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2011年7月17日日曜日

ファウンデーションの彼方へ(アイザック・アシモフ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

前3部作から約30年を隔てて発表された、ファンデーションシリーズ第4作です。前作までのちょっとトリッキーな構成とは趣きを異にする、正面突破の大作。私も本書は久しぶりに読みましたが、記憶に残っていたよりセンスオブワンダーしてましたね。






セルダンプランも折り返しの500年。すべてが順調にいっていることに逆に疑いを抱いたターミナスの若き議員「ゴラン・トレヴィズ」ですが、先鋭的な主張を市長から疎まれ、地球探しを口実にターミナスを追放される事態に陥ります。市長の内に秘めた狙い、第2ファウンデーションの思惑、そして第3勢力「ガイア」の正体とは?

ファンや編集者のプレッシャーに押された形での執筆だそうで、半ば伝説となっていた3部作の続編ということもあって、本人も相当書きづらかったようですが、それを本作のような形で昇華させたのは見事というほかありません。アシモフの数ある著作のなかでも指折りの傑作に仕上がっているかと思います。

本作品の特徴としてよく言われるのがアシモフの既存作品群における世界観の統合です。筆者の著作においては「銀河帝国」と並んであまりにも有名な「ロボット」シリーズの流れを組み込んだ他、「永遠の終わり」などの作品設定にも言及されています。

ただ、それらの作品を読んでいなくても、十分に本書だけで楽しめる内容となっています。従来の作品を読み込んでいるファンへのサービスを盛り込みつつ、新規の読者にも十分配慮するバランス感覚は流石の一言。ただ、単体でも読める内容とはいえ、3部作についてはやはり先に読んでおいた方が無難でしょう。

私が本書を読むのは20年ぶりくらいになるでしょうか。たまたまアシモフにハマっていた時期に、書店で3部作の続編がハードカバーで発売されているのを発見した驚きは今でもよく覚えています。高校生時代でお小遣いもあまり自由にならないなか、迷わず手に取りレジに持っていきました。

あとがきでも触れられていますが、当時の翻訳と比べて主人公の名前が「トレヴァイズ」から「トレヴィズ」に、「ゲイア」が「ガイア」にかわっています。人名はともかくとして、後者についてははラブロックの思想が下敷きになっているはずなので、日本語的にも「ガイア」のほうが通りが良いように思えますね。

ヒューゴー賞を受賞しているだけあって、本書は単独でも高いエンターテインメイント性を備えていますが、実は続編に向けてちょっぴり含みが残されています。第5作「ファウンデーションと地球」とあわせて「ゴラン・トレヴィズ」編と言っても良い内容で、続巻ではロボットものとの融合度合いがますます強くなっていきます。

文庫版では上下巻となる、計700ページに及ぶ大著。それなりに読むのに骨が折れる作品ではありますが、構成自体はむしろシンプルといってよいくらいのものです。3部作が技なら本書は力の1冊。まさに後々まで語り継がれるにふさわしい、SF史上に残る傑作と言ってよいでしょう。

評価:★★★★★

2011年4月3日日曜日

船に乗れ!(藤谷治) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ライトノベル風の青春小説かと思って臨んだらとんでもないことになってしまいました。かなり苦い部分もあるので好みは分かれるかもしれませんが、少なくとも私にとっては魂を揺さぶられるような傑作だったと思います。







■ 主人公について
プロのチェロ奏者を目指す「津島サトル」の高校生活が、大人になった筆者の視点から過去語りとして綴られます。1巻のあとがきによると、筆者の経験に基づく私小説的な側面もかなりあるようで、色々なところで若かりし日のトラウマを刺激してくれます。

祖父母を初めとした音楽一族のサラブレッド。愛読書はニーチェとドストエフスキーといういけ好かない奴ですが、超難関の芸術大付属高校を4次試験まで通りながら、あまり失敗する人のいない学科で落ちるという典型的な専門馬鹿だったりもします。

語り口におけるサトルの自嘲癖が強いため、これはとんだ鬱小説なのかと読み始めはげんなりしかけましたが、高校に入学すると同時に状況は一変します。本人があまりに自分を卑下するため分かりにくかったのですが、彼のチェロの腕前自体はなかなかのものです。

ああ、これは一種のツンデレなんだな。ほんとは彼には輝かしい未来が待っているはずだ。1巻を読み終えた時点でそのような確信を強めてしまったために、2巻以降の展開には一層強いダメージを負ってしまったように思います。彼の自嘲の意味が徐々に明らかになってくるのです。

■ 周りの人たち
「南枝里子(みなみえりこ)」は、こういっては申し訳ないですけれど、いかにも好感度の低そうなヒロインですね。ちょっとヤンデレ入ってる感じでしょうか。彼女の負けず嫌いや不安定さ、私は好きでした。それだけにあの展開はとても応えました。

南のことにしろ、金窪先生のことにしろ、小説のネタとしては割と良く見られるものだと思うのです。持ち上げて落とすというのもまあ基本ですよね。ただ、その持ち上げ方があまりにも健やかで心地よかったため、ダメージがとても大きくなってしまいます。

二つの重要なエピソードとその結末。こういう比べ方はどちらのファンにも怒られてしまいそうですが、私にとっては「銀河英雄伝説」以来の衝撃でした。スペースファンタジーと学園青春小説。全然ベクトルが違いますが、苦味の質がちょっと似ていたかなと。

他に伊藤や鮎川ら癒し系キャラはもちろん良かったですが、何気に伴奏などでちょこちょこでてくるだけのピアニストたちが、なんだかいい感じのお嬢さんぞろいだったように思います。

■ 音楽
私はクラシック音楽についてはド素人ですが、それだけに本書で語られる音楽の世界の厳しさが印象的でした。なにしろほぼ筆者の経験してきたとおりのことだそうなので、説得力もあります。

将棋の米長邦雄永世棋聖は、「兄達は馬鹿だから東大に行った」などと嘯いたそうですが、実際芸術の世界における頂点というのはそういうものなのかなと思います。才能溢れる天才たちがどんどん脱落していき、努力は当然必要だけれど、それだけでは到達できない非情な領域。

