2010年12月29日水曜日

お金の流れが変わった!(大前研一) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

世界経済の新しいルールを「マネー」の観点から解きほぐす、良質な啓蒙書です。アメリカ・中国の危うさや、新興諸国群「VITAMIN」についての記述も興味深いものばかり。偏向傾向にあるマスコミフィルターに目をくらまされないためにも、是非目を通しておきたい一冊です。



日ごろ国際経済に大きな関心を持たない不勉強な身にとっては、かなりショッキングな内容を含む本でした。もとは雑誌連載記事のため、若干焦点がぼやけているところもありますが、その分多彩な話題に触れられているため、素人にとってはむしろお買い得な内容となっています。

中国経済の危うさは凄まじいですね。日本にいると尖閣とか反日運動しか目に付きませんが、その裏側で中国国内に起きている政治・経済事情が明快に解説されています。日本のバブル崩壊どころではない混乱が、遠くない将来に現実となりそうです。

金利を上げると資金量が増えるというのも、一昔前の経済学しか知らない私には目からうろこが落ちるようでした。国境を越えた「ホームレス・マネー」がどっと流入してくるためです。私の学生時代から機関投資家の持つ影響力については危惧されていましたが、リーマンショックを経てその流れがはるかに加速しているようです。

「VITAMIN」とはヴェトナム、インドネシア、タイ・トルコ、アルゼンチン・南アフリカ、メキシコ、イラン・イラク、ナイジェリアのことだそうです。勢いを増す新興国の様子は、斜陽の影差すわが国から見ると眩しいばかりですが、これらのなかには親日の国も多いため、中国に対するより有益な関係も築きやすいかもしれません。

日本におけるリーマンショックの被害が比較的軽微で済んだのは、魅力に乏しく資金の流入がたいしたことなかったためだとか。何とも皮肉なことではありますが、どのようにうまく衰退していくかが今後の日本の課題となるかもしれません。

ここで人類が衰退した後の世界を描く一冊をご紹介。



この本のような牧歌的な生活が待っているのなら、それはそれで悪くないかという気もします・・・なんちゃって(^^;

評価:★★★★☆

2010年12月27日月曜日

万能鑑定士Qの事件簿VII(松岡圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

今回はシリーズ既刊で1,2を争う面白さだったかもしれません。冒頭でいきなり編集者に転職している莉子さん。複数の事件がよどみなく絡んでいき、全く飽きることなく一気に読んでしまいました。それにしても小笠原君は・・・(^^;



編集者といってもいつもの「角川書店」ではなく、最先端を走るバリバリの電子書籍専門会社「ステファニー出版」が舞台となります。莉子のポジションは編集長第二秘書。厳しい要求を突きつける女社長「城ヶ崎七海(じょうがさきななみ)」に完璧な対応を返し、信頼を勝ち取っていきます。

本書で一番美味しいキャラは、第一秘書の「園部遥菜(そのべはるな)」(27歳)です。いわゆる肉食系女子でありながら、時折弱い部分や本音も見せるところなどは、そっち系が好みの人にはたまらんのではないでしょうか。第二秘書として大活躍する莉子に信頼と嫉妬の入り混じった複雑な感情を抱きつつも、友情を育んでいきます。

その遥菜さん、小笠原君とちょっといい感じになったりします。イケイケの企業内部にはいない草食系タイプの彼に一目ぼれ。で、小笠原君のほうも満更ではなかったりと・・・君、莉子さんに気があるんじゃなかったの?まあ、要するにいつも通りのヘタレっぷりです(笑)

今回はミステリネタ自体が気前良く大放出ですね。校正にあたって発揮される莉子の観察眼はいつものこととして、偽の「金の延べ棒」事件や「五億円ペンダント」消失事件など、古典的な香りのする本格トリックも十分堪能できる贅沢な作りとなっています。

それにしても、もう第七弾ですか。隔月の刊行ペースでこれだけのクオリティを出せるのはさすがといわざるを得ません。どうしても「軽さ」は感じられてしまうのですけれど、それが「軽快」な読み味として逆に長所となっているようにも思えます。商業主義も開き直られるとなかなか痛快です(笑)

