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2011年10月31日月曜日

正捕手の篠原さん(千羽カモメ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク


スポーツものということもあって結構人を選ぶかもしれませんが、私にはとても面白かったです。ショートショート形式の連作コメディが、そのネタも含めて受け入れられるかどうかというところで、評価が分かれるのではないかと思います。




男装した女の子がエースピッチャーの高校野球小説です。そこそこ強い学校という設定ですが、スポコン要素は薄いというより皆無なので、その辺りを期待するとがっかりするかもしれません。ラブ30%、コメ60%、野球薀蓄10%という感じでしょうか。

なんといっても本書最大の特徴は、ショートショート形式で話が進んでいくことです。見開き2ページ完結の話をテンポ良くつむぎ上げていく手腕はなかなかお見事。ただし、最後の数十ページはショートショートの形を取らず、連作短編のラストとしてよい感じに落ちをつけてくれています。

ただ、ショートショートというのは分量的にどうしてもネタが薄くなりがちなので、そこのところはかなり好みが分かれるかもしれません。何だか落ちてないような微妙な話もあったりするのですが、そういうところも含めた筆者のセンスが、私にはかなりフィットしました。

登場人物はテンプレといえばテンプレなのですが、どことなく突き抜けないブレーキのかかった性格付けが好印象です。特に私のお気に入りは、主人公の幼馴染「深見月夜(ふかみつくよ)」。悪戯好きのお嬢様キャラなのですが、たまに凄く弱キャラになるのがなんとも良い味を出しています。

あえて弱点を挙げるとすれば、男子野球部を舞台としているため、女性キャラを増やしにくそうなところでしょうか。スタメン9人のうち4人は名前しか出てこない可哀想な扱いです。でも、逆に無理して話を大きくしないところが、コンパクトにまとまった小気味良い後味を生んでるようにも思えます。

やはり前提として野球の知識がそこそこあったほうが楽しめると思います。その点はハードルが高いともいえますが、4コマ漫画的なゆるふわコメディが好きな方には、きっと楽しんでいただけるのではないかと思います。

評価:★★★★☆

2011年10月20日木曜日

要介護探偵の事件簿(中山七里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

コミカル基調なのに油断してるとズシンとくる、筆者の本領が遺憾なく発揮されたミステリ短編集です。さよならドビュッシーのスピンアウト作品ですが、非常に読みやすいので中山七里さん最初の一冊としてもお勧めです。




まさに表紙絵の通り、車椅子の元気爺さん「香月玄太郎(こうづきげんたろう)」と、彼に翻弄されながらも要所では強いところを見せるベテラン介護士「綴喜みち子(つづきみちこ)」がメインキャラクターとなります。

「さよならドビュッシー」、「おやすみラフマニノフ」と続く「岬洋介」シリーズのスピンオフ作品ではありますが、前作のネタバレなどは慎重に回避されていますし、むしろ本書だけを読んだほうが純粋に楽しめる部分もあるかもしれません。

介護をテーマの一つとしつつも、玄太郎のキャラクターのせいか全然湿っぽさは感じさせません。5編のミステリもそれぞれに趣向が凝らされていて、痛快な読後感を与えてくれる作品集となっています。

当然「さよならドビュッシー」のキャラクターたちも登場するのですが、基本的には重要な役割を見せることは無いので、その点既読者には物足りなく感じられるところもあるかもしれません。ただ、岬洋介にはちょこっと活躍の場もあるので、彼のファンならぜひ抑えておくべきでしょう。

介護士のみち子さんは傍観者役といいいますか、それほど重要な役割を果たしているわけではありませんが、前作で何だか怖い印象のあった彼女の裏側が見られらのは良かったです。

以下、さよならドビュッシーと本作両方のネタバレがちょっぴり入るので、既読者のみ反転でお願いします。

本書だけ読むか、2作品を合わせて読むかでこれほど印象の変わる作品も珍しいでしょうね。特に本作ラスト、玄太郎爺さんのエンディングは結構胸にずっしり来てしまいました。

ルシアも登場していますが、さすがに顔見世程度の役割になっています。彼女は結構好きなキャラなので、今後もうまいこと登場させてほしいのですが、あの前作のの後とあってはやはり色々難しいのでしょうか。本書程度の顔見世逆に物足りなさが増幅された感も・・・

ネタバレ終わり。

とにかく、この作者さんの文章は私的にとてもフィーリングのあう部分が多いです。登場人物の価値観にしろ文体にしろ、なんとなく抑制が効いているというか、色々な意味でバランス感覚が優れているように感じられます。

前作との関係を抜きにしても純粋に一話ごとの質が高いので、ドビュッシー既読者もそうでない方も安心して手に取っていただきたい作品です。

評価:★★★★☆

関連書籍:



2011年6月28日火曜日

ファウンデーション3部作(アイザック・アシモフ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「銀河帝国興亡史」というサブタイトルのイメージで読み進めると面食らうかもしれません。いかにもアシモフらしいミステリスピリッツに溢れた連作中・短編集です。とりわけ2巻収録の「ザ・ミュール」および3巻収録の「ファウンデーションによる探索」については唸らされること請け合いです。



天才「ハリ・セルダン」が「心理歴史学」を駆使した結果として導かれた銀河帝国滅亡の予言。滅亡自体は避けえぬものとしながらも、その後の混乱期を3万年から1,000年に短縮しようと「セルダン・プラン」が計画されます。そして、その種子となるべく銀河辺境に設立されるのが「ファウンデーション」です。

巨匠アシモフの手による「銀河帝国」ものなわけですが、いわゆる王道っぽいイメージからは随分外れた作品ではないかと思います。宇宙艦隊による戦闘シーンなどはあくまで二の次。主人公達が機知機略を駆使して難局を乗り越えていくのがシリーズを通した主眼となっています。

