2011年6月28日火曜日

ファウンデーション3部作(アイザック・アシモフ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「銀河帝国興亡史」というサブタイトルのイメージで読み進めると面食らうかもしれません。いかにもアシモフらしいミステリスピリッツに溢れた連作中・短編集です。とりわけ2巻収録の「ザ・ミュール」および3巻収録の「ファウンデーションによる探索」については唸らされること請け合いです。



天才「ハリ・セルダン」が「心理歴史学」を駆使した結果として導かれた銀河帝国滅亡の予言。滅亡自体は避けえぬものとしながらも、その後の混乱期を3万年から1,000年に短縮しようと「セルダン・プラン」が計画されます。そして、その種子となるべく銀河辺境に設立されるのが「ファウンデーション」です。

巨匠アシモフの手による「銀河帝国」ものなわけですが、いわゆる王道っぽいイメージからは随分外れた作品ではないかと思います。宇宙艦隊による戦闘シーンなどはあくまで二の次。主人公達が機知機略を駆使して難局を乗り越えていくのがシリーズを通した主眼となっています。

邦題サブタイトルからも予測できるかもしれませんが、本書はギボンの有名な歴史書「ローマ帝国衰亡史」から着想を得ているのだそうです。とりわけ1巻については、プランの歴史的転換点を拾い上げる形の連作5話構成になっていて、次々と年代が移り変わっていく軽快感が読者を飽きさせません。

間違いなくシリーズの中核をなしているのが「セルダン・プラン」という名の神の手的予定調和。私なりに各巻に副題をつけるとすれば、
  1. 偉大なるセルダン・プラン
  2. セルダン・プランの危機
  3. セルダン・プランの克服
といった感じになるでしょうか。そしてその危機を演出するのが、第2巻後半で登場する「ミュール」です。

セルダンの駆使した「心理歴史学」というのは、1巻のP28から引用すると、
一定の社会的・経済的刺激に対する人間集団の反応を扱う数学の一分野
であり、
扱われる人間集団が有効な統計処理を受けられるだけの十分な大きさを持っているという仮定が、その前提条件になっている
とのことです。未来予測というといかにも胡散臭げですが、結局それをある一定の大きさを持つ集団にしか適用できないとすることで、もっともらしさを出しているわけです。

そして、集団という没個性を扱っているだけでは予測不可能な「ミュール」という異能力者の登場により、プランは壊滅的な危機の縁に立たされてしまいます。

マクロな視点の危機を克服する平凡な一女性の機知。さらにはセルダン・プラン自体に備えられていた危機対処手段としての「第2ファウンデーション」の実体。

予定調和的な作品にありがちな退屈さを絶妙なタイミングで崩してくるところに本書のストーリー展開としての妙がありますが、かといって「セルダン・プラン」という権威に対するカタルシスが失われるわけでもありません。

この辺りのバランス感覚こそが、本シリーズが支持されている一番の理由ではないかと思います。アシモフは読者が何を喜ぶのかについての配慮がつくづく行き届いているようです。

今回ご紹介した3部作は1950年ごろに発表されたもので、私自身が最初に読んだのも今から20年ほど前の高校生時代です。今回改めて読み返してみて、科学技術的なところはともかくストーリーの面白さは全く色あせていないなと感じました。

正直なところ、若干技巧に走りすぎて物語の凄みという点で損をしているかなというところもなくはないのですが、約30年を隔てて発表された第4巻「ファウンデーションの彼方へ」ではその辺りも克服した全く異種の作品に仕上がっていますので、興味をもたれた方には是非ご一読いただきたいです。

評価:★★★★☆

2011年6月26日日曜日

0能者ミナト 2(葉山透) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

霊感皆無でも科学と論理で怪異に立ち向かう、ダークヒーロー「九条湊」のシリーズ第2弾です。超常と科学がまざった不思議現象の解明ロジックは相変わらずお見事でしたが、今回は構成もちょっと捻っていてハッとさせられます。



ミナトが沙耶とユウキを引き連れて事件に立ち向かうという構図は前回と変わらず。こういうお約束的なパターン化は、安心感があってよいですね。シリーズとして長続きしそうです。

ただ、今回はピンチっぽくなるのが強キャラのミナトなため、緊張感という点では若干落ちるかもしれません。正直に言うと、沙耶がミナトにネチネチいたぶられるシーンをもっとみたかった気が・・・沙耶分が足りない!

