老舗コーヒーショップを舞台にしたコージーミステリー。おいしいコーヒーの入れ方とか、名店の看板を守るとか、別れた夫とつかず離れずの仲とか、男前の警部補とちょっといい感じとか、娘とその恋人とか、以上の要素を聞いて読む気になる人にはとても良い本だと思います。ミステリというよりロマンス小説ですかね。
読み終えての感想、名探偵って誰のことだったんでしょう?あまりミステリ分を期待しないほうが良いと思います。最後の犯人も取ってつけた感じです。
コーヒーの薀蓄は面白いんじゃないでしょうか。こういうディテールにこだわった雰囲気は良いものですね。副作用として、チェーン店のコーヒーをおいしく飲めなくなりそうなのは困ったものですが。
別れた夫とかなんとかのあたりは、ロマンス小説としては良くできているのではないかと思います。私はミステリを期待して臨んだので少々肩透かしでしたが。
ちなみに手にとって理由の一つに表紙の可愛い猫の絵があったのですが、取り立てて活躍するということはありません。もしかしたら次巻以降のお楽しみなのかも。
私はタイトルからして全く違う方向を期待してしまったため、がっかり感が勝ってしまったのですが、ゴシップ小説としてはまずまず良くできていると思いますので、そういうのが好きな方は買ってみても損しないのではないでしょうか。
評価:★☆☆☆☆
2010年9月29日水曜日
2010年9月28日火曜日
幼き子らよ、我がもとへ〈下〉(ピーター・トレメイン)
素晴らしい傑作でした。メイントリックは結構な大技です。フィデルマの苦い失敗もあり、単純なハッピーエンドでは終わらない後味の深さ。ラストの法廷シーンはペリー・メイスンシリーズのような緊迫感。うーん、素晴らしい・・・。上巻のレビューはこちらです。
時間に追われるフィデルマが、手がかりを求めて馬や船で各地を飛び回ります。世界が広がってなかなか面白いです。これらの地名も実在のものなんですかね。起こる事件が陰惨かつ残虐で、まさに巨悪と戦う印象を感じさせてくれます。
法廷シーンは実にお見事。フィデルマが精緻な論理と駆け引きで証人たちから真相を引き出していきます。ちょー私好みの展開です。それにしても、古代アイルランドの法意識の高さにはびっくりさせられます。まあ、あまりに現代的に感じられるのは現代人が書いてるからなのかもしれませんが、それだけにエンターテインメントとしては面白いです。
あえて難を挙げるとすれば、フィデルマの独り舞台が過ぎるという点でしょうか。もう少し検察側が頑張ってくれてもよかった気がしますが、今回は告発の内容が殺人事件の犯人に対してでなく、王国の責任という微妙なところだったのが影響したのかもしれません。
法廷シーンと並んで見ごたえのあるのはアクションシーンです。フィデルマ自身が腕の立つ武術使いということもあって、毎回立ち回りシーンが用意されているのですが、今回のフィデルマはここで決定的な失敗を犯してしまいます。このやりきれなさも、物語にしんみりとした重みを与えていたように思います。
翻訳1作目を読んだ時点では、ここまで私にフィットするシリーズだとは思っていませんでした。やはり本来の通り1作目から順番に翻訳していってほしかった気はします。もっとも、翻訳の質自体は文句なしです。難解な用語にも脚注でしっかり解説が入っています。
英語圏では大ヒットしている作品のようですし、日本でもやり方次第では化けそうな気がします。古代ケルトの皮をかぶってるのに、ストーリー展開がいかにも現代的というギャップが醸し出す妙な味わいが本書の一番の魅力だと思います。大ヒットしてほしいですが、そうするとハードカバーになってしまうのですかね。うーん、ファンとしては難しいところです。
評価:★★★★★
関連レビュー:
幼き子らよ、我がもとへ〈上〉(ピーター・トレメイン)