評価:★★★★☆

2010年12月24日金曜日

ローマ人の物語〈32〉迷走する帝国〈上〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

筆者がこれまで散々強調してきた「ローマ的なもの」の源泉を、カラカラ帝がぶち壊してしまいます。しかし、それがあくまで善意から行われたものであるのが政治の難しいところ。本書の内容自体は地味ですが、まさにここにシリーズの集大成が結実したという印象です。



カラカラ帝は、弟殺しやらアレクサンドリアの住民大虐殺やら、悪行ばかりが目立つ皇帝ではありますが、過去にも同じくらい、あるいはそれ以上に評判の悪い皇帝は存在しました。しかし筆者が着目するのは、そのような見えやすい悪行ではなく、他の史家もあまり着目してこなかった「アントニヌス勅令」です。

アントニヌス勅令とは、属州民のすべてにローマ市民権を与えるという内容の法律です。現代視点からすれば実に開明的だと褒められても良さそうなこの法を、筆者はローマ衰退の決定的要因と断じます。

属州民とは、もともとのローマ直轄地ではなく、あとから広げられた版図に住む住民達のこと。租税や選挙権などの待遇でローマ市民との間に格差を設けられています。もっとも、権利を得るものは等しく義務を全うすべきとする質実剛健なローマ人のこと。一方的に不利な待遇だったというわけでもないようです。

学生時代に習った江戸時代の身分制度をちょっと思い出しました。士農工商や、その下に設けられたエタ・ヒニンなど。もっとも、ローマの身分制度は階級間の出入りが能力次第でいくらでも可能だった点が、江戸時代の身分制度とは決定的に異なりました。

この頃の皇帝が軒並み属州出身であったことからも明らかなように、このようなローマの同化政策は社会的にとてもうまく機能していたようです。アントニヌス勅令によりローマ市民と属州民の格差をなくした結果、うまく回っていた社会制度の流動性が失われてしまったわけですね。

本巻を読むにつけ、一億総中流といわれる現代日本の先行きが危惧されてなりません。ゆとり教育などに顕著なように、行き過ぎた平等の弊害というのは真摯に直視すべきことだと思いますが、倫理面における風潮はとかく感情論的になりがちなので、克服するのもなかなか難しいこととなってしまうのでしょう。

軍事面では優れた素質を見せつつも、何かと問題の多かったカラカラ帝は、結局戦時中に味方の支持を失い謀殺。二代を経て襲位した「アレクサンデル・セヴェルス」により多少の落ち着きを見せますが、平時の名君も変質した外敵に翻弄されるなかで、やはり味方の刀により謀殺されることになります。以降、軍人皇帝による内乱の時代が始まります。

評価:★★★★★

2010年12月22日水曜日

叫びと祈り(梓崎優) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

このミス3位をはじめ、新人でありながら各ミステリランキングの上位を占めた話題のミステリ短編集。外国を舞台にした雰囲気ある舞台設定に加え、SFというかホラーっぽい要素も入り混じり、なんとも独特な世界観を作り上げています。専門筋の評価が高くなるのもわからなくはありません。



世界各地を取材して回る雑誌記者「斉木」が主人公となります。一応彼が探偵役ということになりますが、それほど名探偵っぽい感じではありません。どちらかというと巻き込まれがたで、彼が出くわすのは「事件」というより「困難」です。

本書の特徴のひとつは、斉木が取材して回る各地域の文化や風情がミステリに色濃く反映している点です。アフリカの砂漠やらロシア正教の教会やらアマゾンの奥地やら、それらの舞台がミステリの材料として実に巧みに活かされています。

作風としてはいかにも創元系っぽいなという感じです。ミステリファンが好みそうな雰囲気ある作品。ただし、それだけにはとどまらない、一風変わった隠し味が各話のラストで待っています。ちょっとアンフェアな感もあるため評価は分かれそうですが、良くも悪くもこの部分が本書の強烈な個性となっています。