本書で登場する楽曲のいくつかをYoutubeで探してきました。



バッハ「無伴奏チェロ組曲第一番前奏曲」。サトルが初めて南の前で弾いてみせた曲です。素人の私にも聞き覚えのある旋律で、素直に楽しめます。演奏しているのは「ミッシャ・マイスキー」という世界的なチェロ奏者だそうです。なんかラモスさんに似てる。



メンデルスゾーン「ピアノ三重奏曲第1番」。サトル、南、北島先生の3人により演奏された曲。本シリーズ中で一番幸せな瞬間ですね。本文中にも出てきたカザルスの演奏もYoutubuにあるみたいです(Casals, Cortot, Thibaud Trio Mendelssohn d mvt 1)。



ヴィヴァルディ「チェロ・ソナタ第5番ホ短調」。ドイツへの短期留学中に駄目だしされた曲です。難易度としては初級とのことですが、そういう曲ほど巧拙が出やすいということでしょうか。



モーツァルト「交響曲第41番(ジュピター)第4楽章」。オーケストラからも一曲ご紹介。三年次の楽曲で、上の映像は最後の第4楽章のみですが、全体を通すと40分以上になるそうな。

他にフルート曲も探してみたかったのですが、疲れてきたのでまたの機会に。私みたいな素人としては、クラシック音楽に興味はあっても、まず何を聴けばよいのかというというところから難しいので、このような小説がきっかけになってくれるのはとてもありがたいです。

■ タイトルについて、そして感想
このタイトルはどういう意味なのかとずっと思っていたら、最後の最後に判明します。全般的に哲学的な話題も多いので興味深いですが、消化しきるのはなかなか大変です。金窪先生の教えはわかりやすいので、また読み返してみたいと思っています。

文庫版ではボーナストラックとして「再会」という短編が載っています。フルート奏者にして無二の親友「伊藤慧(いとうけい)」が登場。おまけ的な位置づけの作品ですが、本編の一部といって良いくらい、ちょっぴりの苦さも伴いながら、なんとなくいい感じの後味を残してくれます。

プロローグから始まって2巻の驚愕展開からなんとも言えない余韻のラストを迎えるまで、すべてが完璧に私を虜にしてくれました。高校生活を扱った青春小説ですので、もちろん若い人にも楽しんでもらえると思いますが、むしろトラウマの刺激という点では大人のほうがきついんじゃないでしょうか。

正直とても軽い内容とはいえませんし、結末も手放しの大団円とはいきません。それでも、なにがしかの心地よいものが読後には残されていたように思います。少なくとも私にとっては、掛け値なしの傑作です。

評価:★★★★★

2011年2月27日日曜日

パニッシュメント(江波光則) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

いかにもガガガ文庫らしい、と言えるほど同レーベルを読み込んでいるわけではないのですが、田中ロミオさんの「AURA」を重くしたような話、と言えば雰囲気が伝わるでしょうか。怪作です。



宗教やいじめを題材としたサスペンス仕立てとなっています。後半は本当にドキドキが止まりませんでした。派手さのない淡々とした展開が逆に怖いというか・・・

主人公「郁(いく)」と幼なじみ「常磐(ときわ)」のちょっぴりほの甘い日常が、タロットの得意な元いじめられっこ「七瀬(ななせ)」の登場で急展開していきます。

そしてクラス内のヒエラルキー崩壊。諸々の事情が収斂されていくクライマックスは、圧巻というのとも何か違う、冷たいものが少しずつ染み入るような感覚といったらよいでしょうか。

テーマ的に「AURA」と似通ったところもあるのですけれど、あちらがロミオ氏の諧謔のお陰で結構息を抜く余裕があるのに対し、本作は生々しさをストレートに見せつけてくれています。

左翼活動家の女教師「間宮(まみや)」が、面白い立ち位置で活躍してくれます。彼女が結構格好良かったりするので、右側の端っこの方にいる人は本書をさけた方が無難かもしれません。

ただ、宗教や左翼といった思想的なところについては、ニュートラルというよりかなりぶっちゃけた皮肉が入っている感じなので、それほど警戒を要するものでもないとは思います。

重いテーマをあつかってはいるものの、筆者の視点がクールでストーリー自体も軽快に進むので、読みにくいということは全くありませんでした。一作目の「ストレンジボイス (ガガガ文庫)」も似た傾向の作品のようなので、是非チャレンジしてみたいと思っています。

評価:★★★★★

2011年2月10日木曜日

妙なる技の乙女たち(小川一水) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

シンガポール南東に位置するフィガロ諸島。軌道エレベーターとその周辺経済圏を舞台に、「働く女性」をテーマとした近未来SF短編集です。全8話、これほど好みの作品ばかり揃うのも珍しいかもしれません。



SF的には良く扱われる題材かと思いますが、海上タクシーや保母さんなど周辺部を支える職業にスポットをあてられているのが面白いです。以下、各話の感想です。

■ 天上のデザイナー
うだつの上がらないやんちゃな女性デザイナー「京野歩(きょうのすすむ)」が、宇宙服デザインのコンペに挑むお話し。なぜ宇宙服はあれほど不恰好なのか?彼女を支える男達が、格好いいような悪いような良い味出してます。

■ 港のタクシー艇長(スキッパー)
父の遺した舟で海上タクシーを営む「歌島水央(うたじまみずお)」。男社会のなか気を張り詰める彼女に対して、いつものごとく引退を勧めるメッツラー少将。二人きりの気詰まりなクルージングのなかで事件は起こります。メッツラーおじさん、超格好いいです。

■ 楽園の島、売ります
環境保護区を住宅地として売り出す不動産業者「幡森香奈江(はたもりかなえ)」と、そのパートナーにして進化生態学の専門家「ルクレース・マッキンデール」。二人の意見が対立するある物件が、徐々にきな臭い様相を見せていきます。女性二人の大人な友情物語。

■ セハット・デイケア保育日誌
緩い雰囲気の保育施設になんとなく居ついてしまった保育士「阪奈麻子(ハンナアサコ)」。子供達のなかにいつの間にか紛れ込んでいた、不思議な雰囲気を持つ金髪少年「レオン」との心温まる交流物語。宗教の違いに基づく食事の準備が大変なのだそうです。なるほど。

■ Lift me to the Moon
体調不良者の変わりに急なリリーフで軌道エレベーターに乗り込むこととなった派遣アテンダント「犬井麦穂(いぬいむぎほ)」。初配乗ながらも優秀な働きを見せる彼女ですが、なにやら秘めた事情を抱えている模様。一番ミステリ色の濃い話かもしれません。

