実在する高知県庁「おもてなし課」を題材とした地域振興サクセス(?)ストーリーです。現実とフィクションの入り混じった面白い構成ですが、小説の基調はいつも通りラブコメ成分たっぷりの有川節。構えずに気楽に楽しめるエンターテイメントになっています。
観光立県を目指し新設された観光部「おもてなし課」。手始めに観光特使になってもらおうと若手職員「掛水史貴(かけみずふみたか)」が連絡を取ったのは郷土出身の人気作家「吉門喬介(よしかどきょうすけ)」。
その彼からは厳しい駄目だしを食らいますが、同時に紹介されたある人物との出会いにより、おもてなし課は一大転機を迎えることになります。ちなみに駄目だしのくだりは、実際におもてなし課と有川さんの間にあったエピソードなのだとか。どうりで表現がやたら活き活きとしている(^^;
このように随所に現実のエピソードも織り交ぜられているのですが、本書の基本はあくまでフィクションといってよいと思います。特に筆者が常にこだわりを見せるラブコメ成分は抜群の安心感。筆者のファンであれば迷わず手に取るべきです。
ところで冒頭におけるおもてなし課のだめっぷり。私は仕事の関係で自治体向けのコンサルをされている方とお話しする機会があるのですが、公務員の腰の重さというか動きの鈍さというのは本当に本書のようなイメージのようです。
ただ、本書でも触れられている通り、自治体に対する環境も年々厳しくなってきているようですし、意識の高い職員さんも少なからずいらっしゃるという話なので、徐々に組織としての体質も変わっていくことになるのかもしれません。
さすがは地元出身というだけあって、観光地としての高知県の魅力は存分に語られています。現実の取り組みを題材にしているだけあって、振興策についても革新的なようでとても地に足ついている感じなのが印象的です。
自治体行政に興味を持つ方に紹介しようとするときにネックとなるのは、やはりラブコメ成分になってしまうでしょうか。でも、もしドラがありなら本書も全然ありですかね(笑)
本書を一言で表現するならば「有川作品」です。県庁の取り組みについても興味深くはありますが、何かを勉強したい方よりも、純粋に読書を楽しみたい方にこそ本書をお勧めしたいと思います。
評価:★★★★☆
2011年4月14日木曜日
2011年4月12日火曜日
かばん屋の相続(池井戸潤)
銀行の支店を舞台にしたミステリ短編集。まさに筆者の原点といったところでしょうか。苦い後味の作品が多く、いかにも大人向けな感じです。ミステリ分はあまり期待し過ぎないほうが良いかもしれません。
小さな信用金庫や地味な支店などの泥臭い融資業務が主なテーマとなっています。どの話もアイデアというより抒情で読ませる、なかなか渋い味わいの構成です。
私も就職活動で地方銀行に内定をもらったことがあり、結局迷った末にIT系の企業を選んだのですが、本書の話も私のもう一つの可能性だったかもしれないなどと考えると、なかなか感慨深いものがあります。
もっとも、悲哀や鬱屈を感じさせる作品のほうが多いので、本書を読んで銀行業に憧れを持つ人は少ないかもしれません。そういう影の部分も傍目でなら格好いいと思うのですが、自分がやりたいかとなるとちょっと。
その点は我らがIT業界も同様で、ブラックな側面ばかり取り上げられがちですが、実際のところはどんな仕事にも楽しさはやりがいはあるんじゃないかと思うんですけどね。
正直なところ、ハッピーエンド好きな私としては苦手なテイストの作品が多かったですが、4話目「芥のごとく」や5話目「妻の元カレ」などは、かなりぐっと迫るところのある、質の高い作品だったと思います。
表題作の6話目「かばん屋の相続」は、明らかに一澤帆布がモデルですね。話の仕掛けとしては面白いですし、割と溜飲の下がる結末ではありますが、ちょっと設定的に安直だった気もしないでもありません。
