2011年1月1日土曜日

水の時計(初野晴) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ファンタジーっぽいと聞いて少々手を出しかねていたのですが、全くの杞憂でした。雰囲気的にはIWGPのようなハードボイルド基調ですが、ヒロイン葉月の超設定がぐっと話に重みを加えています。主人公たちの根底に優しさが見え隠れするのが、いろんな意味で胸に迫る怪作です。



ファンタジーが嫌いというわけではないのですが、ミステリ+ファンタジーという組み合わせには少々胡散臭さを感じてしまいます。Amazonの紹介文では
透明感あふれる筆致で生と死の狭間を描いた、ファンタジックな寓話ミステリ。
とありますが、前半部分はともかく本書を「ファンタジック」と表現するのは全く的外れというか、宣伝文としては逆効果じゃないでしょうか。

暴走族「ルート・ゼロ」三人のトップの一角を張りながらも、仲間から追われる身となる鬱屈した少年「高村昴(たかむらすばる)」。窮地を助けられた老紳士に連れられた先には、脳死状態でありながらも、機械的処置で身体活動を維持し続ける少女「葉月」が待っていました。

月明かりの元でのみ奇跡的に意識を取り戻す彼女は、昴に対してある依頼をします。自身の臓器を分け与える候補者を選び、届けてほしい。2章以降の各話は短編仕立てで、角膜、腎臓、心臓などの移植を望む患者達のエピソードが続きます。

なんといいますか、非人間的存在との報われない恋、というシチュエーションに私はとても弱いのです。回復不可能で徐々に身体を切り取られていく葉月は、もはや人間と呼べる存在ではありません。昴との仲が成就することも当然ありえません。

そもそも昴には別に彼女っぽい存在もいるのが、むしろ救いとなるでしょうか。片言でしか話せないクールな葉月と、何かにつけぶっきらぼうな昴の会話は、とても心温まるものとはいえませんが、その適度な距離感が何ともいえない余韻を引き出しています。

各話ではそれぞれに被移植者のエピソードが語られていきますが、本筋に絡んだ変化球がたくみに織り交ぜられているため、単調になることなく一気に読ませてくれます。それぞれの患者達が持つ悩みには、筆者のこの分野における思い入れが強く感じられます。

本書が筆者のデビュー作ということで、展開的に少々無理っぽいかなというところも見られなくはないのですが、それらを補って余りある迫力が本書にはあります。ユニークかつ秀逸な舞台設定に加え、登場人物たちの根底に見え隠れする優しさのかけらに、思わずほろっときてしまう作品です。

評価:★★★★☆

2010年12月29日水曜日

お金の流れが変わった!(大前研一) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

世界経済の新しいルールを「マネー」の観点から解きほぐす、良質な啓蒙書です。アメリカ・中国の危うさや、新興諸国群「VITAMIN」についての記述も興味深いものばかり。偏向傾向にあるマスコミフィルターに目をくらまされないためにも、是非目を通しておきたい一冊です。



日ごろ国際経済に大きな関心を持たない不勉強な身にとっては、かなりショッキングな内容を含む本でした。もとは雑誌連載記事のため、若干焦点がぼやけているところもありますが、その分多彩な話題に触れられているため、素人にとってはむしろお買い得な内容となっています。

中国経済の危うさは凄まじいですね。日本にいると尖閣とか反日運動しか目に付きませんが、その裏側で中国国内に起きている政治・経済事情が明快に解説されています。日本のバブル崩壊どころではない混乱が、遠くない将来に現実となりそうです。

金利を上げると資金量が増えるというのも、一昔前の経済学しか知らない私には目からうろこが落ちるようでした。国境を越えた「ホームレス・マネー」がどっと流入してくるためです。私の学生時代から機関投資家の持つ影響力については危惧されていましたが、リーマンショックを経てその流れがはるかに加速しているようです。