もっともその個性の部分、私としてはちょっと苦手な感じがしました。文体についても読みやすいとはいいくにですね。文章が下手ということは決してないのですが、説明されたシチュエーションが頭のなかに入ってきにくいなという印象が常にありました。

佳作といわれれば同意できるのですが、各種のミステリランキングで上位に入っているのは、個人的には少し不思議な感じもします。確かに新人さんの作品としては良くできていると思うのですが・・・

ただ、ミステリ玄人の方々が本書を高く評価したがる気持ちもわかるような気がします。なにしろ本格ミステリの枠にありながら非常なユニーク性を併せ持っているため、その部分が変にこなれてしまうのはもったいないと思えてしまうのかもしれません。確かに稀有な才能という点では全く異論ありません。

キャラ読み、ストーリー読みの私としては、斉木にもう少し色がついてくると嬉しいかもしれません。本書ではちょっと透明人間っぽかったので。もっとも、そうなると作品のイメージががらっと崩れてしまいそうな気もするので、なかなか難しいところですね。

評価:★★☆☆☆

2010年12月20日月曜日

群衆リドル Yの悲劇’93(古野まほろ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

初の古野まほろ作品。登場人物に感情移入しにくくて、前半はちょっとしんどかったのですが、人が死に始めてからはスピーディーな展開でよかったです(嫌な言い方だけど)。古き良き本格ミステリといったところでしょうか。



東京が帝都だったり、時代が1993年だったりするのは、他の作品と共通する世界観に起因するものでしょうか。他にも裏設定らしきものがちらほら見え隠れして、若干もやもやが残るところはあります。

そういう意味で初めて読む筆者の作品としてはあまり相応しくないのかもしれませんが、話の骨格を阻害するほどのものではありません。少なくともミステリの骨子となる部分については違和感なく楽しめました。噂に聞く当て字やルビなども、特に変わったところなくとっつきやすい感じです。

閉ざされた館で人が次々と殺されていき、そして読者への挑戦状。作風自体も'93という時代背景を意識したものになっているのですかね。いかにも90年代ミステリといった趣で、好きな人にはたまらないのではないかと思います。

ちょっと癖のある探偵役には賛否が分かれそうな気がします。私はちょっと苦手かも。肝心のミステリネタについても色々無理があるような気はするものの、ミステリ的お約束の範囲内には収まっているのではないかと思います。

最近はすっかりキャラ重視、ストーリー重視になってしまっているので、もう少し若い頃に出会えていたら手放しで賞賛できたかもしれません。とはいえ、事件への前振りから連続殺人、そして解決編までの流れは実にお見事。尖がった探偵小説好きであれば存分に楽しめる作品ではないかと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年12月18日土曜日

火星ダーク・バラード(上田早夕里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

なんともやさしい暗黒(ノワール)小説。濡れ衣を着せられ追われる身となる39歳の刑事「水島」と、事件の鍵を握る15歳の少女「アデリーン」。第4回小松左京賞受賞作品の大幅改稿版。火星を舞台にしたハードボイルドSFの傑作です。



受賞作バージョンのほうは賞を取るためのカスタマイズがかなり入っていたそうです。文庫化にあたり筆者が本来やりたかった方向へ戻すための大幅改稿とのこと。そのあたりの事情や相違点については、こちらで筆者自身の手により詳しく説明されています。

私は本来、明るくきっぱりオチのついた話のほうが好きなのですけれど、本作についてはノワール色が強くなっているという文庫版以外の雰囲気は考えにくいですね。単行本版の30歳の水島とか想像しにくいですし、ラストの締めも甘くはないけどずっしり心に残ります。

本作品で一番格好いいのは水島ですが、小説的に一番美味しい味をだしているのは殺人鬼の「ジョエル・タニ」だと思います。ただ、彼はその濃いキャラクターにもかかわらず最初のほうと最後のほうにしか登場しないので、本書だけ読むと若干の物足りなさを感じるかもしれません。

そういう意味では、「小鳥の墓」(「魚舟・獣舟」所収)のほうも是非押さえていただきたいところです。ジョエルが主人公の中編小説となっています。しかし、ジョエルと璃奈って・・・あれ?記憶が曖昧なので読み返してみないと。

