取り立てて大胆な仕掛けはありませんが、序盤から丹念に仕込まれた伏線が徐々につまびらかになっていく、何とも正攻法な構成の佳作です。エッジウェア卿夫人のいかにも大女優らしい壊れっぷり(超偏見)も素敵でした。
ヘイスティングズの登場するポアロものは、ドタバタ感が強くて高く評価しにくい作品が多い印象だったのですが、本書についてはすんなり楽しめたように思います。ヘイスティングズ自身のキャラクターについては嫌いではないので、彼が道化にならない作品が私的に好ましく感じられるようです。
福島正実さんの翻訳とも相性が良かったのかもしれません。ポアロの自信過剰なところが可愛く思えましたし、ヘイスティングズについてもただの間抜けでなくいかにも誠実な人柄だと感じられました。間抜け役はヘイスティングズの代わりにジャップ警部がしっかり果たしてくれてますし(笑)
冒頭から述べられている通り、本作品においてポアロはちょっとした失敗をします。その構図自体は前に読んだ「邪悪の家」と同様なのですけれど、前作では本当にポアロがへぼ探偵にしか見えなかったのに対し、本作ではそれなりにきっちり格好を付けてくれます。
本作には魅力的な女性がたくさん登場しますが、やはりヒロイン格となるのはエッジウェア卿未亡人にして女優の「ジェーン・ウィルキンスン」といって良いでしょうね。教養があるのかないのか、見たまま天然なのか実は計算高いのか、いかにも懐をのぞかせない胡散臭さが、実は事件の謎に大きく関わってきます。
以下ネタバレが入るので反転でお願いします。
ポアロシリーズについてはかなり勧善懲悪というか、良い人が報われ悪い人が裁かれるという印象があったので「カーロッタ・アダムズ」が殺されたのにはびっくりしました。それまでは彼女が真のヒロインなのかなと思いながら読んでいたので。
先ほどヘイスティングズがあまり間抜けでなかったと書きましたが、実際には「ロナルド・マシュー」殺害の引き金を引く痛恨の失敗をしていますね。ただ、今回は彼自身の過失とは思えない状況だったので、ヘイスティングズファンの私としてもこの扱いに不満はありません(笑)。
怪しい人物がころころ入れ替わる終盤のめまぐるしい展開は、いかにもクリスティらしくてよかったと思います。本作でとりわけ感心したのは伏線の仕込み方です。特にジェーンがカーロッタの人物模写を喜んでいた背景には思わず膝を打ちました。彼女の性格からして喜ぶのは妙だなと思っていたので。
多少の不満点もないでもありません。意味ありげだった執事が結局空気のままフェードアウトしたり、肝心のクライマックスでなぜか最重要人物のジェーンが立ち会っていなかったり。まぁ、ミスディレクションということはわかるのですが、ちょっと道具の無駄遣いかなという感じはしました。
以上、ネタバレ終わり。
というように多少の不満点はあったものの、総じて良くできたミステリだったように思います。それにやはり翻訳の雰囲気が大きかったでしょうか。私がヘイスティングズものに不満を持つのは、彼が無下に扱われることに我慢ならないからだと改めて気づかされてしまいました(笑)
評価:★★★☆☆
2011年7月20日水曜日
2011年7月17日日曜日
ファウンデーションの彼方へ(アイザック・アシモフ)
前3部作から約30年を隔てて発表された、ファンデーションシリーズ第4作です。前作までのちょっとトリッキーな構成とは趣きを異にする、正面突破の大作。私も本書は久しぶりに読みましたが、記憶に残っていたよりセンスオブワンダーしてましたね。
セルダンプランも折り返しの500年。すべてが順調にいっていることに逆に疑いを抱いたターミナスの若き議員「ゴラン・トレヴィズ」ですが、先鋭的な主張を市長から疎まれ、地球探しを口実にターミナスを追放される事態に陥ります。市長の内に秘めた狙い、第2ファウンデーションの思惑、そして第3勢力「ガイア」の正体とは?