「VITAMIN」とはヴェトナム、インドネシア、タイ・トルコ、アルゼンチン・南アフリカ、メキシコ、イラン・イラク、ナイジェリアのことだそうです。勢いを増す新興国の様子は、斜陽の影差すわが国から見ると眩しいばかりですが、これらのなかには親日の国も多いため、中国に対するより有益な関係も築きやすいかもしれません。

日本におけるリーマンショックの被害が比較的軽微で済んだのは、魅力に乏しく資金の流入がたいしたことなかったためだとか。何とも皮肉なことではありますが、どのようにうまく衰退していくかが今後の日本の課題となるかもしれません。

ここで人類が衰退した後の世界を描く一冊をご紹介。



この本のような牧歌的な生活が待っているのなら、それはそれで悪くないかという気もします・・・なんちゃって(^^;

評価:★★★★☆

2010年12月27日月曜日

万能鑑定士Qの事件簿VII(松岡圭祐) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

今回はシリーズ既刊で1,2を争う面白さだったかもしれません。冒頭でいきなり編集者に転職している莉子さん。複数の事件がよどみなく絡んでいき、全く飽きることなく一気に読んでしまいました。それにしても小笠原君は・・・(^^;



編集者といってもいつもの「角川書店」ではなく、最先端を走るバリバリの電子書籍専門会社「ステファニー出版」が舞台となります。莉子のポジションは編集長第二秘書。厳しい要求を突きつける女社長「城ヶ崎七海(じょうがさきななみ)」に完璧な対応を返し、信頼を勝ち取っていきます。

本書で一番美味しいキャラは、第一秘書の「園部遥菜(そのべはるな)」(27歳)です。いわゆる肉食系女子でありながら、時折弱い部分や本音も見せるところなどは、そっち系が好みの人にはたまらんのではないでしょうか。第二秘書として大活躍する莉子に信頼と嫉妬の入り混じった複雑な感情を抱きつつも、友情を育んでいきます。

その遥菜さん、小笠原君とちょっといい感じになったりします。イケイケの企業内部にはいない草食系タイプの彼に一目ぼれ。で、小笠原君のほうも満更ではなかったりと・・・君、莉子さんに気があるんじゃなかったの?まあ、要するにいつも通りのヘタレっぷりです(笑)

今回はミステリネタ自体が気前良く大放出ですね。校正にあたって発揮される莉子の観察眼はいつものこととして、偽の「金の延べ棒」事件や「五億円ペンダント」消失事件など、古典的な香りのする本格トリックも十分堪能できる贅沢な作りとなっています。

それにしても、もう第七弾ですか。隔月の刊行ペースでこれだけのクオリティを出せるのはさすがといわざるを得ません。どうしても「軽さ」は感じられてしまうのですけれど、それが「軽快」な読み味として逆に長所となっているようにも思えます。商業主義も開き直られるとなかなか痛快です(笑)

評価:★★★★☆

2010年12月24日金曜日

ローマ人の物語〈32〉迷走する帝国〈上〉(塩野七生) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

筆者がこれまで散々強調してきた「ローマ的なもの」の源泉を、カラカラ帝がぶち壊してしまいます。しかし、それがあくまで善意から行われたものであるのが政治の難しいところ。本書の内容自体は地味ですが、まさにここにシリーズの集大成が結実したという印象です。



カラカラ帝は、弟殺しやらアレクサンドリアの住民大虐殺やら、悪行ばかりが目立つ皇帝ではありますが、過去にも同じくらい、あるいはそれ以上に評判の悪い皇帝は存在しました。しかし筆者が着目するのは、そのような見えやすい悪行ではなく、他の史家もあまり着目してこなかった「アントニヌス勅令」です。

アントニヌス勅令とは、属州民のすべてにローマ市民権を与えるという内容の法律です。現代視点からすれば実に開明的だと褒められても良さそうなこの法を、筆者はローマ衰退の決定的要因と断じます。

属州民とは、もともとのローマ直轄地ではなく、あとから広げられた版図に住む住民達のこと。租税や選挙権などの待遇でローマ市民との間に格差を設けられています。もっとも、権利を得るものは等しく義務を全うすべきとする質実剛健なローマ人のこと。一方的に不利な待遇だったというわけでもないようです。