話の作り的にはもったいないと思われる箇所がいくつかあるようにも思えます。実に良いキャラのバディ「神月璃奈」がキルヒアイスなみに即効死んでしまいますし、アデリーンの能力が後半は普通の超能力になっているように見えますし、シャーミアンは割を食いすぎてる気がしますし。全般的に女性キャラにつめたい気が・・・(^^;

色々突っ込む余地はあるのかもしれませんが、それらを全て些事としてしまうのが本書全体を流れる雰囲気。とりわけ主人公の捜査官「水島」の苛烈さと複雑さは、男でも惚れるほど格好良いです。本作品の底を流れる冬の川のように冷たい清清しさが、なんともいえない絶妙の後味を残してくれます。

私にとっては「良い」というより「好き」な作品。それは同じく筆者の手による「華竜の宮」についても同様だったのですけれど、ロマンス要素がわかりやすい分、こちらの方がちょっとだけ好きかもしれません。

評価:★★★★★

関連作品:

2010年12月16日木曜日

祝もものき事務所(茅田砂胡) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

筆者の作品は異世界ファンタジーしか読んだことないのですが、本書は現代日本が舞台となっています。とはいえ、主人公はある意味とてもファンタジー。探偵さん自身の能力がミステリーという一風変わった作品ですが、軽快に読ませてくれてなかなか楽しめました。



一応探偵事務所を構えてはいるものの、やる気のなさ全開の探偵「百乃喜 太郎(もものき たろう)」。彼には推理力も調査力も腕力も何も備わっていませんが、ある能力(体質?)により一部関係者からは渋い顔をされながらも重宝されています。

ぐうたらな彼ひとりでは何も話が動きません。彼を取り巻く美人秘書と4人の幼馴染達(弁護士、公務員、格闘家、役者)が、百乃喜の能力を駆使して事件の捜査に乗り出します。

その能力自体は一応伏せますが、設定自体は結構ありそうなものかもしれません。本書の主眼はむしろ美人秘書や取り巻き立ちのキャラクタにあるといってよいでしょう。どれもこれも一癖ある人物ばかりで読んでいて楽しいです。

あえて難をあげるとすれば、みんなちょっとできすぎなキャラというところですかね。主人公の取り巻きはもちろん、事件に関わる人物がみなキレイ過ぎな感じ。もちろんそれは長所にもなりうる点で、人によって評価の分かれるところでしょう。

伏線は色々仕込まれているようです。大富豪で、散々恐ろしがられている大家の「銀子」さんも直接は登場せず、主人公や友人達の周辺にも興味深いネタが色々隠されていそうなので、次巻以降が楽しみです。

評価:★★☆☆☆

2010年12月15日水曜日

ローマ人の物語〈31〉終わりの始まり〈下〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

賢帝の世紀が終わり混乱の時代に突入。冒頭いきなり5人もの肖像を見せられどんな乱世になるかと思いましたが、帝位争い自体はそれなりの形で収束します。問題はその後です。



帝位争いをする各人への筆者の評価は厳しすぎるようにも思えますが、大帝国ローマを支える資質というのはやはりそれなりのものが必要とされるのでしょうか。トライアヌスやハドリアヌスのようなレベルでないと支えきれない政体自体、無理があるのかもしれません。

暗殺された先帝コモドゥスの後釜として推挙された「ペルティナクス」は、叩き上げの軍人でなんと解放奴隷の息子です。ローマの実力主義ここに極まれりといった感じですが、彼の出自自体への反発はなかったようです。近衛長官「レトー」の私欲から来る造反により、わずか3ヶ月で暗殺。

筆者はレトーへの配慮を欠いた結果だと厳しいですが、正直その言いようはあまりに酷な気がします。どう考えても悪いのは短慮なレトー。コモドゥスにより荒らされた国の建て直しに真摯かつ公正に臨もうとした結果だと思うので。でも、古くから血で血を洗う闘争が続けられているローマでは、そのような慎重さも絶対不可欠な資質ということなのでしょう。