ミステリとしての仕掛けについてもあまりピンと来ない作品が多かったですが、哀愁漂う大人の味が好きな方や、銀行における支店業務の雰囲気を知りたいかたには良い作品ではないかと思います。
評価:★★☆☆☆
小さな信用金庫や地味な支店などの泥臭い融資業務が主なテーマとなっています。どの話もアイデアというより抒情で読ませる、なかなか渋い味わいの構成です。
私も就職活動で地方銀行に内定をもらったことがあり、結局迷った末にIT系の企業を選んだのですが、本書の話も私のもう一つの可能性だったかもしれないなどと考えると、なかなか感慨深いものがあります。
もっとも、悲哀や鬱屈を感じさせる作品のほうが多いので、本書を読んで銀行業に憧れを持つ人は少ないかもしれません。そういう影の部分も傍目でなら格好いいと思うのですが、自分がやりたいかとなるとちょっと。
その点は我らがIT業界も同様で、ブラックな側面ばかり取り上げられがちですが、実際のところはどんな仕事にも楽しさはやりがいはあるんじゃないかと思うんですけどね。
正直なところ、ハッピーエンド好きな私としては苦手なテイストの作品が多かったですが、4話目「芥のごとく」や5話目「妻の元カレ」などは、かなりぐっと迫るところのある、質の高い作品だったと思います。
表題作の6話目「かばん屋の相続」は、明らかに一澤帆布がモデルですね。話の仕掛けとしては面白いですし、割と溜飲の下がる結末ではありますが、ちょっと設定的に安直だった気もしないでもありません。
ミステリとしての仕掛けについてもあまりピンと来ない作品が多かったですが、哀愁漂う大人の味が好きな方や、銀行における支店業務の雰囲気を知りたいかたには良い作品ではないかと思います。
評価:★★☆☆☆
2011年4月10日日曜日
群青神殿(小川一水)
キラッとアイデア一閃の海洋SFです。キャラも絵もあまりあわないかなと思いながら読んでいたのですが、それを補って余りある設定の妙でした。海の怖さという意味では時世的にタイムリーになってしまった部分もあるかもしれません。
主人公達はメタンハイドレード探査チームの一員です。「鯛島俊機(たいじまとしき)」と「見河原(みがわら)こなみ」のコンビが中深海長距離試錐艇「デビルソード」を駆り、海の底を探索します。
男女二人で長時間もぐり続けるというのはどうなのかと思ったら、案の定モニョモニョな設定になっています。ただ、直接のエロイ描写がないのは安心なのかがっかりなのか。
こなみのヤンデレな雰囲気は悪くないんですが、ちょっと童顔過ぎるイラストが個人的にはあまり合わないかなと。絵柄自体は嫌いではないので、相性の問題でしょうか。イラスト無しのほうが純粋に楽しめたかもしれません。
ただ、本書の見所はなんといってもSF的仕掛けの部分です。詳しいところはネタバレになってしまうので言及しませんが、肝となる設定とそれをうまく生かした解決のつけ方は実にお見事です。
海洋SFということで、私の既読作品では「鯨の王」なんかが近い雰囲気になるかと思います。本書は2002年の作品の復刻版なので、刊行はこちらのほうが早いですね。
海の怖さの演出という意味では、図らずもタイムリーなトピックの作品になってしまったかもしれません。これが小説でなく映画だったら、自粛の羽目に陥っていたかもしれません・・・(^^;
朝日ノベルスということもあってイラスト付きのラノベ風な装丁となっていますが、そういうところを期待すると肩透かしになるかもしれません。もっとも、筆者のファンであればまず満足できるであろうことは間違いないでしょう。
評価:★★★☆☆
主人公達はメタンハイドレード探査チームの一員です。「鯛島俊機(たいじまとしき)」と「見河原(みがわら)こなみ」のコンビが中深海長距離試錐艇「デビルソード」を駆り、海の底を探索します。