邦題サブタイトルからも予測できるかもしれませんが、本書はギボンの有名な歴史書「ローマ帝国衰亡史」から着想を得ているのだそうです。とりわけ1巻については、プランの歴史的転換点を拾い上げる形の連作5話構成になっていて、次々と年代が移り変わっていく軽快感が読者を飽きさせません。

間違いなくシリーズの中核をなしているのが「セルダン・プラン」という名の神の手的予定調和。私なりに各巻に副題をつけるとすれば、
  1. 偉大なるセルダン・プラン
  2. セルダン・プランの危機
  3. セルダン・プランの克服
といった感じになるでしょうか。そしてその危機を演出するのが、第2巻後半で登場する「ミュール」です。

セルダンの駆使した「心理歴史学」というのは、1巻のP28から引用すると、
一定の社会的・経済的刺激に対する人間集団の反応を扱う数学の一分野
であり、
扱われる人間集団が有効な統計処理を受けられるだけの十分な大きさを持っているという仮定が、その前提条件になっている
とのことです。未来予測というといかにも胡散臭げですが、結局それをある一定の大きさを持つ集団にしか適用できないとすることで、もっともらしさを出しているわけです。

そして、集団という没個性を扱っているだけでは予測不可能な「ミュール」という異能力者の登場により、プランは壊滅的な危機の縁に立たされてしまいます。

マクロな視点の危機を克服する平凡な一女性の機知。さらにはセルダン・プラン自体に備えられていた危機対処手段としての「第2ファウンデーション」の実体。

予定調和的な作品にありがちな退屈さを絶妙なタイミングで崩してくるところに本書のストーリー展開としての妙がありますが、かといって「セルダン・プラン」という権威に対するカタルシスが失われるわけでもありません。

この辺りのバランス感覚こそが、本シリーズが支持されている一番の理由ではないかと思います。アシモフは読者が何を喜ぶのかについての配慮がつくづく行き届いているようです。

今回ご紹介した3部作は1950年ごろに発表されたもので、私自身が最初に読んだのも今から20年ほど前の高校生時代です。今回改めて読み返してみて、科学技術的なところはともかくストーリーの面白さは全く色あせていないなと感じました。

正直なところ、若干技巧に走りすぎて物語の凄みという点で損をしているかなというところもなくはないのですが、約30年を隔てて発表された第4巻「ファウンデーションの彼方へ」ではその辺りも克服した全く異種の作品に仕上がっていますので、興味をもたれた方には是非ご一読いただきたいです。

評価:★★★★☆

2011年6月7日火曜日

ねじまき少女(パオロ・バチガルピ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

疫病と資源枯渇の近未来バンコクを舞台にしたSF小説。重めな雰囲気はちょっと苦手な感じでしたが、このなんともいえない読後感はどう表現したものでしょう。主要SF賞を総なめというのも納得のインパクト。ノワール小説が好きな方にはたまらないのではないでしょうか。






裏書には

彼とねじまき少女エミコとの出会いは、世界の運命を大きく変えていった。

とありますが、少し不親切な内容紹介といえるかもしれません。最後のほうまでどこに話が落ちるのか全然わからなかったのですが、なるほどこう来るのかと思わず唸ってしまいました。

もちろん本作自体で完結した話ではあるのですが、同一世界観による中編作品がすでにいくつかあるとのこと。正直、「カロリーマン」などのわけのわからない単語がかなり出てくるので、できれば先にそちらを読みたかった気もします。

「アンダースン」や「エミコ」だけでなく、様々な人物の視点が入れ替わり立ち代り物語を紡ぎあげていきます。なかでも一番わかりやすく格好良かった「ジェイディー」がもっともお気に入りなキャラだったのですが、彼の下巻での扱いはいったいどうなっているのでしょう。わけわかりません(^^;

とにかく勧善懲悪とは程遠い暗黒(ノワール)展開が続きます。甘い話を期待して本書を読むのはやめたほうが良いでしょう。アンダースンとエミコの恋話的なものをちょっぴり期待していた私も、読了後の今となっては苦笑しかでてきません。

ただ、本書の話のオチはSFファンなら絶対好きでしょうね。さほど熱心でないSF読者の私でも、この世界観が今後どのように展開していくのか気になって仕方ありません。とにかく用語もよくわからなくて読み進めるのがしんどい作品ではありましたが、その見返りは十分いただけたものと思います。

評価:★★★★☆

2011年5月29日日曜日

まもなく電車が出現します(似鳥鶏) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

シリーズ前2作と違い、今回は各話独立した純粋な短編集となっています。大技が炸裂した前作の後だけにどうなるものかと思っていましたが、全くの杞憂だったようです。各話とも質の高い作品揃いでしたが、とりわけ最終話については色々な意味でお腹一杯になりました。



全5話となっていますが、分量は30ページ弱から100ページ超までと各話まちまちです。雑誌掲載分の表題作は既読だったのですが、他の4話はすべて書き下ろしと贅沢な構成になっています。

個人的に一番気に入ったのは2話目「シチュー皿の底は平行宇宙に繋がるか?」、一番唸ったのは4話目「嫁と竜のどちらをとるか?」です。ともに30ページ前後のきわめて短い作品ですが、それだけに虚飾の無いアイデア勝負が鮮烈です。

特に後者はお見事。今までも散々名探偵振りをみせつてきてきた伊神ですが、たったあれだけの会話から導き出した真相には、目から鱗が落ちる思いでした。こういう作品に出会えると、ミステリファンで本当に良かったとしみじみ思います。

ただ、一番多くを語るべきはやはり最終話「今日から彼氏」でしょう。ミステリとしての枠組みをこえて、このシリーズに求めているテイストのすべてがつまっている作品だと思います。以下、ネタバレになるので反転でお願いします。