大義名分のある後継者をなくし、時代は4人の軍人による権力争いへと突入します。最終的な勝利を収めた「セプティミウス」にあって、他の3人になかったのは「容赦の無さ」だったらしいです。特筆すべきは4人ともが優れた実績を持つ人格者であった点。私利の強く出ていた日本の戦国時代とはかなり様相が違います。

他の3人がローマ人らしさにこだわる隙をついた格好になった「セプティミウス」。彼への私の印象は、小野不由美さん「十二国記」に登場する泰王「驍宗(ぎょうそう)」です。本人に悪意はなく、実力もありカリスマも備えるけれど、あまりに果断なやりかたに徐々に周りとの齟齬が出てくるような・・・

全ては良かれと思って行った軍人への待遇向上がローマの空気を一変することになります。専門軍人の台頭によるきな臭い時代の到来。そして時代は彼の息子にして次期皇帝、悪名高き「カラカラ」に引き継がれていくことになります。

評価:★★★☆☆

2010年12月11日土曜日

サクラダリセット4 GOODBYE is not EASY WORD to SAY(河野裕) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

今回は短編集だからと軽い気持ちでいたら、やはりなかなか侮れませんでした。特にお見舞いの話と「ホワイトパズル」が秀逸。後者はシリーズ外の作品ですが、同じ超能力物なので違和感なく読めました。



色々な超能力に絡む問題を解決していくという設定は、西澤保彦さんの「神麻嗣子シリーズ」にちょっと似ていますね。このシリーズ、結構短編向きな気がします。以下、各話の感想です。

■ ビー玉世界とキャンディーレジスト
「浅井ケイ」と「春埼美空(はるきみそら)」の高校における奉仕クラブデビュー戦。ビー玉のなかに閉じ込められた少女を助けるお話しです。自分から無意識に飛び込んで出られないとか、これほど使えない超能力というのも珍しいんじゃないかと思います(^^;

■ ある日の春埼さん -お見舞い編-
掌編。クールというよりは無感情な春埼さんですが、ケイの入院に際しお見舞いに行くようクラスメートの「皆実未来(みなみみらい)」に炊きつけられます。恋愛感情なにそれ?な感じなのに、その行動ははにかむ少女以外の何者でもないという、ギャップ萌えラブコメの傑作です。

■ 月の砂を取りにいった少年の話
クールに猫と戯れる少女「野ノ尾盛夏(ののおせいか)」との出会い編。盛夏の気を引こうとする少年「日下部翔太(くさかべしょうた)」君の不遇っぷりに涙を禁じえません。メインのネタがちょっとアンフェアっぽいなと思ったけど、良く考えたらミステリじゃなかったですね。というくらい話の骨格がミステリっぽいのです。

■ ある日の春埼さん -友達作り編-
掌編。ケイに言われて盛夏と友達になりにきた春埼。色々間違っていますが、そんな彼女と波長のあう盛夏も色々壊れています。小説のなかの美少女は空気を読まなくても許されるのが羨ましいですね。

■ Strapping / Goodbye is not an easy word to say
なぜ春埼はケイに命じられないとリセットを使えなくなったのか。「相麻菫(そうますみれ)」が死亡した直後のお話しです。わけありげなお姉さん「宇川沙々音(うかわささね)」さんの登場は今後への伏線でしょうか。柵を作る能力というのも謎ですが、キットカットやコアラのマーチが好きみたいなので悪い人ではないのでしょう。

■ ホワイトパズル
シリーズ外作品。いわゆる「時をかける少女」ものですが、単に時を跳ぶのでなく、互いの時間の自分が入れ替わるという設定がユニークです。メインのオチ自体は予測できるものなのですが、話の持っていきかたや収束の仕方が素晴らしいです。

短編集ということで「大きな物語」が抑え気味な分、個々のキャラクタに焦点が当たっているのが嬉しいところです。超能力物としての設定自体もお見事。このシリーズ、短編ものなら延々と続けられそうなんですが、そういう感じでうまいことシリーズまわして欲しいですね。

評価:★★★★☆

関連レビュー:
サクラダリセット3 MEMORY in CHILDLEN(河野 裕)