男女二人で長時間もぐり続けるというのはどうなのかと思ったら、案の定モニョモニョな設定になっています。ただ、直接のエロイ描写がないのは安心なのかがっかりなのか。
こなみのヤンデレな雰囲気は悪くないんですが、ちょっと童顔過ぎるイラストが個人的にはあまり合わないかなと。絵柄自体は嫌いではないので、相性の問題でしょうか。イラスト無しのほうが純粋に楽しめたかもしれません。
ただ、本書の見所はなんといってもSF的仕掛けの部分です。詳しいところはネタバレになってしまうので言及しませんが、肝となる設定とそれをうまく生かした解決のつけ方は実にお見事です。
海洋SFということで、私の既読作品では「鯨の王」なんかが近い雰囲気になるかと思います。本書は2002年の作品の復刻版なので、刊行はこちらのほうが早いですね。
海の怖さの演出という意味では、図らずもタイムリーなトピックの作品になってしまったかもしれません。これが小説でなく映画だったら、自粛の羽目に陥っていたかもしれません・・・(^^;
朝日ノベルスということもあってイラスト付きのラノベ風な装丁となっていますが、そういうところを期待すると肩透かしになるかもしれません。もっとも、筆者のファンであればまず満足できるであろうことは間違いないでしょう。
評価:★★★☆☆
2011年4月8日金曜日
囲碁小町嫁入り七番勝負(犬飼六岐)
町の腕自慢レベルの話かと思ったら結構本格的。ヒカルの碁でおなじみ本因坊秀策も出てきます。というか第五局のモデル、将棋の加藤一二三九段ですよね(笑)
こてんぱんにやっつけた相手からどこを気に入られたのか、孫の嫁にと望まれた薬種商の娘「おりつ」。委細を知らずに七番勝負を承諾してしまったものの、ちゃらちゃらしたいけ好かない相手に嫁いでなるものかとおりつは奮戦しますが・・・
囲碁は置石でハンデをつけやすいのがよいですね。対戦相手は格上が多いため、先や二子などの手合いによる勝負が中心となります。おりつの棋力は初段格とのこと。プロアマ別れていない時代のことなので、田舎ならそれだけで食べていけるくらいの実力とされています。
対戦相手はバラエティに富んでいて、気持ちよい手を打つものもあれば番外戦術を駆使する嫌らしいものもあり。対局を重ねるごとにおりつが何かをつかんでいきます。とはいえ、成長物語の部分はそれほど力も入って無かったですかね。急に強くなるわけでないのは、リアリティがあってよかったです。
しかし、第五局の相手、空咳とか盤面を相手側から見るとか鰻好きとか、どう考えても将棋の加藤一二三九段がモデルですよね。将棋好きな私としては嬉しかったですが、囲碁ファンとしてはどうだったんでしょう。あるいは他の対戦相手に囲碁棋士のモデルがいたのですかね。
対戦相手は総じてレベルが高く、本因坊秀策も登場してきたりと思いのほか本格的な印象です。ただ、具体的な参考棋譜などは無いようで、図面なども全く出てきませんので、囲碁ファンには少し物足りないところもあるかもしれません。
番勝負自体はとても楽しめたのですが、オチがちょっと弱かった気もします。そこに落とすのかという。嫁入り自体についても少し含みの残るような終わり方になっていて、多少もやもやが残った感は否めません。
一話完結の話としては若干物足りなさも残ったものの、作品そのものの雰囲気はとても好みに合いました。天地明察が好きな人にはあうんじゃないでしょうか。続編に期待したいですが、あの終わり方だと難しいかもしれませんね。
評価:★★★☆☆
こてんぱんにやっつけた相手からどこを気に入られたのか、孫の嫁にと望まれた薬種商の娘「おりつ」。委細を知らずに七番勝負を承諾してしまったものの、ちゃらちゃらしたいけ好かない相手に嫁いでなるものかとおりつは奮戦しますが・・・
囲碁は置石でハンデをつけやすいのがよいですね。対戦相手は格上が多いため、先や二子などの手合いによる勝負が中心となります。おりつの棋力は初段格とのこと。プロアマ別れていない時代のことなので、田舎ならそれだけで食べていけるくらいの実力とされています。