■ あなたに捧げる、この腕を
機械の腕を使ったアーマート(ArmArt)の先駆者「鹿沼里径(かぬまさとみ)」。あるクライアント男性と良い雰囲気になりかけるなかで、芸術家としての彼女が見せる我侭とは。第一話ヒロインの京野歩も、成長した姿を見せてくれます。

■ The Lifestyles of Of Human-Beings At Spaces
軌道エレベーターを営む巨大企業CANTEC。CEO「マダム・ハービンジャー」直々に声を掛けられた「歌島美旗(うたじまみき)」が、相棒の「ギルバート・マッキンデール」とともに、宇宙空間での食料事情改善に奔走します。明言されていませんが、名前の通りある人物の娘と息子のようです。

■ 宇宙で一番丈夫な糸 -The Ladies who have amazing skills at 2030.
CANTEC社CEO「アリッサ・ハービンジャー」若かりし日のお話し。究極の繊維材料に関する技術を出し渋る青年「バンブラスキ・エイブラハム・チーズヘッド」との直接交渉に挑んだ彼女が見せる粘り腰の交渉術。文庫書き下ろし作品だそうです。

どれも爽やかな後味を残す快作ばかりです。地に足ついた感じの雰囲気がよいですね。SF的設定の妙と物語としての面白さが絶妙にブレンドされていて、とても私好みな作品集でした。

評価:★★★★★

2011年2月8日火曜日

連続殺人鬼 カエル男(中山七里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

クラシック音楽を題材とした筆者の既刊2作とは、大きく雰囲気を異にしています。結構エグイ描写が多くて、本来あまり好きなタイプの作品ではないのですけれど、好悪を超えて素直に感嘆させられました。傑作です。



このミス大賞シリーズでは何度も帯の宣伝に騙されてきましたが、今回は珍しく煽り文句が真っ当でした。作品の雰囲気としては「ストロベリーナイト」なんかが近いでしょうか。

吊るされたり潰されたり解剖されたり。特に「潰す」がきつかった・・・。そのうえ性的描写も多少ありますので、「さよならドビュッシー」の作風を期待する方には注意が必要です。

もともと「第8回このミステリーがすごい大賞」に応募された2作品のうちのひとつです(公式ブログの記事参照)。受賞作のドビュッシーと並んで評価が高かったそうなので出版を楽しみにしていましたが、まさかこれほどぶっ飛んだ作品だとは思っていませんでした。

ドビュッシーも大好きな作品ですが、話のインパクトとしてはこちらのほうがかなり強い感じがします。ただ、ある名作ミステリのオマージュ的な仕掛けがあるため、その点も大賞として積極的に押しにくい理由だったのかもしれません。

猟奇殺人のなかでも、とりわけ犯罪履歴のある精神異常者についての問題が大きなテーマとなっています。精神鑑定の結果、裁きを受けずに治療、そして社会復帰する事例。刑法39条に関わる問題を真っ向から取り上げています。

とはいえ、本書をいわゆる社会派ミステリと分類するのは適切ではないでしょう。筆者の思想や説教臭い言説はほとんどありません。むしろ、ミステリのタネとして巧妙に消化されているのが個人的に本書のもっとも評価したい部分です。

単純に事件の謎を追いかけるだけでなく、世情不安からパンデミック的な事態に至る後半の展開は圧巻の一言です。犯人との対決シーンも実に臨場感に溢れていて、400ページあるにもかかわらず一気に読まされてしまいました。

そして最後の意外な真相というか落とし方というか・・・。猟奇的な作品が苦手な私ですが、純粋にミステリとして素晴らしい出来映えのため、脱帽せざるを得ません。選外作品のためか600円とお得な価格ですし、是非手にとってみていただきたい一冊です。

評価:★★★★★

関連レビュー:
おやすみラフマニノフ(中山七里)

2011年1月13日木曜日

ローマ人の物語〈34〉迷走する帝国〈下〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

皇帝ヴァレリアヌスがペルシアに囚われる異常事態を迎え、帝国に激震が走ります。東方とガリアで反乱が起こり、ゴート族は帝国内部まで深く進入。まさに未曾有の危機ですが、実力のある軍人皇帝たちにより徐々に安定を見せます。しかし、内側では着々とローマの変質が始まっていたのでした。



本巻冒頭を見る限りもう終わってもおかしくないような混乱振りですが、やはり囚われの身とはなったものの、実力派の先帝ヴァレリアヌスの薫陶が生きていたためでしょうか。次々と優秀な軍人皇帝が立ち、危機を克服していきます。

「優秀」なのになぜ帝位が次々と変わっていったのか。病死や天災に見舞われた例もありますが、基本的には皇帝の権威凋落が根本的な原因だったのではないかとの説が述べられています。

実力を認められ推挙されたものの元は同僚。嫉妬を乗り越えるには、例えばわが国で言うと天皇陛下のような、理屈では補えない威光が不足していたのではないかというのが筆者の見解です。落ち度が無いにもかかわらず、次々と味方に寝首をかかれていきます。

もっとも非常事態なだけに、推薦されたのは優れた人材ばかり。とりわけ皇帝アウレリアヌスは、東へ西へと奔走し、神速で事態を収拾していきます。一度の解決は無理と見て優先順位をつけてクリアしていく手法は、現代のマネージャ達にも参考とすべき点が多そうです。

こうして辺境からの危機自体は収まっていくものの、この過程で起きたローマの変質に筆者は目を向けます。注目されているのは2点。ひとつはカラカラ帝によりローマ市民権が万人に与えられるようになったこと。もう一つは元老院と軍の完全分離です。

ローマ市民権の問題については前々巻におけるレビューでも触れました。本国、属州の区別なく全員にローマ市民権が与えられるようになったことで、ローマ市民権の価値が急落します。「飴と鞭」の飴が機能しなくなったわけです。

加えてガリエヌス帝による元老院と軍の分離。凋落傾向にあるとは言え、元老院はローマ帝国において人材をプールする機能を果たしてきました。エリートに軍事を経験させることによる、指導者としてのキャリア育成の道が立たれてしまうことで、政治と軍事にバランスよい、いわば「ローマ的」な性質が受け継がれなくなっていったのでした。

