タイトルから想像していたより、ずっと理知的なバイオレンスSF小説。私の乏しい読書経験のなかでは、チャンドラーの「ロング・グッドバイ」が近い印象かもしれません。ちょっとグロも入っている点、個人的には苦手な感も無くは無いですが、静かで簡潔な文体には圧倒されてしまいました。
近未来が舞台ですが、9.11テロを引き金とした異質な世界観の設定となっています。アナザーワールドとでもいうんでしょうか。結構リアルな軍隊の描写もあったりして、読み始めはSFじゃなくてもいいんじゃないかと思ったりしましたが、最後まで読んだ結論、本書はSF以外ありえないです。
主人公は米軍暗殺部隊に所属する「クラヴィス・シェパード」情報大尉。「米軍」の「暗殺部隊」という設定からして、本書の雰囲気がうかがい知れるのではないでしょうか。彼の一人称形式で物語は進んでいきます。
軍隊やら暗殺やらの言葉から想起されるとおり、アクションシーンは当然豊富に用意されていますが、それに加えてヒロインとのバーでの会話やライバル役との対話・対決など、ハードボイルドのお約束がしっかり盛り込まれています。そういう意味で意外にエンターテインメント性は高い小説と言えるかもしれません。
主人公のクレバーかつクールな性格が、本書を決定的に特徴付けています。どこまでいっても静かな緊張感漂う雰囲気は、好きな人にはたまらないんじゃないでしょうか。家庭もちで一見陽気な相棒「ウィリアムズ」との対比も実に良いです。
敵役「ジョン・ポール」が世界各地で虐殺の引き金を引き、それに後手を踏み続けながらも一話ごとに真相に近づいていきます。全5部 + エピローグのうち、第四部は小松左京賞応募稿に新たに追加されたものだそうです。確かに第四部がなければちょっと唐突過ぎる展開と感じられたかもしれません。
第四部の件を抜きにしても、本書が小松左京賞最終選考に残りながら落選してしまったのは、全く理解できないと言うほどではありません。メインの仕掛けに対する説明がハードSFにしてはちょっと淡白かもしれないなとは私も感じました。
ただ、第1部の冒頭を少し読んでいただくだけでも、本書のクオリティやユニークさは歴然だと思います。本書出版への橋渡しをされたと言う円城塔さんや大森望さん、それに出版元のハヤカワ書房さんには、一読者として感謝の念に堪えません。
結構グロい描写も満載なので、私の好みとしては本来苦手なところでもあるのですが、文体があまりに客観的なため、その点ではさほど読みにくいとは感じませんでした。ゼロ年代ベストSFとの評価もうなずける、文句なしの傑作です。
評価:★★★★☆
以上が本編まで読んでの感想ですが、本書は大森望さんの解説があまりにも泣かせてくれます。ご存知の通り、筆者の伊藤計劃さんは、長い闘病生活の末、2009年3月に肺ガンのためお亡くなりになられています。デビューでのいきさつを経て筆者と懇意にしていた大森望さん自らの手による解説には、思わず涙腺が緩みそうになりました。「ありがとう」の一言です。
2011年1月9日日曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