2010年5月14日金曜日

「鉄の骨」(池井戸 潤) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

現場から事務方への異動を命じられた入社4年目の若手社員「富島平太」。彼の行く先である業務課は談合担当の部課だった。「平太」の目を通して複雑で歪んだ業界のあり方が描かれますが、単純にゼネコン=悪の図式にはおさまりません。そこで働くプロフェッショナルたちは実に格好いい。全体的にすっきりした印象を残す好作品です。



父がゼネコン勤めだったため、あまり「ゼネコン」というものに悪い印象を持っていません。食べさせてもらった恩といいますか。私の父は現場の人間でしたが、本作品はまさに「巨悪」の象徴たる談合担当者たちが主人公となります。

業界の問題点には切り込みつつも、そこに働く人々はむしろ好意的に描かれています。特に一目にはパッとしないエース「西田」の格好いいことといったら。そのせいか、作品全体を通してそれほど泥臭い印象はありません。

池井戸氏といえば「銀行」ですが、ちゃんとでてきますよ。主人公「平太」の彼女「野村萌」が行員です。もっとも、絡み方はちょっとご都合主義っぽかったですかね。もう少し園田がしつこく絡んでくるかと思いましたが。

それにしても萌ちゃん、ちょっと都合いい感じ。未熟な「平太」に苛立つ気持ちはわかりますけれど。はっきりしないのも優しさってことですかね。

おそらく本当の現場ってのはもっとえげつない世界なのかと思いますけれど、小説としては本作くらいのバランスでちょうど良かったのではないかと思います。ゼネコンマンが格好良く描かれていたのが、とにかく私には好印象でした。

評価:★★★☆☆

2010年5月13日木曜日

「だまされ上手が生き残る 入門! 進化心理学」(石川幹人) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

精神論っぽい話かと思いつつ手に取ったら、比較的真面目な科学の本でした。科学といっても、充分噛み砕かれていて読みやすいです。進化心理学という分野のお話らしいのですが、進化の過程で至った今の我々が、現代社会に生きることの根源的な問題点をあげた上で、それに適応するための心構えが述べられています。



仲良くすることが進化論的に優位な場合があること、嘘をつくことで円滑に回るもの、男女の考え方の違いについての進化論的見地からの説明、狩猟時代の特質を引きずっているがために現代社会にフィットできない人類の特性、など、なかなか興味深い話題が多かったです。

究極的な幸福とはなにかとい観点から、クオリアの話も持ち出されています。クオリアとは
快・不快や痛みや赤さなどの「自覚的な感じ」(P59)
のこと。といってもわかりにくかもしれませんけれど、興味のある向きには紫色のクオリアなどお勧めです。ライトノベルですけれど、クオリアというものを物凄く端的な形でネタにしています。

本題といえるのが最後の2章だけに集約されるので、本の構成としては若干冗長な感じもしましたが、あとがきによると前半の進化心理学の部分をしっかり抑えていないと理解できないということだそうで、言われてみればなるほどという感じです。学問的色合いが強めですが、現在の不安定な社会を自覚的に生きていくためにはぜひ読んでおきたい一冊です。

評価:★★★☆☆

2010年5月12日水曜日

「新釈 走れメロス 他四篇」(森見登美彦) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

独特のユーモアで塗りたくられた、いつもどおりの森見節全開の作品。森見さんの作品って、作者名伏せても絶対わかりますよね。古典を下敷きにしようがそれは全く変わりませんでした。



ご本人はあとがきにて

古典的名作を勝手に改変するのだから、「何の権利があっておまえはそんなことをするのか」と怒る人があるに決まっている。(P254)

なんておっしゃられていますが、ここまであきれた違った作品になってしまうと、苦笑こそすれムキになって怒るような人を想像するのは難しいですね。もっとも、ご本人も本気で心配などさらさらしていなさそうですが。

作品の下書きとなる古典のうち、前半3編の「山月記」、「藪の中」、「走れメロス」は読んだことありましたが、「桜の森の満開の下」と「百物語」は未読だったため、読み始める前はちょっと心配していました。でも、未読でもまったく問題なかったです。というか、短編集といいつつ全体的に微妙にリンクしているので、出展元は関係無しに、本作品をありのまま楽しめばよいのではと思います。

