2011年2月8日火曜日

連続殺人鬼 カエル男(中山七里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

クラシック音楽を題材とした筆者の既刊2作とは、大きく雰囲気を異にしています。結構エグイ描写が多くて、本来あまり好きなタイプの作品ではないのですけれど、好悪を超えて素直に感嘆させられました。傑作です。



このミス大賞シリーズでは何度も帯の宣伝に騙されてきましたが、今回は珍しく煽り文句が真っ当でした。作品の雰囲気としては「ストロベリーナイト」なんかが近いでしょうか。

吊るされたり潰されたり解剖されたり。特に「潰す」がきつかった・・・。そのうえ性的描写も多少ありますので、「さよならドビュッシー」の作風を期待する方には注意が必要です。

もともと「第8回このミステリーがすごい大賞」に応募された2作品のうちのひとつです(公式ブログの記事参照)。受賞作のドビュッシーと並んで評価が高かったそうなので出版を楽しみにしていましたが、まさかこれほどぶっ飛んだ作品だとは思っていませんでした。

ドビュッシーも大好きな作品ですが、話のインパクトとしてはこちらのほうがかなり強い感じがします。ただ、ある名作ミステリのオマージュ的な仕掛けがあるため、その点も大賞として積極的に押しにくい理由だったのかもしれません。

猟奇殺人のなかでも、とりわけ犯罪履歴のある精神異常者についての問題が大きなテーマとなっています。精神鑑定の結果、裁きを受けずに治療、そして社会復帰する事例。刑法39条に関わる問題を真っ向から取り上げています。

とはいえ、本書をいわゆる社会派ミステリと分類するのは適切ではないでしょう。筆者の思想や説教臭い言説はほとんどありません。むしろ、ミステリのタネとして巧妙に消化されているのが個人的に本書のもっとも評価したい部分です。

単純に事件の謎を追いかけるだけでなく、世情不安からパンデミック的な事態に至る後半の展開は圧巻の一言です。犯人との対決シーンも実に臨場感に溢れていて、400ページあるにもかかわらず一気に読まされてしまいました。

そして最後の意外な真相というか落とし方というか・・・。猟奇的な作品が苦手な私ですが、純粋にミステリとして素晴らしい出来映えのため、脱帽せざるを得ません。選外作品のためか600円とお得な価格ですし、是非手にとってみていただきたい一冊です。

評価:★★★★★

関連レビュー:
おやすみラフマニノフ(中山七里)

2011年2月7日月曜日

ビッグ4(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

クリスティのなかでもあまり良い評判を聞かない本作品。中国人を首領とした、世界をまたにかける悪の大組織との対決なんだそうです。終止苦笑を禁じえない展開ですが、バカミス的なものだと思えば結構楽しめるかもしれません。



Amazonの感想でもチラッと見かけましたが、これが「トミーとタペンス」シリーズであれば、かなりはまるネタではなかったかと思います。あちらはそもそもコミカルさが持ち味ですからね。

もっともドジッこなヘイスティングズはもちろん、自意識過剰でどこかキュートな「ポアロ」おじさんにしたところで、コメディチックな役どころ自体はそれほど似合わないわけでもないような気がします。

本書の評価が低いのは、作品の雰囲気もさることながら、ミステリとしての質そのものにもあるのではないかと思います。筋立てとしては連作短編形式っぽく色々な事件が起きますが、そのそれぞれの事件に切れ味が感じられないのです。

あとがきでこの作品の背景を知ってなるほどという気がしました。詳細は割愛しますが、時期的に不安定なところを無理に出版したものだったようです。売上自体はなかなかだったようですが、当時ネットがあればボロクソだったことでしょう。

作品としての質は上記の通りなのですが、そのわりには割りとすらすら読み進められますので、地雷覚悟で臨むのであれば、さほどのダメージは受けずにすむのではないかと思われます。