時間に追われるフィデルマが、手がかりを求めて馬や船で各地を飛び回ります。世界が広がってなかなか面白いです。これらの地名も実在のものなんですかね。起こる事件が陰惨かつ残虐で、まさに巨悪と戦う印象を感じさせてくれます。
法廷シーンは実にお見事。フィデルマが精緻な論理と駆け引きで証人たちから真相を引き出していきます。ちょー私好みの展開です。それにしても、古代アイルランドの法意識の高さにはびっくりさせられます。まあ、あまりに現代的に感じられるのは現代人が書いてるからなのかもしれませんが、それだけにエンターテインメントとしては面白いです。
あえて難を挙げるとすれば、フィデルマの独り舞台が過ぎるという点でしょうか。もう少し検察側が頑張ってくれてもよかった気がしますが、今回は告発の内容が殺人事件の犯人に対してでなく、王国の責任という微妙なところだったのが影響したのかもしれません。
法廷シーンと並んで見ごたえのあるのはアクションシーンです。フィデルマ自身が腕の立つ武術使いということもあって、毎回立ち回りシーンが用意されているのですが、今回のフィデルマはここで決定的な失敗を犯してしまいます。このやりきれなさも、物語にしんみりとした重みを与えていたように思います。
翻訳1作目を読んだ時点では、ここまで私にフィットするシリーズだとは思っていませんでした。やはり本来の通り1作目から順番に翻訳していってほしかった気はします。もっとも、翻訳の質自体は文句なしです。難解な用語にも脚注でしっかり解説が入っています。
英語圏では大ヒットしている作品のようですし、日本でもやり方次第では化けそうな気がします。古代ケルトの皮をかぶってるのに、ストーリー展開がいかにも現代的というギャップが醸し出す妙な味わいが本書の一番の魅力だと思います。大ヒットしてほしいですが、そうするとハードカバーになってしまうのですかね。うーん、ファンとしては難しいところです。
評価:★★★★★
関連レビュー:
幼き子らよ、我がもとへ〈上〉(ピーター・トレメイン)
2010年9月27日月曜日
幼き子らよ、我がもとへ〈上〉(ピーター・トレメイン)
7世紀アイルランドを舞台に「法廷弁護士(ドーリィー)」フィデルマが活躍するケルトミステリーの邦訳第2弾。次期王位継承予定者にしてフィデルマの兄「コルグー」からの依頼ということで、今回は邦訳一本目と違いロイヤルな設定が存分に生かされることになります。というか、個人的には翻訳の順番が間違っている気が・・・
7世紀アイルランドは5つの王国に分かれています。コルグーはその一つにして最も大きな「モアン王国」の次期国王です。というか、ぶっちゃけ今回の話の途中で国王になります。ここはネタバレとかでなく、普通に病死です。
邦訳第1弾が本来の刊行5冊目、第2弾が3冊目という不可解な順番での日本版刊行となっています。もしかしたら「王妹」という単語を宣伝文に使うためだったのかもしれませんね。
ストーリー自体は前の話が分からなくてもちゃんと読めるようにはなっているのですが、1冊目や2冊目の事件についてもチラッと触れられているところがあるため、若干のストレスは感じなくもありません。
今回は、隣国「ラーハン」の高名な学者がモアンの地で殺害されたため、その代償に国境の「オスリガ」という地域を明け渡せという難癖をつけられてしまいます。ちょうど今、わが日本の隣国がつきつけてきているいちゃもんと同じような理不尽さですね。
フィデルマが事件の真相解明に乗り出すのですが、事件から時間もたっているため相当苦労するなかで上巻は終了してしまいます。国際問題とも絡み、実に読み応えのある話となっています。
邦訳1冊目の「蜘蛛の巣」も相当凝った話ではあったのですが、地方ローカルで舞台が閉じてしまっていたため、スケールの点でいささか物足りなくもありました。やはりあれが1冊目というのはインパクト的にどうだったのかなという気もします。
今回はとにかく話が大きくて緊張感をはらむ展開です。いまだ事件の全容がかけらも見えてきていないので、どう展開していくのか大変楽しみです。
