2011年10月31日月曜日
正捕手の篠原さん(千羽カモメ)
スポーツものということもあって結構人を選ぶかもしれませんが、私にはとても面白かったです。ショートショート形式の連作コメディが、そのネタも含めて受け入れられるかどうかというところで、評価が分かれるのではないかと思います。
男装した女の子がエースピッチャーの高校野球小説です。そこそこ強い学校という設定ですが、スポコン要素は薄いというより皆無なので、その辺りを期待するとがっかりするかもしれません。ラブ30%、コメ60%、野球薀蓄10%という感じでしょうか。
なんといっても本書最大の特徴は、ショートショート形式で話が進んでいくことです。見開き2ページ完結の話をテンポ良くつむぎ上げていく手腕はなかなかお見事。ただし、最後の数十ページはショートショートの形を取らず、連作短編のラストとしてよい感じに落ちをつけてくれています。
ただ、ショートショートというのは分量的にどうしてもネタが薄くなりがちなので、そこのところはかなり好みが分かれるかもしれません。何だか落ちてないような微妙な話もあったりするのですが、そういうところも含めた筆者のセンスが、私にはかなりフィットしました。
登場人物はテンプレといえばテンプレなのですが、どことなく突き抜けないブレーキのかかった性格付けが好印象です。特に私のお気に入りは、主人公の幼馴染「深見月夜(ふかみつくよ)」。悪戯好きのお嬢様キャラなのですが、たまに凄く弱キャラになるのがなんとも良い味を出しています。
あえて弱点を挙げるとすれば、男子野球部を舞台としているため、女性キャラを増やしにくそうなところでしょうか。スタメン9人のうち4人は名前しか出てこない可哀想な扱いです。でも、逆に無理して話を大きくしないところが、コンパクトにまとまった小気味良い後味を生んでるようにも思えます。
やはり前提として野球の知識がそこそこあったほうが楽しめると思います。その点はハードルが高いともいえますが、4コマ漫画的なゆるふわコメディが好きな方には、きっと楽しんでいただけるのではないかと思います。
評価:★★★★☆
2011年10月20日木曜日
要介護探偵の事件簿(中山七里)
コミカル基調なのに油断してるとズシンとくる、筆者の本領が遺憾なく発揮されたミステリ短編集です。さよならドビュッシーのスピンアウト作品ですが、非常に読みやすいので中山七里さん最初の一冊としてもお勧めです。
まさに表紙絵の通り、車椅子の元気爺さん「香月玄太郎(こうづきげんたろう)」と、彼に翻弄されながらも要所では強いところを見せるベテラン介護士「綴喜みち子(つづきみちこ)」がメインキャラクターとなります。
「さよならドビュッシー」、「おやすみラフマニノフ」と続く「岬洋介」シリーズのスピンオフ作品ではありますが、前作のネタバレなどは慎重に回避されていますし、むしろ本書だけを読んだほうが純粋に楽しめる部分もあるかもしれません。
介護をテーマの一つとしつつも、玄太郎のキャラクターのせいか全然湿っぽさは感じさせません。5編のミステリもそれぞれに趣向が凝らされていて、痛快な読後感を与えてくれる作品集となっています。
当然「さよならドビュッシー」のキャラクターたちも登場するのですが、基本的には重要な役割を見せることは無いので、その点既読者には物足りなく感じられるところもあるかもしれません。ただ、岬洋介にはちょこっと活躍の場もあるので、彼のファンならぜひ抑えておくべきでしょう。
介護士のみち子さんは傍観者役といいいますか、それほど重要な役割を果たしているわけではありませんが、前作で何だか怖い印象のあった彼女の裏側が見られらのは良かったです。
以下、さよならドビュッシーと本作両方のネタバレがちょっぴり入るので、既読者のみ反転でお願いします。
本書だけ読むか、2作品を合わせて読むかでこれほど印象の変わる作品も珍しいでしょうね。特に本作ラスト、玄太郎爺さんのエンディングは結構胸にずっしり来てしまいました。
ルシアも登場していますが、さすがに顔見世程度の役割になっています。彼女は結構好きなキャラなので、今後もうまいこと登場させてほしいのですが、あの前作のの後とあってはやはり色々難しいのでしょうか。本書程度の顔見世逆に物足りなさが増幅された感も・・・
ネタバレ終わり。
とにかく、この作者さんの文章は私的にとてもフィーリングのあう部分が多いです。登場人物の価値観にしろ文体にしろ、なんとなく抑制が効いているというか、色々な意味でバランス感覚が優れているように感じられます。
前作との関係を抜きにしても純粋に一話ごとの質が高いので、ドビュッシー既読者もそうでない方も安心して手に取っていただきたい作品です。