対戦相手はバラエティに富んでいて、気持ちよい手を打つものもあれば番外戦術を駆使する嫌らしいものもあり。対局を重ねるごとにおりつが何かをつかんでいきます。とはいえ、成長物語の部分はそれほど力も入って無かったですかね。急に強くなるわけでないのは、リアリティがあってよかったです。
しかし、第五局の相手、空咳とか盤面を相手側から見るとか鰻好きとか、どう考えても将棋の加藤一二三九段がモデルですよね。将棋好きな私としては嬉しかったですが、囲碁ファンとしてはどうだったんでしょう。あるいは他の対戦相手に囲碁棋士のモデルがいたのですかね。
対戦相手は総じてレベルが高く、本因坊秀策も登場してきたりと思いのほか本格的な印象です。ただ、具体的な参考棋譜などは無いようで、図面なども全く出てきませんので、囲碁ファンには少し物足りないところもあるかもしれません。
番勝負自体はとても楽しめたのですが、オチがちょっと弱かった気もします。そこに落とすのかという。嫁入り自体についても少し含みの残るような終わり方になっていて、多少もやもやが残った感は否めません。
一話完結の話としては若干物足りなさも残ったものの、作品そのものの雰囲気はとても好みに合いました。天地明察が好きな人にはあうんじゃないでしょうか。続編に期待したいですが、あの終わり方だと難しいかもしれませんね。
評価:★★★☆☆
2011年4月7日木曜日
ビブリア古書堂の事件手帖 - 栞子さんと奇妙な客人たち(三上延)
小さな古書店を舞台にしたミステリ連作短編集です。古書に詳しい方にはどうだかわかりませんが、門外漢の私には薀蓄がちょうど程よい具合でした。なにより栞子の名探偵ぶりが素晴らしいです。
子供の頃のトラウマで本を読み通すことができず、読書への漠然とした憧れを持っている「五浦大輔(ごうらだいすけ)」と、内気でどもり癖があるのに本のことになると過剰に饒舌な古本屋店主「篠川栞子(しのかわしおりこ)」。
大輔が持ち込む古書にまつわる話に、入院中の栞子がベッドの上で真相を推理するというアームチェアディテクティブの形式となっています。
全4話のそれぞれがなかなかきれいにまとまっているのに加え、全話を通した大きな謎も用意されていて、かなり私のストライクゾーンど真ん中な構成となっています。
古書のことをあまり知らない私には薀蓄も面白かったです。栞子のいかにも本好きな、ちょっとだけヤンデレも入ったキャラクターがとても良かったですね。各話の超控えめなお色気シーンもGoodです。
せどり屋の志田がなかなか良いポジションです。古書店をまわって安い本を転売する仕事だとか。志田は自身の知識で勝負していますが、質屋の友人によると、そういうリストがネットなどで売っていて、それを参考にする素人商いも多いのだそうです。
筆者のファンタジー作品なども多少読んでいますが、本書の雰囲気のほうが私としてはより好みですね。専門的なミステリ屋さんからすれば甘いところもあるかもしれませんが、名探偵栞子の演出がしっかりミステリしているのがとりわけ好印象なお話でした。
評価;★★★★☆
子供の頃のトラウマで本を読み通すことができず、読書への漠然とした憧れを持っている「五浦大輔(ごうらだいすけ)」と、内気でどもり癖があるのに本のことになると過剰に饒舌な古本屋店主「篠川栞子(しのかわしおりこ)」。
大輔が持ち込む古書にまつわる話に、入院中の栞子がベッドの上で真相を推理するというアームチェアディテクティブの形式となっています。
全4話のそれぞれがなかなかきれいにまとまっているのに加え、全話を通した大きな謎も用意されていて、かなり私のストライクゾーンど真ん中な構成となっています。