続きはこちら
7世紀アイルランドは5つの王国に分かれています。コルグーはその一つにして最も大きな「モアン王国」の次期国王です。というか、ぶっちゃけ今回の話の途中で国王になります。ここはネタバレとかでなく、普通に病死です。
邦訳第1弾が本来の刊行5冊目、第2弾が3冊目という不可解な順番での日本版刊行となっています。もしかしたら「王妹」という単語を宣伝文に使うためだったのかもしれませんね。
ストーリー自体は前の話が分からなくてもちゃんと読めるようにはなっているのですが、1冊目や2冊目の事件についてもチラッと触れられているところがあるため、若干のストレスは感じなくもありません。
今回は、隣国「ラーハン」の高名な学者がモアンの地で殺害されたため、その代償に国境の「オスリガ」という地域を明け渡せという難癖をつけられてしまいます。ちょうど今、わが日本の隣国がつきつけてきているいちゃもんと同じような理不尽さですね。
フィデルマが事件の真相解明に乗り出すのですが、事件から時間もたっているため相当苦労するなかで上巻は終了してしまいます。国際問題とも絡み、実に読み応えのある話となっています。
邦訳1冊目の「蜘蛛の巣」も相当凝った話ではあったのですが、地方ローカルで舞台が閉じてしまっていたため、スケールの点でいささか物足りなくもありました。やはりあれが1冊目というのはインパクト的にどうだったのかなという気もします。
今回はとにかく話が大きくて緊張感をはらむ展開です。いまだ事件の全容がかけらも見えてきていないので、どう展開していくのか大変楽しみです。
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ラベル:
*レビュー,
★5,
ピーター・トレメイン
2010年9月26日日曜日
テルマエ・ロマエ2(ヤマザキマリ)
ローマの大衆浴場技師「ルシウス」が現代にタイムトリップして日本の風呂文化を学ぶシリーズ第2弾。ちょうどローマ人の物語でハドリアヌスの時代に入っていたので、一層面白く読めました。ですが、そろそろネタ作りが大変そうな雰囲気もあります。
前巻ラストでは奥さんが離縁状を残して家を去った引きでしたが、その続きとなる一話目のオチはいかにもローマっぽくて笑いました。なんというか、現代と比べてそういうところあるみたいですね。
治世の3分の2をローマの外で過ごした、旅する皇帝ハドリアヌス。それに付き合わざるを得ず、なおかつ皇帝の愛人疑惑までかけられたとあっては、ルシウスも実に踏んだりけったりです。
ハドリアヌスが闘技場で観衆を黙らせるくだりは、ローマ人の物語でも紹介されていたエピソードですね。というより、元ネタのかなりの部分は同書になるのでしょうか。あわせて読むと一層楽しいと思います。
五賢帝の5人目となる予定のマルクス・アウレリウス少年も登場しています。ハドリアヌス亡き後は彼やアントニヌス・ピウスと絡めて話を引っ張るんですかね。
しかし、流石に日本の風呂文化もそろそろ出尽くし気味な気がします。かならずタイムスリップをしなければいけない縛りが厳しそうです。刊行できるのはせいぜいあと1、2冊かもしれませんが、きれいな着地を期待しています。
評価:★★★☆☆
関連レビュー:
『テルマエ・ロマエ1』(ヤマザキマリ)
前巻ラストでは奥さんが離縁状を残して家を去った引きでしたが、その続きとなる一話目のオチはいかにもローマっぽくて笑いました。なんというか、現代と比べてそういうところあるみたいですね。
治世の3分の2をローマの外で過ごした、旅する皇帝ハドリアヌス。それに付き合わざるを得ず、なおかつ皇帝の愛人疑惑までかけられたとあっては、ルシウスも実に踏んだりけったりです。
ハドリアヌスが闘技場で観衆を黙らせるくだりは、ローマ人の物語でも紹介されていたエピソードですね。というより、元ネタのかなりの部分は同書になるのでしょうか。あわせて読むと一層楽しいと思います。