評価:★★★★☆
関連書籍:
2011年10月9日日曜日
シューメーカーの足音(本城雅人)
イギリス流のビスポーク(注文靴)を題材にしながらも、粋というよりはちょっぴりドロドロした雰囲気のミステリ長編です。それでも革靴好きの方ならにやりとする場面が多いかと思います。はっきりしない話の輪郭が徐々に鮮明になっていく構成に加え、収束もなかなかお見事でした。
日本人ながらイギリスの本場に看板を構えるスター職人「斎藤良一」と、日本で安価に良い靴を作り続ける若手職人「榎本智也」。この二人の視点がどのように交差していくのか。はっきりした事件が起こるというよりは何がミステリなのかがミステリという感じの、なかなか私好みな展開でした。
最近は円高ということもあって、私もイギリスの既成靴を注文することが結構あります。それだけに本書のテーマに興味を惹かれて手に取ったのですが、文章がわかりやすい上に専門的な説明も非常に丁寧なので、革靴に関心の無い方でも問題なく楽しめるかと思います。
ただ、舞台の半分がイギリスで靴の薀蓄も盛りだくさんなのにも関わらず、話の雰囲気自体はなぜかコテコテの日本風という感じです。メインのストーリー自体が良くできていたので、私はさほど気にはなりませんでしたが、本書に何を求めるかで多少評価も変わってくるかもしれません。
本書の最大の魅力は、なんといっても斎藤のナルシストっぷりでしょう。まさに酸いも甘いも噛み分けるダークヒーローといった趣き。それと対比される形での、草食系な智也君の造詣も良かったと思いますが、人間としての魅力では完敗ですね。
サブキャラでは、なんといっても男装の見習い職人「永井美樹」ちゃんが、テンプレ気味と承知の上でやはり素晴らしいです。ただ、(ネタバレなので既読の方のみ反転でお願いします)彼女の彼氏の正体についてはあと一工夫ほしかった気がしないでもありません。ミスディレクションという意図はわかるものの、あれだけ思わせぶりなキャラですから、せめてもう少し意外性のある演出がほしかった気がします(ネタバレ終わり)。
多少ご都合主義な点も見られはしましたが、徐々に詳細が明らかになっていく構成から思わぬ形での収束、そして味のあるエピローグと、全体的になかなか質の高いエンターテインメント小説に仕上がっていると思います。
靴好きな方よりは、全く関心の無い方のほうがむしろ楽しめる一冊かもしれません。
評価:★★★☆☆
2011年10月5日水曜日
ブラウン神父の童心(G・K・チェスタトン)
神父といっても堅苦しい雰囲気は全然ありません。冴えない小男のどこか伝法な語り口が作品全体をシニカルな雰囲気にしています。人間の機微を細かに描く一方で世界に名を轟かす名探偵や大怪盗も登場するという、なかなかサービス精神旺盛な一冊です。
ブラウン神父といえば、紹介文によればシャーロック・ホームズとも並び称されるとのことで、ミステリファンの間では比較的よく知られたメジャーな名探偵かと思います。私も高校時代に学校の図書館で読んだ記憶がありますが、全く内容が残っていなかったので今回の再読です。
朴訥な神父が穏やかに事件を切り捨てる話だったかな、などと思っていたら全然違いました。これは訳者のお手柄だと思うのですが、神父の言い回しがなんとも蓮っ葉というかやさぐれ僧侶という感じで、それが作品全体を通した皮相的なムードにぴったりはまっています。
チェスタトンといえばトリック創案に定評のある作家だそうですが、個人的にはその部分はそれほどでもないかなと感じました。割とありふれたというか、無理のある仕掛けを強引な論理でこじつけている印象が強いです。
もっとも、それはあらゆる名探偵ものにいえることなので、その点に特に不満はありません。むしろそうした無理気味なロジックを演出する意外性のある展開が素晴らしかったです。特に一話目と二話目。そう持ってくるの?と唖然とさせられる、涼宮ハルヒも真っ青な驚愕の転がしっぷりです。
ただ、最初のインパクトが強すぎたせいか、中盤以降はちょっとだれ気味な感じが無きにしも非ずです。各話とも導入部分が少し堅めというか、物語に入り込みにくい感じなので、読み進めるのにはちょっぴり苦労しました。翻訳ミステリになれていない方だと特にしんどく感じるかもしれません。
とはいえ、それぞれの作品の質自体はかなり高いです。12話を一気に読破するよりは毎日少しずつ読み進めるほうが、中だるみも無くじっくり作品世界を堪能できるのではないかと思います。たった30ページに詰め込まれた絶妙の手管をじっくり鑑賞してください。
評価:★★★☆☆
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