彼氏なんていわれると、順当に柳瀬先輩と付き合うことになるのか、それとも翠が絡んでくるのかと、目次のタイトルだけでワクテカ展開に期待が膨らんでいたのに、まさか第3者がひょっこり持っていってしまうとは・・・。

それにしても、葉山君の周りには頭の回転が異常に早い女性ばかり集まってくる印象です。今回の「入谷菜々香(いりやななか)」さんも、よく考えると即興のシチュエーションに恐るべき対応力を見せています。

とはいえ、携帯アドレスの件とか家を偽っていた件とか、冷静に考えると後からぼろの出そうな細工ばかりではあったかもしれません。それだけ切羽詰っていたということなのでしょう。

シリーズキャラとして思い入れのある柳瀬さんを裏切るような展開には読んでいて胸がきりきりする思いでしたが、最後は収まるべきところに収まったといったところでしょうか。

ただ、入谷さんが憎みきれないキャラだったのはなんとも複雑な後味です。完全な悪役なら万事めでたしで済んだと思うのですが、これじゃあ入谷さんめちゃくちゃ可哀想じゃありません?ホノボノの皮を被った筆者のサドっぷりには戦慄を禁じえません。(褒めてます)

携帯アドレスの件など、トリックとしてはすぐに気付いてしまうものもありましたけれど、ハウダニットにホワイダニットをうまくかぶせた構成に手堅い印象を感じました。恋愛要素だけでなく、ミステリとしても十分楽しめた作品だったと思います。

ところで今回「ゆーくん」呼ばわりされてましたが、葉山君の名前のヒントが出てくるのはこれが初めてになるでしょうか。名前にも何かの伏線があるんでしょうかね。


ネタバレ終わり。

今回は純粋な短編集ということで、全般的に前作ほどのインパクトは感じなかったものの、総じてクオリティの高い作品ばかりで、十分な満足感を得ることができたと思います。

次巻はいよいよ妹「亜里沙」編になるのでしょうか。亜里沙がヒロイン役の作品が2話ほど発表済みのはずですが、そちらは今回は未収録なので、いやがおうにも期待が増します。今回のような小粋な作品集も素敵でしたが、次回はまた大技を期待したいですね。

評価:★★★★☆

関連書籍:


2011年5月6日金曜日

ポアロ登場(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ポアロとヘイスティングズのコンビが活躍する初期短編集。ヘイスティングズが出てくる作品集なのでミステリ分は期待していなかったのですが、本書は短いなかでも唸らされる作品が多かったように思います。



全14作品、なかには20ページを切るものもあり、非常にコンパクトな作品ばかりのラインナップとなっています。長編のポアロやヘイスティングズが好きな方にはちょっと食い足りないところもあるかもしれません。

私はけっしてヘイスティングズが嫌いなわけではないのですが、彼の動きがいつも派手すぎるため、どうしてもドタバタになってしまう印象を持っています。その点、本書は二人の掛け合いがさらっと軽快に流れていくのが好印象でした。

これだけ短いとミステリとしてのネタもすぐに割れてしまいそうなものですが、そこが一筋縄では行きません。これだけ小粒な作品ばかりなのに、ことごとく予想を外してくる豪腕はお見事としか言いようがありません。

とはいえ流石にこの分量では、ロジック的に若干の飛躍を感じさせるところもなくはありません。生粋のミステリファンにはその点評価が辛くなるところしれませんが、私はそういった細部があまり気にならないたちなので問題ありませんでした。

私のお気に入りは、本書最長(それでも44ページですが)の「<西洋の星>盗難事件」、ミステリ的に一番クールだった「百万ドル債権盗難事件」、首相誘拐の大事件に関与する「首相誘拐事件」などといったところです。

「チョコレートの箱」は過去のポアロの失敗談という意味で貴重な位置づけの作品ですが、個人的には印象的なエピソードの割りにミステリとしてはいまいちな感じがしました。

ポアロというキャラクタは感情移入の仕方が難しいと個人的には感じていたのですが、香山二三郎氏の巻末解説によると、クリスティ自身が彼に反発を感じることもあったのだとか。

その意味では、話の短さのおかげで彼のキャラの濃さが薄まってくれたというところはあるかもしれません。ポアロへの思い入れ次第で、本書に対する評価は大きく変わってくるのではないかと思います。

評価:★★★★☆

2011年4月28日木曜日

テルマエ・ロマエ III(ヤマザキマリ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

風呂ネタとしてはちょっとマンネリ気味かなと思っていたのですが、史実の背景を微妙に絡めた感じで、なかなか面白い展開になってきました。



基本的にハドリアヌスお抱えのポジションかと思っていたのですが、そういう訳でもないのですね。本巻ではハドリアヌスの直接の出番は一度もなし。彼が死んでからもちゃんと話は続いていきそうです。

次期皇帝になるはずのアントニヌス・ピウスらしい人も、最後でちらっと出てきていました。順番からいけば次は彼のために働くことになりそうなものですが、ちょっと地味目なポジションの人なので、一つ飛ばしということでしょうか。

そういう意味では、歴代皇帝の中でも人気のあるマルクス・アウレリウスが次のパトロンとなるのは、漫画的に納得の展開と言えます。若き日のマルクス、いかにも誠実そうな人柄がらしい感じですね。

史実をもとにしたエピソードを交えながらも、あくまで主眼は風呂になっているのが、ぶれてない感じで素敵です。仕事馬鹿なルシウスの魅力は、政治劇の舞台では生きないでしょうから。

ラスト2話では、いつも教わることばかりだったルシウスが初めて教える側にまわります。言葉がなくても何となく通じてしまうというのは、共通した土台のある技術者通しだと結構ありそうなことです。

