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2010年9月2日木曜日

ローマ人の物語〈23〉危機と克服〈下〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

完璧なレールを敷かれながら、病でわずか2年の治世となった皇帝ティトゥス。後を継いだ弟のドミティアヌスは、15年間の在位の末に暗殺され、さらにはカリグラ、ネロに続く「記録抹殺刑」の対象となってしまいます。どんなひどい皇帝なのかと思いきや、筆者の筆は好意的です。



父親にして先帝のヴェスパシアヌスがしっかり土台を築いてくれたおかげで、低い出自にもかかわらず歓迎を持って迎えられたティトゥスの治世。ポンペイを襲う有名なヴェスヴィオ火山の大噴火や、ローマ市中の火災、疫病対策に追われた挙句、あっという間に終了してしまったのでした。

後を継いだドミティアヌスは意欲満々。いくつかの失策は犯したものの、その施策は総じて評価すべきものであったと、後世の評価では一致しているようです。彼が悪評を残してしまったのは、理想主義が過ぎたためだったようですね。そういう場合、敵方になるのは元老院と相場が決まっています。

暗殺の直接の原因は、養子にした息子達の実父母が宗教に嵌ってしまったためとのこと。宗教自体には寛容でも、政体を揺るがす主張には断固として臨むローマのこと。ましてや皇帝候補の実父母となると、生真面目なドミティアヌスとしては断罪せざるを得なかったわけですが、親族への果断な処置が他の身内に不安を呼び起こしてしまったのでした。

しかし、もしかしたら裏には元老院の暗躍があったのかもしれません。それが証拠に、ドミティアヌス暗殺後の動きが実に早い。当時の執政官で、皇帝とも元老院派とも一線を画すネルヴァがあっさり新皇帝として擁立。ヴェスパシアヌス、ティトゥス、ドミティアヌスと三代続いたフラヴィウス王朝は、その治世に正当な評価を受けないまま、終わりを告げてしまいます。

五賢帝最初の一人とみなされる新皇帝ネルヴァは御歳70歳。中継ぎであることは衆目の一致するところで、実際に寿命で倒れるまでの在位はわずか1年3ヶ月だけです。そんな彼が五賢帝の一人と数えられるのも不思議なことですが
ネルヴァが五賢帝の一人に加えられた理由は、トライアヌスを後継者に選んだ一事のみ(P192)
とあるように、属州出身のトライアヌスを養子に据えた慧眼には相当なインパクトがあったようです。ここから、ローマの最盛期が始まります。

評価:★★☆☆☆

関連レビュー:
ローマ人の物語〈22〉危機と克服(中)(塩野七生)

2010年9月1日水曜日

アリスへの決別(山本弘) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

短編集ですが、最初の2本があわなくてどうしようかと思いました。後半は結構楽しめましたが。現代社会の欺瞞をシニカルに描くというのが、ちょっと鼻についた感じ。



以下、各話の感想です。

■アリスへの決別
幼女のヌードモデルとか出てきますが、そんなにエロイということもありません。うぶモードというロリコン雑誌掲載作品だそうです。どんでん返しも待っていたりして、完成度は高い話しかと思いますが、作品のテイストがあまり好きになれませんでした。

■リトルガールふたたび
うーん、どこを楽しめばよいのかわからない作品でした。作品の下敷きとして「リトル・ボーイ再び」というのがあって、そちらの文脈が分かっていないと楽しめないのかも。内輪受けという印象の作品。

■七歩跳んだ男
この作品は本書で一番面白かったかも。月基地でゲストが不可解な死をとげ、その真相に迫るミステリ仕立てとなっています。真相自体は結構ばかばかしい感じもしましたが、月旅行が実現したらこういう人も出てくるかもなぁとも思いました。

■地獄はここに
霊能者を主人公としたオカルトホラー。普通に結構怖いです。後からよく考えてみると、SFではないのかも。超常現象より人間のほうがよっぽど怖い。

■地球から来た男
宇宙船密航者の目的は?というお話ですが、SF設定が散らばっているため独特の雰囲気をかもし出しています。「地球移動作戦」の34年後の世界が舞台だそうです。

■オルダーセンの世界
閉鎖的な世界の真相が徐々に明かされていく、ストレートにSFっぽい作品。謎の少女シーフロスは次の作品でも出てきます。

■夢幻潜航艇
量子論的設定とでも言えばいいのでしょうか。現在と過去の境目もなく、思ったことがそのままリアルとなる世界。前作でも登場したシーフロスの正体が明かされます。

ラスト2編の世界観に感心しました。これぞSFを読む醍醐味という感じです。1,2話目があまりに私には会わなかったので、順番変えてくれたらもう少し評価できたかも。

評価:★★☆☆☆

2010年7月12日月曜日

『MM9』(山本弘) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

自然災害としての怪獣対策を行う「気象庁特異生物対策部(気特対)」の活躍を描く怪獣SF小説。私は怪獣とか特撮とかの属性がないひとなので、単行本発売時には敬遠していたのですが、怪獣好きじゃなくても普通に楽しめました。5編の連作短篇形式で、実に取っつきやすく読みやすい構成になっています。



MMとはモンスター・マグニチュードのこと。怪獣の体格から予想される危険度の規模に応じてMM0からMM9までランクづけされます。地震のようですが、実際に「気特対(きとくたい)」の任務となるのもMMの特定と怪獣の進路予想となります。怪獣が純粋に自然災害としてとらえられているのが面白いところです。予測を外して非難されるというどこかで見たような光景も日常茶飯事。

正確な情報を収集して自衛隊に渡すのが任務で、「気特対」自体は直接の攻撃手段を持ちません。そのあたり、特撮物のナントカ隊とは全然役割が違います。ただし接近して映像をとらないと正確なデータがとれないため、前線任務はかなり危険です。その前線を担当するのが「機動班」。本書の主役的存在となります。

「機動班」は5人で構成されています。紅一点の存在といい、これはヒーロ戦隊物を意識した構成だなと思っていたのですが、最終話で事件が落着した後の最後の数ページ、そういう意味付けに持っていくのかー、とちょっと震えてしまいました。

怪獣の種類も多彩ですが、どんな怪獣が現れるのかはネタバレになるのでここでは明かしません。特に2話目は凄いです。どう凄いって、そのまま映像化すると、児童なんとか法的にヤバいような凄さです。

怪獣ってデカいわけですが、物理法則的にはそれだけデカくてあれだけ動けるのは有り得ないわけです。そのあたりの理屈を「人間原理」という理論で説明しています。人間が観測する形で物理法則が決定するという理屈です。SF特有の量子論的なお約束を理解できていればすんなり納得できると思いますが、別に小難しいことは分からなくても充分楽しめると思います。

災害対策に立ち向かうレスキューもの的な王道の面白さがある半面、怪獣を退治(あるいは保護)するために真剣になっているようすは、なんともいえないギャップのあるおかしみを醸し出します。加えて、それらを解釈するSF理論的世界観。SF好きにもそうじゃない人にも満足できる、かなり万人向けな作品になっているように思います。

評価:★★★★☆