しかし、表題作の「走れメロス」については元の作品も読み返してみましたが、オリジナルも相当とんでもな話しですよね。メロスよ、お前はどんだけ駄目人間なんだと。小さいころはただ感動しただけだった気がする。やっぱ、文学作品は子供が読むもんじゃありませんね。

評価:★★★☆☆

2010年5月11日火曜日

「シンデレラ・ティース」(坂木 司) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

母親に騙されてよりによって歯科医でバイトすることになってしまった歯医者嫌いの叶咲子。彼女が徐々になじんでいくという、ありがちといえばありがちな設定ですが、題材が歯科医というのが共感を引き起こさせてくれます。誰でも歯医者には何がしかの思い入れがありますよね。坂木氏お得意の業界もの、読後感さわやかな連作短編ミステリです。



まず思ったこと、咲子馴染むの早すぎ(笑)。まぁ、いいこちゃんヒロインですからね。逆に嫌な雰囲気をむやみに引っ張るのもあざとい感じがするかもしれません。

探偵役を歯科医でなく歯科技工士に設定しているのが面白いところです。お客側からは見えにくいけれど、歯科医を構成する上では重要な職種にスポットライトを当てようということでしょうか。四谷さんかっこよすぎます。

歯医者のお客の独特な事情をミステリに仕上げる手法は相変わらずお見事です。具体的なところはネタバレになりそうなので書きませんが、いかにもありそうだなと感心してしまいました。

咲子のカマトトっぷりは若干鼻につかないでもなかったですかね。
のんびり育てられたせいか、私は昔から怒るタイミングを逸することが多い。(P161)
とか、一人称で自分のことをこういう風に言われると、ふーんって感じもしなくもありません。

総じて読後感が良く、ミステリ的なオチもしっかりした好作品です。歯医者嫌いな人はためしに読んでみると、苦手意識を払拭できるかもしれませんよ。でも、その前に歯医者を題材にした本なんて手に取る気も起こりませんかね。


評価:★★☆☆☆

--
こちらから他のレビューが見れます
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

2010年5月10日月曜日

「日本辺境論」(内田 樹) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

辺境であるがゆえに生まれる日本の特殊性について綴った作品。筆者自身もおっしゃられている通り、新味はそれどほどない内容かと思いますが、「日本の思想」的なものについて論じた本を読んだことのない方は、一度本書に目を通しておいたほうが良いのではないでしょうか。良書だと思うけど、実は読んでて少々眠くなりました、ごめんなさい。



初っ端から引用の引用という筋の悪いことをして恐縮ですが、
日本人にも自尊心はあるけれど、その反面文化的劣等感がつねにつきまとっている。(中略)おそらくこれは、はじめから自分自身を中心にしてひとつの文明を展開することのできた民族と、その一大文明の辺境諸民族のひとつとしてスタートした民族とのちがいであろうと思う。(P21)
という「文明の生態史観」(梅棹忠夫)からの引用が、本書の要約になるとのことです。このことについて、事例を色々挙げながら解説、というより念を押し続けていっています。

一例を挙げると日本という国名、日の登るもととなる国ということですが、これは日本を東側に置く中国視点の命名です。大国との相対的な位置でしかアイデンティティを決められないのが辺境の国、日本だということです。

こういう日本人の困ったところは、主張に理屈が無いところ。外国ではこれこれだからこれで間違いないんだという、ロジックを突き詰めず他人に依存するメンタリティこそがいかにも日本人らしい特徴となります。

昨今話題の普天間についてもそういうところがありますね。アメリカの顔色と当事者の声にはさまれて右往左往している様子の中には、こういう理屈だからこうあるべきなんだという視点がかけらも混じっていないようです。

筆者はこのような性向を悪いものとばかりは見ていません。外国文化の許容に対する柔軟さや・・・うーん?このレビューを書くためにパラパラ本を読み返しているんですが、日本人の何が良いのかいまいち良くわかりませんね。

筆者は「日本の辺境性は悪いことではない」とところどころ言っているのですが、少なくとも悪くは無くても格好悪い気はします。私の読みが浅いだけなのでしょうが、ほんとはこの本って馬鹿な日本人を笑ってるだけな気がしてきました。