2010年12月10日金曜日

隻眼の少女(麻耶雄嵩) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

苦悩にあえぐ美少女が好きな方にお勧め。名探偵というより迷探偵じゃないのかなんて思っていたらとんでもなかったです。レトロな舞台装置によるトリッキーな仕掛け。麻耶氏の作品を読むのは10年ぶりくらいですが、いかにも筆者らしいなあと懐かしく感じました。



物語は1985年と2003年の二部構成となります。どちらも主人公は「御陵(みささぎ)みかげ」と「種田静馬(たねだしずま)」のコンビですが、15年を隔ててどのようなシチュエーションになるかは、実際に読んでみてのお楽しみです。

母の名を継ぎ「名探偵」を目指すみかげと、複雑な家庭事情により自殺願望を持つ静馬の出会いは、ちょっとしたボーイミーツガールです。ただし、当然のように甘酸っぱいばかりの展開にはなりません。

名探偵が全然役に立たない、というよりむしろ災厄を呼び起こしているように感じられるのは、筆者が意識的にそう描いているからだと思います。なんだか露骨過ぎる気もしましたが、最後の解決編をよんでそのあたりは納得できました。

後味の良い作品と言えるかどうかは微妙なところです。美少女の笑顔で締めくくられるとなれば普通は大団円としたものですが、そこに妙な落ち着かなさを感じさせるのも流石といって良いのかどうか(^^;

大筋のトリックや話の流れについては文句ないのですが、細かいところの描写で若干の齟齬を感じるのは、単に私の読みが浅いためでしょうか。なんだか色々無理があるような気はしたのですが、そもそも仕掛け重視のミステリでそのあたりを突っ込むのが無粋なのかもしれません。

美少女探偵としてのみかげのキャラクターには文句なしです。是非続編が読みたいですね。クールなツンデレ探偵をもっと読みたくて仕方ないという方のため、以下の作品も紹介しておきます。



第2部ではデレ気味のみかげよりも、「斎宮瞑」のほうがツンデレ度では勝ってると思いますよ(笑)

評価:★★★★☆

2010年12月7日火曜日

放課後探偵団(相沢沙呼, 市井豊, 鵜林伸也, 梓崎優, 似鳥鶏) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

好きな作家を追いかけるタイプの私としては、複数作家によるアンソロジーという形式はあまり好きではないのですが、今回は似鳥鶏さんの新作がどうしても読みたくて手にとってみました。大きなはずれのない作品集だったのでほっとしましたが、やはり雑多なのはあまり好みではないかもしれません・・・



タイトルからして学園物ばかりかと思いきや、大学生や果ては三十路のオッサンが主人公の渋い作品まで紛れ込んでいます。似鳥さん以外では、梓崎優さんの作品を読めたのは収穫ですかね。以下、各話の感想です。

■ 似鳥鶏「お届け先には不思議を添えて」
柳瀬先輩も翠も登場しない代わりに妹がちょい役で出てきてヒロイン分を補ってくれます。食事シーンには性格が現われる?ミステリとしてもなかなか良かったです。

■ 鵜林伸也「ボールがない」
何か色々と無理がありそうな話という気はしましたが、公立の高校野球強豪校という舞台は門外漢として興味深い設定でした。長編でじっくり話を作ってもらった方が味が出そうな印象。

■ 相沢沙呼「恋のおまじないのチンク・ア・チンク」
「午前零時のサンドリヨン」のシリーズだそうです。噂には聞いてましたが、この主人公は結構読む人を選びそうですね。私は駄目でした。こういうタイプの少年主人公は、同性視点からだとちょっとしんどい気がします。

■ 市井豊「横槍ワイン」
ちょっぴりご都合主義な結末。でもそれがいいですね。ミステリとしてのリアリティはともかく、骨格がしっかりしてるのが好印象。何作か雑誌で掲載されている「聴き屋」シリーズの作品なのだそうです。近々本になりそうなので、これは買うかもしれません。

