2011年8月9日火曜日

人面屋敷の惨劇(石持浅海) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

筆者お得意の特殊な状況設定には感心したものの、惨劇というタイトルは大げさだなぁと思いながら読んでいたら、後半ちょっとやられました。ミステリとしての驚きはさほどでもありませんが、小気味良くまとまった手堅い一冊だと思います。



石持作品は、作者名を伏せられても余裕で特定できそうな独特の間合いというかスタイルがありますね。本書もクールでさりげない描写の中にこれでもかと伏線がねじ込まれていて、いかにも石持節といった感じです。

10年前に起きた幼児誘拐事件の被害者会メンバー6人が、ある情報をもとに「人面屋敷」の主人「土佐」を糾弾しようと乗り込みます。そして緊迫の状態が続く中、ある人物の登場によって作品の景色はガラッと反転します。

もともとユニークな設定だと思いながら読み進めていましたが、序盤からいきなりこれ?な驚愕展開にはびっくりするやら鳥肌が立つやら。読者を翻弄する筆者の演出にただ追従あるのみです。

見返しの筆者コメントから、本書はいわゆる「館もの」を趣向したものかと思っていましたが、それにしてはこざっぱりした舞台設定です。せいぜい「一軒家もの」といったところでしょうか。

ただ、そのコメントをよく読み返してみれば、「石持館」といいつつも「館もの」とは明言されていないようにも読み取れますね。もしかしてこれもミスディレクションだったのかもしれません。

後半はちょっぴりホラーっぽい展開も見せます。なにしろいつものごとく理詰めにきっちり話が展開していただけに、すっかり油断してしまいました。あのシーンは真夜中に読んだらちょっとやばかったかもしれません。

舞台設定や作品の雰囲気には大いに満足したものの、ミステリとしてみれば若干物足りない面もあったかもしれません。以下、ネタバレも含むので反転でお願いします。


最初の土佐殺しが全然謎でもなんでもないことを考えると、真の事件発生は随分遅かったといえますね。「亜衣」の登場は確かに鮮烈でしたが、藤田殺しが起きるまでですでに2/3を費やしていたため、謎解きという意味ではちょっと物足りなく感じました。

「秀一」については一人だけ最後のほうまで詳細が明かされていなかったので、何かあるのかなとは思っていましたが、散々引っ張った割にはそれほど驚くべき正体でもなかったように思います。

それに、せっかくいわくありげなお屋敷を舞台にしているのに、隠し扉やらなんやらの建物そのものに関わる謎が何もなかったのも少し残念でした。6つあった部屋のうち4つが結局閉ざされたままだったというのも、ちょっと空間的なスケールを小さくしているような気が。


以上のようにちょっと物足りないかなという点もなくはありませんでしたが、物語の最初から最後まできっちり計算されたつくりになっているためか、読後の不満感はそれほどありません。何よりあの絵のシーンはかなりショッキングですし、エンディングのまとめ方も良い感じだったのではと思います。

ミステリ的なインパクトはやや弱く感じられたものの、アクセントの効いた状況転換を繰り返しながら手堅くまとめあげるストーリー構成はさすがの一言です。石持ファンであれば文句なしにお勧めできる作品といえるでしょう。

評価:★★★☆☆

2011年8月7日日曜日

東京湾岸奪還プロジェクト ブレイクスルー・トライアル2(伊園 旬) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

あらすじが面白そうだったので読んでみましたが、前作同様あまり私には合わない感じでした。しかし、本作単体なら突込みどころは多いものの、シリーズとしてはなかなか楽しみな展開も見せつつあります。



タイトルからして「あぶない刑事」や「踊る大捜査線」のような派手めの展開をちょっぴり期待していたのですが、その点については案の定肩透かしでした。とはいえ、誘拐された少女達のために攻略困難なミッションに挑むというシチュエーション自体は悪くなかったと思います。

構成も工夫されていて、侵入ミッションと救出ミッションの間に「子供たち」という捕らえられた側視点の章をはさんでいるのは、なかなかアクセントが効いてよかったです。誘拐された二人の少女のキャラクターもグッド。準レギュラー化しそうなので楽しみなところです。

このように長所といえる点もなくはないのですが、全般的に見るとやはり残念な印象のほうが強く残ってしまいました。以下、個人的に不満に思えた点を3つ挙げてみます。

1.主人公たちのSUGEEEE感が薄い

侵入シーンにおけるディテールの描写は本シリーズにおける長所の一つだと思うのですが、説明が丁寧な分だけ不可能っぽさも減じてしまっているような気がします。そのため、高度な技術を持つ主人公たちがあまり格好良く見えません。本作ではストーリー上も主人交たちは翻弄されっぱなしなので、カタルシスを感じられる部分が皆無でした。

2.文体がいまいちクールじゃない

これはあくまで個人的な受け取り方の問題かと思うのですが、説明的な文章が多い割りにそのシーンの情景が思い浮かびにくいように感じられました。本作でデビュー3作目ということだそうなので、こなれていないというよりは、これが筆者の個性ということになるのでしょうか。あくまで好みの問題ですが、もう少し行間で読ませるような文章のほうが個人的には嬉しいです。

3.「お約束」破りとご都合主義な展開

以下ネタバレも含むので、既読の方のみ反転でお願いします。


今回新たに仲間となる「瀬戸」や、「茅乃」の友人「沙璃亜」の登場があまりにも唐突に感じられました。沙璃亜は茅乃のとばっちりで一緒に誘拐されましたが、いくらなんでも巻き込まれた裏には別の理由があるのだろうとずっと疑いながら読んでいました。で、結果はそのままスルー。

