シリーズ前2作と違い、今回は各話独立した純粋な短編集となっています。大技が炸裂した前作の後だけにどうなるものかと思っていましたが、全くの杞憂だったようです。各話とも質の高い作品揃いでしたが、とりわけ最終話については色々な意味でお腹一杯になりました。
全5話となっていますが、分量は30ページ弱から100ページ超までと各話まちまちです。雑誌掲載分の表題作は既読だったのですが、他の4話はすべて書き下ろしと贅沢な構成になっています。
個人的に一番気に入ったのは2話目「シチュー皿の底は平行宇宙に繋がるか?」、一番唸ったのは4話目「嫁と竜のどちらをとるか?」です。ともに30ページ前後のきわめて短い作品ですが、それだけに虚飾の無いアイデア勝負が鮮烈です。
特に後者はお見事。今までも散々名探偵振りをみせつてきてきた伊神ですが、たったあれだけの会話から導き出した真相には、目から鱗が落ちる思いでした。こういう作品に出会えると、ミステリファンで本当に良かったとしみじみ思います。
ただ、一番多くを語るべきはやはり最終話「今日から彼氏」でしょう。ミステリとしての枠組みをこえて、このシリーズに求めているテイストのすべてがつまっている作品だと思います。以下、ネタバレになるので反転でお願いします。
彼氏なんていわれると、順当に柳瀬先輩と付き合うことになるのか、それとも翠が絡んでくるのかと、目次のタイトルだけでワクテカ展開に期待が膨らんでいたのに、まさか第3者がひょっこり持っていってしまうとは・・・。
それにしても、葉山君の周りには頭の回転が異常に早い女性ばかり集まってくる印象です。今回の「入谷菜々香(いりやななか)」さんも、よく考えると即興のシチュエーションに恐るべき対応力を見せています。
とはいえ、携帯アドレスの件とか家を偽っていた件とか、冷静に考えると後からぼろの出そうな細工ばかりではあったかもしれません。それだけ切羽詰っていたということなのでしょう。
シリーズキャラとして思い入れのある柳瀬さんを裏切るような展開には読んでいて胸がきりきりする思いでしたが、最後は収まるべきところに収まったといったところでしょうか。
ただ、入谷さんが憎みきれないキャラだったのはなんとも複雑な後味です。完全な悪役なら万事めでたしで済んだと思うのですが、これじゃあ入谷さんめちゃくちゃ可哀想じゃありません?ホノボノの皮を被った筆者のサドっぷりには戦慄を禁じえません。(褒めてます)
携帯アドレスの件など、トリックとしてはすぐに気付いてしまうものもありましたけれど、ハウダニットにホワイダニットをうまくかぶせた構成に手堅い印象を感じました。恋愛要素だけでなく、ミステリとしても十分楽しめた作品だったと思います。
ところで今回「ゆーくん」呼ばわりされてましたが、葉山君の名前のヒントが出てくるのはこれが初めてになるでしょうか。名前にも何かの伏線があるんでしょうかね。
ネタバレ終わり。
今回は純粋な短編集ということで、全般的に前作ほどのインパクトは感じなかったものの、総じてクオリティの高い作品ばかりで、十分な満足感を得ることができたと思います。
次巻はいよいよ妹「亜里沙」編になるのでしょうか。亜里沙がヒロイン役の作品が2話ほど発表済みのはずですが、そちらは今回は未収録なので、いやがおうにも期待が増します。今回のような小粋な作品集も素敵でしたが、次回はまた大技を期待したいですね。
評価:★★★★☆
関連書籍:
2011年5月29日日曜日
2011年5月17日火曜日
モップの精は深夜に現れる(近藤史恵)
ギャルっぽいファッションのスーパー掃除人「キリコ」シリーズ第2弾。各話でキリコと知り合う登場人物たちとの交流に、大変心温まります。前作のネタバレが若干入っているので、未読の方は順番に読んだほうが良いかと思います。前巻のレビューはこちらから。
全4話ですが、最終話は旦那の大介が主役となる少し毛色が違った話なので、3+1話といったほうが良いかもしれません。以下、各話の感想です。
■ 悪い芽
実際にキリコみたいなファッションの清掃作業員がいたら、私も文句は言わないまでも眉はひそめるかなという気がします。最初は八つ当たり気味に難癖をつけながらも、徐々にキリコと打ち解けていく中間管理職のおじさん「栗山」。彼にキリコが持ち込んだ事件の予兆とは・・・
■ 鍵のない扉
かわいらしい名前と実際とのギャップに密かなコンプレックスを持つ、零細編集プロダクション勤務の「本田くるみ」。その名前に対するキリコの解釈が、くるみの気持ちをぐっと楽にします。頭の回転だけではない、キリコが人を見るスタンスが現われているようで心地よいです。
■ オーバー・ザ・レインボー
彼氏の二股が発覚してへこみまくるモデル事務所勤務の「葵」。例によってキリコとの交流の中で立ち直っていくのですが、それより面白いなと思ったのは、彼女がモデルになろうと思った経緯です。女性はガラッと変わりますからねー・・・いつも異化効果にやられっぱなしです。