映画化も決定したようで、もう乗りに乗っているという印象です。これから動いていきそうな歴史イベントをどのように風呂の話題につなげていくのか。馬鹿馬鹿しいほどの強引さに今後も期待です。

評価:★★★★☆

2011年4月26日火曜日

万能鑑定士Qの事件簿IX(松岡圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

今回のテーマはダ・ヴィンチのモナ・リザです。ちょっといつもと違った展開の裏には、相変わらずのぶっとんだ仕掛けが隠されています。初めて小笠原君を格好良いと思ったかも。



モナ・リザという超メジャーな題材なので、専門的には色々あるのかもしれませんが、素人の私としては大変楽しめました。それにしても相変わらずの薀蓄量ですが、どこまで信じてよいのか毎回微妙に悩まされたり。

いつものシリーズとはちょっと変わった展開がとても良かったですね。いくらなんでも胡散臭すぎるなあと感じていたところも実は伏線だったり、ミステリとしてかなり良い感じの仕掛けだったと思います。

正直なところ、シリーズ開始当初は結構メインキャラのイメージにぶれが感じられるというか、ファジーな設定を筆者の力量で強引にごまかしているというところが無きにしも非ずという印象でした。

それが巻を重ねるにつれて、徐々に個性がはっきりしてきたように感じられます。特に今回は小笠原君がいい働きをしていましたね。彼の性格って、キャラ絵のイメージに引っ張られてるんじゃないかという気もするんですが(^^;

巻末の予告によると、次回は20歳時の莉子の過去話となるようです。あいかわらず二ヶ月に1冊の驚異的な刊行ペース。どこまで続くのでしょうかね。凄いなぁ・・・

評価:★★★★☆

2011年4月20日水曜日

大聖堂(ケン・フォレット) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

十二世紀のイングランドを舞台にした歴史大河小説。史実がたくさんちりばめられているにもかかわらず、学問的な堅苦しさは全くありません。興奮感溢れる良質なエンターテインメントとなっています。





タイトルが「大聖堂」となっていて、実際に大聖堂の建築は話の重要な位置を占めるのですが、それだけを軸にストーリーが進むわけではありません。

ノルマンディー朝の後継者争いが泥沼化することにより、無政府状態に突入した時代を扱っています。そんな混乱の中、王権争い、シャーリング伯爵位を巡る陰謀、教会内における権力闘争などが平行して展開していきます。

純粋な歴史ものを期待すると、少々期待はずれに終わるかもしれません。Wikipediaによると、登場人物の大部分はフィクションですし、セックス描写もかなり激しかったりで、かなりエンターテインメント色の強い構成となっています。

3冊1800ページにおよぶ大著であるにもかかわらず、伏線の張り方とその改修の仕方は見事といわざるを得ません。冒頭で提示された謎が明らかになるのは最後の最後。50年を超えるスケールの壮大な物語となっています。

以下ネタバレ感想につき、既読の方のみ反転してください。

前半の主人公「トム・ビルダー」が格好良すぎますね。その彼がまさか死んでしまうとは思いませんでした。トムとくらべると、後を継いだ義理の息子「ジャック」は、若干主人公としての魅力に劣るような気はします。ただ、そこを「アリエナ」とのセットで補うというのも、実にお見事な手際です。

アリエナは、あんな薄幸のヒロインでありながら驚くほど感情移入しにくいキャラクターでした。きつい性格はともかく、毛深いとか乳がでかすぎるとか、ひどい描写ばかりです。こういう生々しいところを受け入れられるかどうかで、本書への評価も大きく変わってきそうに思います。

ネタバレ終わり。

トムと並ぶもう一人の主人公「フィリップ」。「ローマ人の物語」でネガキャンされていたりした影響もあって、キリスト教に対する印象は個人的にあまり良いものではないのですが、フィリップのような聖職者特有の潔癖さというのは、実に美しいです。キリスト教のこういう側面は結構好きかもしれません。

唯一不満なのはマーサの不遇っぷり。義理の兄であるジャックを慕っていたのだから、アリエナとひと悶着あってもよさそうなのに、子供の世話まで喜んで引き受けたりして。

いったい彼女は何のために出てきたのかと思わずにいられませんでしたが、どうやら続編では彼女の子孫も出てくるとのこと。独り身のままではなかったようなので安心しました。もしかして、私と同じような不満を持った人から抗議でもあったのでしょうか。

歴史を扱っているにも関わらず非常にエンターテインメイント色が強いため、好みの分かれるところはあるかもしれません。私としては、ご都合主義に過ぎる展開も含めてとても楽しめました。

ただあまりに分厚いので、続巻に手を出すかどうかは今のところちょっと微妙です。面白かったけど疲れました。その分、読了後の達成感もひとしおなのですけれどね。

評価:★★★★☆

2011年4月18日月曜日

森崎書店の日々(八木沢里志) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

神保町の古書店街でヒロインが失恋の痛手を癒していく表題作およびその続編の2本構成となっています。実に良質な雰囲気小説でありながら、各話ともしっかりストーリーが作りこまれていて、とても私好みな作品でした。



二股かけられていた彼氏に対して何も言えず、会社も辞めて引きこもる「貴子」。実家に戻るか叔父「サトル」の世話になるかの選択を母から迫られて、やむなく興味もない古本屋に居候することとなりますが、一冊の本との出会いにより、彼女を取り巻く風景がガラッと変わっていきます。

とにかく神保町への愛情に溢れる一冊といえるでしょう。本書は「ちよだ文学賞」の大賞受賞作なのだとか。<すぼうる>という名前の喫茶店などが出てくる辺り、にやりとしてしまう人も多いのではないでしょうか。