このローマの変質にキリスト教台頭の原因を求める、本書第三章のロジックは、実に整然として感動的です。確かに、世相が不安になると強固な協議を持つ宗教に頼る人が増えるのは、感覚的にも理解できることです。次回、治世20年の強い皇帝「ディオクレティアヌス」のもと、ローマ社会がどのような変換点を迎えることになるのか。とても興味深いです。

評価:★★★★★

2010年12月24日金曜日

ローマ人の物語〈32〉迷走する帝国〈上〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

筆者がこれまで散々強調してきた「ローマ的なもの」の源泉を、カラカラ帝がぶち壊してしまいます。しかし、それがあくまで善意から行われたものであるのが政治の難しいところ。本書の内容自体は地味ですが、まさにここにシリーズの集大成が結実したという印象です。



カラカラ帝は、弟殺しやらアレクサンドリアの住民大虐殺やら、悪行ばかりが目立つ皇帝ではありますが、過去にも同じくらい、あるいはそれ以上に評判の悪い皇帝は存在しました。しかし筆者が着目するのは、そのような見えやすい悪行ではなく、他の史家もあまり着目してこなかった「アントニヌス勅令」です。

アントニヌス勅令とは、属州民のすべてにローマ市民権を与えるという内容の法律です。現代視点からすれば実に開明的だと褒められても良さそうなこの法を、筆者はローマ衰退の決定的要因と断じます。

属州民とは、もともとのローマ直轄地ではなく、あとから広げられた版図に住む住民達のこと。租税や選挙権などの待遇でローマ市民との間に格差を設けられています。もっとも、権利を得るものは等しく義務を全うすべきとする質実剛健なローマ人のこと。一方的に不利な待遇だったというわけでもないようです。

学生時代に習った江戸時代の身分制度をちょっと思い出しました。士農工商や、その下に設けられたエタ・ヒニンなど。もっとも、ローマの身分制度は階級間の出入りが能力次第でいくらでも可能だった点が、江戸時代の身分制度とは決定的に異なりました。

この頃の皇帝が軒並み属州出身であったことからも明らかなように、このようなローマの同化政策は社会的にとてもうまく機能していたようです。アントニヌス勅令によりローマ市民と属州民の格差をなくした結果、うまく回っていた社会制度の流動性が失われてしまったわけですね。

本巻を読むにつけ、一億総中流といわれる現代日本の先行きが危惧されてなりません。ゆとり教育などに顕著なように、行き過ぎた平等の弊害というのは真摯に直視すべきことだと思いますが、倫理面における風潮はとかく感情論的になりがちなので、克服するのもなかなか難しいこととなってしまうのでしょう。

軍事面では優れた素質を見せつつも、何かと問題の多かったカラカラ帝は、結局戦時中に味方の支持を失い謀殺。二代を経て襲位した「アレクサンデル・セヴェルス」により多少の落ち着きを見せますが、平時の名君も変質した外敵に翻弄されるなかで、やはり味方の刀により謀殺されることになります。以降、軍人皇帝による内乱の時代が始まります。

評価:★★★★★

2010年12月18日土曜日

火星ダーク・バラード(上田早夕里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

なんともやさしい暗黒(ノワール)小説。濡れ衣を着せられ追われる身となる39歳の刑事「水島」と、事件の鍵を握る15歳の少女「アデリーン」。第4回小松左京賞受賞作品の大幅改稿版。火星を舞台にしたハードボイルドSFの傑作です。



受賞作バージョンのほうは賞を取るためのカスタマイズがかなり入っていたそうです。文庫化にあたり筆者が本来やりたかった方向へ戻すための大幅改稿とのこと。そのあたりの事情や相違点については、こちらで筆者自身の手により詳しく説明されています。

私は本来、明るくきっぱりオチのついた話のほうが好きなのですけれど、本作についてはノワール色が強くなっているという文庫版以外の雰囲気は考えにくいですね。単行本版の30歳の水島とか想像しにくいですし、ラストの締めも甘くはないけどずっしり心に残ります。

本作品で一番格好いいのは水島ですが、小説的に一番美味しい味をだしているのは殺人鬼の「ジョエル・タニ」だと思います。ただ、彼はその濃いキャラクターにもかかわらず最初のほうと最後のほうにしか登場しないので、本書だけ読むと若干の物足りなさを感じるかもしれません。

そういう意味では、「小鳥の墓」(「魚舟・獣舟」所収)のほうも是非押さえていただきたいところです。ジョエルが主人公の中編小説となっています。しかし、ジョエルと璃奈って・・・あれ?記憶が曖昧なので読み返してみないと。

話の作り的にはもったいないと思われる箇所がいくつかあるようにも思えます。実に良いキャラのバディ「神月璃奈」がキルヒアイスなみに即効死んでしまいますし、アデリーンの能力が後半は普通の超能力になっているように見えますし、シャーミアンは割を食いすぎてる気がしますし。全般的に女性キャラにつめたい気が・・・(^^;

色々突っ込む余地はあるのかもしれませんが、それらを全て些事としてしまうのが本書全体を流れる雰囲気。とりわけ主人公の捜査官「水島」の苛烈さと複雑さは、男でも惚れるほど格好良いです。本作品の底を流れる冬の川のように冷たい清清しさが、なんともいえない絶妙の後味を残してくれます。

私にとっては「良い」というより「好き」な作品。それは同じく筆者の手による「華竜の宮」についても同様だったのですけれど、ロマンス要素がわかりやすい分、こちらの方がちょっとだけ好きかもしれません。

評価:★★★★★

関連作品:

2010年11月28日日曜日

折れた竜骨(米澤穂信) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

中世ヨーロッパが舞台ということでもう少し重い話かと思ったら、そうでもありませんでした。ボーイミーツガールっぽい要素もあって、気持ちよく読める作品です。メインの仕掛けも秀逸。エンディングもお見事。文句ありません。



殺された領主の娘、16歳のしっかりもの「アミーナ」がヒロインにして語り手となります。一人称のミステリということで、なんとなく警戒心を持ちながら読んでいたのですが、結局最後は気持ちよく騙されることになりました。

探偵役は東方からやってきた「聖アンブロジウス病院兄弟団」の騎士「ファルク」とその従士「ニコラ」です。魔法を駆使する「暗殺騎士」を追ってきた彼ら自身も対抗魔法の使い手とのこと。