沙耶もユウキも普通に役立っている点が物足りなくはあったのですが、シリーズとしてみた場合、少年少女がミナトのパートナーとしてしっかり立ち居地を固める必要性はあったのかもしれません。

以下、少しネタバレが入るので既読の方のみ反転でお願いします。


前巻が2話構成で、今回も目次によると2話 + αだったので、当然中短編集かと思って読んでいたらまさかの長編構成。しかも1話のあの引き。すっかり油断していました。2巻目だからこその仕掛けという感じです。

1話のあの続き方は、いかにもホラーっぽい雰囲気が出ていて良かったですね。ただ、あのまま終わりでも味があったかもしれないなという気はしますが。ホラー小説ではああいうオチも結構ありますよね。

今回の蜃気楼の怪異は、前回の2話と比べると個人的にインパクトはそれほどでもなかったですが、不思議感の演出はなかなかだったと思います。あの悪意のない怪異は、超常現象と科学現象をミックスさせた、いかにも本シリーズらしい見せ方です。優しいエンディングも素敵でした。


次回は「夢」というタイトルの沙耶が活躍する話が入るらしいですが、雑誌掲載分でしょうか。やはり沙耶がいじられまくるのが個人的には一番楽しみなので、大いに期待しています(笑)

評価:★★★☆☆

関連レビュー:
0能者ミナト(葉山透)

2011年6月16日木曜日

邪悪の家(アガサ・クリスティー) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

なんとも評価の難しい作品ですが、ポアロ嫌いな人にはお勧めです。9割くらいまで読んだ時点でビッグ4並みの駄作だと思っていたら、最後の最後で実にクリスティらしい怒涛の展開が待っていました。



とにかくポアロが後手に回り続け翻弄されまくるので、アンチポアロの方には溜飲が下がるのではないでしょうか。名探偵の面影一片もなし。いつもながらのちょっと鼻につく自画自賛が、愛嬌でなくうっとうしく感じられてしまいます。

ヘイスティングズが登場すると、ポアロのそういう側面が際立つような気がしますね。ポアロ自身にとっては肝胆相照らす無二の親友だとしても、読者にとっては彼の負の側面を写す出来の悪い鏡のような存在という気が・・・

真犯人については私もなんとなく感づいていましたが、動機やその他の周辺事情が一気に押し寄せてくる最終盤の展開はお見事でした。途中のグダグダだった捜査過程を一気に吹き飛ばしてくれたと思います。

ただ、正直この話は「ポアロ最大の失敗」とサブタイトルをつけても良いくらい、ポアロにとって最初から最後まで冴えない事件でした。殺人事件にしたところで、結局ポアロに責任の帰するところがかなり大きかったように思いますし。

以下、ネタバレになるので既読の方のみ反転でお願いします。



ポアロが裏をかかれまくっている時点で、犯人はあの人意外ありえないなとは思っていました。ただ、動機については全然想像がつかなかったので、真相についてはかなりびっくりさせられました。

しかし、マギーの本名についてはフェアといって良いのでしょうかね。一応伏線らしきもののも仕込まれているとはいえ、人によっては頭にきてもおかしくないレベルと思います。私は「フェア」にあまりこだわらないので素直に楽しめましたが。

本書で感心したのは、クライマックスでの畳み掛け方。遺言状の件、窓ガラスの不審人物の件、そして事件の真相が次々と個別に明らかになっていく展開はお見事としか言いようがありません。

それぞれの状況が事件を複雑にしてしまう手口はクリスティ十八番のパターンといって良いと思いますが、本作でもそれが見事にはまったように思います。最後の腕時計の演出もお見事でした。



話の展開はいまいち、謎解きは秀逸という、実に評価の難しい作品です。ただ、個人的にはトリックのためだけにミステリを読んでいるわけではないので、あまり高い点数はつけられないかなという気がします。できれば格好良いポアロが読みたいのです。

新訳版も最近出ているみたいですね。

本書の訳ではヘイスティングズの口調などちょっと気になるところもあったので、新しいほうについても機会があれば目を通してみたいです。できればタイトルも創元推理文庫版の「エンド・ハウスの怪事件」に戻して欲しかったかなぁ・・・

評価:★★☆☆☆

2011年6月11日土曜日

真夏の方程式(東野圭吾) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

「ガリレオ」シリーズ最新作です。偏屈な科学者キャラの湯川が、夏の田舎町で知り合った少年と実験に勤しむ様子は「らしい」のか「らしくない」のか。おや?と感じるところも多少ありましたが、話の枠組みとしてはとても良かったと思います。