正直なところ私の読書は新刊本メインなので、あまり古本屋のお世話になることはないのですが、それでも神保町の雰囲気は大好きなので、ちょくちょく足を運んでいます。九段下で降りて靖国で手を合わせて、そのあと古書街をひたひた歩いていくのが、私の休日を過ごす黄金パターンの一つです。

神保町や古書への愛情溢れる雰囲気自体秀逸ですが、私が本書を評価したいのは、ストーリーの起伏がしっかりして、純粋に読み物として楽しめるようになっているところです。雰囲気でごまかしてなんとなく終わってしまうような話があまり好きではないのですが、本書ではその心配は全くありません。

二話目は、家を出て行方知れずとなっていた義理の叔母「桃子」が森崎書店に帰ってくるお話で、こちらもかなり良い感じなのですけれど、一話目でせっかく友達になった「トモちゃん」が出てこなかったのだけは、ちょっぴり残念だった気がします。とても良いキャラだっただけにもったいないなぁと。

全編を通して淡々とした語り口で紡がれていくお話は、決して刺激的とはいえませんが、それがまた話の舞台である神保町にとてもマッチしていたように思います。さほど癖もないのでどなたが読んでも楽しめると思いますが、とりわけ神保町が好きな方には強くお勧めしたい一冊です。

評価:★★★★☆

2011年4月14日木曜日

県庁おもてなし課(有川浩) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

実在する高知県庁「おもてなし課」を題材とした地域振興サクセス(?)ストーリーです。現実とフィクションの入り混じった面白い構成ですが、小説の基調はいつも通りラブコメ成分たっぷりの有川節。構えずに気楽に楽しめるエンターテイメントになっています。



観光立県を目指し新設された観光部「おもてなし課」。手始めに観光特使になってもらおうと若手職員「掛水史貴(かけみずふみたか)」が連絡を取ったのは郷土出身の人気作家「吉門喬介(よしかどきょうすけ)」。

その彼からは厳しい駄目だしを食らいますが、同時に紹介されたある人物との出会いにより、おもてなし課は一大転機を迎えることになります。ちなみに駄目だしのくだりは、実際におもてなし課と有川さんの間にあったエピソードなのだとか。どうりで表現がやたら活き活きとしている(^^;

このように随所に現実のエピソードも織り交ぜられているのですが、本書の基本はあくまでフィクションといってよいと思います。特に筆者が常にこだわりを見せるラブコメ成分は抜群の安心感。筆者のファンであれば迷わず手に取るべきです。

ところで冒頭におけるおもてなし課のだめっぷり。私は仕事の関係で自治体向けのコンサルをされている方とお話しする機会があるのですが、公務員の腰の重さというか動きの鈍さというのは本当に本書のようなイメージのようです。

ただ、本書でも触れられている通り、自治体に対する環境も年々厳しくなってきているようですし、意識の高い職員さんも少なからずいらっしゃるという話なので、徐々に組織としての体質も変わっていくことになるのかもしれません。

さすがは地元出身というだけあって、観光地としての高知県の魅力は存分に語られています。現実の取り組みを題材にしているだけあって、振興策についても革新的なようでとても地に足ついている感じなのが印象的です。

自治体行政に興味を持つ方に紹介しようとするときにネックとなるのは、やはりラブコメ成分になってしまうでしょうか。でも、もしドラがありなら本書も全然ありですかね(笑)

本書を一言で表現するならば「有川作品」です。県庁の取り組みについても興味深くはありますが、何かを勉強したい方よりも、純粋に読書を楽しみたい方にこそ本書をお勧めしたいと思います。

評価:★★★★☆

2011年4月7日木曜日

ビブリア古書堂の事件手帖 - 栞子さんと奇妙な客人たち(三上延) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

小さな古書店を舞台にしたミステリ連作短編集です。古書に詳しい方にはどうだかわかりませんが、門外漢の私には薀蓄がちょうど程よい具合でした。なにより栞子の名探偵ぶりが素晴らしいです。



子供の頃のトラウマで本を読み通すことができず、読書への漠然とした憧れを持っている「五浦大輔(ごうらだいすけ)」と、内気でどもり癖があるのに本のことになると過剰に饒舌な古本屋店主「篠川栞子(しのかわしおりこ)」。

大輔が持ち込む古書にまつわる話に、入院中の栞子がベッドの上で真相を推理するというアームチェアディテクティブの形式となっています。

全4話のそれぞれがなかなかきれいにまとまっているのに加え、全話を通した大きな謎も用意されていて、かなり私のストライクゾーンど真ん中な構成となっています。

古書のことをあまり知らない私には薀蓄も面白かったです。栞子のいかにも本好きな、ちょっとだけヤンデレも入ったキャラクターがとても良かったですね。各話の超控えめなお色気シーンもGoodです。

せどり屋の志田がなかなか良いポジションです。古書店をまわって安い本を転売する仕事だとか。志田は自身の知識で勝負していますが、質屋の友人によると、そういうリストがネットなどで売っていて、それを参考にする素人商いも多いのだそうです。

筆者のファンタジー作品なども多少読んでいますが、本書の雰囲気のほうが私としてはより好みですね。専門的なミステリ屋さんからすれば甘いところもあるかもしれませんが、名探偵栞子の演出がしっかりミステリしているのがとりわけ好印象なお話でした。

評価;★★★★☆

2011年3月29日火曜日

小説家の作り方(野崎まど) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

どうミステリになるのかと思いながら読んでいた文章がことごとく伏線だったいう、あいかわらずお見事な手際でした。厳密にはミステリじゃないんですかね。小ざかしいジャンル分け不要の独自性に富んだ一冊です。



キャラクター作りが得意なファンタジー小説家「物実(ものみ)」が初めてもらったファンレター。お嬢様然とした彼女「紫依代(むらさきいよ)」に請われ、小説家になるための家庭教師を務めることになります。