作者に対しては失礼な言い草で申し訳ないですけれど、クリスティのワースト候補として歴史的な価値のある作品だとは思います。とはいえ、酷評するために読むというのも趣味の悪いことですし、まずは1章くらい立ち読みしてみるのがよいかもしれません。

このバカバカしさに波長のあう人であれば、結構面白く感じられる気がしないでもないのですが・・・気のせいかもしれません(^^;

評価:★☆☆☆☆

2011年2月5日土曜日

「病院」がトヨタを超える日 医療は日本を救う輸出産業になる!(北原茂実) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

単に理念的なことを掲げるだけでなく、お金のことを真剣に考えた医療改革を目指し、実際に行動に移している筆者は凄いの一言です。アメリカ、タイ、インドなど外国の医療事情も紹介されていて、なかなか考えさせられました。



以前読んだ「街場のメディア論」でも、医療問題について少し触れられていたのですが、いまひとつ私が受け付けなかったのは、立ち居地がどこまでいっても「反市場」にあったためです。

その点、本書では儲けを出すことの重要性を熟知しているところに共感を覚えました。きれいごとを言っても利潤が出なければ長続きしないですから。ゴーイングコンサーン(継続企業の前提)というやつです。

医療崩壊が現実味を帯びてきたなかで、筆者が主張しているのは2点。医療コストの削減と外貨獲得です。

医者不足などが顕著となってきていますが、その元凶を筆者は国民皆保険制度と診療報酬の定額制に求めています。安すぎるために無駄な患者が増え、一方で医師は儲かる治療だけに専念する。

この両制度、過去には機能していたものと一定の評価はされているものの、一方で既に現実にはそぐわないものになっていると筆者は断じています。

患者自身によるボランティア制については、医療コスト引き下げはもちろんのこと、より医者と患者の距離を近づける医療の「質」の面での貢献のほうが、むしろ大きいのかもしれません。

壊滅的に見える日本の医療ですが、医療の崩壊という現象自体は、何も日本だけで見られる特別なものというわけでもないようです。

特に貧困層に焦点を当てた場合、もとより国民皆保険制度の無いアメリカはもちろん、成功事例にみえるタイやインドにしても、恩恵を受けているのは外国人や富裕者層にかぎられているのだとか。

日本の医療水準自体は高いものなので、それを外貨獲得の手段とみるのは当然考えられるべきことです。筆者のすごいところは、それを貧困層も含めた全社会的な観点から実現しようとしているところです。

規制が多く、公機関の動きも遅い国内に対して、筆者はカンボジアでモデルケースを作り、それを逆輸入しようとしているのだとか。

文章で読むだけだと理想論的に過ぎる感もなくはないのですが、それを実際に行動に移しているのですから、もう外からとやかく言いようがないですね。

なんというか、日本の医療の実情を知るうえでも有益な書ではありますが、それ以上に筆者の理想を掲げる想像力と、実際に形にする行動力には敬服せざるを得ません。私も見習いたいです。

評価:★★★★☆

2011年2月4日金曜日

ローマ人の物語〈35〉最後の努力〈上〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

国防体制を完全に立て直すディオクレティアヌス帝ですが、一方でローマ的なものがどんどん失われていきます。官僚の肥大化、税収不足、統制経済。現代にも通じる諸問題には考えさせられることばかりです。



ディオクレティアヌス帝は、筆者によると最初に意図してキリスト教を弾圧した皇帝だとか。それまでにもネロ帝による弾圧などはありましたが、確固たる施策として継続的に行われるのはこれが初めてとのこと。

もっとも筆者の視点からは、キリスト教徒に対するスタンスは一貫して冷ややかなんですけどね。出てくる事例を見れば、あれもしたくないこれもしたくないばかり。後世で喧伝されるような不当な仕打ちとばかりもいえないようです。

外敵の襲来により軍人皇帝が次々と入れ替わる末期的な状況。それを立て直したディオクレティアヌス帝の有能さは疑うべくもありません。しかし、一方で開明的、先進的な「ローマ」気質を完全に変質させたのも彼の手によるもの。