■ きみに会いたいと思うこと
旦那の大介視点のお話となります。祖母の看護をまかせっきりなことに後ろめたさを持つ大介。そんななかキリコが1ヶ月の旅行に出たいと言い出します。快諾する大介ですが、キリコ不在の状況に徐々に不安を募らせていくことに。ちょっと重めの話題も入ってますが、後味はすっきりさわやかなのが良かったです。
ミステリとしてはやはり最終話が秀逸だったでしょうか。ただ、どちらかというと色々な職業の裏側を垣間見せることこそ本書の主眼になっているかと思います。各話の登場人物がそれぞれなかなか魅力的だっただけに、一度きりの登場というのが物足りないといえばいえるかもしれせん。
評価:★★★☆☆
関連レビュー:
天使はモップを持って(近藤史恵)
全4話ですが、最終話は旦那の大介が主役となる少し毛色が違った話なので、3+1話といったほうが良いかもしれません。以下、各話の感想です。
■ 悪い芽
実際にキリコみたいなファッションの清掃作業員がいたら、私も文句は言わないまでも眉はひそめるかなという気がします。最初は八つ当たり気味に難癖をつけながらも、徐々にキリコと打ち解けていく中間管理職のおじさん「栗山」。彼にキリコが持ち込んだ事件の予兆とは・・・
■ 鍵のない扉
かわいらしい名前と実際とのギャップに密かなコンプレックスを持つ、零細編集プロダクション勤務の「本田くるみ」。その名前に対するキリコの解釈が、くるみの気持ちをぐっと楽にします。頭の回転だけではない、キリコが人を見るスタンスが現われているようで心地よいです。
■ オーバー・ザ・レインボー
彼氏の二股が発覚してへこみまくるモデル事務所勤務の「葵」。例によってキリコとの交流の中で立ち直っていくのですが、それより面白いなと思ったのは、彼女がモデルになろうと思った経緯です。女性はガラッと変わりますからねー・・・いつも異化効果にやられっぱなしです。
■ きみに会いたいと思うこと
旦那の大介視点のお話となります。祖母の看護をまかせっきりなことに後ろめたさを持つ大介。そんななかキリコが1ヶ月の旅行に出たいと言い出します。快諾する大介ですが、キリコ不在の状況に徐々に不安を募らせていくことに。ちょっと重めの話題も入ってますが、後味はすっきりさわやかなのが良かったです。
ミステリとしてはやはり最終話が秀逸だったでしょうか。ただ、どちらかというと色々な職業の裏側を垣間見せることこそ本書の主眼になっているかと思います。各話の登場人物がそれぞれなかなか魅力的だっただけに、一度きりの登場というのが物足りないといえばいえるかもしれせん。
評価:★★★☆☆
関連レビュー:
天使はモップを持って(近藤史恵)
2011年5月6日金曜日
ポアロ登場(アガサ・クリスティー)
ポアロとヘイスティングズのコンビが活躍する初期短編集。ヘイスティングズが出てくる作品集なのでミステリ分は期待していなかったのですが、本書は短いなかでも唸らされる作品が多かったように思います。
全14作品、なかには20ページを切るものもあり、非常にコンパクトな作品ばかりのラインナップとなっています。長編のポアロやヘイスティングズが好きな方にはちょっと食い足りないところもあるかもしれません。
私はけっしてヘイスティングズが嫌いなわけではないのですが、彼の動きがいつも派手すぎるため、どうしてもドタバタになってしまう印象を持っています。その点、本書は二人の掛け合いがさらっと軽快に流れていくのが好印象でした。
これだけ短いとミステリとしてのネタもすぐに割れてしまいそうなものですが、そこが一筋縄では行きません。これだけ小粒な作品ばかりなのに、ことごとく予想を外してくる豪腕はお見事としか言いようがありません。
とはいえ流石にこの分量では、ロジック的に若干の飛躍を感じさせるところもなくはありません。生粋のミステリファンにはその点評価が辛くなるところしれませんが、私はそういった細部があまり気にならないたちなので問題ありませんでした。
私のお気に入りは、本書最長(それでも44ページですが)の「<西洋の星>盗難事件」、ミステリ的に一番クールだった「百万ドル債権盗難事件」、首相誘拐の大事件に関与する「首相誘拐事件」などといったところです。
「チョコレートの箱」は過去のポアロの失敗談という意味で貴重な位置づけの作品ですが、個人的には印象的なエピソードの割りにミステリとしてはいまいちな感じがしました。
ポアロというキャラクタは感情移入の仕方が難しいと個人的には感じていたのですが、香山二三郎氏の巻末解説によると、クリスティ自身が彼に反発を感じることもあったのだとか。
その意味では、話の短さのおかげで彼のキャラの濃さが薄まってくれたというところはあるかもしれません。ポアロへの思い入れ次第で、本書に対する評価は大きく変わってくるのではないかと思います。