美少女をマンツーマンで指導するという夢のようなシチュエーション。5万冊の読書量を誇る博識でありながら、随所に垣間見える紫の世慣れなさが、ただの伏線じゃなく萌えポイントにもなっています。

登場人物は全部で5人と、相変わらずのシンプル設定。なんというか、プログラマ的効率化精神の琴線に触れるといいいますか、あまりに無駄のない美しい話作りには、ただただ感服するばかりです。

タイトルが「小説」でなく「小説家」の作り方となっているのもポイントとなるでしょうか。ほかにもちりばめられた様々な伏線が、真実解明の段になって物語の風景を一変させます。

以下ちょっとだけネタバレ。既読の方だけ反転して読んでください。

二重のどんでん返しが秘められていましたが、結局紫がみせていた会話の間合いとはなんだったのでしょう。通信などは発生していなかったわけですから、色々解釈の余地がありそうです。

「お母様」を騙すために事前に施した細工の一つと考えることもできそうですが、私としてはあの間合いが「むらさき」の素だと解釈したいです。そのほうがいかにも萌えキャラっぽくていいですよね。

以上、ネタバレ終わり。

まだ筆者のデビュー作はタイミングがあわなくて読んでいないのですが、既刊4冊はいずれも単発ものです。野崎さんも物実と同じくとても魅力的なキャラクターを作る方ですので、できればシリーズ物もそろそろ読んでみたいなという気がします。

評価:★★★★☆

2011年3月19日土曜日

小夜しぐれ(高田郁) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

澪と小松原の仲を進める気があるとは思っていませんでした。色々大きな軸のあるなか、筆者の野望が垣間見えたような気がします。俄然面白い展開を見せつつ、各話の作りこみも相変わらずお見事。みをつくし料理帖シリーズ第5弾です。



本巻では結構話が動きましたね。4話とも秀逸でした。以下、各話の感想です。

■ 迷い蟹 - 浅利の御神酒蒸し
「つる家」屋号のもととなった、店主「種市(たねいち)」の娘「おつる」の亡くなった事情が明らかになります。心にしっくり染み入るエンディングがお見事です。

■ 夢宵楼 - 菜の花尽くし
吉原きっての妓楼「翁屋(おきなや)」から花見の宴の料理を頼まれた澪。苦心の末に考え出した、大尽がたを唸らせる食材とは。隠れキャラみたいな「旭日昇天」が登場するとそれだけで嬉しいですね。

■ 小夜しぐれ - 寿ぎ善
澪の友人で大店の娘「美緒(みお)」に縁談が進められます。彼女の思い人を知る澪は複雑な胸中となりますが・・・。この話題はもう少し引っ張るのかと思っていたのでちょっとびっくりです。

■ 嘉承 - ひとくち宝珠
御膳奉行「小野寺一馬(おのでらかずま)」が、嫌いな菓子作りに苦心するお話し。めずらしく澪が登場しません。以前からほのめかされていた小松原の正体がいよいよ明らかになります。

小松原との仲、旭日昇天の身請け、天満一兆庵の再興と、到底かないそうも澪の願望がそれぞれに動きを見せてきました。もしかして、全部大団円にしようとしてます?ハッピーエンド好きの私には嬉しすぎる展開に、今後もますます目が離せません。

評価:★★★★☆

シリーズ一作目はこちら

2011年3月7日月曜日

放課後はミステリーとともに(東川篤哉) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

私立鯉ケ窪学園を舞台としたミステリ短編集です。バカ売れしまくっているらしい前作よりもミステリ分は高いのですが、雑誌掲載分を集めたもののせいか、短編集としての統一感はいまいちのような気もします。本質はキャラ萌え小説といっていいくらいかもしれません。



「エアコン」のあだ名を持つ、ちょっと空回り気味の探偵部副部長「霧ヶ峰涼(きりがみねりょう)」。この主人公に感情移入できるかどうかで、本作の評価は決まってきそうです。私も一話目はちょっとうざいキャラかなと感じていたのですが、二話目以降はすっかりはまってしまいました。

一話目だけちょっと古い作品のようなので(2003年6月初出)、その分少し風景がかわって見えるのかもしれません。ただ、ミステリとしてのできはむしろ一話目が一番良いくらいなので、書店でちら読みするのであれば冒頭だけで放り出さないようお勧めいたします。

全8作品。ミステリ分は基本的に高いですが、質的には割とばらつきがあるかもしれません。連作短編形式ではないので、多少設定に気になるところがあっても、あまり深読みはしないほうが良いかと思います。一話目、二話目、四話目あたりが私的には好みの作品でした。

個人的に一番不満なのは、探偵役が一番ハマる顧問の石崎先生が、全8話中3話にしか出てこないことです。探偵としてはギリギリ名探偵という程度の霧ヶ峰。石崎先生を相手にボケ役に徹したときこそが魅力全開の瞬間です。逆に、言っては悪いですが探偵役をやらせるといまいち締まらない印象も・・・

ミステリとしては平均するとまあ上質と言った程度の本書ですが、一番の魅力を端的に表現するなら○○○○○○です。これを明かすとある作品のネタバレに絡んでくるのが、レビュアー泣かせなところです。同学園を舞台にした関連小説もあるようなので、そちらにもチャレンジしてみたいと思います。

評価:★★★★☆

関連書籍:


2011年2月13日日曜日

シンメトリー(誉田哲也) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

警部補「姫川玲子」シリーズ第三弾。今回は短編集となっています。派手な事件は少ないですが、ちょっとひと味の利かせ方が抜群の冴えを見せています。非常に満足度の高い一冊です。



玲子のキャラのおかげで警察小説の割りにとても読みやすい本シリーズですが、本書については読後感しんみりしっとりの、読み応えある構成となっています。以下、各話の感想です。