古書のことをあまり知らない私には薀蓄も面白かったです。栞子のいかにも本好きな、ちょっとだけヤンデレも入ったキャラクターがとても良かったですね。各話の超控えめなお色気シーンもGoodです。
せどり屋の志田がなかなか良いポジションです。古書店をまわって安い本を転売する仕事だとか。志田は自身の知識で勝負していますが、質屋の友人によると、そういうリストがネットなどで売っていて、それを参考にする素人商いも多いのだそうです。
筆者のファンタジー作品なども多少読んでいますが、本書の雰囲気のほうが私としてはより好みですね。専門的なミステリ屋さんからすれば甘いところもあるかもしれませんが、名探偵栞子の演出がしっかりミステリしているのがとりわけ好印象なお話でした。
評価;★★★★☆
2011年4月3日日曜日
船に乗れ!(藤谷治)
ライトノベル風の青春小説かと思って臨んだらとんでもないことになってしまいました。かなり苦い部分もあるので好みは分かれるかもしれませんが、少なくとも私にとっては魂を揺さぶられるような傑作だったと思います。
■ 主人公について
プロのチェロ奏者を目指す「津島サトル」の高校生活が、大人になった筆者の視点から過去語りとして綴られます。1巻のあとがきによると、筆者の経験に基づく私小説的な側面もかなりあるようで、色々なところで若かりし日のトラウマを刺激してくれます。
祖父母を初めとした音楽一族のサラブレッド。愛読書はニーチェとドストエフスキーといういけ好かない奴ですが、超難関の芸術大付属高校を4次試験まで通りながら、あまり失敗する人のいない学科で落ちるという典型的な専門馬鹿だったりもします。
語り口におけるサトルの自嘲癖が強いため、これはとんだ鬱小説なのかと読み始めはげんなりしかけましたが、高校に入学すると同時に状況は一変します。本人があまりに自分を卑下するため分かりにくかったのですが、彼のチェロの腕前自体はなかなかのものです。
ああ、これは一種のツンデレなんだな。ほんとは彼には輝かしい未来が待っているはずだ。1巻を読み終えた時点でそのような確信を強めてしまったために、2巻以降の展開には一層強いダメージを負ってしまったように思います。彼の自嘲の意味が徐々に明らかになってくるのです。
■ 周りの人たち
「南枝里子(みなみえりこ)」は、こういっては申し訳ないですけれど、いかにも好感度の低そうなヒロインですね。ちょっとヤンデレ入ってる感じでしょうか。彼女の負けず嫌いや不安定さ、私は好きでした。それだけにあの展開はとても応えました。
南のことにしろ、金窪先生のことにしろ、小説のネタとしては割と良く見られるものだと思うのです。持ち上げて落とすというのもまあ基本ですよね。ただ、その持ち上げ方があまりにも健やかで心地よかったため、ダメージがとても大きくなってしまいます。
二つの重要なエピソードとその結末。こういう比べ方はどちらのファンにも怒られてしまいそうですが、私にとっては「銀河英雄伝説」以来の衝撃でした。スペースファンタジーと学園青春小説。全然ベクトルが違いますが、苦味の質がちょっと似ていたかなと。
他に伊藤や鮎川ら癒し系キャラはもちろん良かったですが、何気に伴奏などでちょこちょこでてくるだけのピアニストたちが、なんだかいい感じのお嬢さんぞろいだったように思います。
■ 音楽
私はクラシック音楽についてはド素人ですが、それだけに本書で語られる音楽の世界の厳しさが印象的でした。なにしろほぼ筆者の経験してきたとおりのことだそうなので、説得力もあります。
将棋の米長邦雄永世棋聖は、「兄達は馬鹿だから東大に行った」などと嘯いたそうですが、実際芸術の世界における頂点というのはそういうものなのかなと思います。才能溢れる天才たちがどんどん脱落していき、努力は当然必要だけれど、それだけでは到達できない非情な領域。
本書で登場する楽曲のいくつかをYoutubeで探してきました。