ファンや編集者のプレッシャーに押された形での執筆だそうで、半ば伝説となっていた3部作の続編ということもあって、本人も相当書きづらかったようですが、それを本作のような形で昇華させたのは見事というほかありません。アシモフの数ある著作のなかでも指折りの傑作に仕上がっているかと思います。
本作品の特徴としてよく言われるのがアシモフの既存作品群における世界観の統合です。筆者の著作においては「銀河帝国」と並んであまりにも有名な「ロボット」シリーズの流れを組み込んだ他、「永遠の終わり」などの作品設定にも言及されています。
ただ、それらの作品を読んでいなくても、十分に本書だけで楽しめる内容となっています。従来の作品を読み込んでいるファンへのサービスを盛り込みつつ、新規の読者にも十分配慮するバランス感覚は流石の一言。ただ、単体でも読める内容とはいえ、3部作についてはやはり先に読んでおいた方が無難でしょう。
私が本書を読むのは20年ぶりくらいになるでしょうか。たまたまアシモフにハマっていた時期に、書店で3部作の続編がハードカバーで発売されているのを発見した驚きは今でもよく覚えています。高校生時代でお小遣いもあまり自由にならないなか、迷わず手に取りレジに持っていきました。
あとがきでも触れられていますが、当時の翻訳と比べて主人公の名前が「トレヴァイズ」から「トレヴィズ」に、「ゲイア」が「ガイア」にかわっています。人名はともかくとして、後者についてははラブロックの思想が下敷きになっているはずなので、日本語的にも「ガイア」のほうが通りが良いように思えますね。
ヒューゴー賞を受賞しているだけあって、本書は単独でも高いエンターテインメイント性を備えていますが、実は続編に向けてちょっぴり含みが残されています。第5作「ファウンデーションと地球」とあわせて「ゴラン・トレヴィズ」編と言っても良い内容で、続巻ではロボットものとの融合度合いがますます強くなっていきます。
文庫版では上下巻となる、計700ページに及ぶ大著。それなりに読むのに骨が折れる作品ではありますが、構成自体はむしろシンプルといってよいくらいのものです。3部作が技なら本書は力の1冊。まさに後々まで語り継がれるにふさわしい、SF史上に残る傑作と言ってよいでしょう。
評価:★★★★★
セルダンプランも折り返しの500年。すべてが順調にいっていることに逆に疑いを抱いたターミナスの若き議員「ゴラン・トレヴィズ」ですが、先鋭的な主張を市長から疎まれ、地球探しを口実にターミナスを追放される事態に陥ります。市長の内に秘めた狙い、第2ファウンデーションの思惑、そして第3勢力「ガイア」の正体とは?
ファンや編集者のプレッシャーに押された形での執筆だそうで、半ば伝説となっていた3部作の続編ということもあって、本人も相当書きづらかったようですが、それを本作のような形で昇華させたのは見事というほかありません。アシモフの数ある著作のなかでも指折りの傑作に仕上がっているかと思います。
本作品の特徴としてよく言われるのがアシモフの既存作品群における世界観の統合です。筆者の著作においては「銀河帝国」と並んであまりにも有名な「ロボット」シリーズの流れを組み込んだ他、「永遠の終わり」などの作品設定にも言及されています。
ただ、それらの作品を読んでいなくても、十分に本書だけで楽しめる内容となっています。従来の作品を読み込んでいるファンへのサービスを盛り込みつつ、新規の読者にも十分配慮するバランス感覚は流石の一言。ただ、単体でも読める内容とはいえ、3部作についてはやはり先に読んでおいた方が無難でしょう。
私が本書を読むのは20年ぶりくらいになるでしょうか。たまたまアシモフにハマっていた時期に、書店で3部作の続編がハードカバーで発売されているのを発見した驚きは今でもよく覚えています。高校生時代でお小遣いもあまり自由にならないなか、迷わず手に取りレジに持っていきました。
あとがきでも触れられていますが、当時の翻訳と比べて主人公の名前が「トレヴァイズ」から「トレヴィズ」に、「ゲイア」が「ガイア」にかわっています。人名はともかくとして、後者についてははラブロックの思想が下敷きになっているはずなので、日本語的にも「ガイア」のほうが通りが良いように思えますね。