これでは、あまりに主人公たちの負債が大きすぎるように思います。一方的に巻き込まれただけの沙璃亜の家族たちが、丹羽を全く責めようとしないのも不可解です。最後まで読んでみて、瀬戸を新キャラとして出したかったためにこういう形を取ったのだなとはわかりましたが、それであればなおのこと「雨降って地固まる」的なドラマを組み込んで欲しかったです。

茅乃が海中コンドミニアムについてたまたま知っていたこと、ゲーム機が全く気付かれなかったこと、コンドミニアムの納品先が「縁(ゆかり)」の会社だったことなど、ご都合主義な展開もかなり多いです。特に最後の点については、単に縁に出番を与えたかっただけなのではないかと勘ぐってしまいます。


ラストについてももやもやの残る収束となってしまいました。正直、最後の門脇たちのアクションシーンは、茅野が注意深いことを考えれば蛇足というか独り相撲な感が強いですし、あの女の意図についても全く見えないため、非常にすっきりしない読後感となってしまいました。

このように、本作だけでみれば厳しい評価とせざるを得ない内容だったと思いますが・・・続刊がでたら再チャレンジしちゃいそうな気もしています。というのも、新キャラの瀬戸や<<彼>>が実にいい味を出していたためです。

門脇との対比で行くと、パートナーは丹羽より瀬戸のほうがより映えるような気がします。また、<<彼>>に目をつけられたおかげで、今後の舞台がよりスケールアップしそうな点にも期待です。続刊の展開次第では、本書の評価もまた違ったものになってくるかもしれません。

評価:★☆☆☆☆

関連レビュー:
『ブレイクスルー・トライアル』(伊園 旬)

2011年8月4日木曜日

ジェノサイド(高野和明) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

多少引っかかる点はあったものの、総じてハイレベルなエンターテインメント小説だったと思います。600ページ近い大作ですが、コンゴの戦場・ホワイトハウス・日本の大学院生周辺と3つの場面が次々入れ替わるスピーディーな展開で、意外に読みやすかったです。



ジャンルとしてはSFという分類でよいでしょうか。人類の進化、未知の新薬、情報セキュリティといったところが主なテーマですが、ほかにも様々な政治的、社会的トピックが目一杯盛り込まれています。これだけの内容を破綻させずにまとめ上げる筆力はお見事というほかありません。

私の職業柄ということもあって、RSA暗号方式の潜在的な危険性に関するテーマは特に興味深かったです。良く調べられているなぁと思ったら、謝辞において高木浩光氏の名前が。IT系では有名な氏の名前がいきなり出てきて、思わずにやっとしてしまいました。

中盤までの展開があまりにスリリングだったため、期待値のハードルをあげすぎたところはあるかもしれません。クライマックスから収束にかけてはまあこんなもんかなという印象ですが、話も破綻せずそれなりに納得感のある収束となっていて、読後の満足度はかなり高かったです。

韓国賛美、日本叩きとも取れる描写が結構目立つので、人によってはちょっと不快に感じられることもあるかもしれません。私も韓国人の知人がいるので極端な嫌韓ムードには眉をひそめてしまうほうなのですが、それにしても若干筆者の主観が入りすぎではないかという印象はあります。

話の筋に直接関係ないところだと思うので、もう少し控えめにしてもらったほうがバランスが良かったのではないかなという気が個人的にはします。もしかして何かの伏線なのかなと変に深読みしてしまい、肩透かし状態となってしまいました。

本書で一番疑問に感じたのは、主人公グループがクライマックスにおいて取った戦略です。もう少しうまいことやれなかったのかと。ネタバレも入るので以下は反転でお願いします。


ちょっとミステリ的なお約束に囚われすぎかもしれませんが、日本側の援軍はてっきり既出の人物なのかと思い込んでいました。一応伏線らしいものがいくつか仕込まれていたとはいえ、エマの存在についてはもう少しはっきりちらつかせて欲しかったかなという気も。

それ以上に引っかかったのは、エマの指示によるという脱アフリカの戦略。あまりにもリスクを取り過ぎじゃないでしょうか。アキリをどれだけ危険にされしているのかと。傭兵のうち二人が死んでしまったのは明らかに計算ではなさそうなので、もしマイヤーズまで死んでいたら脱出計画はどうなっていたのでしょう。

なによりマイアミでの飛空戦は秒単位の正確なオペレーションが求められていて、明らかに安全率低すぎでしょう。まあ、アキリが死んだと思わせるための何らかの手段は必要だったのでしょうが、複雑系をも計算対象とする超人類の立てる戦略ならば、もう少し良い方法がとれたのではないかなという気がします。


若干の引っかかりのため存分にのめり込めたとはいえませんが、それでも全体としては非常に楽しめる内容だったと思います。あれだけの薀蓄が詰め込まれたにもかかわらず、小説としてのエンターテインメント性が全く損なわれていないのが本書の素晴らしいところです。

特に戦場シーンの描写などは、日本人作家によるものとは思えない迫力と凄惨さがありました。ハードSFが好きな方には文句なく楽しめる内容だと思いますが、そもそも話の筋が面白い上、文体や構成も非常に読みやすいため、比較的万人にお勧めしやすい作品かと思います。

評価:★★★☆☆