バッハ「無伴奏チェロ組曲第一番前奏曲」。サトルが初めて南の前で弾いてみせた曲です。素人の私にも聞き覚えのある旋律で、素直に楽しめます。演奏しているのは「ミッシャ・マイスキー」という世界的なチェロ奏者だそうです。なんかラモスさんに似てる。
メンデルスゾーン「ピアノ三重奏曲第1番」。サトル、南、北島先生の3人により演奏された曲。本シリーズ中で一番幸せな瞬間ですね。本文中にも出てきたカザルスの演奏もYoutubuにあるみたいです(Casals, Cortot, Thibaud Trio Mendelssohn d mvt 1)。
ヴィヴァルディ「チェロ・ソナタ第5番ホ短調」。ドイツへの短期留学中に駄目だしされた曲です。難易度としては初級とのことですが、そういう曲ほど巧拙が出やすいということでしょうか。
モーツァルト「交響曲第41番(ジュピター)第4楽章」。オーケストラからも一曲ご紹介。三年次の楽曲で、上の映像は最後の第4楽章のみですが、全体を通すと40分以上になるそうな。
他にフルート曲も探してみたかったのですが、疲れてきたのでまたの機会に。私みたいな素人としては、クラシック音楽に興味はあっても、まず何を聴けばよいのかというというところから難しいので、このような小説がきっかけになってくれるのはとてもありがたいです。
■ タイトルについて、そして感想
このタイトルはどういう意味なのかとずっと思っていたら、最後の最後に判明します。全般的に哲学的な話題も多いので興味深いですが、消化しきるのはなかなか大変です。金窪先生の教えはわかりやすいので、また読み返してみたいと思っています。
文庫版ではボーナストラックとして「再会」という短編が載っています。フルート奏者にして無二の親友「伊藤慧(いとうけい)」が登場。おまけ的な位置づけの作品ですが、本編の一部といって良いくらい、ちょっぴりの苦さも伴いながら、なんとなくいい感じの後味を残してくれます。
プロローグから始まって2巻の驚愕展開からなんとも言えない余韻のラストを迎えるまで、すべてが完璧に私を虜にしてくれました。高校生活を扱った青春小説ですので、もちろん若い人にも楽しんでもらえると思いますが、むしろトラウマの刺激という点では大人のほうがきついんじゃないでしょうか。
正直とても軽い内容とはいえませんし、結末も手放しの大団円とはいきません。それでも、なにがしかの心地よいものが読後には残されていたように思います。少なくとも私にとっては、掛け値なしの傑作です。
評価:★★★★★
■ 主人公について
プロのチェロ奏者を目指す「津島サトル」の高校生活が、大人になった筆者の視点から過去語りとして綴られます。1巻のあとがきによると、筆者の経験に基づく私小説的な側面もかなりあるようで、色々なところで若かりし日のトラウマを刺激してくれます。
祖父母を初めとした音楽一族のサラブレッド。愛読書はニーチェとドストエフスキーといういけ好かない奴ですが、超難関の芸術大付属高校を4次試験まで通りながら、あまり失敗する人のいない学科で落ちるという典型的な専門馬鹿だったりもします。
語り口におけるサトルの自嘲癖が強いため、これはとんだ鬱小説なのかと読み始めはげんなりしかけましたが、高校に入学すると同時に状況は一変します。本人があまりに自分を卑下するため分かりにくかったのですが、彼のチェロの腕前自体はなかなかのものです。
ああ、これは一種のツンデレなんだな。ほんとは彼には輝かしい未来が待っているはずだ。1巻を読み終えた時点でそのような確信を強めてしまったために、2巻以降の展開には一層強いダメージを負ってしまったように思います。彼の自嘲の意味が徐々に明らかになってくるのです。
■ 周りの人たち
「南枝里子(みなみえりこ)」は、こういっては申し訳ないですけれど、いかにも好感度の低そうなヒロインですね。ちょっとヤンデレ入ってる感じでしょうか。彼女の負けず嫌いや不安定さ、私は好きでした。それだけにあの展開はとても応えました。