軍事費の増大や官僚組織の肥大化、税収不足による経済統制などはまだしも、職業の世襲制はかなりきつい感じですね。しかし、筆者の論調にディオクレティアヌスを責める雰囲気はありません。

結局のところ、引き金となったのはカラカラ帝による「アントニヌス勅令」ガリエヌス帝による元老院と軍隊の分離。ディオクレティアヌス在位の状況下においては、やむをえない施策ばかりだったのでしょう。

ディオクレティアヌスは、歴代皇帝で初めて生きたままに帝位を譲った人物なのだそうです。この辺りの引き際の見事さも、彼の公人としての性格を強くあらわしています。ただし、禅譲が穏やかだったかというとそうでもないようで・・・。

誰一人として予想していなかったことが起こったのであった。(P213)

思わせぶりな次巻への引きは、いったい何を意味するのでしょうか。

評価:★★★★☆

2011年1月30日日曜日

天にひびき 3巻(やまむらはじめ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

音楽ものコミックでは「のだめ」が完結しちゃいましたが、本シリーズがそれを補って余りあります。今回はひびきや秋央の活躍がやや控えめ。サブキャラたちメインの構成です。サブキャラなんですが・・・波多野さんも美月もヒロイン力高すぎ(笑)



本巻では美月で2話、波多野さんと梶原がそれぞれ1話、そして榊先生の家での合宿が2話の計6話が収められています。主人公たちが活躍せずとも充実感抜群の内容でした。

美月のエピソードで2話とったのは流石というべきか、まだまだ物足りないと見るべきか。そもそも人物紹介の扱いなど見ても準ヒロイン格のはずなんですけどね。出てくれば強烈なキャラなのに、波多野さんのせいで立場怪しげです。表紙も先に取られちゃったし。

波多野さんは・・・初出のクールビューティーな印象とのギャップ萌え。あざとすぎるほどあざとい作者の思惑にまんまとはまってしまう自分が悔しいです(笑)。

彼女の演奏シーンが初めて出てきました。もともと凄腕オーラは放ちまくってましたけど、ああいう形で弱点をつけるとは。あまりに魅力的過ぎる残念女子、色々な意味で美月危うし。

とまあ、メインヒロイン食っちゃう勢いの女性キャラたちはとても良かったのですけれど、実は本巻では男性キャラのエピソードのほうがぐっと来たりします。

梶原の私生活が一部公開。「やっぱり」と思えるところと「へー」と思えるところと。彼と懇意っぽかったフルート奏者「柊梨胡(ひいらぎりこ)」さんの立ち居地も今回はっきりしました。クールなワンレンお嬢様、たまりませんな。

波多野さんや梶原の話で触れられている、変に難解な「現代曲」は人気ないという話、門外漢ながらなるほどなーという気がしますね。素人レベルで知ってる曲って昔の作品ばかりだし。

あまり詳しくは知りませんが、ジャズなんかもそういうところがある印象です。ジャンルが成熟→高度化→参入障壁という図式は、どの分野でもいえそうなことだという気がします。

以前から名前だけは出ていた榊先生がようやく登場。本巻のメインといってよいでしょう。療養中などという話もあったので、もっと年配のおじいちゃんな人かと思っていましたが、えらくシャレのきいたダンディーなオッサンという感じで意外でした。奥さんと何歳違いなんでしょう。

名前だけ出しておいて後から登場の手法は大好物です。今回の榊先生しかり、あと残ってるところではユキエおばさんや如月先生のカルテット仲間もでてきてくれたりするのでしょうか。

そもそも音楽家ばかりという秋央の一族というのがどれほどのものなのか興味が尽きませんが、ひびきや秋央自身の活躍にも次回は期待したいところです。

評価:★★★★☆

関連レビュー:
天にひびき 2巻(やまむらはじめ)

琥珀のマズルカ(太田忠司) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

現代ファンタジーとでも言うのでしょうか。あらすじが説明しにくいのですけれど、特異な設定を手堅く纏め上げた小粋な連作短編集です。流石はベテラン作家といった手際ですが、ちょっとまとまりすぎの感もなくはないかも。