路線変更というわけでもないのでしょうけれど、今までのシリーズ作品と比べると少し趣が異なります。従来のファンからすると賛否あるところかもしれませんが、個人的には人情系の話が嫌いではないのでとても楽しめました。

草薙や内海もしっかり活躍していますが、湯川と直接絡む機会が少なめだったのはちょっと残念です。とはいえ、今回の話の作りからいえばやむをえないところではありますが。旅先の妙齢の女性とも全く何も起こりそうにない素っ気無さは相変わらずです。

ところどころに織り込まれた印象的なエピソードが、事件の重大な伏線になっているのは流石の手際。ただ、少し疑問に思う点もなくはありませんでした。以下ネタバレなので、既読の方だけ反転でお願いします。

まず、成実が起こしたという事件の話。結構重そうな雰囲気を仄めかせていたので、その点の説得力では問題なかったのですが、普通の中学生があの状況ですぐに人を刺し殺そうとまで思いきれるのかについては疑問に思います。

しかも、散々迷って追い詰められた後ならともかく、相手が出て行った後をわざわざ追いかけてすぐにブスリですからね。お前どんだけ沸点低いんだという感じで、割と良識的にみえる普段の言動と、かなりギャップを感じました。

それと事件の幕引きについて。湯川はわかったことを草薙たちに全部話すといっていたはずですが、煙突の蓋の件が明らかになれば流石に警察は見逃せないと思うのですが。仮に話していなかったとしても、実験で現象を再現できなかった時点で全てわかっていそうな湯川に話がいくのは確実なはず。

それ以前に、未必の故意とはいえ、明確な意図をもって恭平に指示を与えたであろう重治の罪が見逃されるのは、やはり釈然としません。一人の少年の将来を慮ったとはいえ、結局今回の選択の結果にしても恭平が心に傷を負ったことでは変わりないと思うのですが。

といように、ちょっと納得いかない点がいくつかあったのは確かですが、話の方向性自体についてはとても楽しめました。海辺の町における少年との一夏の邂逅。湯川シリーズらしい作品とはいえないかもしれませんが、筆者の狙った意図は十分成功しているのではないかと思います。

というわけで、おおむね満足できる作品ではありましたが、次はもう少し本シリーズらしいところも読みたい気がします。内海刑事とももっと絡んで欲しいですね。というか、きゃっきゃうふふするために無理して出した女性刑事だと思ってたんですが、そういうところのらしさだけは貫かれ続けるのでしょうか・・・

評価:★★★☆☆

関連作品(探偵ガリレオシリーズ)




2011年6月7日火曜日

ねじまき少女(パオロ・バチガルピ) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

疫病と資源枯渇の近未来バンコクを舞台にしたSF小説。重めな雰囲気はちょっと苦手な感じでしたが、このなんともいえない読後感はどう表現したものでしょう。主要SF賞を総なめというのも納得のインパクト。ノワール小説が好きな方にはたまらないのではないでしょうか。






裏書には

彼とねじまき少女エミコとの出会いは、世界の運命を大きく変えていった。

とありますが、少し不親切な内容紹介といえるかもしれません。最後のほうまでどこに話が落ちるのか全然わからなかったのですが、なるほどこう来るのかと思わず唸ってしまいました。

もちろん本作自体で完結した話ではあるのですが、同一世界観による中編作品がすでにいくつかあるとのこと。正直、「カロリーマン」などのわけのわからない単語がかなり出てくるので、できれば先にそちらを読みたかった気もします。

「アンダースン」や「エミコ」だけでなく、様々な人物の視点が入れ替わり立ち代り物語を紡ぎあげていきます。なかでも一番わかりやすく格好良かった「ジェイディー」がもっともお気に入りなキャラだったのですが、彼の下巻での扱いはいったいどうなっているのでしょう。わけわかりません(^^;

とにかく勧善懲悪とは程遠い暗黒(ノワール)展開が続きます。甘い話を期待して本書を読むのはやめたほうが良いでしょう。アンダースンとエミコの恋話的なものをちょっぴり期待していた私も、読了後の今となっては苦笑しかでてきません。

ただ、本書の話のオチはSFファンなら絶対好きでしょうね。さほど熱心でないSF読者の私でも、この世界観が今後どのように展開していくのか気になって仕方ありません。とにかく用語もよくわからなくて読み進めるのがしんどい作品ではありましたが、その見返りは十分いただけたものと思います。

評価:★★★★☆