学生時代に習った江戸時代の身分制度をちょっと思い出しました。士農工商や、その下に設けられたエタ・ヒニンなど。もっとも、ローマの身分制度は階級間の出入りが能力次第でいくらでも可能だった点が、江戸時代の身分制度とは決定的に異なりました。

この頃の皇帝が軒並み属州出身であったことからも明らかなように、このようなローマの同化政策は社会的にとてもうまく機能していたようです。アントニヌス勅令によりローマ市民と属州民の格差をなくした結果、うまく回っていた社会制度の流動性が失われてしまったわけですね。

本巻を読むにつけ、一億総中流といわれる現代日本の先行きが危惧されてなりません。ゆとり教育などに顕著なように、行き過ぎた平等の弊害というのは真摯に直視すべきことだと思いますが、倫理面における風潮はとかく感情論的になりがちなので、克服するのもなかなか難しいこととなってしまうのでしょう。

軍事面では優れた素質を見せつつも、何かと問題の多かったカラカラ帝は、結局戦時中に味方の支持を失い謀殺。二代を経て襲位した「アレクサンデル・セヴェルス」により多少の落ち着きを見せますが、平時の名君も変質した外敵に翻弄されるなかで、やはり味方の刀により謀殺されることになります。以降、軍人皇帝による内乱の時代が始まります。

評価:★★★★★

2010年12月22日水曜日

叫びと祈り(梓崎優) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

このミス3位をはじめ、新人でありながら各ミステリランキングの上位を占めた話題のミステリ短編集。外国を舞台にした雰囲気ある舞台設定に加え、SFというかホラーっぽい要素も入り混じり、なんとも独特な世界観を作り上げています。専門筋の評価が高くなるのもわからなくはありません。



世界各地を取材して回る雑誌記者「斉木」が主人公となります。一応彼が探偵役ということになりますが、それほど名探偵っぽい感じではありません。どちらかというと巻き込まれがたで、彼が出くわすのは「事件」というより「困難」です。

本書の特徴のひとつは、斉木が取材して回る各地域の文化や風情がミステリに色濃く反映している点です。アフリカの砂漠やらロシア正教の教会やらアマゾンの奥地やら、それらの舞台がミステリの材料として実に巧みに活かされています。

作風としてはいかにも創元系っぽいなという感じです。ミステリファンが好みそうな雰囲気ある作品。ただし、それだけにはとどまらない、一風変わった隠し味が各話のラストで待っています。ちょっとアンフェアな感もあるため評価は分かれそうですが、良くも悪くもこの部分が本書の強烈な個性となっています。

もっともその個性の部分、私としてはちょっと苦手な感じがしました。文体についても読みやすいとはいいくにですね。文章が下手ということは決してないのですが、説明されたシチュエーションが頭のなかに入ってきにくいなという印象が常にありました。

佳作といわれれば同意できるのですが、各種のミステリランキングで上位に入っているのは、個人的には少し不思議な感じもします。確かに新人さんの作品としては良くできていると思うのですが・・・

ただ、ミステリ玄人の方々が本書を高く評価したがる気持ちもわかるような気がします。なにしろ本格ミステリの枠にありながら非常なユニーク性を併せ持っているため、その部分が変にこなれてしまうのはもったいないと思えてしまうのかもしれません。確かに稀有な才能という点では全く異論ありません。

キャラ読み、ストーリー読みの私としては、斉木にもう少し色がついてくると嬉しいかもしれません。本書ではちょっと透明人間っぽかったので。もっとも、そうなると作品のイメージががらっと崩れてしまいそうな気もするので、なかなか難しいところですね。

評価:★★☆☆☆

2010年12月20日月曜日

群衆リドル Yの悲劇’93(古野まほろ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

初の古野まほろ作品。登場人物に感情移入しにくくて、前半はちょっとしんどかったのですが、人が死に始めてからはスピーディーな展開でよかったです(嫌な言い方だけど)。古き良き本格ミステリといったところでしょうか。