ヒューゴー賞を受賞しているだけあって、本書は単独でも高いエンターテインメイント性を備えていますが、実は続編に向けてちょっぴり含みが残されています。第5作「ファウンデーションと地球」とあわせて「ゴラン・トレヴィズ」編と言っても良い内容で、続巻ではロボットものとの融合度合いがますます強くなっていきます。
文庫版では上下巻となる、計700ページに及ぶ大著。それなりに読むのに骨が折れる作品ではありますが、構成自体はむしろシンプルといってよいくらいのものです。3部作が技なら本書は力の1冊。まさに後々まで語り継がれるにふさわしい、SF史上に残る傑作と言ってよいでしょう。
評価:★★★★★
2011年7月4日月曜日
神様のカルテ(夏川草介)
穏やかな雰囲気に心温まる、地方病院を舞台とした医療小説です。楽しく読めましたけれど、「奇跡」とか「涙」とかいった紹介文は、ちょっとハードルあげ過ぎではないかという気がします。
過酷な地方の医療現場を題材としながらも、特にスリリングな事件も起きず、淡々と話が進んでいきます。3話構成のそれぞれで一応の区切りはありますが、連作中編といった感じでしょうか。
主な舞台は病院とボロアパート。隣人たちも個性的で良い味を出していますが、そんな安っぽい住まいに可憐な奥さんと住み続けるのは、一般的には理解しがたいところです。まあ、写真家の奥さんも相当な変人ではありますが。
貧乏な絵描きや学士たちと同類的な感じで仲良くしている主人公。しかし医局からはみ出たとはいえ、立派な医師であるところの主人公は比較的勝ち組の部類に入るはずです。しかも美人妻。
そんな彼に対して嫉妬のかけらも見せない隣人たちの寛大さには心うたれます。アパートの住人たちだけでなく、病院の患者やナースも皆よい人ばかり。良い人に囲まれた良い主人公が良い仕事をするお話です。
帯には「奇跡が起きる」などと書かれていますが、特になにも起こっていないような気がします。裏書きには「日本中を温かい涙に包み込んだ」などとありますが、本書で涙まで流せるのは、相当感受性の強い素敵な人だと思います。
内容紹介のあおり文には首を傾げざるを得ないもののの、過度な先入観を持たずに読めば十分楽しめる作品です。漱石の草枕を模したという主人公の妙な口調も、慣れてくればそれほど気になりません。
あまりに登場人物が良い人ばかりで、ストーリー上「毒」という要素が皆無なので、いわゆる読書通な人には評価されにくい作品かと思いますが、変に力の入らない軽文好きの方々には文句無しにお勧めの一冊です。
評価:★★★☆☆
過酷な地方の医療現場を題材としながらも、特にスリリングな事件も起きず、淡々と話が進んでいきます。3話構成のそれぞれで一応の区切りはありますが、連作中編といった感じでしょうか。
主な舞台は病院とボロアパート。隣人たちも個性的で良い味を出していますが、そんな安っぽい住まいに可憐な奥さんと住み続けるのは、一般的には理解しがたいところです。まあ、写真家の奥さんも相当な変人ではありますが。
貧乏な絵描きや学士たちと同類的な感じで仲良くしている主人公。しかし医局からはみ出たとはいえ、立派な医師であるところの主人公は比較的勝ち組の部類に入るはずです。しかも美人妻。
そんな彼に対して嫉妬のかけらも見せない隣人たちの寛大さには心うたれます。アパートの住人たちだけでなく、病院の患者やナースも皆よい人ばかり。良い人に囲まれた良い主人公が良い仕事をするお話です。
帯には「奇跡が起きる」などと書かれていますが、特になにも起こっていないような気がします。裏書きには「日本中を温かい涙に包み込んだ」などとありますが、本書で涙まで流せるのは、相当感受性の強い素敵な人だと思います。
内容紹介のあおり文には首を傾げざるを得ないもののの、過度な先入観を持たずに読めば十分楽しめる作品です。漱石の草枕を模したという主人公の妙な口調も、慣れてくればそれほど気になりません。
あまりに登場人物が良い人ばかりで、ストーリー上「毒」という要素が皆無なので、いわゆる読書通な人には評価されにくい作品かと思いますが、変に力の入らない軽文好きの方々には文句無しにお勧めの一冊です。
評価:★★★☆☆
2011年7月1日金曜日
ジョーカー・ゲーム(柳 広司)
「魔王」結城中佐率いる天才スパイ集団の活躍を描いたミステリ短編集です。戦前のハードでシビアな世界を舞台とする割りに、クールで無駄のない筆致のためか、存外に読みやすい作品でした。極上の雰囲気小説ですね。