魔法の設定で制約条件をつけるやり方は西澤保彦さんみたいだなと思っていたら、案の定あとがきでも触れられていました。こういう特殊条件をつけるミステリというのは私の大好物です。

デーン人の襲来に備えて雇われていた傭兵たちも、色々事情を抱えたものばかり。それぞれの事情が解き明かされていくクライマックスシーンもさることながら、胡散臭さを一転させる戦闘シーンでの大活躍はみな素敵でした。特にコンラートが良いポジションのキャラだったと思います。

駄目兄貴「アダム」との後継者争いっぽい話も出るかと思いましたが、それは次回にお預けでしょうか。そもそもあの引き方、このタイトルで次巻がないとも思えないので、座して待つことにいたします。シリーズ物の成長物語になってくれるようだと嬉しいですね。

評価:★★★★★

2010年11月24日水曜日

華竜の宮(上田早夕里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「魚舟・獣舟」の世界を舞台にしていますが、そちらを読んでいなくても問題ありません。大規模な地殻変動による人類存亡の危機という状況。スケールの大きいテーマの割りに、話の芯が全くぶれないのはとても私好みです。センスオブワンダーも半端ではありません。傑作です。



良いSF作品というのは内容の説明がしにくいものではないかと思います。裏表紙のあらすじから少し引用すると
陸の国家連合と海上社会との確執が次第に深まる中、日本政府の外交官・青澄誠司は、アジア海域での政府と海上民との対立を解消すべく、海上民の女性長(オサ)・ツキソメと会談する。両者はお互いの立場を理解し合うが、政府官僚同士の諍いや各国家連合の思惑が、障壁となってふたりの前に立ち塞がる。
たしかに間違ってはいないのですが、青澄とツキソメの魅力をこの文章だけから読み取るのは難しいでしょう。彼らはこんな感じの人物です。

青澄・N・誠司(あおずみ・えぬ・せいじ)。三十代後半。独身。海上民の生態や気質に精通し、抜群の交渉力を持つ。有能だが中央に疎まれるタイプで、世界各地を飛びまわされるも、本人はその境遇に不満を持っていない。大財閥の御曹司で、そのコネクションも時にはフル活用するが、最終的な公私の筋はきっちり通すお堅い人柄。

ツキソメ。さばけた気質の美女。大船団を率いるオサだが、強権派というよりは調整型の温和な人柄。ただし芯はとても強い。青澄より若く見えるが不老の噂あり。少なくとも、若澄はおろか船団の誰よりもはるかに年上らしい。彼女の出生の謎は、この話のキーポイントの一つ。夫と死別しており、彼女の魚舟である「ユズリハ」は夫から引き継いだもの。


魚舟とは海の民の兄弟たちが成長したもので、内部に居住空間を持つ大魚です。その魚舟から変質したものが獣舟で、何者の制御も受け付けない人類の敵となります。何を言ってるのか想像がつきにくいと思いますが、簡単に説明するのも難しいので、詳しくは本書もしくは「魚舟・獣舟」を読んでみて下さい。

あらすじにある陸上民と海上民の確執は、たしかに物語の重要な側面ではあるのですが、話はそれだけで終わる単純なものではありません。短期的、中期的、長期的な問題が次々と発覚していくなかで、青澄やツキソメはそれぞれの立場から解決を迫られていくことになります。

本書の素晴らしいところは、立て続けに様々な問題が発生し事態が複層的な様相を見せるなかでも、話の骨格がまったくぶれないところです。場面は時空を超えてあちこちに跳んでいくのですが、それらの問題は必ず青澄たちのもとに収束していきます。私は読書するときにあまり頭を働かせるほうではないので、こういうクリアなストーリはとてもありがたいです。

人によっては、そのぶれなさが無難に過ぎると感じる向きもあるかもしれませんが、私にはこのような端正な話作りがとてもあっているようです。ハードな世界を描きながらもどこか優しい感じのする文体。決して甘い結末とはいえなくても収まるべきところに収まったという納得感。全ての要素において私には最高の物語だと感じられました。

この話は、青澄にしろツキソメにしろ、あるいは行方不明とされているタイフォンにしろ、いろいろな点で含みを残した終わり方となっているように思えます。もしかして続編の可能性もあるのでしょうか。次は短編集でも面白いかもしれませんね。期待して待ちたいと思います。

評価:★★★★★

2010年11月6日土曜日

アクロイド殺し(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ネタバレ食らっていたのでずっと読んでませんでした。複雑な要素が絡み合っていて、分かってて読んでもかなり面白いですね。それでも、何も知らずに読みたかった一冊だとは思います。



母の蔵書でクリスティは一通り揃っていたのですが、ポアロやミス・マープルがあまり好きではなくて殆ど読んでません。ノンシリーズやトミーとタペンス、クィン氏、パーカーパインといったところは一通りさらったのですが。子供ながらに渋い読み方をしていました。

この歳になってポアロの良さが分かってきたような気がします。いけ好かないオッサンが嫌いだったのですが、いけ好かないオッサンだからこそ味になるという大人読み。

ネタはわかってても一応古典は抑えておこうかと思い手にとって見ましたが、流石はクリスティですね。事件の構造がリニアではないので、ミステリとしても十分楽しむ余地が残されていました。

何より、犯人を知った上で読んでみると、ポアロの底意地の悪さが一層引き立ちます。この犯人も相当切れ者なはずですが、結局は全てを見通された上で泳がされていた格好です。

この本の出版当時、アンフェア論争があったというのは時代を感じさせます。今ならこの分野は定番の一つ。タブーに挑み道を切り開くクリスティの凄みを改めて思い知らされます。

ポアロ物、面白いですね。オリエント急行やABCなどの定番だけ抑えておこうかと思っていたのですが、なんだか一から順番に読んでみたくなりました。でも、30冊以上になりますし・・・悩ましいところです。

評価:★★★★★

2010年9月27日月曜日

幼き子らよ、我がもとへ〈上〉(ピーター・トレメイン) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

7世紀アイルランドを舞台に「法廷弁護士(ドーリィー)」フィデルマが活躍するケルトミステリーの邦訳第2弾。次期王位継承予定者にしてフィデルマの兄「コルグー」からの依頼ということで、今回は邦訳一本目と違いロイヤルな設定が存分に生かされることになります。というか、個人的には翻訳の順番が間違っている気が・・・