東京が帝都だったり、時代が1993年だったりするのは、他の作品と共通する世界観に起因するものでしょうか。他にも裏設定らしきものがちらほら見え隠れして、若干もやもやが残るところはあります。

そういう意味で初めて読む筆者の作品としてはあまり相応しくないのかもしれませんが、話の骨格を阻害するほどのものではありません。少なくともミステリの骨子となる部分については違和感なく楽しめました。噂に聞く当て字やルビなども、特に変わったところなくとっつきやすい感じです。

閉ざされた館で人が次々と殺されていき、そして読者への挑戦状。作風自体も'93という時代背景を意識したものになっているのですかね。いかにも90年代ミステリといった趣で、好きな人にはたまらないのではないかと思います。

ちょっと癖のある探偵役には賛否が分かれそうな気がします。私はちょっと苦手かも。肝心のミステリネタについても色々無理があるような気はするものの、ミステリ的お約束の範囲内には収まっているのではないかと思います。

最近はすっかりキャラ重視、ストーリー重視になってしまっているので、もう少し若い頃に出会えていたら手放しで賞賛できたかもしれません。とはいえ、事件への前振りから連続殺人、そして解決編までの流れは実にお見事。尖がった探偵小説好きであれば存分に楽しめる作品ではないかと思います。

評価:★★☆☆☆

2010年12月18日土曜日

火星ダーク・バラード(上田早夕里) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

なんともやさしい暗黒(ノワール)小説。濡れ衣を着せられ追われる身となる39歳の刑事「水島」と、事件の鍵を握る15歳の少女「アデリーン」。第4回小松左京賞受賞作品の大幅改稿版。火星を舞台にしたハードボイルドSFの傑作です。



受賞作バージョンのほうは賞を取るためのカスタマイズがかなり入っていたそうです。文庫化にあたり筆者が本来やりたかった方向へ戻すための大幅改稿とのこと。そのあたりの事情や相違点については、こちらで筆者自身の手により詳しく説明されています。

私は本来、明るくきっぱりオチのついた話のほうが好きなのですけれど、本作についてはノワール色が強くなっているという文庫版以外の雰囲気は考えにくいですね。単行本版の30歳の水島とか想像しにくいですし、ラストの締めも甘くはないけどずっしり心に残ります。

本作品で一番格好いいのは水島ですが、小説的に一番美味しい味をだしているのは殺人鬼の「ジョエル・タニ」だと思います。ただ、彼はその濃いキャラクターにもかかわらず最初のほうと最後のほうにしか登場しないので、本書だけ読むと若干の物足りなさを感じるかもしれません。

そういう意味では、「小鳥の墓」(「魚舟・獣舟」所収)のほうも是非押さえていただきたいところです。ジョエルが主人公の中編小説となっています。しかし、ジョエルと璃奈って・・・あれ?記憶が曖昧なので読み返してみないと。

話の作り的にはもったいないと思われる箇所がいくつかあるようにも思えます。実に良いキャラのバディ「神月璃奈」がキルヒアイスなみに即効死んでしまいますし、アデリーンの能力が後半は普通の超能力になっているように見えますし、シャーミアンは割を食いすぎてる気がしますし。全般的に女性キャラにつめたい気が・・・(^^;

色々突っ込む余地はあるのかもしれませんが、それらを全て些事としてしまうのが本書全体を流れる雰囲気。とりわけ主人公の捜査官「水島」の苛烈さと複雑さは、男でも惚れるほど格好良いです。本作品の底を流れる冬の川のように冷たい清清しさが、なんともいえない絶妙の後味を残してくれます。

私にとっては「良い」というより「好き」な作品。それは同じく筆者の手による「華竜の宮」についても同様だったのですけれど、ロマンス要素がわかりやすい分、こちらの方がちょっとだけ好きかもしれません。

評価:★★★★★

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