警察や医者の手に負えない状況で頼られるのが「夢追い」の「マズルカ」です。基本は事件が起こるたびに駆け込まれる「ドラえもん」パターンですが、一連の事件の背後にはマズルカが追っているある人物が黒幕として動いています。

魂の離脱が医学的に認められた世界のお話となります。症状は2つ。

一つは魂が離れかけた「離魂(りこん)」という状態で、これを治せるのが「整魂師(せいこんし)」。霊感みたいな素養が必要で、語り手ポジションの刑事「桃内大輝(ももうちだいき)」がこの素養の持ち主です。

二つ目は魂が迷子になってしまう「魂睡(こんすい)」という状態で、これは「夢追い」と呼ばれる人に探し出してもらわなければなりません。マズルカはこちらにあてはまります。

ファンタジックな設定ではありますが、警察小説の体をなしているため、どちらかというと渋めの世界観です。マズルカは普段バーでピアノを弾いていて、警察への対応にも微妙にクールでそれっぽい感じ。

整魂師の両親を持つためいいように使われている桃内をはじめ、魂の世界でのマズルカのパートナー「琥珀」、それに謎めいた背景をもつ酔いどれ少年、自称マズルカのマネージャ「ケイ」など、サブキャラもなかなか魅力的で良いです。

基本的にミステリではないと思いますが、ミステリ風の構成ではあります。このあたりは筆者の本領発揮というところでしょうか。特に第3話では「素人探偵」なるものが出てきます。彼は他の作品で出てくる人物なのですかね?結構よさげなキャラなのですが、少なくとも本書では使い捨てです(笑)

ユニークな設定を見事に纏め上げた完成度の高い作品で、解決もなかなかお見事。ただ、ラスボスはもう少し強そうな感じでも良かったかなという気がします。全体的にまとまりすぎな印象はなくもないですが、そのぶん安心して読める作品ということは言えるかと思います。

評価:★★☆☆☆

2011年1月27日木曜日

ポリス猫DCの事件簿(若竹七海) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

葉崎市「猫島」を舞台にした、猫がたくさん出てくる連作ミステリ短編集です。猫好きの方にお勧め。葉崎市のシリーズは基本のんびり基調ですが、わけても猫島はゆるすぎるくらいゆるい感じがとても和みます。



葉崎市シリーズでは7作目になるでしょうか。他のシリーズ作品が未読でも全然大丈夫ですが、同じ猫島を舞台にした「猫島ハウスの騒動」は、登場人物も多く被っているので、先に読んでおいたほうがベターかもしれません。

主役の警察猫(?)「DC」と「七瀬晃(ななせあきら:男です)」巡査は、前作に引き続いての登場となります。とりわけポリス猫は前回から存在感を発揮しまくっていましたので、再び猫島を舞台とするのであれば主役抜擢も当然というところでしょうか。

前作ヒロインの「杉浦響子(すぎうらきょうこ)」をはじめ、おなじみ他の住人達もしっかりちゃっかり登場しています。しかし、海水浴と猫だけが売りだったはずの猫島ですが、観光地としてのほほんとレベルアップしていっている感じです。資本主義何それ?的な雰囲気は全く変わりませんが。

短編7本にプロローグ + エピローグの構成となります。基本猫がらみの事件が中心で、解決のきっかけはDCから。きっかけというか、DCが推理したのを七瀬が汲み取る感じです。でっぷりどっかり貫禄ばっちりのDCもさることながら、頼りなさげな七瀬君もなかなかの推理力を見せてくれています。

ただ、ミステリとしては少し弱いかもしれませんね。一応連作短編形式ですが、最後のオチはちょっとわかりにくかったです。若竹七海さんの毒や切れ味を求める向きには肩透かしなところもあるかもしれませんが、猫島の緩々な雰囲気に浸るのが本書の正しい楽しみ方ではないかと個人的には思います。

評価:★★★☆☆