7世紀アイルランドは5つの王国に分かれています。コルグーはその一つにして最も大きな「モアン王国」の次期国王です。というか、ぶっちゃけ今回の話の途中で国王になります。ここはネタバレとかでなく、普通に病死です。

邦訳第1弾が本来の刊行5冊目、第2弾が3冊目という不可解な順番での日本版刊行となっています。もしかしたら「王妹」という単語を宣伝文に使うためだったのかもしれませんね。

ストーリー自体は前の話が分からなくてもちゃんと読めるようにはなっているのですが、1冊目や2冊目の事件についてもチラッと触れられているところがあるため、若干のストレスは感じなくもありません。

今回は、隣国「ラーハン」の高名な学者がモアンの地で殺害されたため、その代償に国境の「オスリガ」という地域を明け渡せという難癖をつけられてしまいます。ちょうど今、わが日本の隣国がつきつけてきているいちゃもんと同じような理不尽さですね。

フィデルマが事件の真相解明に乗り出すのですが、事件から時間もたっているため相当苦労するなかで上巻は終了してしまいます。国際問題とも絡み、実に読み応えのある話となっています。

邦訳1冊目の「蜘蛛の巣」も相当凝った話ではあったのですが、地方ローカルで舞台が閉じてしまっていたため、スケールの点でいささか物足りなくもありました。やはりあれが1冊目というのはインパクト的にどうだったのかなという気もします。

今回はとにかく話が大きくて緊張感をはらむ展開です。いまだ事件の全容がかけらも見えてきていないので、どう展開していくのか大変楽しみです。

続きはこちら

2010年9月15日水曜日

NかMか(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

トミーとタペンスシリーズの3作目。前作から大分時間がたって、40代半ばの初老といっても良い年齢に。おじさん、おばさんの年齢になってどうかわったかと思いきや全然かわらない、やんちゃなおしどり夫婦ぶりが素敵でした。



1940年、第2次大戦真っ只中のお話し。ドイツのスパイが潜んでいると思われる地に、本職のものたちでは面が割れている可能性もあるということで、あえて素人のトミーが送り込まれることになります。のけ者にされそうだったタペンスですが、そこは彼女のこと、実にうまく話に割り込んでみせます。

本書が実際に出版されたのも1941年ということで、戦時の不安な情勢が臨場感溢れる形で描写されています。歴史に疎いので、第2次大戦については日本関係のことしか印象にありませんでしたが、ヨーロッパの情勢についても少し勉強してみたくなりました。

前巻ラストで妊娠が発覚したタペンスですが、その子供(男女の双子)もいい年齢の若者になっています。話しにはちょっとしか絡んできませんが、そのちょっとだけ絡んだ部分が実に面白い状況を生み出してくれます。

ミステリやサスペンスのそれぞれの要素が素晴らしいのですけれど、それをひとつの話しに纏め上げた完成度が半端じゃありません。なんというか、こなれてる感が凄すぎて、400ページが本当にあっという間と感じてしまいました。素晴らしい翻訳のおかげもあるかもしれません。

二人の年齢は8歳差かと思ってましたが、実は同い年なんですかね。どこで読み違えてしまったのでしょうか。前巻レビューにおけるトミーのロリコン疑惑は全くの濡れ衣だったようです。失礼いたしました。

とにかくどれだけ歳を重ねようと全然変わらない二人の関係が、この作品の雰囲気を実に良いものとしてくれます。娘のデリクの
ちょっと見てよ、あのふたりを――どうでしょう、手なんか握っちゃって!でも、じつをいうと、ちょっとかわいいわね。(P414)
この言葉に、本書の最大の魅力が集約されているのではないかと思うのです。

評価:★★★★★

関連レビュー:
秘密機関(アガサ・クリスティー)
おしどり探偵(アガサ・クリスティー)
NかMか(アガサ・クリスティー)(本書)
親指のうずき(アガサ・クリスティー)
運命の裏木戸(アガサ・クリスティー)

2010年9月13日月曜日

ソウルケイジ(誉田哲也) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

前作はシリーズの立ち上がりに相応しい派手な話しでしたが、今回の事件のほうが警察小説らしくて私は好きです。でも、舞台装置が地味でも仕掛けはそうとう凄いですよ。姫川玲子シリーズ第2弾です。



忘れかけていた伏線がああいう形で回収されるとは思いませんでした。びっくりしたというのもありますが、それよりは切なさというかやりきれなさがぐっと来る感じです。熟練のミステリ読みなら結構途中で真相見抜けちゃうのかもしれませんが、そういう意味では私は幸福な読者でした。

今回、玲子が目の敵にする同僚の日下は、前回対立したガンテツとは違ってえらく真っ当な人間です。証拠重視で理詰めに積み上げていくスタイルは確かに玲子の直感重視と正反対ですが、日下への敵対心はどう考えても筋が通っているようには見えません。

そもそも、日下のほうからは玲子を全然敵視していません。日下の好感度と比例して玲子のわがままが際立ちます。でも、彼女のそういう理不尽さこそが本シリーズ一番のみどころだから仕方ありませんね。どれだけ無茶を言っても陰湿にならないのが彼女の良いところです。

今回の事件も相当黒い展開をみせますが、誉田氏の作品にはそういう重さを感じさせない爽快感があります。事件の舞台も酷いし関係者の背景も重いのに、何故こうも軽快に読ませることが出来るのか不思議です。本書は本当にどこをとっても私好みの作品でした。

ところで、年上の部下である菊田君は、玲子のパートナーとして徐々に距離を縮めつつありますね。ちょっとキャラ的に玲子の相方として物足りない気もしていましたが、彼なら主役を食うことありえないからそれはそれでいいのかなと思うようになってきました。ほんと申し訳ない言い草ですけど(笑)

評価:★★★★★

関連レビュー:
ストロベリーナイト(誉田哲也)

2010年9月7日火曜日

空想オルガン(初野晴) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ハルタとチカの吹奏楽部シリーズ第3弾。過去2作と比べても一番良かったかもしれません。相変わらず若き感性の表現がお見事。加えて、ミステリとしても各話あっと言わされました。特に最終話のラストは結構びっくり。青春小説としてもミステリとしても一級品の連作短編集です。



