2010年10月28日木曜日

なぜ絵版師に頼まなかったのか(北森 鴻) このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク

文明開化の明治時代を、日本に在留した外国人の観点から物語る歴史ミステリ短編集。正直、ミステリとしてのできはいまいちのように思いましたが、外国人、日本人問わず実在の人物がたくさん登場するので歴史物としてはなかなか楽しめました。



主人公は松山出身の元武家「葛城冬馬(かつらぎとうま)」ですが、探偵役は、彼の師という設定であり実在したドイツ人医師「エルウィン・フォン・ベルツ」となります。日本贔屓な雇われ外国人の視点は暖かくも鋭いもので、彼の姿勢が本作品の骨格を成しています。

本書は冬馬の成長物語でもあります。最初にベルツに奉公するようになったのが13歳の時分。それから東京大学の俊英と呼ばれるまでになり、最終話では22歳。彼の成長とともに移り変わる時代背景も、本書の注目すべき点です。

ナウマン、フェノロサ、モームなど、教科書にも出てくるような実在の外国人教師たちが毎話登場するのも面白い趣向です。当時、不平等条約を強いられていた日本の発展への意欲に対する理解と、一方であまりに性急すぎる日本の雰囲気に対する危惧が、なんとも生々しく描かれています。

登場する歴史上の人物は外国人だけではありません。岩倉具視や井上馨など、日本人も数多く登場します。彼らは実際にベルツが診た患者のようですね。4話目の「紅葉夢」は、尾崎紅葉の筆名の元となった料亭「紅葉館」が舞台となっていて、尾崎紅葉自身もちょこっと出てきます。

歴史物は北森鴻さんのルーツでもありますし、時代背景の考証や描写は流石の一言です。ミステリとしては若干物足りないものの、読者を過去へと誘う歴史小説の風情を期待する向きには、きっと満足いただける作品だと思います。

評価:★★☆☆☆

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