五賢帝の5人目となる予定のマルクス・アウレリウス少年も登場しています。ハドリアヌス亡き後は彼やアントニヌス・ピウスと絡めて話を引っ張るんですかね。
しかし、流石に日本の風呂文化もそろそろ出尽くし気味な気がします。かならずタイムスリップをしなければいけない縛りが厳しそうです。刊行できるのはせいぜいあと1、2冊かもしれませんが、きれいな着地を期待しています。
評価:★★★☆☆
関連レビュー:
『テルマエ・ロマエ1』(ヤマザキマリ)
2010年9月25日土曜日
ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉(塩野七生)
ハドリアヌス晩年と、五賢帝の4人目「アントニヌス・ピウス」について語られています。アントニヌス・ピウスについてはわずか40ページしか割かれていませんが、何事も大事の起きなかった彼の治世こそが、真の平和の時代だったのではという気もします。
ハドリアヌス治世の本質については、前巻で大部分が述べられていたように思います。本書の記述部分で特筆すべき点は、美少年アンティノー、ユダヤ問題、そして気難しい老人と化した治世晩年といったところになるでしょうか。彼の晩年については、なんとなく2代目皇帝ティベリウスを彷彿とさせますね。両者ともに、2代目としては理想的な資質だったのかもしれません。
アンティノーの像は現代にもかなりの数が残されているそうです。なぜならハドリアヌスがたくさん作らせまくったため。質実剛健なローマでは白い目で見られたようですが、彼の好きなギリシャ文化においては、美少年愛はさほど珍しいことでもなかったとか。実子がなかったのは後継者選定の上でよかったという側面もあるかもしれません。あくまで結果論ですが。
ローマ帝国において常に火種だったユダヤ問題が、ハドリアヌスにより一定の結末を迎えることになります。ユダヤ人のイェルサレム追放、そして彼らの長い「離散(ディアスポラ)」の始まりです。もっとも、ただ感情的に弾圧したわけではなく、ローマ治世への度重なる反発に対応してのもの。ユダヤ教を捨てたユダヤ人は重用していたりするあたり、いかにも現実的なローマらしいところです。
治世の3分の2をローマの外で過ごしたハドリアヌス。衰えた晩年には気難しく扱いづらい老人となっていたようですが、皇帝不在でも完璧に機能する体制を作り上げていたのが、いろいろな意味で幸いしたといえるでしょう。様々な成果を挙げながらも死去直後はあわや記録抹殺刑の声も上がるほどの評判の悪さでしたが、五賢帝の一角に連なることからも分かるように、その評価はすぐに回復されたようです。
アントニヌス・ピウスは、ハドリアヌス不在のローマを支えた重鎮の一人とのこと。非常に誠実かつ温厚で、誰からも好かれる人柄であったようです。ピウス(慈悲深い)という二つ名からも、その性質は推し量られるところでしょう。気難しげなハドリアヌスとは全く対照的な人物で、前2代の皇帝により危機的状況の殆ど見られなくなった万全のローマを治めるには、全く相応しい人物だったといえるでしょう。
ハドリアヌスとわずか10歳しか歳の違わなかったアントニヌス・ピウスは、本来中継ぎ的な意味合いも濃かったのではないかと思われます。それが証拠に、ハドリアヌスとの養子縁組による後継者認定にあたり、のちに最後の賢帝となるマルクス・アウレリウスを自身の養子として迎えるよう条件がつけられます。アントニヌス・ピウスに男児がいなかったことも、ハドリアヌスとしては色々都合が良かったのでしょう。
中継ぎといっても、アントニヌス・ピウスの治世は最終的に23何年にも及ぶことになります。トラヤヌスがこね、ハドリアヌスがついた「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」を完璧な形で引き継いだ、地味ではあっても賢帝の名に恥じない偉大な人物だったようです。