南のことにしろ、金窪先生のことにしろ、小説のネタとしては割と良く見られるものだと思うのです。持ち上げて落とすというのもまあ基本ですよね。ただ、その持ち上げ方があまりにも健やかで心地よかったため、ダメージがとても大きくなってしまいます。
二つの重要なエピソードとその結末。こういう比べ方はどちらのファンにも怒られてしまいそうですが、私にとっては「銀河英雄伝説」以来の衝撃でした。スペースファンタジーと学園青春小説。全然ベクトルが違いますが、苦味の質がちょっと似ていたかなと。
他に伊藤や鮎川ら癒し系キャラはもちろん良かったですが、何気に伴奏などでちょこちょこでてくるだけのピアニストたちが、なんだかいい感じのお嬢さんぞろいだったように思います。
■ 音楽
私はクラシック音楽についてはド素人ですが、それだけに本書で語られる音楽の世界の厳しさが印象的でした。なにしろほぼ筆者の経験してきたとおりのことだそうなので、説得力もあります。
将棋の米長邦雄永世棋聖は、「兄達は馬鹿だから東大に行った」などと嘯いたそうですが、実際芸術の世界における頂点というのはそういうものなのかなと思います。才能溢れる天才たちがどんどん脱落していき、努力は当然必要だけれど、それだけでは到達できない非情な領域。
本書で登場する楽曲のいくつかをYoutubeで探してきました。
バッハ「無伴奏チェロ組曲第一番前奏曲」。サトルが初めて南の前で弾いてみせた曲です。素人の私にも聞き覚えのある旋律で、素直に楽しめます。演奏しているのは「ミッシャ・マイスキー」という世界的なチェロ奏者だそうです。なんかラモスさんに似てる。
メンデルスゾーン「ピアノ三重奏曲第1番」。サトル、南、北島先生の3人により演奏された曲。本シリーズ中で一番幸せな瞬間ですね。本文中にも出てきたカザルスの演奏もYoutubuにあるみたいです(Casals, Cortot, Thibaud Trio Mendelssohn d mvt 1)。
ヴィヴァルディ「チェロ・ソナタ第5番ホ短調」。ドイツへの短期留学中に駄目だしされた曲です。難易度としては初級とのことですが、そういう曲ほど巧拙が出やすいということでしょうか。
モーツァルト「交響曲第41番(ジュピター)第4楽章」。オーケストラからも一曲ご紹介。三年次の楽曲で、上の映像は最後の第4楽章のみですが、全体を通すと40分以上になるそうな。
他にフルート曲も探してみたかったのですが、疲れてきたのでまたの機会に。私みたいな素人としては、クラシック音楽に興味はあっても、まず何を聴けばよいのかというというところから難しいので、このような小説がきっかけになってくれるのはとてもありがたいです。
■ タイトルについて、そして感想
このタイトルはどういう意味なのかとずっと思っていたら、最後の最後に判明します。全般的に哲学的な話題も多いので興味深いですが、消化しきるのはなかなか大変です。金窪先生の教えはわかりやすいので、また読み返してみたいと思っています。
文庫版ではボーナストラックとして「再会」という短編が載っています。フルート奏者にして無二の親友「伊藤慧(いとうけい)」が登場。おまけ的な位置づけの作品ですが、本編の一部といって良いくらい、ちょっぴりの苦さも伴いながら、なんとなくいい感じの後味を残してくれます。
プロローグから始まって2巻の驚愕展開からなんとも言えない余韻のラストを迎えるまで、すべてが完璧に私を虜にしてくれました。高校生活を扱った青春小説ですので、もちろん若い人にも楽しんでもらえると思いますが、むしろトラウマの刺激という点では大人のほうがきついんじゃないでしょうか。
正直とても軽い内容とはいえませんし、結末も手放しの大団円とはいきません。それでも、なにがしかの心地よいものが読後には残されていたように思います。少なくとも私にとっては、掛け値なしの傑作です。