■ 東京
元上司「小暮利充(こぐれとしみつ)」の墓参りに訪れた玲子は「美代子(みよこ)」という少女を見かけます。ともに訪れた未亡人「景子(けいこ)」に請われ、玲子はある事件について語り始めます。なんともしんみりと切ない結末を迎える、玲子駆け出し時代のお話しです。

■ 過ぎた正義
川越少年刑務所。当てもないままに休暇や在庁を利用して何度も足を運んだ末、玲子はとうとう「倉田修二(くらたしゅうじ)」と行き会います。元刑事の彼に対して玲子が話したかったこととは。刑法39条がテーマとなっています。

■ 右では殴らない
女子高生 vs 美人刑事。エンコー女子高生「下坂美樹(しもさかみき)」を玲子がマンツーマンで取り調べる、ちょっと異色な感じの作品です。取調べ中の玲子のぶっちゃけた思惑が克明に描かれています。本書で一番好きな作品。

■ シンメトリー
ある女子高生に対して抱える、駅職員の淡い思い。やりきれない結末を迎えながらも、犯人に対する玲子のとぼけたやりとりが、なんとなくほっとするような後味を残してくれます。

■ 左だけ見た場合
超能力のような技をみせるマジシャン「吉原秀一(よしわらしゅういち)」。調査の結果明らかになった事件の手がかりは、玲子が当初から予想していた通りのものだった。彼女の推理の根拠とは一体なんだったのか。玲子の推理の冴えに加え、ちょっと不思議なオチも印象的な作品。

■ 悪しき実
死体発見の通報をしたまま姿をくらました「春川美津代(はるかわみつよ)」。内縁の夫であった被害者の驚愕すべき正体、そして彼女が姿をくらました理由とは。引きを見る限り、続編へのプロローグ的な位置づけにもなっているのでしょうか。

■ 手紙
玲子が本庁捜査一課に引っ張られるきっかけともなった、若かりし日の事件について語られています。先輩の女刑事による身動きしにくい状況のなか、手柄を求める玲子が目をつけて調べ始めたあるものとは。色々な意味で、女性って怖いねというお話し。

「ジウ」や「ストロベリーナイト」のような派手な展開を期待する向きには物足りなく感じられるかもしれませんが、私としては全編通したしっとり感がとても良かったです。文庫化を待つつもりだった続巻ですが、手を出してしまおうか迷いますね・・・

評価:★★★★☆

2011年2月5日土曜日

「病院」がトヨタを超える日 医療は日本を救う輸出産業になる!(北原茂実) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

単に理念的なことを掲げるだけでなく、お金のことを真剣に考えた医療改革を目指し、実際に行動に移している筆者は凄いの一言です。アメリカ、タイ、インドなど外国の医療事情も紹介されていて、なかなか考えさせられました。



以前読んだ「街場のメディア論」でも、医療問題について少し触れられていたのですが、いまひとつ私が受け付けなかったのは、立ち居地がどこまでいっても「反市場」にあったためです。

その点、本書では儲けを出すことの重要性を熟知しているところに共感を覚えました。きれいごとを言っても利潤が出なければ長続きしないですから。ゴーイングコンサーン(継続企業の前提)というやつです。

医療崩壊が現実味を帯びてきたなかで、筆者が主張しているのは2点。医療コストの削減と外貨獲得です。

医者不足などが顕著となってきていますが、その元凶を筆者は国民皆保険制度と診療報酬の定額制に求めています。安すぎるために無駄な患者が増え、一方で医師は儲かる治療だけに専念する。

この両制度、過去には機能していたものと一定の評価はされているものの、一方で既に現実にはそぐわないものになっていると筆者は断じています。

患者自身によるボランティア制については、医療コスト引き下げはもちろんのこと、より医者と患者の距離を近づける医療の「質」の面での貢献のほうが、むしろ大きいのかもしれません。

壊滅的に見える日本の医療ですが、医療の崩壊という現象自体は、何も日本だけで見られる特別なものというわけでもないようです。

特に貧困層に焦点を当てた場合、もとより国民皆保険制度の無いアメリカはもちろん、成功事例にみえるタイやインドにしても、恩恵を受けているのは外国人や富裕者層にかぎられているのだとか。

日本の医療水準自体は高いものなので、それを外貨獲得の手段とみるのは当然考えられるべきことです。筆者のすごいところは、それを貧困層も含めた全社会的な観点から実現しようとしているところです。

規制が多く、公機関の動きも遅い国内に対して、筆者はカンボジアでモデルケースを作り、それを逆輸入しようとしているのだとか。

文章で読むだけだと理想論的に過ぎる感もなくはないのですが、それを実際に行動に移しているのですから、もう外からとやかく言いようがないですね。

なんというか、日本の医療の実情を知るうえでも有益な書ではありますが、それ以上に筆者の理想を掲げる想像力と、実際に形にする行動力には敬服せざるを得ません。私も見習いたいです。

評価:★★★★☆

2011年2月4日金曜日

ローマ人の物語〈35〉最後の努力〈上〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

国防体制を完全に立て直すディオクレティアヌス帝ですが、一方でローマ的なものがどんどん失われていきます。官僚の肥大化、税収不足、統制経済。現代にも通じる諸問題には考えさせられることばかりです。



ディオクレティアヌス帝は、筆者によると最初に意図してキリスト教を弾圧した皇帝だとか。それまでにもネロ帝による弾圧などはありましたが、確固たる施策として継続的に行われるのはこれが初めてとのこと。

もっとも筆者の視点からは、キリスト教徒に対するスタンスは一貫して冷ややかなんですけどね。出てくる事例を見れば、あれもしたくないこれもしたくないばかり。後世で喧伝されるような不当な仕打ちとばかりもいえないようです。

