タイトルの「沈底魚」はさる潜伏中の大物スパイの通称です。日本の政治家として活躍し閣僚経験もありながら、裏では遥か以前から中国とつながっていたという大胆かつ長期的な陰謀。結構キャッチーな設定ですが、あまりここには期待しないほうがいいかもしれません。理由は後半まで読んでいけば分かります。
公安というと秘密主義でスタンドプレーという印象があって、主人公の「不破」もそのようなタイプです。秘密主義で協調性が無いタイプの40歳。離婚歴あり。ハードボイルドな設定は格好いいですが、部下として行動を共にすることの多い「若林」への接し方などを見ると、面倒見の良いところもあるようです。
そのような人物だけでは話が進みにくいのでしょう。公安部外事二課において、課長を差し置き実質的なボスとなっている「五味」。子飼いの部下をたくさん抱えた彼のパワープレイは、どちらかというと公安というより凶悪犯相手の刑事といった印象を与えます。そういう彼の危なさが、話に絶妙な緊張感を与えています。
スパイ物ということで、一筋縄ではいかないドロドロした国家間の暗幕を象徴するのが、「沈底魚」捜査のため新たに警察庁から派遣された「凸井美咲(とついみさき)」理事官。その容姿は
飛び出た広い額、その下にある小さな目、どんな硬いものでも噛み砕けそうな顎。などとあんまりな表現のされようですが、強面の女丈夫とはいえこの配置に女性キャラクターをもってくるのは、物語のアクセントとして絶妙だと感じます。
そんな凸井にかわるヒロイン役は、不破の高校時代の同級生「伊藤真理」・・・のはずなのですが、彼女の扱いはちょっとひどいというか冷たいです。冒頭、意味ありげに登場して不破と絡むあたり、うっふあははな展開も期待しようというものですが、あまりといえばあまりな仕打ちには涙なくして読めません。
凄くリアルかつ臨場感溢れる描写でありながら、内容の割りに実にとっつきやすく読みやすい文章です。先が気になってぐいぐい読まされてしまいます。いままで読んだ警察小説の中でも指折りのできかと思ったのですが、最後の収束のさせ方は賛否分かれるかもしれません。
不破は格好いいことは格好いいのですが、名探偵役という感じではないのが、私としては若干物足りない気もします。しかし、全般的に相当にレベルの高い作品であることは間違いありません。ハードボイルドな警察ミステリが好きな方にはかなりお勧めです。
評価:★★☆☆☆
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