評価:★★★★★
2011年4月1日金曜日
樹上のゆりかご(荻原規子)
得がたい読書体験ではありましたが、続きがあったとしても読みたいという気が起きません。それは本書が不出来だからということではなく、むしろ全く逆なのです。
大人しくも芯の強い高校2年生「上田ひろみ」の一人称で語られています。ひょんなことから関わる生徒会活動。学校行事のたびに起こる悪質ないたずらの真相を探る、ちょっぴりミステリっぽい仕立てになっています。
「六番目の小夜子」なんかが近い雰囲気でしょうか。もっとも、ミステリっぽいといっても謎そのものの結末はそれほど凝ったものではありません。どちらかというと抒情で読ませるお話だと思います。
本書は「これは王国のかぎ」の続編なのだそうです。知らずに読みましたが、ストーリーを追う上では全く問題なかったように思います。ただ、ところどころで「おや?」と思う記述もあるので、可能なら順番に読んだほうがベターでしょう。
ヒロインの一人称が少々青臭さを感じさせるのですが、高校生達による青春小説ということを考えれば、普段ならさほど気にならないレベルです。このざらつくような違和感がどこからきたのか、読了後もいまだに良く分かっていません。
ひろみの価値観というか考え方に共感できなかったのは確かです。私は少女向けの小説やコミックも割と読むほうですが、文章の質以外の部分でここまで受け付けにくかったケースはあまり思い当たりません。
おそらく男性読者と女性読者では、ひろみの考え方、感じ方に対する受け止め方がかなり違ってくるのではないかと思います。私は筆者の勾玉シリーズもあまりあわなかったので、これはもう相性としか言いようがないのかもしれません。
本書ができの悪い小説であったのなら、これほど拒否反応は起きなかったと思います。なまじ物語としての質が素晴らしいために、一層突き刺さったような。万人向けとは思いませんが、傑作であることは間違いないと思います。
評価:★☆☆☆☆
大人しくも芯の強い高校2年生「上田ひろみ」の一人称で語られています。ひょんなことから関わる生徒会活動。学校行事のたびに起こる悪質ないたずらの真相を探る、ちょっぴりミステリっぽい仕立てになっています。
「六番目の小夜子」なんかが近い雰囲気でしょうか。もっとも、ミステリっぽいといっても謎そのものの結末はそれほど凝ったものではありません。どちらかというと抒情で読ませるお話だと思います。
本書は「これは王国のかぎ」の続編なのだそうです。知らずに読みましたが、ストーリーを追う上では全く問題なかったように思います。ただ、ところどころで「おや?」と思う記述もあるので、可能なら順番に読んだほうがベターでしょう。
ヒロインの一人称が少々青臭さを感じさせるのですが、高校生達による青春小説ということを考えれば、普段ならさほど気にならないレベルです。このざらつくような違和感がどこからきたのか、読了後もいまだに良く分かっていません。
ひろみの価値観というか考え方に共感できなかったのは確かです。私は少女向けの小説やコミックも割と読むほうですが、文章の質以外の部分でここまで受け付けにくかったケースはあまり思い当たりません。
おそらく男性読者と女性読者では、ひろみの考え方、感じ方に対する受け止め方がかなり違ってくるのではないかと思います。私は筆者の勾玉シリーズもあまりあわなかったので、これはもう相性としか言いようがないのかもしれません。
本書ができの悪い小説であったのなら、これほど拒否反応は起きなかったと思います。なまじ物語としての質が素晴らしいために、一層突き刺さったような。万人向けとは思いませんが、傑作であることは間違いないと思います。
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