■ 梓崎優「スプリング・ハズ・カム」
ミステリとしてフェアなのかどうかは微妙ですが、本書で一番「おっ」とさせられた作品。短編という制約のなかでこれだけしっかり伏線が練りこまれているのはお見事。評判のよい「叫びと祈り」にも俄然関心がわいてきました。

それなりに収穫は多かったものの、やはりアンソロジーへの苦手意識はぬぐえずじまい。個々の作品がどうこうと言うより、流れが断ち切られるような感じがしてしまうのですね。私は本読みとして視野が狭すぎるのかもしれません。

評価:★★☆☆☆

2010年12月6日月曜日

みんなのふこう(若竹七海) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

不幸体質でありながら天真爛漫な17歳のフリーター「ココロちゃん」。彼女が遭遇する数々の事件を第三者視点から語り継いで行く、異色の連作短編ミステリーです。葉崎市シリーズの既刊を読んでいなくても問題ありませんが、猫島や角田先生など、知ってるとニヤリとできるネタは結構あるかもしれません。



物語の最初の半分は、葉崎FMの人気コーナー「みんなの不幸」が舞台となります。ココロちゃんの友人だという<ココロちゃんのぺんぺん草>さんによる投稿が、ココロちゃんブームを巻き起こしますが、物語はやがてきな臭い方向へ。

後半では一転、病院会報やら新聞記事やらメールのやり取りやら作家のコラムやら、様々な方向に視点が切り替わり飽きさせません。シリーズではおなじみの作家「角田広大」夫妻も割りとコアなかたちで話に絡んでくるのは嬉しいところです。

本書の最大の魅力はもちろん「ココロちゃん」のパーソナリティ。度々不幸に見まわれる可哀想な子でありながら、天然な性格のため全く陰惨さを感じさせません。後から考えると「プラスマイナスゼロ」のテンコと設定が被ってますが、キャラ付けが大分違うので、読んでる最中は気になりませんでした。

ヒロインでありながら彼女が直接出てくることは一度もないのが面白いところです。他の人間が語るエピソードのなかでの間接的な登場に終始します。こういう設定のミステリだと色々警戒心も沸きそうですが、本作に関してはあまり考えず素直に楽しんだほうが良いのではないかと思います。

話の顛末は若干あっさり目な印象でしたが、作品の雰囲気的にはぴったりなラストだったという気もします。筆者ならではの毒も軽快な雰囲気のおかげで程よいスパイスに。構えず気楽に楽しめる一冊です。

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
プラスマイナスゼロ(若竹七海)

2010年12月2日木曜日

スタイルズ荘の怪事件(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

デビュー作のためか、クライマックスの展開は少しこなれない印象を感じなくもありませんが、事件の過程やポアロのキャラクタは流石に魅力的です。それにしても、ヘイスティングズ・・・



今まで全然読んでなかったポアロ物。有名作だけ抑えるつもりでしたが、アクロイド殺しがネタバレくらっていたにもかかわらずかなり面白かったので、初っ端からチャレンジしてみることにしました。

ミステリ部分は正直どうなのかなという印象。意外性はありましたけど、フェアなのかどうか良く分かりませんでした。もっとも、結構読み流してたのでちゃんと読めばそうでもないのかもしれません。

ただ、ポアロの愛すべきキャラについては、本書で既に確立されてるような気がします。まだ他に一冊しか読んでないのでわかりませんけれども。このキャラが楽しめるようになったのは、自分が年取った証拠かなという気もします(^^;

それにつけてもヘイスティングズ。ワトソン役は落とされるのが役目とはいえ、この道化っぷりはあまりに酷すぎます(笑)。彼への評価がこの作品の評価に直結しそうですね。ある意味可愛いキャラで、これがお約束と思えば受け入れられるかもしれませんが、私はいたたまれなさの方をより感じてしまったかも・・・

私的に本書は、ミステリ10%、ポアロ30%、ヘイスティングズ60%の作品。ヘイスティングズのキャラ自体は好きですが、三枚目ぶりがあまりにあまりなのはちょっぴりマイナスです。ただし、続巻に挑む気持ちは一層増してきました。

評価:★★☆☆☆