吹奏楽の甲子園「普門館」を目指すのが話しのメインストリームなわけですが、毎回そこに直接スポットはあたっていないんですね。別の事件や他者視点から間接的に話をすすめるやり方が実に心憎いです。以下、各話の感想です。

■ジャバウォックの鑑札
チベタン・マスティフという希少種の迷子犬に、二人の男女が飼い主だと名乗り出ます。片方はおそらくお金目当て。飼い主当てが始まります。良い話ですが、謎とき自体はちょっとこじつけっぽい気も。そもそも大事な演奏前に何やってるんだと(^^;

■ヴァナキュラー・モダニズム
ハルタが住んでいたボロアパートが取り壊されて、保護者にして一級建築士の姉「上条南風(かみじょうみなみ)」に従い急遽部屋探しをすることになる一同。姉の出す厳しい条件にめげず探し当てた物件は、なんと幽霊騒動で閉鎖寸前とのこと。みんなで「チャリン」となる音の解明に乗り出します。本書で一番好きな話。壮大でバカミスっぽく、でもちょっぴり心温まる真相が待っています。

■十の秘密
高校吹奏楽の革命児、コギャル集団「清新女子高吹奏楽部」の秘密が一つずつ明かされていくという、ちょっと毛色の変わった構成の作品。県大会ライバル校の立場からストーリが進められるのが面白いです。それにしても、フィクションとはいえ毎回高校生が重いものを背負い過ぎでは・・・それとも私の高校時代が薄すぎただけなのでしょうか?

■空想オルガン
オレオレ詐欺常習犯の変なおっさん視点から話しは始まります。せっかくの東海大会なのにと思っていましたが、読み進むうちに徐々に違和感が消えていきます。そして最後の最後のチカの一言にびっくり。油断しました。

草壁先生の過去が多少は明らかになるかと思ったら、まだ伏せられたままでした。ちょっと意地悪い音楽ジャーナリストとの関係も興味深いです。あのジャーナリスト、今後も登場するのでしょうか。

評価:★★★★★

関連作品:
初恋ソムリエ(初野 晴)

2010年9月5日日曜日

サクラダリセット3 MEMORY in CHILDLEN(河野 裕) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

素晴らしいですね。キャラクターの造詣、叙情感あふれる描写、様々な能力を駆使したSFトリック。すべてにおいて私好みの作品です。2巻は能力の使い方が少々難しくて追いつかないところがありましたが、その点でも本巻はGood。不思議な能力者の集う咲良田シリーズ第3弾です。



3巻にして表紙が春埼から変わったのかと思いきや、中学生時代の彼女でした。本書は現在視点からの過去話となりますが、未来視の少女「相馬菫(そうますみれ)」により、現在と過去が見事なリンクを見せています。

なにをおいても注目は、中学生時代の「春埼美空(はるきみそら)」。高校時代となっても喜怒哀楽に乏しい彼女ですが、中学生のころはそれが一層とんがっている感じです。そういう春埼美空が形成されてしまったルーツが本書で明かされます。

相馬菫と「浅井ケイ」の関係も見逃せないところです。菫がケイに持つ感情、その理由が明かされるくだりでは本当にうならされました。未来視という能力はSFでは割とありふれた設定だと思いますが、それをこんな風に使ったのは初めてみました。

前巻から引っ張っていた、複数の能力を組み合わせることにより相馬菫を生き返らせる方法。これはちょっと難しいというか、ピンと来ない感じがしました。まぁ、それまでの展開で結構おなかいっぱいだったので、あれくらいでちょうど良かったかもしれません。

結構シリアスな読感なので、ライトノベルレーベルでなくても通用しそうな本作品ですが、それでは椎名優さんのイラストがつかないですからね。本書では特にラスト付近で髪を切った春埼のはにかむような笑顔が最高です。その後の展開を考えるととても切なくなる幻の笑顔・・・。

複数の女性キャラクタが登場する作品なのに、本シリーズの表紙は春埼で統一されています。この判断は見事というしかありません。様々なパーツが優れているにもかかわらず、本シリーズを一言で表すなら「春埼萌え」に集約されるのでしょう。そこがぶれないのが一番素晴らしいところです。

評価:★★★★★

関連作品:

2010年9月4日土曜日

おしどり探偵(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

トミーとタペンスシリーズ第2弾。短編集ですが、まとめて一本の長編といって良い構成です。この作品、中学生のとき大好きだったんですけれど、20年後の今読み返しても実に良いですね。良質なミステリというよりは掛け合いコメディとか夫婦漫才とかいったほうがしっくりきます。でも、そこはクリスティのこと。時々きらっと閃く謎解きが抜群のアクセントとなっています。



秘密情報局に勤めるトミー(ただし純然たるオフィスワーク)のもとに、上司であるカーターから、半年ほどある探偵事務所の所長を引き継いでみないかとの依頼がきます。

その探偵事務所にはスパイ疑惑が持ち上がっていて、元の所長はすでに拘束されるも口を割らず。そのため、彼の名をそのまま騙って探偵業を続け、不審な人物からのコンタクトがあれば報告してほしいとのことです。そして、二人の探偵ごっこが始まります。

何しろ探偵業については素人な彼らのこと。各話ごとにホームズやらソーンダイクやら隅の老人やら、挙句の果てには著者自身の名探偵であるポアロやらを気取って事件に取り組みはじめます。

その名探偵の模倣ぶりは滑稽でとんちんかんとしか言いようがないのですが、事件自体はなぜか見事に解決。彼らの読書歴が何の役にも立っていないところが実に素敵です。ちなみに、元ネタの探偵たちを知らなくても十分楽しめるのでご安心ください。

名探偵を模した導入→行き詰まる→はっとするきっかけ→真相解明。基本的にこの黄金パターンが繰り返されるわけですが、そこでたまに入るアクセントが実に小気味よく効いています。もちろん合間にはくだんのスパイがらみの事件も起き、最終話では大団円の結末を迎えることとなります。しかし、最後のオチはそうつけるのかー・・・実に二人らしくて脱帽です(^^;

とにかく二人の掛け合いが楽しすぎるのです。純粋なミステリとして評価するならばそれほど高い点数とはならないのですが、この二人がこの二人らしさを遺憾なく発揮しているところが本書の最大の魅力なのです。