軍国主義的な重たい雰囲気を覚悟していたのですが、その予想を覆してくれたのがスパイたちに叩き込まれている徹底的な客観性です。天皇という存在の正統性を議論し、何があろうと死なない、死なせないことを重要視する合理的思考。
私も平均的な日本人としてそれなりに天皇陛下に敬意を持ち、ほどほどに日本への愛国心も持っていますが、何事につけても盲目になってしまってはインチキ宗教と変わりません。極力シビアであることが要求されるスパイの世界においては尚更です。
とはいえ、あまりに客観的、合理的精神が行き過ぎると、裏切りの心配も当然に出てきます。愛国心など犬の餌にもならないと考えられる彼らを引き止めるものとは何なのか。
天才集団におけるこの強烈な自負心こそが、彼らをつなぎとめる根となっているのです。あらゆる人間的なものをそぎ落とすことが要求されるスパイという人種ならではの境地といえるでしょう。
元凄腕のスパイ結城中佐が指導する諜報員養成学校「D機関」。佐藤優さんの解説によれば、実際に戦前に存在した「陸軍中野学校」がモデルとなっているのだとか。
陸軍中野学校については、Wikipediaの説明を読む限りでもその凄まじさは想像に難くありませんが、本書に関してはそれほど凄惨な感じではありません。D機関という架空の団体として扱うことで、ミステリとしての読みやすさを実現しているということでしょうか。
とにかく本書については、スパイ小説である前に良質なミステリだというのが私の感想です。単純に諜報活動に焦点をあてれば、もっと色々えげつない演習が可能そうなところ、あえて筆致を抑えることで謎への焦点がより鮮明になっているように思えます。
本書を読んで懐かしい気持ちになったのは、なんとなく母の蔵書で読んだ胡桃沢耕司さんのスパイ小説を思い出したためです。あちらはエロ成分も結構入ってましたけど(笑)。もう手に入りにくいかもしれませんが、ご興味のある向きには探してみてはいかがでしょう。
評価:★★★☆☆
おすすめ作品:
軍国主義的な重たい雰囲気を覚悟していたのですが、その予想を覆してくれたのがスパイたちに叩き込まれている徹底的な客観性です。天皇という存在の正統性を議論し、何があろうと死なない、死なせないことを重要視する合理的思考。
私も平均的な日本人としてそれなりに天皇陛下に敬意を持ち、ほどほどに日本への愛国心も持っていますが、何事につけても盲目になってしまってはインチキ宗教と変わりません。極力シビアであることが要求されるスパイの世界においては尚更です。
とはいえ、あまりに客観的、合理的精神が行き過ぎると、裏切りの心配も当然に出てきます。愛国心など犬の餌にもならないと考えられる彼らを引き止めるものとは何なのか。
自分ならこの程度のことは出来なければならない。(P31)
天才集団におけるこの強烈な自負心こそが、彼らをつなぎとめる根となっているのです。あらゆる人間的なものをそぎ落とすことが要求されるスパイという人種ならではの境地といえるでしょう。
元凄腕のスパイ結城中佐が指導する諜報員養成学校「D機関」。佐藤優さんの解説によれば、実際に戦前に存在した「陸軍中野学校」がモデルとなっているのだとか。
陸軍中野学校については、Wikipediaの説明を読む限りでもその凄まじさは想像に難くありませんが、本書に関してはそれほど凄惨な感じではありません。D機関という架空の団体として扱うことで、ミステリとしての読みやすさを実現しているということでしょうか。
とにかく本書については、スパイ小説である前に良質なミステリだというのが私の感想です。単純に諜報活動に焦点をあてれば、もっと色々えげつない演習が可能そうなところ、あえて筆致を抑えることで謎への焦点がより鮮明になっているように思えます。
本書を読んで懐かしい気持ちになったのは、なんとなく母の蔵書で読んだ胡桃沢耕司さんのスパイ小説を思い出したためです。あちらはエロ成分も結構入ってましたけど(笑)。もう手に入りにくいかもしれませんが、ご興味のある向きには探してみてはいかがでしょう。
評価:★★★☆☆
おすすめ作品:
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