一応最初に主張らしきものを出しちゃって、その後延々とそれについて補強していくスタイルの文章なので、私は正直読んでて眠くなりました。大昔に読んだ(はずの)「日本の思想」とか「菊と刀」あたりがまだ頭の片隅に残っていたためですかね。あまり知的刺激を感じられなかったからかもしれません。

ただ、日の丸や君が代を礼賛しているその根拠はナンですか?というあたりのくだりはとても共感がもてました。自分自身の言論を見つめなおすというのは、いかにも日本人の苦手っぽい気がしますね。空気に流されがちなネトウヨさん達(私もその気があるけど)は気をつけたほうが良いですよ。


評価:★★☆☆☆

--
こちらから他のレビューが見れます
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

2010年5月9日日曜日

「七花、時跳び!―Time-Travel at the After School」(久住四季) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

ミステリテイストな作風の著者によるタイムトラベルもの。ほんわかな雰囲気ですが、ちょこちょこネタと伏線が散りばめられていて、なかなか油断できません。今回は小技中心なのでちょぴり物足りなさを感じなくも無いですが、その分ライトな層にはとっつきやすいかもしれませんね。最近、SFとかミステリとか厳しいですからねぇ…



同作者のこれまでの作品はわりと尖がった印象が強いのですが、今回はゆるゆるです。ヒロインはモジデレ。モジモジとデレます。時を跳べる少女がツンデレだと、なかなか跳んでくれそうにないですからね。傍若無人な主人公に振り回されるのがおいしいポイントなのでしょう。鉄板です。

タイトルは、七瀬ふたたびとつばき、時跳びをがっちゃんこした感じですね。後者は未読ですが、梶尾真治さんの作品。こちらも面白そうなんで読んでみたいです。

各章タイトルの数字が1.3とか2.1とかなってますが、ピリオドの後の数字は実際に跳んだ回数のようです。3章の3.9は数える気が起きなかったけど、他の章を読む限りでは間違いないかと思います。

タイムスリップもので問題になるのがパラドックスの解釈で、平行世界説とかが良くありますけれど、本作の
元々がどんなものだったのかを知らなければ、たとえどんなことをしたって変えたことにはならない(P259)
というのは、要するに観測しなければ確定しないという、「シュレーディンガーの猫」的なあれでしょうか。SFではありがちな設定なのかもしれませんが、タイムパラドックスの文脈でというのは私は初めてみる解釈なので、なかなか興味深いです。

次回、ほんとに白亜紀まで行くんでしょうか。気になります。私の大好きだったミステリクロノやうぐいすはお星様になっちゃったみたいですが、今度こそはちゃんと続きをだしてほしいです。よろしくお願いします。


評価:★★☆☆☆

--
こちらから他のレビューが見れます
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

2010年5月8日土曜日

「出世花」(高田 郁) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

死体を清めて美しく送り出す、江戸時代の三昧聖を描く連作短編。父に死なれた少女「お縁」が自らの決断により屍洗いとなることを望み、様々な形の死と向き合うなかで成長していくお話です。



同作者の八朔の雪から始まる「みをつくし料理帖」のシリーズがかなり気に入ったので、その延長で手にとってみたのですが、こちらのほうが更に好みかもしれません。

屍洗いという死と直接向き合う仕事であるだけに、話しの内容は結構重いです。でも、主人公を囲む人たちがいい人ばかりのせいもあってか、後味は決して悪くない仕上がりとなっています。

表題の「出世花」は小説NON短編時代小説賞の奨励賞を受賞した作品だそうです。筆者はかつて漫画の原作をしていたそうで、まったくの素人ではなかったようですが、それでも2話、3話と話しを連ねるたびに、なるほどこなれてくる印象を受けます。最終4話目では涙腺が緩みました。

ただ感傷を誘うだけでなく、ミステリ要素も散りばめられているのがまさに私の好みにドンピシャです。検視などの発達していなかった時代、死体をよく目にし、しかも各々の死体の状態を書き留めておく勤勉さを持った主人公は、しばしばお役人をお助けすることになります。

もう少しドロドロした演出のほうが専門的な評価は高まるのかもしれませんが、エンターテイメントが好きな私としては、まさにぎりぎりのバランスの上に立つ珠玉の作品といえます。まだ1冊しか出てないようですが、是非ともシリーズ化を待ちたいところです。

評価:★★★★★

--
こちらから他のレビューが見れます
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村