評価:★★★★☆
全14作品、なかには20ページを切るものもあり、非常にコンパクトな作品ばかりのラインナップとなっています。長編のポアロやヘイスティングズが好きな方にはちょっと食い足りないところもあるかもしれません。
私はけっしてヘイスティングズが嫌いなわけではないのですが、彼の動きがいつも派手すぎるため、どうしてもドタバタになってしまう印象を持っています。その点、本書は二人の掛け合いがさらっと軽快に流れていくのが好印象でした。
これだけ短いとミステリとしてのネタもすぐに割れてしまいそうなものですが、そこが一筋縄では行きません。これだけ小粒な作品ばかりなのに、ことごとく予想を外してくる豪腕はお見事としか言いようがありません。
とはいえ流石にこの分量では、ロジック的に若干の飛躍を感じさせるところもなくはありません。生粋のミステリファンにはその点評価が辛くなるところしれませんが、私はそういった細部があまり気にならないたちなので問題ありませんでした。
私のお気に入りは、本書最長(それでも44ページですが)の「<西洋の星>盗難事件」、ミステリ的に一番クールだった「百万ドル債権盗難事件」、首相誘拐の大事件に関与する「首相誘拐事件」などといったところです。
「チョコレートの箱」は過去のポアロの失敗談という意味で貴重な位置づけの作品ですが、個人的には印象的なエピソードの割りにミステリとしてはいまいちな感じがしました。
ポアロというキャラクタは感情移入の仕方が難しいと個人的には感じていたのですが、香山二三郎氏の巻末解説によると、クリスティ自身が彼に反発を感じることもあったのだとか。
その意味では、話の短さのおかげで彼のキャラの濃さが薄まってくれたというところはあるかもしれません。ポアロへの思い入れ次第で、本書に対する評価は大きく変わってくるのではないかと思います。
評価:★★★★☆
2011年5月1日日曜日
東京バンドワゴン(小路幸也)
明治の創業以来3代続く古本屋「東京バンドワゴン」を舞台にした大家族物語。複雑な家庭事情は山積みながら、根底を流れるアットホームな雰囲気が素敵です。語り手が天国のおばあちゃんというのも面白いですね。
全4話の各話ごとに完結したミステリになっていますが、同時に家族にまつわる物語も進展を見せていきます。時にはこの人とこの人がくっついちゃっていいの?と人物関係図を見返すしてしまうことも。
下手をするとドロドロしかねない雰囲気の設定を、終始暖かなほんわかムードとしてくれているのが、語り手であるところの天国のおばあちゃん「サチ」。
霊感の強い「紺(こん)」とは会話を交わしたりすることもありますが、基本的には現世に影響を及ぼさない神の視点。客観的でありながら暖かい、なんとも不思議な情緒を生み出しています。
この手の話は下手するとごちゃごちゃした話になってしまいがちかと思いますが、各話それぞれにしっかり焦点を絞りながらも、家族達が満遍なく活躍できるような話となっているのはさすがの一言です。
ミステリとしてみた場合あまり派手な仕掛けはありませんが、それも本書ではプラスに働いているようです。基本的には家族の暖かかさを描く作品ですので、あまり尖がったネタ仕込では興ざめになってしまうのでしょう。
これだけ大人数の家族だと色々な方向へ話が広がりそうで、今後の展開が楽しみです。個人的には「花陽(かよ)」と「研人(けんと)」の小学生コンビの成長に期待です。
評価:★★★☆☆
全4話の各話ごとに完結したミステリになっていますが、同時に家族にまつわる物語も進展を見せていきます。時にはこの人とこの人がくっついちゃっていいの?と人物関係図を見返すしてしまうことも。
下手をするとドロドロしかねない雰囲気の設定を、終始暖かなほんわかムードとしてくれているのが、語り手であるところの天国のおばあちゃん「サチ」。
霊感の強い「紺(こん)」とは会話を交わしたりすることもありますが、基本的には現世に影響を及ぼさない神の視点。客観的でありながら暖かい、なんとも不思議な情緒を生み出しています。
この手の話は下手するとごちゃごちゃした話になってしまいがちかと思いますが、各話それぞれにしっかり焦点を絞りながらも、家族達が満遍なく活躍できるような話となっているのはさすがの一言です。
ミステリとしてみた場合あまり派手な仕掛けはありませんが、それも本書ではプラスに働いているようです。基本的には家族の暖かかさを描く作品ですので、あまり尖がったネタ仕込では興ざめになってしまうのでしょう。
これだけ大人数の家族だと色々な方向へ話が広がりそうで、今後の展開が楽しみです。個人的には「花陽(かよ)」と「研人(けんと)」の小学生コンビの成長に期待です。
評価:★★★☆☆
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