外敵の襲来により軍人皇帝が次々と入れ替わる末期的な状況。それを立て直したディオクレティアヌス帝の有能さは疑うべくもありません。しかし、一方で開明的、先進的な「ローマ」気質を完全に変質させたのも彼の手によるもの。

軍事費の増大や官僚組織の肥大化、税収不足による経済統制などはまだしも、職業の世襲制はかなりきつい感じですね。しかし、筆者の論調にディオクレティアヌスを責める雰囲気はありません。

結局のところ、引き金となったのはカラカラ帝による「アントニヌス勅令」とガリエヌス帝による元老院と軍隊の分離。ディオクレティアヌス在位の状況下においては、やむをえない施策ばかりだったのでしょう。

ディオクレティアヌスは、歴代皇帝で初めて生きたままに帝位を譲った人物なのだそうです。この辺りの引き際の見事さも、彼の公人としての性格を強くあらわしています。ただし、禅譲が穏やかだったかというとそうでもないようで・・・。

誰一人として予想していなかったことが起こったのであった。(P213)

思わせぶりな次巻への引きは、いったい何を意味するのでしょうか。

評価:★★★★☆

2011年1月30日日曜日

天にひびき 3巻(やまむらはじめ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

音楽ものコミックでは「のだめ」が完結しちゃいましたが、本シリーズがそれを補って余りあります。今回はひびきや秋央の活躍がやや控えめ。サブキャラたちメインの構成です。サブキャラなんですが・・・波多野さんも美月もヒロイン力高すぎ(笑)



本巻では美月で2話、波多野さんと梶原がそれぞれ1話、そして榊先生の家での合宿が2話の計6話が収められています。主人公たちが活躍せずとも充実感抜群の内容でした。

美月のエピソードで2話とったのは流石というべきか、まだまだ物足りないと見るべきか。そもそも人物紹介の扱いなど見ても準ヒロイン格のはずなんですけどね。出てくれば強烈なキャラなのに、波多野さんのせいで立場怪しげです。表紙も先に取られちゃったし。

波多野さんは・・・初出のクールビューティーな印象とのギャップ萌え。あざとすぎるほどあざとい作者の思惑にまんまとはまってしまう自分が悔しいです(笑)。

彼女の演奏シーンが初めて出てきました。もともと凄腕オーラは放ちまくってましたけど、ああいう形で弱点をつけるとは。あまりに魅力的過ぎる残念女子、色々な意味で美月危うし。

とまあ、メインヒロイン食っちゃう勢いの女性キャラたちはとても良かったのですけれど、実は本巻では男性キャラのエピソードのほうがぐっと来たりします。

梶原の私生活が一部公開。「やっぱり」と思えるところと「へー」と思えるところと。彼と懇意っぽかったフルート奏者「柊梨胡(ひいらぎりこ)」さんの立ち居地も今回はっきりしました。クールなワンレンお嬢様、たまりませんな。

波多野さんや梶原の話で触れられている、変に難解な「現代曲」は人気ないという話、門外漢ながらなるほどなーという気がしますね。素人レベルで知ってる曲って昔の作品ばかりだし。

あまり詳しくは知りませんが、ジャズなんかもそういうところがある印象です。ジャンルが成熟→高度化→参入障壁という図式は、どの分野でもいえそうなことだという気がします。

以前から名前だけは出ていた榊先生がようやく登場。本巻のメインといってよいでしょう。療養中などという話もあったので、もっと年配のおじいちゃんな人かと思っていましたが、えらくシャレのきいたダンディーなオッサンという感じで意外でした。奥さんと何歳違いなんでしょう。

名前だけ出しておいて後から登場の手法は大好物です。今回の榊先生しかり、あと残ってるところではユキエおばさんや如月先生のカルテット仲間もでてきてくれたりするのでしょうか。

そもそも音楽家ばかりという秋央の一族というのがどれほどのものなのか興味が尽きませんが、ひびきや秋央自身の活躍にも次回は期待したいところです。

評価:★★★★☆

関連レビュー:
天にひびき 2巻(やまむらはじめ)

2011年1月26日水曜日

シアター! 2(有川浩) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

前巻のやや淡白な印象が覆りました。商売として成立しにくい劇団や役者たちの実情が微細に描かれていますが、これだけ書き込んでもさっぱりリアリティが生まれない有川作品が大好きです。



今回はちょっとトリッキーな構成となっています。サブキャラに焦点を当てた短編4本に、次巻へ向けてのプロローグ的な位置づけと思われる2編を加えた全6話。プロローグといっても、本巻内だけで十分完結した話となっているので、お預け感はありません。

なにしろ10人もいる劇団員なので、前巻読了時には全般的にぼんやりと霞のかかった雰囲気を感じていました。今回、それぞれのサブキャラにスポットが当てられたことで、話の輪郭が随分クリアになったように思います。

劇団内部や辞めていったメンバー達とのドロドロした人間関係。やろうと思えばいくらでも文学的な方向へ突き進めそうなテーマですが、それを許さないのがエンターテイメントを愛する有川先生の真骨頂です。

なにしろ鉄血宰相が万能過ぎます。各メンバーからの相談に突き放すようでいながら、絶妙な形で救いの手を差し伸べるツンデレッぷり。ドロドロした人間模様があっさり吹き飛ばされていくのはとても嘘臭く、そして痛快です。

恋愛模様もいつものように予定調和的なものとなりそうですね。真の恋愛小説好きには物足りなさMaxかもしれませんが、私としては安心してクライマックスを迎えられそうで嬉しいところです。

傑作「ストーリー・セラー」から一転、いつもの有川節全開といった印象の本作品。次が最終巻になりそうとのことですが、このままなら実にきれいに収まってくれそうで、期待してお待ち申し上げます。

評価:★★★★☆

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