして評価するならばそれほど高い点数とはならないのですが、この二人がこの二人らしさを遺憾なく発揮しているところが本書の最大の魅力なのです。

しかし、前作ではあわせて45にみたないとされていた二人の年齢が、6年後の本作では32歳と24歳と明かされています。うーん、8歳差?二人は幼馴染で、しかもトミーは子供の頃からタペンスのことが好きだったと告白していたはず。タペンス10歳のころトミーは18歳。なんというかとんだロリコン野郎というか、光源氏というか・・・そういうところも素敵だと思いません?w

評価:★★★★★

関連レビュー:
秘密機関(アガサ・クリスティー)
おしどり探偵(アガサ・クリスティー)(本書)
NかMか(アガサ・クリスティー)
親指のうずき(アガサ・クリスティー)
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2010年9月2日木曜日

ローマ人の物語〈23〉危機と克服〈下〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

完璧なレールを敷かれながら、病でわずか2年の治世となった皇帝ティトゥス。後を継いだ弟のドミティアヌスは、15年間の在位の末に暗殺され、さらにはカリグラ、ネロに続く「記録抹殺刑」の対象となってしまいます。どんなひどい皇帝なのかと思いきや、筆者の筆は好意的です。



父親にして先帝のヴェスパシアヌスがしっかり土台を築いてくれたおかげで、低い出自にもかかわらず歓迎を持って迎えられたティトゥスの治世。ポンペイを襲う有名なヴェスヴィオ火山の大噴火や、ローマ市中の火災、疫病対策に追われた挙句、あっという間に終了してしまったのでした。

後を継いだドミティアヌスは意欲満々。いくつかの失策は犯したものの、その施策は総じて評価すべきものであったと、後世の評価では一致しているようです。彼が悪評を残してしまったのは、理想主義が過ぎたためだったようですね。そういう場合、敵方になるのは元老院と相場が決まっています。

暗殺の直接の原因は、養子にした息子達の実父母が宗教に嵌ってしまったためとのこと。宗教自体には寛容でも、政体を揺るがす主張には断固として臨むローマのこと。ましてや皇帝候補の実父母となると、生真面目なドミティアヌスとしては断罪せざるを得なかったわけですが、親族への果断な処置が他の身内に不安を呼び起こしてしまったのでした。

しかし、もしかしたら裏には元老院の暗躍があったのかもしれません。それが証拠に、ドミティアヌス暗殺後の動きが実に早い。当時の執政官で、皇帝とも元老院派とも一線を画すネルヴァがあっさり新皇帝として擁立。ヴェスパシアヌス、ティトゥス、ドミティアヌスと三代続いたフラヴィウス王朝は、その治世に正当な評価を受けないまま、終わりを告げてしまいます。

五賢帝最初の一人とみなされる新皇帝ネルヴァは御歳70歳。中継ぎであることは衆目の一致するところで、実際に寿命で倒れるまでの在位はわずか1年3ヶ月だけです。そんな彼が五賢帝の一人と数えられるのも不思議なことですが
ネルヴァが五賢帝の一人に加えられた理由は、トライアヌスを後継者に選んだ一事のみ(P192)
とあるように、属州出身のトライアヌスを養子に据えた慧眼には相当なインパクトがあったようです。ここから、ローマの最盛期が始まります。

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
ローマ人の物語〈22〉危機と克服(中)(塩野七生)

2010年9月1日水曜日

アリスへの決別(山本弘) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

短編集ですが、最初の2本があわなくてどうしようかと思いました。後半は結構楽しめましたが。現代社会の欺瞞をシニカルに描くというのが、ちょっと鼻についた感じ。



以下、各話の感想です。

■アリスへの決別
幼女のヌードモデルとか出てきますが、そんなにエロイということもありません。うぶモードというロリコン雑誌掲載作品だそうです。どんでん返しも待っていたりして、完成度は高い話しかと思いますが、作品のテイストがあまり好きになれませんでした。

■リトルガールふたたび
うーん、どこを楽しめばよいのかわからない作品でした。作品の下敷きとして「リトル・ボーイ再び」というのがあって、そちらの文脈が分かっていないと楽しめないのかも。内輪受けという印象の作品。

■七歩跳んだ男
この作品は本書で一番面白かったかも。月基地でゲストが不可解な死をとげ、その真相に迫るミステリ仕立てとなっています。真相自体は結構ばかばかしい感じもしましたが、月旅行が実現したらこういう人も出てくるかもなぁとも思いました。

■地獄はここに
霊能者を主人公としたオカルトホラー。普通に結構怖いです。後からよく考えてみると、SFではないのかも。超常現象より人間のほうがよっぽど怖い。

■地球から来た男
宇宙船密航者の目的は?というお話ですが、SF設定が散らばっているため独特の雰囲気をかもし出しています。「地球移動作戦」の34年後の世界が舞台だそうです。

■オルダーセンの世界
閉鎖的な世界の真相が徐々に明かされていく、ストレートにSFっぽい作品。謎の少女シーフロスは次の作品でも出てきます。

■夢幻潜航艇
量子論的設定とでも言えばいいのでしょうか。現在と過去の境目もなく、思ったことがそのままリアルとなる世界。前作でも登場したシーフロスの正体が明かされます。

ラスト2編の世界観に感心しました。これぞSFを読む醍醐味という感じです。1,2話目があまりに私には会わなかったので、順番変えてくれたらもう少し評価できたかも。

評価:★★☆☆☆