評価:★★☆☆☆
ハドリアヌス治世の本質については、前巻で大部分が述べられていたように思います。本書の記述部分で特筆すべき点は、美少年アンティノー、ユダヤ問題、そして気難しい老人と化した治世晩年といったところになるでしょうか。彼の晩年については、なんとなく2代目皇帝ティベリウスを彷彿とさせますね。両者ともに、2代目としては理想的な資質だったのかもしれません。
アンティノーの像は現代にもかなりの数が残されているそうです。なぜならハドリアヌスがたくさん作らせまくったため。質実剛健なローマでは白い目で見られたようですが、彼の好きなギリシャ文化においては、美少年愛はさほど珍しいことでもなかったとか。実子がなかったのは後継者選定の上でよかったという側面もあるかもしれません。あくまで結果論ですが。
ローマ帝国において常に火種だったユダヤ問題が、ハドリアヌスにより一定の結末を迎えることになります。ユダヤ人のイェルサレム追放、そして彼らの長い「離散(ディアスポラ)」の始まりです。もっとも、ただ感情的に弾圧したわけではなく、ローマ治世への度重なる反発に対応してのもの。ユダヤ教を捨てたユダヤ人は重用していたりするあたり、いかにも現実的なローマらしいところです。
治世の3分の2をローマの外で過ごしたハドリアヌス。衰えた晩年には気難しく扱いづらい老人となっていたようですが、皇帝不在でも完璧に機能する体制を作り上げていたのが、いろいろな意味で幸いしたといえるでしょう。様々な成果を挙げながらも死去直後はあわや記録抹殺刑の声も上がるほどの評判の悪さでしたが、五賢帝の一角に連なることからも分かるように、その評価はすぐに回復されたようです。
アントニヌス・ピウスは、ハドリアヌス不在のローマを支えた重鎮の一人とのこと。非常に誠実かつ温厚で、誰からも好かれる人柄であったようです。ピウス(慈悲深い)という二つ名からも、その性質は推し量られるところでしょう。気難しげなハドリアヌスとは全く対照的な人物で、前2代の皇帝により危機的状況の殆ど見られなくなった万全のローマを治めるには、全く相応しい人物だったといえるでしょう。
ハドリアヌスとわずか10歳しか歳の違わなかったアントニヌス・ピウスは、本来中継ぎ的な意味合いも濃かったのではないかと思われます。それが証拠に、ハドリアヌスとの養子縁組による後継者認定にあたり、のちに最後の賢帝となるマルクス・アウレリウスを自身の養子として迎えるよう条件がつけられます。アントニヌス・ピウスに男児がいなかったことも、ハドリアヌスとしては色々都合が良かったのでしょう。
中継ぎといっても、アントニヌス・ピウスの治世は最終的に23何年にも及ぶことになります。トラヤヌスがこね、ハドリアヌスがついた「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」を完璧な形で引き継いだ、地味ではあっても賢帝の名に恥じない偉大な人物だったようです。
評価:★★☆☆☆
平成大家族(中島京子)
「小さいおうち」で直木賞を受賞された中島氏の本が文庫化されていたので手にとってみました。家族問題ということで重めになりがちな題材を扱っていますが、作品の雰囲気自体はコミカルかつシニカルで、とても読みやすかったです。
亭主の自己破産やら出戻りやら三十路ニートやら、あれよあれよと増えていって8人の大家族。それぞれが抱える問題を順に描いていくのですが、最後は一応大団円っぽくおさまります。11の連作短編形式となっていますが、各話のつながりが強めなので一つの長編と考えたほうが良いかもしれません。
私の中でのMVPは、三十路ニートの末っ子「克郎(かつろう)」ですが、人によっては彼のパートはちょっと拒否感がおきるかもしれません。あまりにもご都合主義に話が進みます。私にもちょっとおすそ分けしてほしいくらいうらやましい結末です。こういうあからさまなのは私大好きです。