しかし、前作ではあわせて45にみたないとされていた二人の年齢が、6年後の本作では32歳と24歳と明かされています。うーん、8歳差?二人は幼馴染で、しかもトミーは子供の頃からタペンスのことが好きだったと告白していたはず。タペンス10歳のころトミーは18歳。なんというかとんだロリコン野郎というか、光源氏というか・・・そういうところも素敵だと思いません?w

評価:★★★★★

関連レビュー:
秘密機関(アガサ・クリスティー)
おしどり探偵(アガサ・クリスティー)(本書)
NかMか(アガサ・クリスティー)
親指のうずき(アガサ・クリスティー)
運命の裏木戸(アガサ・クリスティー)

2010年8月20日金曜日

有頂天家族(森見登美彦) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

狸たちが主人公ということで、ちょっぴり警戒しつつ本書を手にしましたが、読み始めた途端すんなりあっさり感情移入してしまいました。主人公の元許婚はツンデレだし、天狗見習いとは思えない貫禄の「弁天」は妖艶すぎるし。で、結局一番怖いのは狸を食べる人間だったりするお話です。



狸と天狗と人間が登場するのですが、狸も天狗もやたらとお茶目で人間臭いです。人間臭いのに、それでいて狸は狸らしいし、天狗は天狗らしいのです。何を言ってるのか分からないと思いますが、私も良く分かりません。

説明しにくいものほど面白いというのが私の持論です。人気漫画を途中から読むと人間関係が全然理解できないということがよくありますね。予測しにくいストーリが展開された証拠で、それこそが良い作品の証なのです。

本書は、元首領である父親亡き後は不遇をかこっている狸の一家が、狸を食べる「金曜倶楽部」の人間達におびえたり、気ままな天狗たちのご機嫌を伺ったりしつつ、ライバルの叔父一家を相手に奮闘するお話です。あらすじとしては上記の通りで間違いありません。でも、この説明だと本書の面白さが全く伝わらないのです。

食べられることは恐れながらも、人間が狸を食べるの自然なことだとする達観。シリアスな状況でもいつもどこか間抜けな印象を与える暢気さ加減。言動の端々に表れる、実に人間的でありながら狸らしいほのぼのしたやり取りこそが、この作品の真骨頂といえるでしょう。

ただし、本書はただの雰囲気小説ではありません。叔父一家との抗争は金曜倶楽部や天狗たちを巻き込み、クライマックスでこれ以上ない盛り上がりをみせます。雰囲気も良く物語としても一級品の本作品、文句のつけどころがない傑作です。

評価:★★★★★

2010年8月5日木曜日

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら(岩崎夏海) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

泣いちゃいました。ビジネス入門書と思って油断した。ドラッカー入門としても秀逸だと思いますが、もっと淡々としたストーリーを想像していたら良い意味で裏切られました。



今までスルーしていたのは話題になりすぎていたためです。「もしドラ」とか調子に乗りすぎだろ、みたいな。大体にしてレビューブログなんてやってる人は一家言あるひねくれものが多いと思うんですね。表紙があんなラノベっぽくては、際物なんだろうなという先入観が先にたってしまいます。客先でも話題になっているようなので、今回やむなく手にとってみた次第です。

以前の勤め先の社長がドラッカー好きだったこともあって、本家「マネジメント」のほうは既読でした。それもあって、わざわざ手を出すこともないかなと思っていたのですが、本書中の引用を眺めているうちに、こういう本は一回読んだだけでは駄目なんだなと改めて気づかされました。みなみちゃんみたいにボロボロになるまで読み込んで、実践しないと意味がありませんね。

否定的な意見は、まぁあるだろうなと思います。Amazonのレビューを見ていると、「文章が稚拙」とか「ノーバントノーボールは非現実的」とか「あざとい企画もの」とか、これは私も同様に感じた部分が多少はありました。ただ「ドラッカー初心者」という顧客に対してドラッカーの思想を紹介するという観点でいくと、本書は完璧に目的を達成出来ているのではないかと思います。読みやすく分かりやすいものを低く見る風潮が、私はあまり好きではありません。

もし本書の内容を役立てようと真剣に思うのなら、みなみちゃんと同様にエッセンシャル版を買って何度も読み込み、実践してみることが重要です。ただ、本書はあまり構えずに単純にエンターテインメントとして読んでも良いのではないでしょうか。企画と同様ストーリー自体も相当あざといので、拒否反応が出ちゃう人もいるかと思いますが、わたしみたいな単純な人にはじわっと来る、明るくも切ないお話しとなっています。

評価:★★★★★

関連書籍:

2010年7月27日火曜日

『ヴィーナスの命題』(真木武志) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

新本格の皮をかぶった青春小説の傑作。しかし、序盤は読むのが結構しんどいです。あとで明かされる事実を踏まえると読み方がガラッとかわってしまいます。なんだか超能力っぽいものも出てきますが、収束には思わず唸らされてしまいました。読後感もさわやかなすばらしい作品です。



申し訳なくも、読み始めはいかにも新人が書いたっぽい出来損ないという印象でした。この分かりにくい、いやらしい感じの文章が、単に下手なのか計算なのかを見極めてやるつもりだったのですが、読み進めていくうちに脱帽しました。

本書と印象の似ている作品を上げるとすると、学校を出よう!とか戯言シリーズなんかになるでしょうか。学園もので、ミステリテイストで、超常現象もあり。ライトノベルやSFっぽいのが好きでない人にはちょっとしんどいかもしれません。

とにかく、途中の青臭い議論とかは黙って耐えてほしいところです。多分に計算が入っていますから。ラストあたりでガラッと印象が代わると思いますので、是非頑張って最後まで読んでください。二週目必読と呼ばれる作品は多くありますが、本書ほどその言葉がふさわしい作品もないでしょう。読了後すぐに丸まるもう一度読んでしまった作品は本書くらいかもしれません。

本書は10年ほど前の横溝正史賞最終選考作品の文庫化だそうです。商業的には失敗だったなどとあとがきでは書かれていますが、メフィスト賞あたりで出てれば結構ヒットしたような気がします。文庫化に時間がかかったのは作者が続編を書かなかったためだそうですが、いよいよ本年中に続編が刊行予定とのこと。とても楽しみでしかたありません。

評価:★★★★★