父親の自己破産により有名私立中学から都立へ移らなければならなくなった「さとる」のパートもよかったですね。いじめを心配してクールに方針やら計画やらをたてて実践し、ある程度の成果は収めるのですが、そんな彼にもちょっとほろ苦い事件が起こります。
克郎の姉二人「逸子」と「友恵」については、子育てとかシングルマザーとかあからさまに女性ならではの視点で話が進むので、男の私としてはちょっと感情移入しにくいところがありました。ただ、ストーリー自体は面白いので、飽きずに読み進めることが出来ました。
なんといっても、それぞれの問題にそれなりのオチをつけてくれているのが私には嬉しかったです。なんとなく小難しい雰囲気だけの小説が苦手なので、その点では大好きな作風でした。作者が女性ということもあって、ちょっぴり女性視点が勝ちすぎるところは感じましたが、それを補って余りある良い意味での文体の軽さが素晴らしいと思いました。
評価:★★★☆☆
亭主の自己破産やら出戻りやら三十路ニートやら、あれよあれよと増えていって8人の大家族。それぞれが抱える問題を順に描いていくのですが、最後は一応大団円っぽくおさまります。11の連作短編形式となっていますが、各話のつながりが強めなので一つの長編と考えたほうが良いかもしれません。
私の中でのMVPは、三十路ニートの末っ子「克郎(かつろう)」ですが、人によっては彼のパートはちょっと拒否感がおきるかもしれません。あまりにもご都合主義に話が進みます。私にもちょっとおすそ分けしてほしいくらいうらやましい結末です。こういうあからさまなのは私大好きです。
父親の自己破産により有名私立中学から都立へ移らなければならなくなった「さとる」のパートもよかったですね。いじめを心配してクールに方針やら計画やらをたてて実践し、ある程度の成果は収めるのですが、そんな彼にもちょっとほろ苦い事件が起こります。
克郎の姉二人「逸子」と「友恵」については、子育てとかシングルマザーとかあからさまに女性ならではの視点で話が進むので、男の私としてはちょっと感情移入しにくいところがありました。ただ、ストーリー自体は面白いので、飽きずに読み進めることが出来ました。
なんといっても、それぞれの問題にそれなりのオチをつけてくれているのが私には嬉しかったです。なんとなく小難しい雰囲気だけの小説が苦手なので、その点では大好きな作風でした。作者が女性ということもあって、ちょっぴり女性視点が勝ちすぎるところは感じましたが、それを補って余りある良い意味での文体の軽さが素晴らしいと思いました。
評価:★★★☆☆
2010年9月23日木曜日
ロング・グッドバイ(レイモンド・チャンドラー)
邦題「長いお別れ」で有名なハードボイルド小説の、村上春樹さんによる新訳です。この翻訳が上手なのかどうかは私には分かりませんが、少なくとも作品の雰囲気にはとてもフィットした文体だと思います。もっとも、ただの雰囲気小説にとどまらないストーリー自体の面白さこそが名作の名作たる真の所以なのかなという気もしました。
たしか、以前に「長いお別れ」を読んだのは小学生のときだった気がしますが、今回改めて読み返してみて怪しい気がしてきました。子供向けのミステリ選書の一冊として読んだ記憶があるのですが、文庫版だと600ページにわたる大著。しかもハードボイルドらしい色っぽいシチュエーションもあって、こんなの子供向けで出せるのかなという印象です。
ただ、あとがきによると従来の清水俊二訳バージョンでは原文から省略されているところがかなりあるとのことでした。子供向けとなれば一層のカスタマイズが入っていた可能性はあります。ちなみにその選書の他の作品では「黄色い部屋の謎」、「赤い館の秘密」、「ジキル博士とハイド氏」、「義眼殺人事件」、「幻の女」、「マルタの鷹」、「僧正殺人事件」といったラインナップが並んでいた覚えがあります。うーん、しぶい。
とにかく探偵「フィリップ・マーロウ」が格好良すぎるというところはあるのですけれど、この作品の突き放したような透徹な雰囲気がマーロウ一人の言動から生み出されているのかというと、そういうわけでもないようです。読んでる間は不思議な感じがしていたのですが、あとがきで触れられているチャンドラーの文体についての説明に納得しました。これこそが誰にも真似しえないチャンドラーの文章ということなのですね。
村上氏による訳者あとがきは、50ページにもわたる力の入ったものとなっています。ちょっと小難しいところもあって、私は興味あるところの拾い読みしかしていませんが、氏のこの作品にかける思いはひしひしと感じられます。清水俊二氏の翻訳についてもリスペクトの念を表す形で触れられていますが、両者の翻訳はかなり雰囲気の違ったものとなっているようなので、読み比べてみるのも面白いかと思います。
村上春樹氏という著名な作家の翻訳ということについては賛否の出てくる部分でもあると思います。村上氏自身は翻訳者としての実績があるにもかかわらず、専門家でないという変なバイアスがかかった読まれ方も時にはされるかもしれません。ただ、古い名作についてはなかなか手に取る機会も少ないので、今回のような形で発掘していただけるのは、一人のミステリファンとしてとてもありがたいことだと私は感じています。
評価:★★★★☆
たしか、以前に「長いお別れ」を読んだのは小学生のときだった気がしますが、今回改めて読み返してみて怪しい気がしてきました。子供向けのミステリ選書の一冊として読んだ記憶があるのですが、文庫版だと600ページにわたる大著。しかもハードボイルドらしい色っぽいシチュエーションもあって、こんなの子供向けで出せるのかなという印象です。
ただ、あとがきによると従来の清水俊二訳バージョンでは原文から省略されているところがかなりあるとのことでした。子供向けとなれば一層のカスタマイズが入っていた可能性はあります。ちなみにその選書の他の作品では「黄色い部屋の謎」、「赤い館の秘密」、「ジキル博士とハイド氏」、「義眼殺人事件」、「幻の女」、「マルタの鷹」、「僧正殺人事件」といったラインナップが並んでいた覚えがあります。うーん、しぶい。
とにかく探偵「フィリップ・マーロウ」が格好良すぎるというところはあるのですけれど、この作品の突き放したような透徹な雰囲気がマーロウ一人の言動から生み出されているのかというと、そういうわけでもないようです。読んでる間は不思議な感じがしていたのですが、あとがきで触れられているチャンドラーの文体についての説明に納得しました。これこそが誰にも真似しえないチャンドラーの文章ということなのですね。
村上氏による訳者あとがきは、50ページにもわたる力の入ったものとなっています。ちょっと小難しいところもあって、私は興味あるところの拾い読みしかしていませんが、氏のこの作品にかける思いはひしひしと感じられます。清水俊二氏の翻訳についてもリスペクトの念を表す形で触れられていますが、両者の翻訳はかなり雰囲気の違ったものとなっているようなので、読み比べてみるのも面白いかと思います。
村上春樹氏という著名な作家の翻訳ということについては賛否の出てくる部分でもあると思います。村上氏自身は翻訳者としての実績があるにもかかわらず、専門家でないという変なバイアスがかかった読まれ方も時にはされるかもしれません。ただ、古い名作についてはなかなか手に取る機会も少ないので、今回のような形で発掘していただけるのは、一人のミステリファンとしてとてもありがたいことだと私は感じています。
評価:★★★★☆
ラベル:
*レビュー,
★4,
レイモンド・チャンドラー
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